日本と中国・東京版ダイジェストのページ
このページでは、機関紙「日本と中国」東京版(奇数月発行)のダイジェストを紹介しています。
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2005年11月25日号
2005年東京-北京市民交流訪中団―剪紙・茶道・凧づくりで交流
 NPO法人東京都日中友好協会では10月23日、北京市人民対外友好協会との共催で北京で市民交流の集いを実施した。この市民交流には、貫洞哲夫会長を総団長とする「2005年東京―北京市民交流訪中団」一行53名に、「北京承徳の旅」(団長・高野慶市)の7人も参加した。
 10月22日午後、北京到着。一行は秋の彩りに包まれた慕田峪長城と北海公園に分かれて参観した。23日午後の市民交流の集いは、3組に分かれて、グループごとに北京の人たちと楽しい時間を過ごした。
 昨年に続いて崇文区百工坊で行われた「剪紙」は、北京民間工芸大師の称号をもつ徐陽氏が芸術性あふれる中国剪紙を紹介、実技では、習いはじめて数カ月という小さな先生たちの器用な手つきを真似しながらハサミを動かし、個性あふれる「金魚」を完成させた。会場では紙と筆も準備され15歳の唐暁天さんの見事な書に拍手が起こった。日本側は団員の福山さんが筆をとって漢詩の一節を揮毫、書道交流も行われた。
 東城区の北京春潮茶文化発展中心を会場に行われた「中国茶道」参加者は、田立平先生の淹れたお茶を味わい、その作法に見よう見まねで挑戦。自分で淹れたお茶は格別の味わいがあり、ふだん何気なく飲んでいる中国茶の種類の多さやその道具にも魅せられた。団員の安藤さんが日本のお手前を披露、それぞれの違いと奥の深さに触れた交流となった。ここは中国の茶文化を広げ、中国の「茶芸師」の資格を取るための研修所であり、日本からも毎年研修に来ているという。
 宣武区にある今年創立80周年という北京市回民学校では凧揚げの交流が行われた。「飛べる凧を作ってください」と王静校長の笑顔の激励を受け、色や形もさまざまな美しい凧が飾られた教室で、馬先生の指導のもと、学生たちの手伝いを受けながら基本の「孫悟空」に挑戦。初体験の女性たちに対し「子どものころ手作りしましたよ」と余裕の男性陣。完成した作品を手にいよいよグラウンドへ。糸車が勢いよく回り風に乗って空高く上がっていく凧にあちこちで歓声があがった。「集合!」の声に「もう少し!」と、童心に返って楽しいひと時を過ごした。
 この日の午前は、故宮と頤和園の参観のほかに「家庭訪問」もあり、西城区の胡同に住む王天枢宅を11人が訪問した。王さんの案内で、若者たちが集まるバーやカフェなど、新しい町に変ってきている什刹海の周辺を散策、伝統的な四合院にある居民委員会なども見学した。昨年太極拳の団で日本を訪問した王夫妻は、定年退職後、家を改築して2人暮らし。日本での写真を見ながら棗や新疆のブドウでお茶をいただいて、市民の暮らしの一端にも触れることができた。
 訪中の直前に小泉首相の靖国参拝があり、団員のなかには中国の空気を心配する声もあったが、市民との交流を通じて、友好と相互理解を深め、民間交流の大切さを実感した旅となった。
小さな先生にきり方を教わる剪紙グループ
小さな先生に切り方を教わる剪紙グループ
程訪問先の王夫妻(両側)と太極拳を楽しむ
家庭訪問先の王夫妻(両側)と太極拳を楽しむ
中国茶道の作法を学ぶ
中国茶道の作法を学ぶ
童心に返って凧作りに熱中
童心に返って凧作りに熱中
地区協会だより
●豊島区日中友好協会―「国際交流のみこし」を担ぐ
 毎年9月池袋西口駅前広場で催される「ふくろ祭り」に参加し今年で12年。NPO法人「国際交流のおみこしを担ぐ会」は、外国人・日本人が仲間として一緒にみこしを担ぎ、日本の伝統文化に触れるとともに、同じ地域に暮らす住民としてお互い受け入れあう関係を育むことを目的として設立され、三代目会長として富澤・豊島区日中常任理事が運営指導に努めている。
