
|
日中平和友好条約締結25周年祝賀訪中団―心ふれあう市民交流の集い 日中平和友好条約締結25周年を記念する祝賀行事が、11月9日、都協会と北京市人民対外友好協会の共催により北京で行われた。この祝賀行事には貫洞哲夫会長を総団長に、都協会市民交流訪中団(A・B・Cコース)と日中友好陽原県希望小学校訪問団ら75名が参加した。 8日夜、前日の初雪が積もり気温-5度の北京に到着。9日午前は、雪化粧をした美しい万里の長城と胡同に分かれて参観した。午後は、西城区にある北京奇石館を会場に市民交流の集いを行った。今年は「参加型交流」を企画、生け花、囲碁、歌、書道、絵画などのグループで北京の人たちと楽しい時間を過ごした。 生け花には北京側から北京市婦女連を通して民革中央、女子青年会などの愛好者が参加、各自の作品を持ち寄って午前中から会場を飾りつけた。草月流師範の木村とし子さんが祝賀の雰囲気溢れる紅白を主体にした大きな作品にかかり、参加者それぞれが好きな花材を使って自由な生け花を楽しんだ。囲碁ではルールの違いにとまどいもあったが、言葉の要らない約1時間の「手談」を楽しんだ。歌の指導は、中国音楽学院の学生2人が担当。発音練習から始まり、1小節ずつ繰り返すうちにだんだんと声も出てきて悪戦苦闘しながらも、「歌声与微笑」をマスターした。書道には西城区の徳外街道社区センターの愛好者が参加、会場で次々と書き上げる書や水墨画を参加者にプレゼント、日本側も何人か筆を取り、書きあがるたびに拍手が起きた。絵・スケッチは、西城区民政局のグループが参加、少し冷え込んではいたが奇石館の庭でパートナーを組んでスケッチを楽しみ出来上がった作品を交換する姿が見られた。写真グループは雪の残る庭や会場を自由に回って気に入った風景をカメラに収めた。 来年3月に都協会と東京都レクリエーション協会が共催して中国の健康スポーツ「太極柔力球」の講習会を東京体育館で開催するが、その指導者として来日する老年人体育協会の劉家驥先生らの模範演技と、全国大会優勝の北京市通区のグループによる表演も行われ、大きな拍手が起こった。 |
|
![]() 色とりどりの花を生ける |
![]() 雪の残る庭でのスケッチ |
![]() 「書」の交流にも大勢参加 |
![]() 健康スポーツ「太極柔力球」の表演 |
|
人民大会堂で盛大に祝賀レセプション 11月20日夜は、人民大会堂「マカオの間」で祝賀レセプションが開かれた。貫洞会長が訪中団を代表して挨拶、「午後の交流の市民との楽しい踊りの一歩一歩が両国の友好を推し進めていると実感しました。われわれの努力が長年の積み重ねによって、日中友好の大きな流れに確実に貢献できるものと、固く信ずるものです」と述べた。 この祝賀宴には、北京側から張茅会長、柳紀綱・王玉珍副会長はじめ対友協幹部、北京市外弁、婦女連、体育総会、市青年連合会代表らも出席、李瀛・万雲・李大偉・史美煌・王振剛氏ら対友協の老幹部も参加して団員と旧交を温めた。 会場には午後の交流の生け花や書、スケッチなどの作品も飾られ、中国音楽学院附属学校の学生による民族楽器の演奏と歌声が雰囲気を盛り上げた。「歌声と微笑」のメロディーが流れると、歌の交流で練習を重ねたグループが合唱に加わり、テンポのよい大きな歌声で満場の拍手を浴びた。 上海で交流晩餐会開催 祝賀団A・Bコースは各地の参観を終え、11月14日に上海に到着した。訪中最後の夜は、上海市人民対外友好協会の袁公?副会長はじめ日本処幹部が出席して逸和龍柏飯店で訪中団を熱烈歓迎する盛大な交流晩餐会が行われた。 袁副会長は、都協会が毎年定期的に大きな訪中団を派遣していることに敬意を表するとともに新しい段階に入った中日友好のために力を合わせていきましょうと歓迎の挨拶をした。貫洞会長は「一番大切なのは信頼関係の増進。北京・上海・東京の信頼と友好のために」と杯をあげ、団を案内した北京市人民対外友好協会の方々と旅の思い出を語り合い和やかに歓談した。 |
|
![]() 「歌声与微笑」を合唱する中国音楽学院附属学校学生と団員たち |
![]() 上海での交流晩餐会の様子(写真は貫洞会長夫妻) |
|
地区協会だより ●大田区日中友好協会―中国筝でホームコンサート 9月7日、大田区日中友好協会は「高欲生の箏(そう)、琴(きん)演奏会」を開催した。演奏は広州音楽学院を卒業、同大研究所で古琴嶺南派の研究生として活躍し、89年に来日した高欲生さん。 華麗な21弦の箏は日本でも比較的おなじみの楽器となってきているが、哀愁のある音色の7弦の琴はなかなか聴く機会に恵まれない。琴は小さな楽器で音も小さく、マイクを通すと音色が変化するので、今回は区日中会員特典として30名限定の演奏会とした。「陽関三畳」など琴曲5曲、箏曲2曲が演奏され、参加者は竹林の仙人になった気持ちで演奏を堪能した。 ●北区日中友好協会―「八路軍の従軍看護婦として」〜北区日中講演会開催 北区日中では9月24日、北とぴあで二ツ森範子さん(荒川区在住、カナリヤ保育園園長)を講師に招き、「八路軍の従軍看護婦として」と題して、講演会を開催した。今年は日中平和友好条約締結25周年の節目とあって、中国解放を見届けた二ツ森さんの話に50人の参加者は耳を澄まして聞き入っていた。 二ツ森さんは昭和19年、16歳の時に満州開拓青年義勇隊ハルビン中央病院付属看護婦養成所に入所。20年敗戦後、ソ連軍の侵攻で混乱する中、日本人難民診療所で救済活動に従事。翌年、国共内戦が激しくなる中、「手伝ってほしい」との八路軍(中国人民解放軍の前身)の要請を受け、看護婦として中国各地に従軍した。戦時下で幾多の「生と死」の現実に接した体験談は、平和の尊さ、戦争の愚かさを切実に訴える感動的な講演だった。 ●中野区日中友好協会―中野まつりとバスハイク 中野区日中友好協会は、10月4〜5日、中野まつりに今年も手作り水ぎょうざと青島ビールで模擬店を出店した。日中の会員、有志の人たちが、総出で皮から作る水ぎょうざは、回を重ねるごとに固定のファンが増えて「今年も又食べにきました。」と声をかけられると、やはりうれしく準備の苦労も報われる思いがした。 10月18日には「徐福」伝説が残る富士吉田市へのバスハイク。現地では、帝京学園大学教授、富士吉田徐福会副会長の土橋寿先生の案内で、「鶴塚」へ。中国徐福会から贈られた徐福像が建立されている「徐福雨乞地蔵祠」、「徐福の墓」、そして日中両国世代友好の碑が建立されている「富士浅間神社」と4箇所を見学。あいにくの雨だったが、時折雲の合間から見える富士の雄大さに、参加者から歓声が上がり、2000年の昔、徐福さん一行もこの富士山を眺めつつ何を思ったのだろうか、という感慨にふけった。 ●渋谷区日中友好協会―区民のひろばで中国物産の即売 11月2日・3日ふるさと渋谷フェスティバル21=i区民のひろば)が、渋谷区代々木公園で開かれ、2日間で100万人の人出だった。公園に設置されたテントは約300ヶ所以上。商店街や渋谷に関係ある市町村の物産、区内にある大使館関係、ボランティア団体などが、それぞれアイデアに凝った展示や即売をおこなった。今年で16回目となる区民のひろばには、渋谷区日中は2回目から参加、今年も中国物産即売をおこなった。中国物産即売には両日とも、日頃から活動に参加している人や知人など15人ずつが手伝ってピータンやザーサイを大声で売り、なれない手つきで商売をして「楽しかった」との声も聞かれ、にぎやかな区民のひろばとなった。 ●目黒区日中友好協会―黄山国際旅游祭に参加 安徽省黄山市人民政府の招待で、10月25日から30日まで中沢信平・目黒区日中副会長を団長とする一行8人が「第8回中国黄山国際旅游祭及び安徽文化祭」に参加した。これは目黒区日中が黄山市の緑化事業の一助にと、桜の苗木を99年から毎年贈り続けてきたご縁からだ。10月25日午後便で上海経由、深夜に黄山着。翌26日、9時過ぎ会場へ。2万人を超す市民が埋め尽くす市役所前の開幕式会場で、子供たちの鼓笛隊と女性楽団の演奏による歓迎を受ける。、開幕宣言に始まり来賓の紹介、ゲストのあいさつ、趣向を凝らした出し物やパレードがにぎやかに開幕式を飾った。第2部は夜7時から若者中心のライブコンサート。締めくくりは、川の中からの打ち上げ花火。両国の花火に劣らぬ見事な風情。午後11時過ぎまでイベントは続いた。 27日は天下の絶景、黄山に登った。翌日は、謎の石窟といわれる「花山石窟」見学の後、柴暁光・黄山市外事弁公室主任主催の歓迎昼食会。柴主任の「目黒区日中からの桜は緑化、環境保全に貴重な役割を果たし感謝する。桜の成長を架け橋として新しい交流が広がるよう期待したい」とのあいさつを受けて中沢団長は、「黄山で日本の象徴である桜が満開になればすばらしいこと。来年で目標の1000本に達するので、適当な場所に記念碑を建てたい。」と述べた。翌29日は蘇州と上海観光。30日、帰国の途に。黄山市との友好を深めた旅だった。 |
|
|
第19回「日本と中国・音楽の夕べ」―出演者・崔岩光さんに聞く 大連出身。16歳で北京空軍文芸歌舞団に入団、当時の憧れの職業「空軍歌手」になった崔岩光さん。中学2年のとき「この子は大人の声をしている」と言われたのが今も印象に残っているという。18歳でソリストに。89年初来日。日中合作オペラ「魔笛」に出演した。そのとき知遇を得た平山郁夫東京芸大学長の招きで92年に客員研究員として留学。歌だけで仕事をするには厳しい日本の現状と、世界を回る実力を持つ崔さんにヨーロッパへ行く話があり、迷っていたときに、現在、ルーチェ・サイ音楽事務所の総合プロデューサーをしている木村榮城さんと出会った。「日本から世界の文化を広げたい」と夢をもっていた木村さんとの出会いが今日の崔さんの活躍につながっているともいえよう。「今の世界は昔と違ってとても小さく感じる。人間としてスケールを大きくもち、平和を大事にしていきたい。自分にできることがあれば力になりたい」と語る崔さんは、子どもに本物の音楽を知ってもらうため、学校の体育館でも気軽にコンサートを開く。 都協会の音楽会は2度目の出演になるが、「音楽はみな同じ。クラシックも聞けばみんな好きになるはず」、「同じ家族のような気持ちで、楽しい時間を過ごしてもらえるよう一生懸命に歌います」と語った。 本音楽会は12月2日(火)19時開演。会場は大井町・きゅりあん大ホール。チケットは前売3,500円(当日4,000円)。お問い合わせは当協会事務局まで。 |