 9月25日午後4時半、日本人130人・外国人96人(内中国人31人)の参加者は、第一会場の区立勤労福祉会館で、おみこしの担ぎ方、掛け声の掛け方などを練習、おにぎりを食べて元気を付け第二会場の西口駅前広場へ。6時、13基の町会みこしと共に「国際交流みこし」が発進。世界の若者と日本の若者が力を合わせて担いだみこしは、観客の注目を浴びるとともに感動を与えた。7時、御神酒所にみこしを返却し、第一会場で「交流会」を開催。食事は習慣(ベジタリアン等々)宗教(イスラム教、ヒンドゥー教、モルモン教等々)の違いに苦慮しながら毎年豊島区日中女性委員会が用意。各国の国旗カードを用意し、自国以外の人と会話できるよう工夫をこらしたゲームを楽しんで、午後9時、再会を約し解散した。
●北区日中友好協会―北京第一実験小吹奏楽団が来日
 8月、北区の少年サッカーチームが北京市宣武区へ訪問、9月には宣武区の北京第一実験小学の吹奏楽団が北区へ交流に訪れた。孫副校長はじめ先生6人と児童38人の44人、楽器の量も半端でない。
 全国小学校教育のモデル校と位置付けられる同校と王子小学校との間で友好交流が始まったのはちょうど20年前の1985年。それが契機となり北区と宣武区の友好関係が始まった。
 9月29日、一行は区長、区議会議長をを表敬訪問後、姉妹校の王子小学校で交流。日本側の和楽器と踊りによる「王子狐囃子」を興味深げに見入った後、今次の初演奏を披露してくれた。元気な澄んだ音色だ。午後は、滝野川会館で北区立紅葉中学校・吹奏楽部との交流演奏会。楽器形のしゃれたプログラムには「北京第一実験小学管楽団訪日演出」の標題。公式海外公演という格好だ。満員の観客の中、中学校のお兄さんお姉さんに負けないくらいの拍手を浴びた。夜は、北区と北区日中による歓迎宴。さすがに疲れた?しかし、随行通訳の「明日は休みましょうか?」には強烈なブーイング。何故って?明日はディズニーランド、休んでたまるか! その後、ディズニーシー、日光、都庁を見学、様々な日本を胸に10月3日帰路についた。
●北区日中友好協会訪中団―宣武区で“身内”の宴席を楽しむ
 北区日中では7年ぶりとなる第11次訪中団(丸山典義団長以下30名)を北京市宣武区に10月8日より11日まで派遣した。9日午前、宣武区人民政府を表敬訪問、昨年8月に北区を訪問された武高山区長をはじめ、幹部の先生方と再会。「戦後60周年の意義ある年に訪中し、昨年の歓迎宴の席で外弁の喬燕華主任が定年間近と伺い、退職前に貴区を訪問するという約束を果たしに参りました」と丸山団長が挨拶すると、恐縮する喬主任に訪問団から大きな拍手が送られた。その後、一行は北京第一実験小を訪問。9月に吹奏楽部の児童が北区を訪問したこともあり校長先生や団長の副校長、顧問の音楽教師の出迎えを受け、子供達から書画の作品が団員一人一人にプレゼントされた。この日の晩は、宣武区主催の歓迎宴、最後の晩は団主催の答礼宴が開かれたが、丸山団長のハーモニカ演奏で武区長が「北国の春」を歌う側で、女性団員が宣武区幹部とダンスを踊る等、身内の宴席のように大いに友好を深めた。
●渋谷区日中友好協会―区民フェスタで中国物産販売
 11月3日・4日、ふるさと渋谷フェスティバルがあり、渋谷区日中は「中国物産販売」をおこなった。渋谷区日中の理事など約15人の役員が中心となり、大声で天津甘栗などを販売、飛ぶように売れた。中国に関心のある人が訪ねてくれば、都日中の新聞を渡したり、「日本と中国・音楽の夕べ」のキップも販売、書道教室や中国語教室、太極拳教室の宣伝なども行った。
 特に初日3日の会場の代々木公園は大勢の人でごった返した。毎年百万人くらいの人出がある。午前中は雨もようだったが、午後は天気もよくなり、さらに人出が増した。そのなかで物産販売の役員の声はひと際高く、ひと目をひいた。売上金の一部が渋谷区日中に還元され、活動費となる。
第21回「日本と中国・音楽の夕べ」開催―オペラ・アリアに酔いしれる
 第21回「日本と中国・音楽の夕べ」が11月11日夜、品川区大井町の区立総合区民会館きゅりあん大ホールで、900人の聴衆を集めて開かれた。
 ―平和と友好の願いをこめて サイ・イエングアン世界を歌う―と題した音楽会は、西岡奈津子さんによるエレクトーン「凱旋行進曲」の力強い演奏で幕が開いた。第一部は珠玉のアリア集。茶目っ気たっぷりの「ムゼッタのアリア」、切ない心を歌い上げる「歌に生き、愛に生き」、コマーシャルにも使われ多くの人に親しまれている「私のお父さん」…司会の永井邦子さんの案内でオペラがぐっと身近になった。12月ギリシア新国立劇場でアジア人初のソロとなる歌劇「魔笛」から「夜の女王のアリア」の歌声が会場いっぱいに響きわたった。 
 第二部の始まりは品川区合唱連盟有志80人による唱歌メドレー「ふるさとの四季」。四季折々の風情を込めた懐かしい曲の数々に小さく口ずさむ人も。日本の自然の美しさを思い出させる歌声に大きな拍手がわいた。続いてサイさんが、「初恋」「赤トンボ」「アヴェ・マリア」「私は中国を愛する」と世界の愛唱歌を歌い上げた。サイさんの代表曲「愛する小鳥よ」には静まり返った会場から割れんばかりの拍手がわきおこった。
 第三部グランドフィナーレは合唱団の華やかな衣装が舞踏会の雰囲気をつくりあげ、サイさんと指揮者・劉純実さんのテノールで「乾杯の歌」「メリーウィドウ」を歌い上げた。
「ふるさとの四季」を歌う品川区合唱連盟有志の皆さん
「ふるさとの四季」を歌う品川区合唱連盟有志の皆さん
グランドフィナーレでのサイさん(左)と劉純実さん
グランドフィナーレでのサイさん(左)と劉純実さん
第8回東京都日中友好囲碁大会―Aクラスで中高生チーム優勝
 10月16日(日)、第8回東京都日中友好囲碁大会が、市ヶ谷の日本棋院を会場に48チーム144名による団体戦で盛大に開催された。
 前回に続き子どもたちの活躍が目立ちAクラスでは、中学生と高校生のチーム流石会が初優勝。Aクラス4位と善戦した小学3・4年生女子のSinju-ku娘チームは、強豪の大人を連覇し決勝トーナメントに進出した。優勝の流石会は来年、Sクラスへの昇格が決まり、活躍が期待される。最強Sクラスで例年上位入賞のダメヅマリ吉田主将が、予選で負けたサン・ジャパン王海東主将に決勝で雪辱、念願の優勝に輝いた。Cクラス優勝は中国大使館チーム。馬駿一等書記官の周りに人だかりができ、その中国流の石さばきに多くの人が感動していた。この大会では、小さい子どもたちが大人と対等に戦う姿や日本人と中国人の言葉の通じない者同士でも何の障害もなく対局する姿が見られ、世代や国境を越えた囲碁の素晴らしさが多くの人たちに感動を与えた。
成績は、次の通り
◆Sクラス:優勝・ダメヅマリ、準優勝・サン・ジャパン、三位・中国留学生チーム◆Aクラス:優勝・流石会、準優勝・石本、三位・東京メトロT◆Bクラス:優勝・武蔵村山市役所悠和会囲碁部、準優勝・渋谷区役所U、三位・華瀛棋楽会◆Cクラス:優勝・中国大使館、準優勝・立川市囲碁部、三位・東京都主税局V
48チーム144人による熱戦
48チーム144人による熱戦
小学生の女の子チームも大健闘
小学生の女の子チームも大健闘
第10次渋谷区民代表訪中団―西城区で生涯学習の交流
 9月25日から10月2日まで第10次渋谷区民代表訪中団が北京、紹興、杭州、上海を訪問した。一行20名は夢いっぱいに出発、午後2時北京着。この日は北海公園を見学、夜は王府井の全聚徳北京ダックで対友協歓迎宴。国慶節を前にして、イルミネーションに輝く天安門広場などを見学した。