|
|
第6回東京都日中友好囲碁大会を開催―北京市囲碁交流訪日団も参加 10月19日(日)、第6回東京都日中友好囲碁大会が、北京市人民対外友好協会が派遣した北京市囲碁交流訪日団(団長・厳懐儒北京市海淀棋院院長)一行8人を迎えて、市ヶ谷の日本棋院を会場に友好と歓迎の雰囲気の中、盛大に開催された。 開会式は、比留間実行委員長の挨拶で始まり、訪日団の紹介に続いて厳団長が、「これほど盛大に友好囲碁大会が開かれていることに感激しています。囲碁を通じて中日友好が広く、深くなることを期待しています」と挨拶し、白江治彦審判長の挨拶などの後、45チーム135人の熱戦の火ぶたが切って落とされた。 大会はS、A、B、Cの4クラス、1チーム3名で戦い、日本ルールで、コミは日本棋院の六目半(昨年までは五目半)で行った。北京訪日団、華僑総会、在日中国人、女性のみのチームも健闘、午後になると枠抜けが決まり、A、B、C各クラスは準決勝に進み、Sクラスは総当りのため、息もつかせぬ熱戦が続いた。第三局が終わると決勝戦に勝ち進むことができなかった人たちに今年も白江七段と翁子瑜六段の指導碁があり、北京訪日団の3人も参加した。 さすがの熱戦も夕刻に終了。今年は、北京の団を迎えて文字通り友好親善の実をあげた大会となった。 大会の成績は次の通り。《Sクラス》優勝・華瀛棋楽会T、準優勝・ダメヅマリ、三位・東京都主税局T、四位・都庁囲碁部《Aクラス》優勝・白江会支部、準優勝・サン・ジャパン、三位・交通営団T、四位・コアラ《Bクラス》優勝・武蔵村山市役所悠和会囲碁部、準優勝・渋谷区役所T、三位・新宿区U、四位・交通営団V《Cクラス》優勝・あきる野支部U、準優勝・立川市、三位・渋谷区役所V、四位・東京都主税局V 囲碁訪日団歓迎会に45人 10月19日、囲碁大会終了後、日本棋院1階レストランで、貫洞会長はじめ都協会役員、囲碁大会実行委員、大会参加者ら45人が参加して、北京市囲碁交流訪日団の歓迎会が行われた。 大会の感想を求められた厳団長は、「私自身は全敗だったが、囲碁で友人をつくるのが大きな目的で勝負は重要ではない。私の4段は実は実力ではなく『名誉4段』」と笑わせた。「囲碁は、中高年の健康に大変よい。今日の大勢の参加者を見て、人生を楽しんでいる人が集まっていることを実感した。碁盤の上の交流は、コンピューターでは出来ないこと。孫や子どもにもこの楽しさを伝えていきたい」と語り参加者から賛同の大きな拍手が起きた。 ◆東京都囲碁愛好者訪中団参加者募集 都協会では、北京での囲碁交流大会を企画、来年2月8日から10日まで、今回来日したメンバーとの囲碁交流や北京観光を楽しむ団を派遣する。9万8千円。お問合せは都協会事務局へ。 |
|
![]() 総勢135名による熱戦 |
![]() 囲碁交流訪日団の対戦模様 |
![]() 指導碁を受ける参加者たち |
![]() 囲碁交流訪日団歓迎会の様子 |
|
第21回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会―弁論の部12名でハイレベルのたたかい 第21回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会が10月5日、千代田区の万世橋区民会館で行われた。 審査員は、審査員長の山下輝彦・都協会中国語普及委員会顧問(慶應義塾大学教授)、徐揚・日中学院専任講師、孫建和・中国国際放送局東京支局長の3氏。 朗読の部は、基礎部門15名、一般部門6名による熱戦となった。審査結果発表後、孫審査員から「このような機会に自分の発音の欠点に気づき、それを改善していくことが大事」と感想があった。各賞は以下の通り。金賞=明田川総士(拓殖大学)、鈴木薫子(日中学院)、銀賞=尾渡智佳(成城大学)、秋野栄美子(慶應義塾大学)、努力賞=安見清香(神田外語学院)、米田恵子(大田区日中友好中国語会話学習会)、高梨貴美子(神田外語学院) 午後の弁論の部には12名が出場した。バラエティーに富んだテーマで、発音、表現力ともレベルの高いたたかいとなった。徐審査員は講評のなかで、「半数の人を入賞させたいほど素晴らしかった」と述べた。都協会会長賞を受賞したのは「書のチカラ」と題して、幼い頃から学んできた「書」への思いや北京留学での「書」にまつわる思い出を語った中元雅昭さん。各賞は以下の通り。都協会会長賞=中元雅昭(日本大学)、北京市対友協会長賞=李在順(学校職員)、優秀賞=内海美幸(関東国際高校)、杉江聡子(日中学院)、沼山文(神田外語大学) なお中元さんは、11月23日の全国大会に東京代表で出場し、第6位・読売新聞社賞を受賞した。 |
|
![]() 朗読の部の受賞者たち |
![]() 弁論の部の参加者たち |
![]() 東京大会優勝の中元さん |
![]() 前列左から徐審査員・山下審査員長・孫審査員 |
|
第9回・第10回中国事情懇話会を開催 都協会は中国事情懇話会の第9回と第10回を上野の東京文化会館で開催した。 第9回はフリージャーナリストの西園寺一晃氏(都協会副会長)を招き、「中国の消費構造の変化と企業の対応」と題して9月18日日に行われた。西園寺氏は冒頭、今年3月の全人代で発表された「2000年のGDPを2002年には倍増させ、2020年には2000年の4倍にする」という野心的な計画が可能なのか、という問題をテーマとして掲げた。中国は計画経済から市場経済へと移行したが、それに取り残された農村と、豊かになった都市の格差が生じた。農村は都市に比べて10〜15年遅れている。年間625元以下の絶対貧困層が3千万人、865元以下の貧困層と合わせると8〜9千万人がいまだに生きていくのがやっとという状態に置かれている。中国を家にたとえると、門(沿岸地方)は立派になったが、母屋はまだボロボロ。西部開発や農村・農業の改革が求めらるとの説明は中国の抱える問題の深刻さを伝えた。また、内需が増加しないため、物価は下がり高度成長下のデフレ現象を呈している。このような状況の中で、企業には厳密な市場調査と、経済レベルに応じた商品開発が求められ、それに対応する姿勢が出てきた。さらに高等教育機関との連携により高い技術力も持ち始めた。このような観点から見ると、冒頭に述べた野心的な計画は、農村問題の解決、周辺諸国との安定などの条件が揃えば、可能だろうと締めくくった。 第10回は11月6日、沼尻勉・中国研究所常務理事(早稲田大学現代中国研究所幹事)が「人民元切り上げをめぐる諸問題と中国経済」というテーマで講演した。人民元切り上げ問題は主に日本や米国が主張。人民元切り上げにより、中国の輸出品価格を上げ、自国の産業を保護しようという論である。これに対して中国は、輸出量の過半数は外資系企業によるものであることなどを挙げて反論。中国内部には切り上げにより外国製品を安く購入したいという意見もあるが、それによって自国の産業が打撃を受ける恐れがある。また、諸外国としても、安価な労働力の中国には企業の進出先として魅力があり、人民元切り上げで中国経済を混乱させるよりも現状維持が妥当との見方もある。ゆえに、見通しとしては当面大幅な人民元切り上げはないだろう、と結んだ。 |
|
![]() 第9回中国事情懇話会の様子 |
![]() 第10回中国事情懇話会の講師・沼尻勉先生 |
|
日中平和友好条約締結25周年―交流と活動の発展を目指して―秋の記念行事が始動 ●日中平和友好条約締結25周年祝賀・2003年市民交流訪中団 日中平和友好条約締結25周年を記念して、都協会では北京市人民対外友好協会の受け入れで11月8日から2003年市民交流訪中団を企画、北京飯店に宿泊し、人民大会堂での祝賀レセプションや市民交流に参加後、3コースに分かれて秋の景勝地を訪ねます。 詳細は訪中団情報ページをご覧ください。 ●第6回東京都日中友好囲碁大会―北京市囲碁訪日団参加を予定 日本と中国共通の知的スポーツとして人気の高い囲碁を通じて、日中友好を深めるとともに、楽しく有意義な一日を過ごしてみませんか?大会が始まって第6回の今年は、北京市対友協が派遣する「北京市囲碁交流訪日団」(団長:厳懐儒・海淀区囲棋碁協会主席)10人が大会への参加を予定しています。 日時:10月19日(日) 会場:日本棋院(JR・地下鉄市ヶ谷駅徒歩5分) 内容:Sクラス・Aクラス(3段以上)・Bクラス(初段〜2段)・Cクラス(級位者)/予選リーグによる決勝トーナメント方式 参加費:1チーム10,000円(1チーム3人団体戦) 指導碁:白江治彦七段と翁子瑜六段 詳細はお知らせページをご覧ください。 ●第19回「日本と中国・音楽の夕べ」―崔岩光・愛を歌う 日中平和友好条約締結25周年記念・第19回「日本と中国・音楽の夕べ」が、―平和と友好の願いをこめて・崔岩光 愛を歌う―と題して、都協会と品川区の共催で12月2日夜、品川区大井町のきゅりあん大ホールで開催される。NHKニューイヤーコンサートはじめテレビや舞台で活躍、欧米にも多くのファンをもつ国際的ソプラノ歌手崔岩光さんが出演、若手テノール歌手の田中良一さんらと競演する。 音楽会の収益は、帰国者支援(お茶の水中国帰国者日本語学校)と中国の就学困難な児童への教育支援にあてられる。 日時:12月2日(火)午後7時開演 会場:きゅりあん大ホール(品川区立総合区民会館) 入場料:前売3,500円(当日4,000円) 詳細はお知らせページをご覧ください。 |