 翌日は訪中のメインである西城区を訪問。団員は、万里長城見学と西城区表敬訪問に分かれ行動。西城区組は、午前、雲居寺を見学して午後3時に西城区へ。表敬のあと、区内の新街口にあるコミュニティーセンターを訪問(渋谷区民会館のようなシステムのところ)。ここで生け花や書画、京劇の練習などをしている市民と交流した。ここでは定年後の生涯学習も行われていて、「日本の皆さんとも交流したい」「渋谷区民会館の自主サークルと交流したらどうか」「市民同士の交流こそ日中友好だ」と活発な意見が交わされた。夜は西城区主催の歓迎宴が盛大に行われた。
 翌日から、紹興・杭州・上海などを観光。上海の魯迅記念館では、村山団長が「29年前、第1回渋谷区民訪中でここを訪問し、魯迅先生の墓の前で写真を撮りました」と挨拶すると、同館の副館長が感激していた。「すばらしい訪中だった」という声を聞きながら、全員元気に帰路についた。
訪中団「見に行く会いに行く」北京で懇話会を開く―“家計問い環境”をテーマに
 10月10日から14日まで「見にいく会いに行く北京・桂林の旅」が北京、桂林、広州を訪問した。婦人之友社の『明日の友』読者を中心に北京で家庭生活に関わる懇話会を開催して今年で3回目。今年のテーマは「家計と環境」。
 11日午後、北京市人民対外友好協会ホールで行われた会には団員12名、北京市対友協の張賽娜副会長はじめ校慶会(自由学園北京生活学校卒業生)、東城区の団地の管理者ら27人が出席した。千葉公子副団長(婦人之友社社長)が30数年来の読者の環境への取り組みに触れ、「小さなことではあるが、こういうことが家庭から国、さらに近隣諸国との協力で地球家族として広がっていくように願っている」と挨拶した。団員の岡崎さんがCO2濃度の40万年の変化から(人間の健康診断書に重ねて)地球のカルテを見ると、「ものすごい高血圧で重病にかかっている」と紹介、昨年1年間38家庭の光熱費統計表を説明した。實さんがゴミ減量の取り組み、永山さんはエネルギー減を目指し核利用の発電を増やしたくないとの思いで広島から始まった「なべ帽子」を紹介した。実物を手に取った中国の人たちもさっそく作りたいと興味津々。中国の女性たちからは、ふだんの生活のなかで取り組んでいる節水や節電が報告された。洗剤の代わりに重曹を使っている話には、日本側から「同じですね」との声も。マラソンコーチをしている栗娟さんから「若い世代に節約の理念をアピールするのが課題。次回は団地で開いて多くの人に広げていきたい」と提案した。三宅団長が「地球を守るという大変な課題を与えられた気がします。これからも家庭生活の中で研究と実践を重ねていきたい」と会を締めくくった。
人口問題テーマに第15回中国事情懇話会開く
 都協会は第15回中国事情懇話会を9月13日夜、上野の東京文化会館で西園寺一晃・椙山女学園大学客員教授(都協会副会長)を迎えて開催した。テーマは「中国の一人っ子政策と人口問題」。
 現在、中国の人口は13億余で世界1位、世界の21.4%を占める。食糧、エネルギー、環境の中核にあるのは人口問題であり、将来の世界・将来の地球に関わると話を進めた。1949年建国当時5.42億人だった中国の人口は、58年の「大躍進」のときに6.94億人。アヘン戦争からの109年間で1億人だったのが建国後9年で1億人増加。この人口の爆発的増加をめぐり政府・党の方針が揺れ動いた。国力強化のため出産の推奨や食糧・経済問題からの家族計画活動など。78年から始まった一人っ子政策では、守らなかった者に対して、罰金や賃金カットなどの措置を採った。このことは人権問題として国際的な議論を呼んだが、中国政府は「人口の抑制なくして中国の生存はない」という立場をとっている。米国の学者レスター・ブラウンは94年地球白書「誰が中国を養うのか」で、2030年に中国の人口は16億に達し、経済の急成長による食生活の多様化、穀物の需要拡大から国際市場で食糧争奪の大混乱が起きると予測した。西園寺氏は、これが中国脅威論に政治的に利用されたきらいはあるものの、中国の人口は自国で養うしかない。労働力不足や少子高齢化の問題から一人っ子政策を改める一方で、農民を組織する一種の集団化、あるいは米国式に株式会社化した大農場方式などで農業政策を抜本的にかえなければいけないと述べた。
第23回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会開催
 第23回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会が10月2日、千代田区の万世橋区民会館で行われた。
 審査員は、審査員長の山下輝彦・都協会中国語普及委員会顧問(慶應義塾大学教授)、胡興智・日中学院専任講師、張国清・中国国際放送局東京支局長の3氏。
 朗読の部は課題文制で行われ、基礎部門5名、一般部門7名が出場した。張審査員は「日本語にはない声調が難しいと思うが、皆さんの勉強熱心さに感心した」と感想を述べた。各賞は以下の通り。金賞=金子千代子(日中学院)、佐藤愛(関東国際高校)、銀賞=渋谷亮介(公務員)、五味鉄平(日中学院)、努力賞=押谷史朗(会社員)、平野淳(会社員)。
 午後の弁論の部には4名が出場。留学や学校生活、日常の出来事から感じ取ったことなど、身近に材をとって発表した。胡審査員は「もう少し個性的な内容で、メリハリをつけて表現できれば、さらによいスピーチになるでしょう」と激励した。東京都日中友好協会会長賞は関東国際高校3年の野崎真智子さん。「私と剣道」と題して、小学生の時に練習の厳しさから一度はやめてしまった剣道に、高校で再挑戦。稽古を通じてその根底にある相手に対する礼儀や敬意の精神に気づき、もう逃げることなく、剣道を続けようという思いを語った。野崎さんは11月27日の全国大会に東京代表として出場する。各賞は以下の通り。都協会会長賞=野崎真智子(関東国際高校)、北京市人民対外友好協会会長賞=大岡令奈(慶應義塾中等部)。
都協会会長賞受賞の野崎さん
都協会会長賞受賞の野崎さん
弁論の部・審査員と出場者
弁論の部・審査員と出場者
太極柔力球創始者・白榕氏が全国レク大会総合開会式で表演
 9月17日午後、東京体育館メインアリーナで第59回全国レクリエーション大会総合開会式が行われた。この会に太極柔力球創始者の白榕氏が日本太極柔力球協会の招きで来日、日本の初級普及指導員20名と基本動作のデモンストレーションを行った。続いて中国の初代チャンピオン李恩荊・華中師範大学講師と競技のさわりを披露すると、その華麗な妙技に会場から歓声とひときわ高い拍手が起きた。
 三笠宮名誉総裁ご臨席のもと、4千人の全国レクリエーション関係者の前で、太極柔力球を披露した白榕氏は、「日本の皆さんが柔力球に関心をもち、一生懸命練習する姿に感動しました。柔力球は人生を楽しくするのが目的。さらに練習を重ねていくことで、生活や人生に対する考えのようなものを柔力球の動作を通して表現できるようになります」と語った。大会特別協賛行事として、18、19日には特別講習会と第2回普及指導員認定試験が行われた。
 なお、日本太極柔力球協会は、12月17日に第1回総会を開催、18日に北京から劉家驥講師を招いて特別講習会を予定している。
太極柔力球基本動作のデモンストレーション
太極柔力球基本動作のデモンストレーション
(写真撮影=株式会社フォート・キシモト・米岡伸剛)
右が白榕氏、左奥が李恩荊氏
右が白榕氏、左奥が李恩荊氏
(写真撮影=株式会社フォート・キシモト・米岡伸剛)
都協会も製作協力『見せて通じる中国語』