|
|
緑化協力事業―現地視察の報告 都協会は平成12年度から3年にわたって、日中民間緑化協力委員会資金(通称小渕基金)の助成を受け、「北京市永定河流域豊台段防風防砂林事業」(10ha)を進めてきたが、今年が最終年となった。8月18日、吉田愛子事務局長が現地を訪問、苗豊台区園林局長らから案内と説明を受けた。今年は、春に2500本補植、雨量は少なかったが回数が多かったことと昨年整備したパイプラインが役立って、樹木は順調に活着、基金林も整備されていた。SARSの期間は、管理を一段と厳しくし、毎日見回りを続けたが、緑多いこの一帯はその間も区民の憩いの場となったという。北京市緑化地区に指定されている広大な豊台区緑化地域全体は24時間の監視体制が整い、小渕基金林にも専門管理チームができている。視察後、苗局長から3年間の協力に対し、都協会に感謝状が贈られた。 |
|
![]() 小渕基金林の記念石碑前で |
![]() 管理強化のために導入した監視カメラシステム |
|
地区協会だより ●渋谷区日中友好協会―文化講座「日中の交流の始まり」 渋谷区日中では、文学博士の今枝二郎氏(都協会参与)を講師に迎え、第3回文化講座を3回にわたって開講、第1回が9月3日、渋谷区女性センター・アイリスで行われた。 「日中交流の始まり」と題して、徐福の来日伝説と史跡について、『史記』、『白氏文集』、『紫式部日記』など豊富な資料をもとに徐福の足跡を紹介。日中の交流は紀元前に始まるという。史跡としては熊野新宮市、佐賀県、八丈島など全国に徐福伝説の地も多く、本家争いも盛んとのことであった。また日本が中国の史書に倭と記されている時代の交流を紹介、卑弥呼が「親魏倭王」として光武帝から授与された金印を会場で廻し、参加者はそれを掌にのせて当時を偲んだ。勿論、本物ではない。 第2回は9月10日、中国の史書に日本と記されている時代の交流について学んだ。遣唐使として唐に渡った山上憶良、吉備真備や阿部仲麻呂などが活躍した時代。庚申塚、国分寺など彼らが伝えた文化や思想が今の日本に残り、その役割の大きさを感じる。 今枝先生の「この話は横道にそれますが」「横道の横道ですが」とユーモアを交えての話に引き込まれつつ、資料と首引きで緊張感ある2時間であった。 ●北区日中友好協会―ディナーショーのような料理教室 北区日中友好協会では、「家庭ですぐに美味しく作れる中国料理教室」を開講、3回目の今年は、8月4日、赤羽文化会館で31名が参加して行われた。講師は王子の中華料理店「天安門」の店主・劉祥明さん。中国撫順歌舞団のオペラ歌手だった当時、中国全土を公演しながら食べ歩いて舌と料理の腕を磨いた劉さんがこの日選んだのは「宮保鶏丁」(鶏肉角切辛味炒め)と「干焼蝦仁」(エビチリソース)の四川風2品。巧みな包丁さばきとポイントを押さえた指導に参加者はメモを取りながら各自のテーブルで料理にかかった。原田理事長はじめエプロン姿の男性数名もフライパンを手に先生と同じ味にするため奮闘。美味しく出来上がったところでご飯や卵スープも並べて試食が始まり、満足の出来栄えに笑顔がいっぱいだった。 最後は劉さんの歌。ロシア民謡に始まりアンコールに応えて4曲を歌い上げ、喝采を浴びた。まるでディナーショーのような料理教室とあって、来年のリクエストが既に寄せられている。 |
|
|
「黄山讃歌」展を開催 現代中国の代表的な画家が描く「黄山」の作品集「現代中国27画人による黄山讃歌」(日貿出版社刊・2800円+税)の出版を記念して、9月5日から10日、大崎のO美術館で収録作品の展覧会が開催された。 主催は「黄山讃歌」展実行委員会(都協会後援)。作品集の監修にあたった画家の工藤賢司さんの奔走で実現した。工藤さんは1986年から中国に住み、96年には中国美術館で「工藤賢治漢画芸術展」を開催、漢代をテーマにした個展は中国でも初めてと高い評価を受けた。今回は17年に及ぶ中国滞在中に描いた漢画、黄山、チベットシリーズ等の代表作も展示された。「黄山讃歌」展は9月24日から30日まで銀座煉瓦画廊で開催中。作品集のお問合せも同画廊へ(03-3571-8626) |
|
|
訪中団報告 ●交流の再開を喜ぶ―「天下の絶景・桂林の旅」 「天下の絶景・桂林を訪ねる旅」(団長・水島豊都協会常務理事)が8月17日から24日の日程で訪中した。今年はSARSという思いも寄らない事態で4月以降、日中間の交流が中断されていたが、この団は、都協会と北京市対友協との交流再開第1号となった。 到着の翌日、和平門全聚徳で北京市人民対外友好協会主催の歓迎宴が開かれた。韓秀峰・新常務副会長は、就任後初めて迎える都協会の団であり、交流再開を喜ぶとともに今後の友情と交流のために紹興酒で高らかに乾杯した。 19日午後、桂林着。出迎えの葉兵・市外事弁公室副処長の最初の言葉は、「半年ぶりに日本語を使いました」。SARSの患者は一人もでなかったものの観光地・桂林への影響の大きさを実感した。芦笛岩と象鼻岩を見学し、翌日は漓江下り。次々と姿を変える水墨画の世界…「サントリーのコマーシャル撮影場所」ではひときわシャッターの音が響いた。陽朔では遇龍橋を渡り高田地区へ。福利村へも足をのばし、夜は小さな出店が並ぶ賑やかな洋人街を歩いた。翌日、興坪古鎮を散策後、桂林へ。陸建林・市外弁副主任と会食。桂林では自由市場を覗いたり、早朝の榕湖散歩を楽しんだり、ゆったりした時間を過ごした。 22・23日は上海。連日35度を超す暑さで60年来の記録更新中。日差しを避けて上海博物館や88階の金茂飯店からの眺望などを楽しんだ。上海人家での最後の夕食会は美味しい料理を前に会話も弾み、笑いがいっぱい。「ハッピーな団ですね」と上海対友協の朱政寧さん。北京から全線随行の王景恵さんにも感謝を込めて杯を重ね、旅の最後を締めくくった。 ●息をのむ地球の形相―第5回歴史の旅「天山南路行」 8月24日〜9月1日「天山南路行」の旅日記抄出。 8月27日9時、トルファン発コルラへ向う。途中から道路工事のため礫漠上を走る。10時45分、托克遜。ここから天山山脈の支脈の隘路を越える。玄奘三蔵も通った険しい道。眺望は壮大。礫漠の彼方、見渡す限り山々と青い空のみ。まさに天山である。庫米什で休憩、道端の焼きたて熱々のナンを買い車内で食べる。15時烏什塔拉で昼食の後、焉耆回族自治区に入る。交通量の多い道路と南疆鉄道に挟まれた丘の上に2000年前のカラシャフルの城跡は威厳を保って立っていた。21時コルラの巴州賓館着。長いバスの旅であった。 28日。クチャに向って今日もバスの旅。走っても走っても変わらない風景。胡楊の木など眺めながら行き、砂なつめの樹林帯で下車。「葉が出て千年、葉が落ちて千年、枯れて千年」という珍しい古木が多い。14時クチャ飯店着。昼食後キジル千仏洞へ。途中の塩水渓谷、ヤルダン地形の渓谷などこの世のものとは思われない風景、造山運動の生々しさを目の当たりにする地球の形相に息を呑む。夕日を浴びるクズルガハ烽火台へ。周辺も死の世界といった凄い風景が広がっている。この夜、ホテルの裏庭で接近中の火星観察。雲ひとつない空、頭上に天の川を久しぶりに仰ぐ。 29日、キジ古城へ。町はずれに土壁だけが残る。金曜の大バザールは周辺の村々からロバ車、馬車に乗ったウイグル族農民がつめかけ、野菜、肉類、とうもろこしなどを道端に並べて売る。16時スパシ古城へ。新疆最大の仏教寺院跡。クチャ大寺は建物保存のため内部はがらんどう。 30日ウイグル族家庭訪問と特別に頼んだキジ歌舞鑑賞。夕刻クチャ発ウルムチへ。新疆ウイグル自治区対友協の招待夕食会。シャミ・シヌール秘書長から「北疆(新疆北部)も素晴らしいところ、来年は是非北疆に」とのお話があった。 |
|
![]() クチャ郊外・塩水渓谷の風景 |
![]() クチャの金曜バザールの様子 (写真はヘビやトカゲの干物を売る店) |
|
発音・会話・演劇の3クラスを開講―第30回日中友好中国語夏期スクーリングに80人 8月31日、第30回日中友好中国語夏期スクーリングが、大崎の南部労政会館で行われた。「発音クラス」は島村泰子・都協会中国語スクーリング講師と許堅・大田区中国語会話学習会主任講師。「中国一人歩き」は徐潔・大田区中国語会話学習会主任講師。「中国演劇の中国語」は盧思・NHKテレビ中国語会話アシスタント(京劇俳優)が担当。 25名が参加した発音クラスは、息の合った2人の講師による授業で和気あいあいながらも、日本人が誤りやすい発音をしっかりと指導した。漢詩の朗読なども行う充実した内容で、受講生から好評を博した。 中国一人歩きには27名が参加。旅行でよく使うフレーズやトラブルが起きたときに役立つ言葉を中心に、関連用語も取り上げて応用できる会話を指導。午後は受講生を3グループに分けて、徐潔先生と2人のアシスタントがそれぞれを担当し、より自由で実践的な会話練習を行った。 中国演劇の中国語には27名が参加した。午前は講義形式で中国各地の演劇の特徴や、京劇の生・旦など4つの役柄などを解説した。午後は中国語のドラマをグループ分けして練習。講師が各グループを回ってより豊かな表現方法を指導した。練習後にはグループごとに発表し、受講生の熱演に笑いと拍手が湧いた。 閉校式では、山下輝彦・慶應義塾大学教授(都協会中国語普及委員会顧問)の二胡の伴奏で、盧思先生が京劇「覇王別妃」のさわりを披露、思わぬプレゼントに一同大感激。拍手喝采の中で散会となった。 |