 このほど『CD付 見せて通じる接客の中国語』が成美堂出版から刊行された。翻訳・監修は、都協会中国語スクーリングの講師を務める徐潔さんが担当、都協会も協力した。大きな特徴はカタカナ表記。中国語が話せなくても接客できるように、よく使われる会話は指さすことでコミュニケーションも可能。飲食店やホテル、商店での利用はもちろん、旅行に役立つ単語が満載。とっさのときの中国語―きっと役立つ1冊だ。〔成美堂出版・1,200円(税別)〕
帚木蓬生『逃亡』中国語訳を出版―滕新華さんに聞く
 「僕はこの本を読んで日本の戦時中・戦後の暮らしが初めて分かりましたよ。食料の統制や町一面のバラック…。今の中国の若者は日本人といえば金持ちという印象しかないが、戦時中の日本は中国の貧しさと同様だった。周恩来首相の言われた、両国民とも被害者だったという言葉の通りです」
 2年前、新型肺炎の大流行で対外交流が中断され、家で待機している間に、『逃亡』(箒木蓬生著)を読了。戦時中や戦後、ふつうの日本人がどのような目であの戦争を見ていたのか、どのような生活を送っていたのか。日本人作家によって歴史の事実を踏まえて書かれたこの小説を、一人でも多くの中国人に読ませたいと翻訳への思いが高まった。新型肺炎の直後、20年続けた民間交流の仕事から離れることになった。そのショックと憂鬱の思いを乗り越えなければならないという気持ちからも翻訳に取り組んだという。仕事の余暇に机に向かい2年がかりで完成させた60万字の労作は今年、戦後60年の夏に群衆出版社から3千部出版された。
 香港で諜報活動に従事していた守田軍曹。憲兵狩りにおびえつつ命からがら帰国した日本で待っていた「戦犯」追及で、再び逃亡生活を余儀なくされる。97年新潮社から発行。「国家と個人」を問う日本人必読の書として、97年柴田錬三郎賞を受賞した作品(新潮文庫、上・下刊)。作者の箒木蓬生氏から翻訳への謝辞とともに「『逃亡』は両国間の悲劇を等身大で描いており、中日の平和を希求する上で有益な作品と自負しています」と滕新華さんへ手紙が届いた。(現在は、北京市西城区外事弁公室主任)
『CD付き 見せて通じる接客の中国語』(成美堂出版)
『CD付き 見せて通じる接客の中国語』(成美堂出版)
翻訳・監修:徐潔、協力:NPO法人東京都日中友好協会
『逃亡』(群衆出版社)
『逃亡』(群衆出版社)
中訳:滕新華、原著:帚木蓬生

2005年9月15日号
2005年北京市青少年キャラバン訪日団―世々代々の友好は青少年から
 2005北京市青少年キャラバン訪日代表団が7月20日から26日まで北京市人民対外友好協会の劉樹声副会長を団長に団員27人、引率9人で来日した。
 都協会では到着日の7月20日夜、東京都庁第2本庁舎4階のレストラン・ニュートーキョーを会場に歓迎会を開催、中国大使館の孫美嬌参事官、土屋正忠武蔵野市長、青木英二目黒区長、大塩輝雄目黒区教育長、二ノ宮啓吉目黒区日中議連会長ら来賓、役員、会員、キャラバンOB、通訳ボランティアの高校生3人らあわせて120人が参加した。
 貫洞哲夫都協会会長の歓迎挨拶、孫参事官の来賓代表挨拶に続いて、代表団の紹介があった。劉樹声団長は挨拶のなかで「この時期の訪日は、特別の意義を持っています。中日友好は両国民の共通の利益であり、永遠のこと。民間の友好はその土台であって、我々は両国の青少年から世世代代の友好へと、続けることで歴史の悲劇を繰り返さないことを強く願っています」と述べた。団員代表から「私たちはこのチャンスを非常に大切に思い、日本の学生とのコミュニケーションを大変楽しみにしています」と中国語と日本語の挨拶があり、温かい拍手が起きた。土屋武蔵野市長が「未来を担うのは青年。北京の高校生の皆さんは中国の青年を代表して、日本で多くのことを学んでほしい」と高らかに乾杯の音頭をとった。