|
![]() 「発音クラス」の授業風景 |
![]() 「中国一人歩き」の授業風景 |
![]() 「中国演劇の中国語」の授業風景 |
![]() 閉校式で「覇王別妃」を披露する盧思講師(左)と二胡の伴奏をする山下輝彦・中国語普及委員会顧問 |
|
日中友好青山中国語教室―10月開校、申込受付中 初歩から正確な発音を身につけるまで懇切丁寧に指導いたします。勉強の秋、交通至便な教室で中国語を学んでみませんか? 開講日時:10月1日より毎週水曜18:30〜20:30 会場:「梅窓院」講堂(地下鉄銀座線「外苑前」1分) 入会金:2000円/初回のみ 受講料:28000円/20回(毎月最終水曜の特別講座を含む)。 募集人数:20名 毎週最終水曜日は特別講座として、入門以外の中国語や中国文化などの授業を行います。特別講座のみの受講は1回1500円。お問い合わせは当協会まで(tel、fax、e-mail可)。 詳細は日中友好青山中国語教室のページをご覧ください。 |
|
|
NPO都協会第3回通常総会を開催 NPO法人東京都日中友好協会の第3回通常総会が、6月21日午前、文京区の日中友好会館大ホールで開催され、2002年度の活動を総括し、2003年度の活動事業計画と予算を決定するとともに新役員を選出した。(出席会員85人、委任状601通)。 総会は古島理事長の挨拶、物故者への黙祷に続いて、議長に阿部裕副理事長を選出して議事に入った。 今年は、日中平和友好条約締結25周年に当たるが、新年度に入ってすぐSARSの流行という予期せぬ事態に直面、前半の訪中団の中止または延期に加え、14年にわたって続いてきた青少年キャラバンの訪日中止など都日中の事業にとっても壊滅的な打撃となった。貫洞会長は、挨拶のなかでこのことに触れ、「友好交流は、顔と顔をつき合わせ、手を取り合って友好の意を伝え合うのが基本。特に民間交流はいかに多くの友人を得るかが大切な目的であり、その意味で直接的な往来の途絶は極めて大きな損失」と述べた。SARS沈静化を受けて「困難な環境と条件にもかかわらず、私どもとしては、条約締結25周年の記念すべき年を意義のある友好増進の年としたい」と挨拶した。 報告事項は、吉田愛子事務局長から1年間の活動事業を振り返り、日中国交正常化30周年を記念する北京市全区県からの300人のキャラバン訪日団や10月の市民交流訪中団の成果などが報告された。このあと2003年度活動事業計画の審議に入った。古島理事長は趣旨説明で、東京都の行政で北京との交流が行われていない現状では都協会の果たす役割が非常に大きいことを強調した。西園寺一晃副会長が「中国のポストSARSは、「新思考」による積極的対外関係の構築にある。私たちは受け身ではなく一緒になって考えていきましょう」と挨拶、総会を締めくくった。 総会後には会館内の中華レストラン・豫園にて祝賀レセプションを開催。会の中で、昨年大好評だったオークションを行い、役員や会員から提供された中国の工芸品や記念品などが次々と落札された。この日の売り上げ10万3700円は、都協会の活動に使われる。 |
|
![]() 総会ではSARS以後の交流に力を入れて取り組むことを確認 |
![]() (社)日中友好協会・酒井事務局長(右)の音頭で乾杯(レセプション) |
|
SARS緊急支援募金―北京市石景山医院へ170万円 猛威をふるっていた新型肺炎(SARS)は、6月24日WHOの北京への「流行地域指定」と「渡航延期勧告」解除により、中国全土での流行地域指定が解除、中断していた交流も相次いで再開に向っている。 都協会では、北京への緊急支援募金活動を5月初旬から開始、100万円を目標に広く呼び掛けた。第一次締め切りの5月末には目標を大きく上回る義捐金が寄せられ、一日も早く役立ててもらいたいと、6月上旬に北京市対友協に170万円を送金した。 対友協では、北京のSARS指定病院である石景山医院に義捐金を贈呈。石景山医院は、北京でのSARS発生以来2カ月で延べ600人の医師と看護婦が最前線でSARS予防と治療に当たった。 なお募金総額は192万6316円となった(7月15日現在)。(募金にご協力頂いた方のお名前は、日本と中国・東京版本紙に掲載いたしました。温かいご協力、まことにありがとうございました) |
|
![]() 石景山医院への義捐金贈呈式(左は北京市対友協・劉樹声副会長) |
![]() 石景山医院からの感謝状 |
|
「中国を理解するために」―教職員部会・連続講座を開催 都協会教職員部会は、7月5日(土)午後、ちよだ中小企業センターで連続講座「中国を理解するために」を開講した。 講座の前半では、河野章・教職員部会副部会長(都協会理事)が「明治六年政変と西南戦争」をテーマに講義した。これは「日本軍閥の中国政策―国際社会での孤立化」の講座ですでに一度取り上げたものであるが、関係資料等をより綿密に検討することで西郷朝鮮派遣の意味とその評価を再考する重要性を提起した。 後半は小林雅昭部会長(都協会常務理事)が「中国管見」(小さな窓からのぞく―上海附近)と題して、「日本人との違い」(中国人の考え方)をテーマに講演した。氏自身が中国での日本語教育を通じて感じたことや、目にし耳にして実感した生活習慣の相違点、例えば箸の置き方、交通ルールなど身近で具体的な例をいくつか挙げて話した。お互いの文化、風習などの違いを知ることが相互理解の第一歩であると改めて感じさせた。 次回の連続講座は9月20日開講予定。 |
|
|
中国事情懇話会を開催 都協会主催中国事情懇話会の第7回と第8回を上野の東京文化会館で開催した。 第7回は農業問題に焦点をあて「中国のアキレス腱―三農(農業・農民・農村)問題」と題して、農林中金総合研究所副主任研究員の阮蔚さんを講師に迎え5月26日に行われた。 農村を搾取してきたこの50年の政策は、農村の極端な疲弊を生み出した。郷鎮企業が吸収できない余剰労働力は「出稼ぎ」しかなく、SARS表面化以降、北京からの民工の一斉帰郷の動きで、医療設備が整備されていない農村地域では感染拡大の心配は深刻だった。農業は基本的には南北問題、先進国が輸出し途上国が輸入する構造であり、唯一の例外が日本であることなど興味深い話が続いた。食糧自給率や流通の仕組み、負債を抱える万元戸などに質問が相次ぎ、人口の7割をしめる中国農村の問題が浮き彫りにされた。 第8回は佐藤嘉恭・元駐中国大使(社団法人日中友好協会副会長)を迎え、大きく動く世界情勢を分析しながら、とくに日本にとって重要な地域である北東アジア情勢をめぐって、外交の専門家としての話を聞いた。 国際政治情勢の当面の大きな課題は、イラクの復興、中東情勢を平和に導くことと朝鮮半島情勢(とくに北朝鮮の核問題)があげられる。北東アジア地域の平和と安定を確保するための枠組み作りを急がなければならない中で「昨年9月の小泉総理訪朝は、日朝関係の基礎を作った動きだったと私は高く評価したいと」と述べた。 不安定要因はあるが世界の人口の5割を占めるアジアの平和なしに世界の安定はない。経済の論理はどんどん進んでいるが、政治的にも交流が頻繁になることで、相互の信頼感が高まる。「お互いの立場を理解することで、平和と繁栄が開かれるのではないかと思います」と言葉を結んだ。 |
|
![]() 第7回中国事情懇話会(阮蔚先生) |
![]() 第8回中国事情懇話会(佐藤嘉恭先生) |
|
梅雨の合間の潮干狩り―第2回日中友好交流会に60人 都協会中国語普及委員会が昨年実施した日中友好交流会は、在日中国人と日本人が交流を通じて友情を深め、楽しみながらお互いの言葉を学ぶこともできるイベントとして大変好評だった。第2回の今年は6月15日に横浜でのハイキングと潮干狩りを企画した。 梅雨時とあって前日からの雨が夜明けまで降り続いたが朝5時には実施を決定、申し込みより少なかったが60名が参加した。会には、会員や各地区の中国語教室受講生のほか大学生、専門学校生も多数参加。中国人参加者は、お茶の水中国帰国者日本語学校の学生や留学生、社会人など、年齢、性別、職業もさまざまな顔ぶれであった。 集合場所は品川と金沢文庫の2ヶ所。10時過ぎには全員が金沢文庫駅に到着し、雨上がりの涼しい空気の中、金沢八景の一つとして有名な古刹・称名寺へのハイキングに出発した。緑豊かで池に架かる赤い橋が見事な境内を参観。干潮時刻の正午前に目的地に着くように早めに称名寺を離れ「海の公園」へ向かった。 潮干狩りは初めてという人が多く、公園に入ると用意のサンダルに履き替え熊手を手にしてさっそく砂浜へ。なかなか目あてのアサリに出会わず一心に砂を掘り返す姿があちこちにみられた。1個でも見つかると周りからも歓声があがり、童心に返って楽しい時間を過ごした。膝まで入って両手いっぱい収穫した人は満面の笑みで戻ってきた。 その後は休憩と昼食タイム。持参の弁当や、主催者が用意したおむすび、豚汁やビールに、その場で作ったアサリ料理などをほおばりながら歓談した。話も弾み十分に雰囲気が和んだところで、参加者全員の自己紹介に移った。冒頭、普及委員会の松井幸雄委員長が「天候が心配で皆さんも悩まれたと思いますが、これだけ大勢の参加を得てうれしく思います。都日中ではこれからも市民レベルの交流に力をいれていきたい」と挨拶した。参加者の自己紹介では、中国語で話す日本人、日本語で話す中国人の流暢な話し振りに拍手が湧いた。 空模様が気にかかって早めのお開きにしたが、「来てよかった。このような会をもっと開催してほしい」との声が多く寄せられた。 |
|
![]() 潮干狩りを楽しむ参加者たち |
![]() 参加者全員による自己紹介 |
|
2003年北京国際女子駅伝・日中友好万里の長城駅伝―4月13日、春爛漫の北京で開催 「2003年北京国際女子駅伝・日中友好万里の長城駅伝大会」(北京市対友協・北京市田径協会主催、都協会など共催)が、4月13日、北京で開催された。18回目となる今大会は、イラク戦争や広東省と香港を中心に広がりを見せ始めた新型肺炎(SARS)の影響で国際の部にキャンセルが相次ぎ、中国、エチオピア、モンゴル、ベトナムの4カ国という厳しい状況下での開催となった。北京市対友協は、北京にある各国大使館や企業に呼びかけて、友好の部に国際色豊かなチームをそろえ、国内からの参加とあわせて女子42チーム、男子132チームで盛大に開催した。 これまでの大会は、いつも寒さ厳しい早春の北京で行われてきたが、今年は快晴に恵まれ、気温14度、春爛漫の天安門広場でのスタートとなった。国際女子駅伝では、中国チームが、2時間17分45秒で、2年連続8回目の優勝を飾り、エチオピアが2時間20分51秒で2位に入った。 大会には、日本側役員として貫洞哲夫都協会会長と村岡久平同副会長(社団法人日中友好協会理事長)、および特別協力の佐川急便と中国日産自動車から担当の役員が参加した。4月12日夜、華彬ビルで行われた開会式の席上、貫洞会長は、「騒然たる世界情勢に加え、新型肺炎という予期せぬ出来事が重なって、厳しい状況下での開催となりましたが、本日ここにお集まりの皆様の熱意と友情で、スポーツを通しての国際友好交流の大切さを訴えていきたい」と挨拶した。また、貫洞会長ら役員は12日午前、孟学農北京市長と会見した。孟市長は、2008年オリンピックに向けて北京を一流の都市にレベルアップしたいと抱負を語った。 この大会は、SARSの影響で国際的イベントが次々と中止あるいは延期される中で行われた国際競技大会であったが、中国政府のWHOへの通告や正確な情報開示が行われていなかったことが大会後に明らかになり、孟市長は責任をとって更迭された。中国衛生省は4月20日の記者会見で、北京での患者数が9倍にのぼることを認め世界に衝撃を与えた。北京では、その後も深刻な状況が続いていることは周知の通りである。 |
|
![]() 恵まれた天候の中、好スタートを切った女子駅伝参加者たち |
北京へSARS緊急支援募金
未曾有の災厄に苦しむ中国の人々への支援に皆さまのご協力をお願いします。基金は北京市対友協を通じて役立たせていただきます。 ■郵便振替口座 00170−5−545690 NPO法人東京都日中友好協会 ※通信欄に「SARS支援」とお書き添えください □募金目標額 100万円 ■募金締切 5月31日 |
|
医療用具など北京へSARS対策緊急支援 北京をはじめ中国各地で新型肺炎(SARS)が猛威をふるっているが、都協会と北京市人民対外友好協会との交流事業も4月13日の駅伝を最後に中断している。都協会ではこのほど社団法人日中友好協会のSARS支援要請を受けて、北京市への緊急支援を北京市対友協を通じて行うことを決定、100万円を目標に広く募金を呼びかけることにした。例えば1000円で医療用マスク3個、5000円で感染防護服4着が調達できるとのことで、第1次締切は5月31日。支援内容は、現地の状況を踏まえ、最も必要とされ役立ててもらえる方法を検討していく。 |
|
|
地区協会だより ●千代田区日中友好協会―今年で23回目の中国物産フェア 千代田区恒例の「さくらまつり」が、3月28日から3日間、靖国神社の境内で開かれた。昨年はさくらが早すぎて史上初めて中止せざるを得なかったため2年ぶりの開催だったが、さくらは3〜5分咲きながら終始好天に恵まれた。千代田区日中では、今回で23回目の中国物産フェアを出店したが、人出の割りに、お客さんの財布の口が固かったのは、不景気の反映で致し方ない。今年の企画として古い会員のO氏が提供された、大小三十数個の毛沢東バッジが、人目をひいた。その隣に置いた千代田日中編集になるミニ写真集「周恩来」も、いまの若い人には、新鮮だったようだ。このたびの経験は提供商品に工夫をこらし、もっと自主的に開拓していくことの重要性を教えてくれた。 ●北区日中友好協会―北区日中スポーツ交流 地元TVでも熱戦を放映 北区日中恒例の国際スポーツ交流大会が、滝野川体育館を会場に4月20日、106名の参加を得て、盛大に開催された。今年も早い時間から、ぞくぞくと参加者が集合。最終的には事前申し込みを10名以上オーバーした。日本側は現役の中高校生27人をはじめ50名が参加。中国側は40名を超える参加があったが、お揃いのユニフォームのグループもあり、他を圧倒していた。他に韓国の留学生の姿も見られた。 競技は体育館を2分割し、片面の午前はバスケットボール、午後はバレーボール、もう片面では、午前・午後通しでバドミントン2面、卓球6面を実施。参加者は自由にプレーできるものの、どの競技も順番待ち。バスケットもバレーもグループで参加のチームあり、にわか仕立ての日中韓チームありで、それぞれのチームが国の名誉より友好第一で、熱戦を展開していた。全員が心地よい汗を流し、けが人もなく、最後まで残った参加者で集合写真を撮って、午後4時解散した。 なお、地元のケーブルテレビ局とスカイパーフェクトTVの取材があり、それぞれのニュース番組の中で当日の模様が放映された。 |
|
|
連続講座「中国を理解するために」開催 都協会教職員部会主催の歴史連続講座「中国を理解するために」は、河野章副部会長(都協会理事)を講師に昨年4月から8回にわたって「日本軍閥の中国政策」をテーマに学んできた。明治政府の中央集権国家形成の過程に始まり、昭和初期の内外諸情勢、満州事変を契機としての中国侵略や日本が国際社会で孤立するに至る状況など、二・二六事件を中心にその背景や影響などを膨大な資料からひも解いた。3月15日と4月19日の講座でこのテーマをしめくくった。 教職員部会では、今後は歴史に限らず幅広いテーマを取り上げていくことを決め、5月17日ちよだ中小企業センターで、浜口猛比古・東京リバーサイド学園校長(都協会理事)を講師に、戦後の日本語教育の沿革と現状について話を聞いた。 1984年、当時の中曽根総理が発表した留学生10万人計画は、今年4月に完全達成。留学生は約11万人、就学生は4万5千人を数え、この70〜80%が中国人という。浜口氏は、これらの青年が日本を理解し好意を抱いて帰国することで将来の日中友好を担う人材として期待できるとして、困難が多い就学生への支援と日本政府への施策改善申し入れの必要を説いた。またバブル期の第1次ブーム、氷河期を経て今の第3次ブームに至る推移と現状を説明、日本語学校に中国の現状をよく理解認識してもらうために友好活動に取り込んでいきたいと提起した。 |
|
|
日本社会への参画目指して―お茶の水中国帰国者日本語学校で第18回入学式 「お茶の水中国帰国者日本語学校」の第18期入学式が、4月7日夜、開講地である総評会館で行われた。式には江川陽子校長をはじめ、教師、来賓、新入生ら35名が出席した。 江川校長はこの日本語学校が東京都日中友好協会、東京都、総評会館の支援によって運営されていることに感謝を述べ、新入生と継続生に「本学での2年間という限られた期間で、しかも仕事をする傍ら日本語を学ぶことは困難が多いが、皆さんが大いに努力して一日も早く日本語を習得し、社会に参画できることを望んでいます」と激励した。菅原宗一理事長の挨拶に続いて、同校の卒業生に中国語を教わっているという総評会館の佐藤理事長が、「新しく言葉を学ぶには大変な努力が必要ですが、1年後に成果を競い合いましょう」と激励の挨拶をした。最後に中村勇都協会常務理事が「立地条件、学習環境、講師の熱意、いずれもすぐれたこの学校を、ささやかながら支援していることを都協会として誇りに思います。将来、皆さんがここで学んだ日本語と様々な経験を活かして、日中友好の架け橋となることを願っています」と祝辞を述べた。このあと担当講師の紹介があり、入学式は終了。式後、学生たちはさっそく初めての授業に臨んだ。 |
|
![]() 中国帰国者日本語学校で祝辞を述べる中村都協会常務理事 |
![]() 「40年前を思い出します」と平山社団法人日中友好協会会長 |
|
平山郁夫欧州写生絵巻展 都協会は、社団法人日中友好協会、教文館との共催で、3月29日から4月17日まで銀座の教文館ウェンライトホールで、「平山郁夫欧州写生絵巻展」―シルクロードへと続く海外への旅の序章―を開催、新聞やテレビでも紹介されて会期中、多くの人が会場を訪れた。3月28日午後同ホールで、平山郁夫協会会長夫妻が出席して開会式が行われ、都協会からは貫洞会長はじめ関係役員が出席した。 これは初の海外留学のときの作品を絵巻にまとめたもので、40年を記念して開催された。平山会長は、「何年もしまい込んで見ていませんが、一つひとつに思い出があります。雪の季節、ぶどう酒を飲みながら中を暖めて一生懸命勉強した若い時代を思い出します」と懐かしそうに語った。 |
|
|
中国新体制の発足について―第6回中国事情懇話会開く 都協会は3月20日夜、上野の東京文化会館で第6回中国事情懇話会を開催、ジャーナリストの西園寺一晃氏(都協会副会長)を迎えて「中国新体制の発足―政治の安定と経済の持続的発展は可能か」をテーマに話を聞いた。 中国は3月の第10期全人代で、国家主席に胡錦涛氏、首相に温家宝氏を選出して全面的な世代交代を実現した。今後は9人の政治局常務委員による集団指導体制で進むことになるが、「すべて若いなかにあって、軍事委員会に一人だけ江沢民が残ったのは見苦しいと僕は思います」と率直な話も聞かれた。9人全員理工系、4人は清華大学出身。中国は今哲学より経済・技術を重視しているのが人事からも見えるという。新体制での経済の持続的発展は恐らく可能だが、所得格差の拡大、失業問題、内陸部農村の絶対的貧困層の底上げ、エネルギー問題などの解決がないと内需拡大は難しいことを分析した。 |