 日本語を学んでいる生徒たちが日本語で「四季の歌」と「時の流れに身をまかせ」を熱唱。団員からはこの日のために準備してきた自作の書や絵画の紹介、少数民族の踊りなどが次々に披露された。日本側は特別ゲストの鏡味仙三さんが東京都無形文化財の太神楽を披露した。パンダのぬいぐるみが傘の上でうまく回るのをみて笑いと拍手が起こり、シルクロードから伝わったという「御神輿」の伝統芸には一同息を凝らして見つめた。
 今年もキャラバンOBが紙風船や手作りのお手玉、折り紙などを準備し、交流に一役買った。第1期生の鈴木さんが「2008年オリンピックイヤーは、キャラバン20周年でもあります。中学生で参加したあのときの感動を忘れることができません。団員の皆さんにも日本の素晴らしさを感じていただきたい。この小さな空間から大きな友好が生まれることを信じます」と閉会の言葉を述べた。
 22日午後は、渋谷区にある関東国際高校での交流会。武田安宏校長が「交流を深め、本音で仲良くしてこれからの平和のために活躍して下さい」と歓迎の挨拶を述べた。生徒代表の中国語での歓迎挨拶、団員代表の日本語による挨拶の後、グループに分かれて校内を見学した。中国語コースの生徒と「世界教室」の生徒が「夏祭り」をテーマにさまざまなプログラムを用意した交流会場では、ヨーヨー釣り、輪投げ、折り紙や書道コーナーもあり、特に人気だったのは「浴衣コーナー」。生徒が自分の浴衣を持ち寄り、汗だくになって着付けをすると、初めて着物を着た団員は大喜び。満面の笑顔でカメラに収まった。ビンゴゲームや「炭坑節」など歌や踊りの交歓が続いた。交流の最後に世界教室室長の松平ダリウス先生が「一番感動したのは、浴衣を着てみると誰が日本人で誰が中国人か全く分からなかった。これが最高でした」と感想を述べた。
 一行は箱根、浜名湖、愛知万博見学の後、京都、大阪を参観し、26日、関空から全員元気に帰国した。団員から「日本人はとても親切」「将来日本に留学する」「学校交流がすばらしく、心に残った」と感想が寄せられた。
歓迎会で伝統芸「御神輿」を披露する鏡味仙三さん
歓迎会で伝統芸「御神輿」を披露する鏡味仙三さん
グループに分かれて校内見学(関東国際高校にて)
グループに分かれて校内見学(関東国際高校にて)
第21回「日本と中国・音楽の夕べ」―サイ・イエングアン世界を歌う―11月11日(金)19:00開演、大井町きゅりあん
 戦後60周年にあたる今年の第21回「日本と中国・音楽の夕べ」は、―平和と友好への願いを込めて サイ・イエングアン 世界を歌う―と題して、11月11日夜、品川区大井町のきゅりあん大ホールで開催される。都協会と品川区の共催。
 世界的ソプラノ歌手サイ・イエングアンさんは、12月のギリシア・アテネ新国立劇場のこけら落とし「魔笛」に出演が決定、2月にはフランス公演も控えた中、都協会音楽会には2年ぶり3回目の出演となる。
 第1部は、オペラアリア集。ヴェルディ「アイーダ」より「凱旋行進曲」のエレクトーン演奏で幕が開き、「歌に生き、愛に生き」(「トスカ」より)、「夜の女王のアリア」(「魔笛」より)などオペラの魅力をたっぷりと楽しむ。第2部は品川区合唱連盟の皆さんによる「ふるさとの四季メドレー」で始まり、「初恋」「アヴェ・マリア」などおなじみの名曲をしっとりと聴かせる。グランドフィナーレはテノールの劉純実、品川区合唱連盟、ピアノ・小森瑞香、エレクトーン・西岡奈津子さんら総出演で華やかなステージを繰り広げる。
 日時:11月11日(金)19時開演、会場:きゅりあん大ホール(品川区立総合区民会館)、入場料:前売り3,500円(当日4,000円)※全席自由
 お申込み、お問合せはNPO法人東京都日中友好協会事務局へ(03-3295-8241)e-mail
第2回平山郁夫シルクロード美術館・八ヶ岳山ゆり美術館日帰りバスツアー