|
|
平和と友好を願って―2003年日中女性新春の集い開催 2月11日午後、渋谷の東京ウイメンズプラザで都協会女性委員会主催の「2003年日中女性新春の集い」が行われた。集いには45人が出席。中国大使館の毛参事官(大使夫人)と(財)日中友好会館の王慶英経済交流部長(中日友好協会理事)から春節にちなんで子ども時代の正月の思い出を聞いた。 昔の農村は、いつも忙しく旧正月を前にしてようやく時間ができる。料理やすす払いをし、先祖に供える食べ物を用意、子どもにはきれいな服を着せて、新しい年を迎える準備をする。ある年になるまでツギあての服を着たことがなかったという毛先生も、中国の50年代からの自然災害と中ソの関係悪化、大躍進などが重なった時の年越しは印象深いという。南方には暖房がなく、洋服も配給制で並ばないと手に入らない。冬休み中、列の作りっ放しだったこと。一年間節約した分を正月に全部使うのは「今思い出してもほほえましい気持ちになる」という。良き時代とはいえないかもしれないが楽しめた正月だった」との話に毛先生の良き子ども時代が伝わってきた。 河北省出身の王先生が8歳まで祖父母と暮らした農村は、非常に貧乏で、トウモロコシはいいほう、サツマイモを粉にして食べるが、年中お腹いっぱい食べられるわけではない。小麦粉を食べるのはお正月だけだったという。餃子、まんとう、麦のお餅…。年々良くなるようにと年画を飾ることや先祖を迎えて一緒に過ごすために、男性が大晦日に線香を持ってお墓に行って呼び掛けること、玄関にトウモロコシのキビなどをもやすことなど、正月ならではの風習を紹介した。 この後、全員に賞品が当たるビンゴゲームで大いに盛り上がった。この集いに、内モンゴル出身で、中日芸術促進会の活動をしている陶冶さんから可愛い額縁入りの絵と画集が寄付された。 会の終わりに毛先生が「ひと言感想を」と立ち上がり、「私は、戦後に生まれ、党と政府と人民から与えられた仕事をしています。しかし日本の友人の方々は何でこんなに日中友好に尽力するのか…。それは一種の信念であり理想からです。私たちに今できることは人民の友好。年配の方が多いけれど、老いも若きも、先も後もなく、力のある限り力を合わせてがんばりましょう」との熱いエールに大きな拍手が起こった。 |
|
![]() 全員に賞品が当るビンゴに盛り上がる |
![]() 春節の思い出を語る毛先生(左)と王先生 |
|
チャリティ企画「平山郁夫版画展」を開催 都協会は、有隣堂亀戸エルナード店とアトリエ出版企画との共催で、2月28日から3月10日までJR亀戸ビルのエルナードホールで、「日中青少年交流」促進チャリティ企画「友好の輪を未来へ!」と題する平山郁夫版画展を開催した。平山画伯シルクロードシリーズの代表作「敦煌」「楼蘭」のリトグラフや木版画など約30点のほかに、東山魁夷、小倉遊亀ら巨匠の版画も協賛出品された。会場入り口には、都協会の活動事業を紹介するパネルや、 (社)日中友好協会と平山会長の活動パネルも展示された。 また都協会では、3月29日から4月17日まで、(社)日中友好協会と教文館との共催で、銀座・教文館ウェンライトホールで、「平山郁夫欧州写生絵巻展」を開催する。これは、40年前、平山会長が初の海外留学をした時の作品600点を絵巻にまとめたもの。このときの体験がシルクロードへとつながる「平山芸術の起点」とも評されている。ヨーロッパの古い街並みや出会った人々、のどかな田園風景など―全16巻の絵巻から12巻を選り抜き展示する。日中平和友好条約締結25周年を記念し、入場料の一部が日中青少年交流事業に寄付される。 |
|
![]() | ![]() |
|
地区協会春節だより ●北区日中友好協会―第2・第3会場でもあつあつ餃子に舌鼓 北区日中恒例の春節餃子パーティーが去る2月2日(日)王子小学校家庭科室を会場に136名(中国等の外国人は42名)の参加を得て、盛大に開催された。9時から帰国者や留学生の指導で餃子作りを開始。今年も多くの人が餃子作りに参加した。正午丁度に会長の北本区長が新年の挨拶でパーティーが賑やかに始まった。 家庭科室に入りきれない人は、第2会場の準備室、お手伝いの王子小赤十字クラブの子供達は第3会場の図工室であつあつの水餃子に舌鼓を打っていた。宴の途中では、役員、会員の景品提供によるビンゴ大会も行った。最後は「海はふるさと」の合唱となり、竹内副会長の閉会の辞でお開きとなった。 ●練馬区日中友好脅威会―帰国者・家族の会と合同で春の集い 練馬区日中友好協会と同歩会(中国帰国者・家族とともに歩む練馬の会)合同の「春の集い」が3月2日午後、練馬区勤労福祉会館に多彩な来賓を迎えて80名が出席し、賑やかに開催された。 中村勇区日中会長は挨拶で、地域の医療福祉充実のために、「すずしろ医療生協」との協力で進めている新診療所開設の経過を紹介した。アトラクションは、恒例の山下千恵子師匠の格調高い古典日本舞踊で幕を開け、楽しい歌声やビンゴゲームを全員で楽しみ、会場を巡る「秧歌踊り」でムードは最高潮となり、斎藤同歩会副会長の挨拶で閉会した。 ●豊島区日中友好協会―豊富な手料理とお年玉プレゼント 豊島区日中友好協会と日中友好促進豊島区議会議員連盟の共催による「春節を祝う会」が2月1日午後1時30分から豊島区立生活産業プラザで開催された。 堀口協会副会長の音頭で乾杯、懇親会に入り、会に参加された国会、都議会、区議会の各議員、区幹部職員らの紹介があった。今年も区内に在住、通勤、通学する中国の友人に参加を呼びかけ、一緒に中国の正月を祝った。秋元副会長をはじめとする婦人部役員による料理、ぎょうざ、焼きそば、煮物、揚げ物と豊富な種類が並び、参加者に大好評だった。毎年楽しみにして参加している中国の人も多く、来るたびに友達ができ、友好の熱気にあふれ、大変良い光景だった。最後は全員に恒例の「お年玉プレゼント」があって楽しい新年の集いとなった。 ●足立区日中友好協会―第1回定期総会と新年会を開催 昨年12月に発会式を開催し、正式な発足に向けて準備を進めてきた足立区日中友好協会の第1回定期総会と新年会が、2月23日午後、千住の区生涯学習センター(学びピア)内レストランさくらで行われた。 総会では渡辺足立区日中会長が「5千人といわれる区内在住の中国人と交流しながら日中友好を深めていきたい」と挨拶した。来賓を代表して貫洞都日中会長は、「変化する中国を理解するには、まず中国の土を踏み話をしてみる。何と言っても人と人とのつながりが極めて重要です」と活発な活動を期待して祝辞を述べた。足立区日中では、当面20人の会員だが、女性局をおくなど活動を通じて会員拡充を呼びかけていく。 総会終了後に同所で新年会が開かれた。渡辺会長の挨拶に続き、関口副会長が乾杯の音頭をとって歓談に入った。参加者の紹介や中国との関わりが披露され、安達副会長からは「これからは中国の人にも会に入ってもらい一緒に活動を進めていきたい」と提案があった。 ●目黒区日中友好協会―「新年の集い」と「手作り餃子の会」をそれぞれ開催 目黒区日中友好協会主催の「新年の集い」が2月3日午後6時から目黒駅前の「香港園」で開催された。今年の集いには、区内在住の中国報道機関の駐日記者、研修生14名と目黒区長、区議会議長、各党幹事長、都議会議員、目黒区日中会員等55名が参加して行われた。椎橋会長が昨年12月に急逝されたので、有座副会長が代わって会長の偉業を偲びながら挨拶を述べ、パーテイーに移った。会場では参加者が故人を偲んで黄山の植樹の思い出話に花が咲いた。 また、2月6日には、中国報道機関の方々、日中友好目黒区職員の会、目黒区日中の会員50名が、中目黒スクエアで、餃子をつくって春節を祝った。この催しは、同じ区内に住む区民として互いに親交を深め、日中友好を推進しようと、14年前からの恒例行事。当日は、中国側の奥様方が持ち寄った材料を使って、区役所の女性職員や、協会の婦人会員に手作りの餃子の秘伝を伝授。5百個もつくると食べる頃は全員くたくた。会食の後は、手品や、日中双方の歌合戦があり、時の経つのも忘れるほど楽しい春節の夜を過ごした。 ●大田区日中友好協会―1000個の餃子と腕自慢の家庭料理 大田区日中新春の集いは、春節より一週間早い1月25日に大田区蒲田の生活センターで開催された。第一部は恒例の餃子作り。40人以上が参加し1時から作業が始まった。今回は毎回餃子作りに参加し、手つきも慣れている人が多く、本当に餃子作りを楽しみまた参加者同士が和気藹々と交流しながらの時が過ぎた。4時半ごろには1000個の餃子が出来上がった。 第二部は6時開宴。餃子以外の料理は腕自慢の人たちが担当した。もち米肉団子、にんにく茎炒め、マーボー豆腐、中華スープなど心のこもった中国家庭料理の味と盛付けである。参加者は会員、中国語学習者、訪中団参加者や区内の小学校に通う子供たちと両親など総勢90名。習いたての中国語で交流する人、訪中した時の話を楽しむ人そして希望小学校の今後のことを熱心に話す人などさまざまで、お互いに交流を深め合った。 ●千代田区日中友好協会―定期総会のあと留学生招き新年会 千代田区日中では、2月8日に平成15年度定期総会を新世界菜館咸亨酒店で開催した。大塚金太郎理事が開会挨拶のあと議事にはいり、江戸開府400年区商連さくらまつりへの出店や、秋の日中平和友好条約25周年祝賀訪中団への参加を盛り込んだ事業計画などが採択された。 続いて新年会にうつり、石渡伸幸元区議長が乾杯の発声、続いて石川雅巳区長が新春の所感を述べられ、内田茂都議からは千代田区内に新たに中華学校の設立の話が進んでいることが紹介された。今年も、東大や東京医科歯科大、東京外国語大、一橋大学などの留学生11名が招かれて、なごやかに交流がなされた。閉会後に、留学生と参会者は連れ立って周総理の記念碑を見学した。 ●渋谷区日中友好協会―多彩な出し物でにぎやかに交流 渋谷区日中友好協会は、2月15日午後、渋谷区勤労福祉会館で春節の集いを開催、中国大使館の関・二等書記官はじめ中国マスコミ関係者や後楽寮の留学生、貫洞哲夫都日中会長、小倉基・渋谷区長、渋谷区日中議連の議員の方々や協会会員など100名を越す出席者があった。 小倉区長は、議連の訪中や中学生派遣事業の成果に触れ、平和友好条約締結20周年を記念して5年前に中国から贈られた「緑蓋梅」が今年は蕾をたくさんつけたことを紹介、「中国との友好のため渋谷区日中の益々の発展を期待する」と激励した。会には、広尾小学校に誕生した「広尾ジュニア合唱クラブ」の子どもたちが参加、心が洗われるすがすがしい歌声に会場から大きな拍手が沸いた。続いて日中友好太極拳協会の工夫扇の演舞、中国人参加者の自己紹介や京劇の熱唱などが会を盛り上げた。 ●中野区日中友好協会―一人ずつ「ひと言あいさつ」で歓談 中野区日中友好協会は、2月7日夜に中野区商工会館で新春のつどいを開催した。冒頭、伊藤会長の挨拶などに続き、町田副会長の乾杯の音頭で会は進んだ。それぞれ、中国への思い、昨年の日中国交回復30周年記念行事の成果、中野区の中国との交流事業の一端などの話があり、次の懇談の時間への序曲となってなごやかに時はながれた。その後、懇談・会食のなか、クジを引き景品を受け取った順番に一人ずつ一言挨拶をしていただき、新会員の紹介などを経て、最後に中山理事長の閉会の挨拶で会を終了した。 |
|
|
発音と旅行会話クラスを開講―第18回中国語春期スクーリング 3月2日、八丁堀の労働スクエア東京を会場に、都協会主催第18回中国語春期スクーリングが開催された。自分では気づきにくい発音の欠点をしっかり直し、正確な発音をマスターしようと、発音(島村泰子・大田区日中友好中国語会話学習会副会長兼講師団長、許堅・同学習会講師)と場面設定をして役立つ中国語を身につける旅行会話(徐潔・同学習会講師)の2クラスを開講した。 発音クラスには定員を超えて37人が参加、日本人には難しい音と口の形を繰り返し練習した。島村先生の分かり易い説明のあと、許先生が模範発音、日本語にはない音の注意や中国語らしい発音のためのワンポイントアドバイスもあり、なかなか思うように動かない口と悪戦苦闘しながらも、「発音がとても大事なことを改めて認識した」と受講生。 昨年夏に続いて、実践練習に重点をおいた旅行会話クラスには17人が参加し、ホテルでの服務台とのやりとりやレストランの場面などを想定して、一人ずつ会話練習をした。使いたい言葉や分からない点を事前に教わって会話を組み立て、講師が扮する服務員とやりとりする形は、「実践的でとても分かり易かった」と好評だった。 |
|
![]() 日本語にない音や中国語らしい発音のポイントを学ぶ (発音クラス) |
![]() ホテルの服務台を想定して実践練習 (旅行会話クラス) |
|
新年のごあいさつ―NPO法人東京都日中友好協会会長 貫洞哲夫 新年明けましておめでとうございます。 会員の皆様におかれましては、お元気で新しい年をお迎えのことと存じます。 昨年はご承知のとおり、日中国交正常化30周年という記念すべき年にあたり、両国において、数々の盛大な記念行事がとり行われ、両国の友好的雰囲気が大きく盛り上がりました。わが協会においても、10月に百名を大きく超える大型訪中団を組織して北京を訪問し、市長表敬や対友協との祝賀行事を通じ、あらためて、お互いの固い友情を確認いたしました。ここ一、二年、両国に存在した何となく好ましからざる空気も、これで一気に解消したかのような勢いでしたが、私どもは、この勢いを消すことなく、着実に確かなものにすべく不断の努力が必要であります。今年は、日中平和友好条約締結25周年の年であります。先人の築いた大きな業績の上に立って、本当に実りある友好の輪を広げるために、また新たな決意と希望をもって前進しようではありませんか。 新年に当たり、会員皆様の一層のご健勝をお祈り申し上げ、また更なるご精進をお願い申し上げる次第であります。 |
|
|
日中国交正常化30周年祝賀「2002年市民交流訪中団」帰国第2報 ●山水画の世界へ行くーAコース(桂林・陽朔・龍勝・上海) 国交正常化30周年祝賀訪中団で、最も行きたいと思っていた桂林を訪れる事ができ望外の喜びだった。 10月21日桂林空港着。途中かなりのデコボコ道を通って芦笛岩に到着。最大の見所の水晶宮は幅40mもあり、水の上にアルプス山脈のように奇岩が連なり極めて幻想的であった。 22日は漓江下り。竹江を9時40分出航、陽朔まで20キロの船旅を楽しむ。天候は幸運にも小雨。雨に煙って山水画の世界が広がる。奇峰の間を縫うように下り、漓江で取れた魚をつまみに桂林ビールを飲みながら船内で昼食を摂る。楊堤を過ぎると右に筆の形の文筆峰、左に九匹の馬が見えるという九馬画山などを見て、13時半全行程で随一の陽朔に着く。桂林は天下に甲たりと詩にも詠まれているが、その中でも陽朔は桂林に甲たりといわれる。 翌23日、千年前の建物があるという福利鎮から、興坪鎮に寄る。折り良く市が開かれていて見物出来た。漓江の流れのほとりで、晴れ上がった鮮やかな景色を眼前に見て昼食。 翌日は朝8時50分出発、10時40分ようやく竜背梯田の平安停車場に着く。梯田とは棚田のことで、元代に始まり、650年間、人と牛による開墾が続けられている。停車場から上はかなりの難路か、チワン族の人達が駕籠で運んでくれるという。漸く頂上に達し眺めると、見渡す限り高低差300メートル以上の棚田が広がり、名前の如く竜の背のようであった。この8日間の旅は、生涯の思い出と感謝している。 ●圧巻は「客家土楼」―Bコース(武夷山・厦門・南靖土楼・上海) Bコースは北京の祝賀行事の翌朝、6時5分にはバスに乗っていた。おかげで武夷山空港に降り立ったのはまだ午前10時。そのまま有名な武夷岩茶の産地である大紅袍に到着。岩清水という言葉がピッタリの山あいの地形で、上等なお茶を産出するのが理解できる。 午後は武夷山脈のひとつ天游峰の登山だ。標高400余メートルだから健脚なら1時間の道程だが、心臓の弱い私はやっとの思いで90分かかって登頂した。九曲渓を望む絶景がなければ、途中で引き返すところだった。休む間もなく下山したあとバスで岩茶精製工場を訪ね見学と武夷岩茶の買い物。夜は武夷山人民政府副市長さんを囲んで宴会、じつに長い一日が終わった。 翌日は小雨の中を九曲渓川下り。ビニールのカッパに身をくるんで太い孟宗竹の筏の上に腰掛け、大自然の懐深く走馬灯のように移り変わる景色を満喫した。 午後は再び機上の人となり、50分ほどで厦門に到着そのまま船着場直行でコロンス島に渡った。アヘン戦争の南京条約で共同租界となった島で、小高い日光岩に登り南欧風の赤レンガが広がる町を一望した。 翌日は泉州日帰り旅。開元寺では孫悟空の元祖といわれる猿の像のある西塔をみた。自然石に彫られた巨大な老子の座像の老君岩、泉州海外交通史博物館見学と盛りだくさん。帰路に途中下車して僅か3.5キロしか離れていない台湾領の小金門島を見ることができた。 しかしなんと言っても圧巻は南靖土楼の日帰り旅であった。土楼とは「客家」が残した巨大な砦を兼ねた山村住宅。客家はかつて北方から移住してきた漢民族で先住者からよそ者という意味で呼ばれた呼称、かのケ小平も客家出身という。古いものは築後270年、今も一つの土楼に同姓の13家族がイヌ・ニワトリ・アヒルなどと一緒に住んでいるものもあり、円形、方形、またそれらが器字型に群落をなしているものなど、見るも聞くも驚くことばかりであった。 最後は上海を垣間見ての帰国だったが、好天に恵まれ、珍しい写真もいっぱい撮れて、忙しくも収穫の多い旅であった。 ●海鮮料理と楽しい仲間―Cコース(大連・旅順) 『豊富な食材でおいしい海鮮料理もお楽しみいただけます』―Cコースの案内にこうあったせいか、大連空港着陸時から、牧田団長以下12人は「お昼はどんな海鮮料理?」という話でもち切り。出迎えの方が、早速地元の人たちで賑わう海鮮レストランに案内してくれた。そこで出される大海鮮料理は「美味しい」の一言。お腹いっぱいになったところで観光に出発。大連は『北海の真珠』と呼ばれる美しい町、そして日本統治時代の満鉄本社ビルやヤマトホテル等の建物が現存する歴史の街でもある。本当は「アカシアの大連」をゆっくりと散策したかったが、この日はシベリアからの冷たい北風が吹き荒れ、気温7℃。団員はマイクロバスのなかで凍えていた。 夜は大連市対友協の夕食会で「乾杯」「乾杯」を繰り返し大いに盛り上がった。都と大連市の友好を願って「東京音頭」も飛び出した。 翌日は快晴。北風もおさまり気温も上がり絶好のドライブ日和。まず日露戦争の激戦地・203高地ヘ。ここはその名の通り203mあり、駐車場から頂上までは「結構しんどい登り坂」と脅かされたが、しかし心配無用。駕籠屋さんが大勢待ち構えている。乗った人の感想は「すごく揺れたけど乗り心地はよかった」。 翌日はもう最終日で、たった2時間30分のフライトで成田に無事到着。楽しい旅に感謝し、写真交換会での再会を約束して、家路に向かった。友誼商店で買いこんだお土産を抱えて…。 ●少数民族の文化と出会う―渋谷区民訪中団(昆明・麗江・大理・上海) 渋谷区民代表訪中団32名は10月21日早朝、古代西南シルクロード要衝の地、雲南省の昆明・麗江・大理を目指し北京を飛び立った。 昆明では雲南省対友協の招待で昼食、金竜飯店で名物・過橋米線に舌鼓をうつ。「春城」とよばれる緑と花の多い昆明市中を雲南民族村と郊外の石林の2組に分かれ、目的地に向かう。民族村に一足入って目前の大ガジュマルの巨木にびっくり。太さを腕で計ったり触ったりするうちにセメントづくりと分かり一同又驚く。美しい白族の衣装を身につけた女性の運転するカートで各民族の住居を訪ねる。それぞれの民族には長い歴史に培われた固有の文化があり、いまも受け継がれていること、なかでも彩りも華やかでデザインも各々独特な民族衣装が強く印象に残った。22日待望の麗江へ。玉泉公園、東巴博物館、玉峰寺を3時間で見学、多忙ではあったがその内容の濃さに大満足。昼食を東巴拉走廊でとって、麗江に入ってずっと見飽きることのない玉龍雪山を間近で望める雲杉坪にリフトで登る。二人乗りのリフトは山のなだらかな斜面をゆっくり登り、10分程で着く。玉龍雪山の峰々のすばらしさは、リフトの帰路にあった。人を寄せつけない険しさ気高さに圧倒されながらも、麗江の玉龍雪山のこの姿、終生忘れられまいと感動の連続であった。麗江古城、四方街を歩く。老街の中を流れる水路は時間差で飲料水、食物を洗う。生活用水と区切って使用。そのきまりを破る人はいないとのこと。 大理古城では、明代の城壁に続く道を人並に揉まれて洋人街を通る。好天に恵まれ池に崇聖寺三塔の見事な美観が投影していた。丘の上からのペー族独自の屋根や白壁がすばらしい。長い歴史のなかで封印された大理文化は白族という少数民族と共に何時までも存続してほしいと思う。 国家指導者も若返り、エネルギーあふれる前進の中国と併せて、悠久の歴史と広大な土地に存続する各地、各民族特有の文化の偉大さを一部ではあるが体験して、中国との交流をさらに深くし、古さと新しさを共に継続する中国より学びたく思った。 |
|
Aコース龍勝・棚田の風景 | Bコース南靖土楼の様子 |
|
第18回「日本と中国・音楽の夕べ」―1000人が集う 第18回「日本と中国・音楽の夕べ」が11月21日夜、北区王子の北とぴあで開催され1000人が集まった。第1部は、二胡奏者でバリトン歌手でもある汪承躍さんとハーモニカの安部恵一さんの舞台。「夜来香」では哀愁深い二胡の音色と朗々たるバリトンのコラボレーションを楽しんだ。メロディと伴奏を一本のハーモニカで奏でる安部さんの「荒城の月」や「旅愁の夢」に大きな拍手がわいた。 第2部は、ボニージャックスの出演。晩秋にふさわしい秋のメドレーで幕が開いた。懐かしいラジオ歌謡や北京公演で大受けした中国語での「アラモハン」、黒人霊歌や北区合唱連盟との共演による「翼をください」とロシア民謡メドレーなどボニーの幅広いレパートリーを満喫、ユーモアたっぷりのトークに会場は何度も爆笑に包まれた。障害をもった子どもの詩に曲をつけた「車椅子のおしゃべり」では、作詞者の名前と小さなエピソードも紹介、感銘を与えた。新曲「あなたの笑顔」はすばらしいピアノ伴奏とともに会場を魅了した。 |
|
![]() 第18回「音楽の夕べのフィナーレ」 |
![]() 第5回東京都日中友好囲碁大会の様子 |
|
第5回囲碁大会に45チーム―小学生も初参加 第5回を迎えた東京都日中友好囲碁大会が11月30日(土)、囲碁の殿堂日本棋院で開催された。45チーム135人の囲碁愛好者が集まり会場は満員、熱気にあふれ盛大な大会となった。開会式では比留間邦助大会副実行委員長の主催者挨拶に続き、中国大使館の邱国洪公使参事官が「友好と親善が最大の目標」と挨拶した。白江審判長の「始めてください」の開始宣言で試合が始まった。 本大会ではSクラスを新設、6チーム総当り制でしのぎを削る熱戦が展開され、中国連合チームが初の栄冠に輝いた。Bクラスには小学3年生の「ひまわり」チームが出場。可愛らしい女の子だが、全員2段の大人に劣らない豪腕で、碁の内容、時計の押し方等なれていて堂に入ったもの。「将来恐るべし」との強い印象を周囲に与えた。今年も白江7段と翁子瑜6段の指導碁が人気だった。 成績は次の通り 〔Sクラス〕優勝 中国連合チーム/準優勝 東京都主税局1/3位 ダメヅマリ/4位 都庁囲碁部〔Aクラス〕優勝 棋誠会/準優勝 あきる野支部1/3位 コアラ/4位 勝島囲碁クラブ〔Bクラス〕優勝 ナンケン/準優勝 新宿区3/3位 渋谷区役所2/4位 板橋区役所〔Cクラス〕優勝 新宿区5/準優勝 中国大使館2/3位 立川市/4位 大田区2 |
|
|
地区協会だより ●葛飾区日中友好協会―「柿狩り」バスハイクに70人 葛飾区日中は11月10日、秋晴れのなか、恒例の『会員と在区中国人との交流バスハイク』を実施した。 例年より多い70名が参加した。バス2台で区役所前を出発。車中、日本語・中国語を駆使した自己紹介をしながら水戸市の笠間神社に参拝。「菊人形祭り」が参加者の目を楽しませた。昼食の頃には「中国語が話せないので、友好になるか?」と心配していた人たちも交流を深め、和気藹々の空気が広がった。『お菓子の博物館』からお土産を抱え、メインの『柿狩り園』へ。もぎとり食べ放題とあって、おいしそうな柿を農園の人に選んでもらったり、自分でもいだりして柿狩りを満喫した。 「来年の開催はいつ?」なんて気の早い期待の声もあり、楽しいバスハイクの幕を閉じた。 ●豊島区日中友好協会―湯河原みかん狩りとバーベキュー バスの旅も5回目を迎え、今年は秋の深まる湯河原みかん狩りと真鶴バーベキューを企画した。11月10日、日本人27名、中国の友人25名を乗せ一路湯河原へ向う車中では早速カラオケ開始、毎年中国人に圧倒されがちだったが、今年は日本人も負けてはおれじと名人級の歌が続き、白熱の「日中カラオケ歌合戦」といった様子だった。 車窓より日本晴れの富士山と紅葉を楽しむうちにみかん狩り会場に到着、さっそく畑に散って陽をたっぷり浴びた黄色いみかんをほおばっていた。2〜3日置いた方が甘味が出るとのことで、おみやげにたくさん買い込んだ人もいた。真鶴ケープパレスのバーベキューでお腹一杯になったところで三ツ岩海岸を散策。風も無く、遠くの島までくっきりと見ることができた。 ●北区日中友好協会―車中でビンゴやカラオケ大会 北区日中恒例の友好バスハイクが11月23日午前8時、房総方面に向け出発した。最初の休憩所を過ぎたところでビンゴ大会が始まった。読み上げる数字に一喜一憂し、1等ポータブルCDプレーヤーはじめ次々に豪華?景品が飛び出して全員に行き渡ったところで昼食の勝浦ホテル三日月着。日蓮上人ゆかりの小湊・誕生寺参観の後、冨浦のみかん農園へ。急な斜面を登りながら、甘酸っぱいみかんをいくつも頬張っていた。次の目的地、海ほたるまでの車内は日中歌合戦。ここ数年、人数で中国側に圧倒されていたが、今年は、参加者も多くアンコールも出て日本側の勝ち。海ほたるでの夜景を楽しんだ後、帰路に就いた。 |
|
![]() 葛飾区日中柿狩りの参加者たち |
![]() 第5回中国事情懇話会の様子 |
|
最新の中国を学ぶ―第4回・第5回中国事情懇話会 都協会主催中国事情懇話会の第4回と5回を上野の東京文化会館で開催した。 第4回は、「第16回党大会と中国・東アジアの行方」と題して、東洋学園大学教授の朱建栄氏を講師に迎え、11月19日夜に行われた。大幅な若返り人事の特徴や総書記に就任した胡錦涛氏、次期首相候補と目される温家宝氏など新指導部の経歴や人となりを詳しく紹介した。 第5回は、12月9日午後、北京市人民対外友好協会訪日団団長として来日中の劉樹声副会長を講師に迎え、オリンピックに向けて大きく変貌を遂げる北京市の状況と身近な市民生活の変化などを聞いた。2008年をめざし、地下鉄・電車の交通プロジェクトがスタート、王府井の地中ケーブル化などインフラ整備、毎年1千万uというスピードで新しい建物が出来ている都市建設や大気汚染防止・緑化建設といった環境への取り組み等、多岐にわたって北京の大開発・大建設の実情が紹介された。 |
|
|
写真展「ニイハオ小朋友」開幕 12月12日夜、渋谷区こどもの城で都協会主催の写真展「ニイハオシャオポンヨウ」の前夜祭が、行われた。写真家の岡本央氏(都協会参与)が中国各地で撮影した子どものいきいきとした姿をとらえた70点が展示されている。 貫洞哲夫都協会会長が「子どもたちは現在の社会を映す鏡であり、将来を担う存在。国交正常化30周年を締めくくるに実にふさわしい」と挨拶した。岡本央氏は「私は色々と考えながら写真を撮るのではなく、ただ楽しくてニコニコしながら撮っているだけ。大人はもちろん子供たちにも見ていただき、楽しさを分かち合ってほしい」と作品を紹介した。参加者から「写真に切り取られた子どもたちの笑顔は、岡本氏の人柄の反映」「写真の子どもがこちらに話しかけてきそうだ」と感想が寄せられた。 本展は03年1月13日(月)まで渋谷区こどもの城で開催中。入場無料。 |
|
![]() 「ニイハオ小朋友」写真展前夜祭 |
![]() 北京市対友協訪日団(北海道にて) |
|
北京市対友協訪日団―雪の北海道を訪問 劉樹声副会長を団長とする北京市人民対外友好協会訪日団5人が、12月8日から15日まで来日した。 団員は、趙玉民・北京市石景山区副区長、国愛華・北京市対友協秘書長、王健・同副秘書長、于舟・北京友好法人倶楽部副秘書長。一行は、滞在中に都協会主催の中国事情懇話会と常務理事会忘年会に出席、参加者と旧交を温めるとともに、来年の交流事業等について意見交換をした。11日から2泊で函館と札幌を訪問、美しい雪景色を楽しんだ。12日夜は北海道日中の役員とサッポロビール園で会食、今後の協力について話がはずんだ。 |
|