 7月23日、晴天に恵まれ第2回バスツアーに出発。参加者43名。迎えのバスが渋滞に巻きこまれ、50分ほど遅刻したが、途中は滞りなく進むことができた。山ゆりの咲き乱れる「山ゆり美術館」を想像していたが2、3日早く少ししか咲いていなかった。お弁当をいただき、樽見盛衛画伯の優しい山の画の数々に心が洗われた。今回も東久留米市日中友好協会の市川会長(山ゆり美術館館長)にいろいろお心遣いいただいた。 
 平山郁夫シルクロード美術館では平山画伯のバーミヤンの遺跡を描いた大作を前にして、改めて心の痛む思いだった。アフガニスタンに将来返還される破壊された遺跡の文物、漆喰に描かれた仏教画の10pにも満たない破片。新聞で写真を見てその迫力にいつかは見たいと思っていた大理石の彫刻の大きな足。全体像はどんなに素晴らしいものだったろう。アフガニスタンに無事に返還できるのはいつになるのだろうか。
 予定外であったが近くの林の中の三分一湧水を見学。昔、この水を三つの村に分けるために三角の石を置いて三つの水路に平均に流れるようにしたとか。清らかな水が豊かに流れていた。帰り道、廃校を利用した「おいしい学校」に寄る。廃校というが改造したらしく立派な建物。明治初期に造られた古い校舎は保存されていて、こちらは要見学料。新鮮な野菜が安くて魅力的だった。帰路も順調に8時頃新宿に着いた。
地区協会だより
●東久留米市日中友好協会―北京のろう学校生徒を招き交流
 東久留米市日中友好協会では、7月27日から8月1日まで北京市西城区「第四ろう学校」訪日団を招いた。滕新華西城区外事弁公室主任を団長に陳建華副校長ら教師3人、学生9人の13人。
 一行は7月29日午後、東京都立立川ろう学校を訪問、学生との交流を行った。日本語と中国語が併記された歓迎の言葉が交流会場のスクリーンに映し出された。これはすべて生徒がインターネットを利用して準備したという。秋谷校長の挨拶の後、参加者それぞれが自己紹介をした。手話は共通ではないので、日本の学生の手話を先生が日本語に、それを滕さんが中国語に訳し、さらに中国語の手話にして伝えた。手段は複雑だが、ボールを使った「爆弾ゲーム」で輪になって楽しむうちにすぐにうちとけ、国の違いも言葉の壁も飛び越えて楽しい時間をすごした。中国の団員が羽を使った蹴鞠の連続技を披露すると、日本の生徒が挑戦、うまくできないとさりげなくコーチする場面もあった。趣味や学校生活の「質問コーナー」スイカやラムネを準備したフリータイム、中国側のモンゴルの踊りに立川の先生が空手の型を披露するなどあっという間の2時間だった。
 滞在中、一行はディズニーランドや富士山、小淵沢での花火大会、上野動物園参観を楽しんだ。全線同行した東久留米市日中の鈴木宏理事長は、「立川ろう学校での出会いと交流が一番よかった。国や言葉は違っても同じ年代、同じ境遇の友達と会ってみんな一番生き生きとしていた」と語った。来年は北京に皆さんを呼んで交流を継続したいと西城区からの申し入れが東久留米日中と立川ろう学校に届いた。
●渋谷区日中友好協会―「にがい涙の大地から」映画と講演会
 7月17日午前、渋谷区リフレッシュ氷川で、渋谷区日中の定期大会を50名が出席して開催した。
 大会には桑原区長、芦澤区議会議長が出席、祝辞をいただいた。議事のなかで、出席者から小中学生の絵画の交流について質問があり、事務局長から経過報告があった。これは渋谷区や松涛美術館の理解と協力で、06年3月中旬から2週間にわたって渋谷区松涛美術館での開催が決まっているもの。北京市西城区からはすでに100点の作品が届いていることもあわせて報告があった。
 大会終了後、午後1時から「にがい涙の大地から」の映画と海南友子監督の講演会を行った。この映画は、戦争中、日本軍が地下10〜20メートルに埋めて放置してきた毒ガスや砲弾に、現在被害を受け苦しむ中国の人々を描いたドキュメンタリー作品。映画の中には、中国の被害者が現在、日本政府を相手に訴訟を起こしている場面もあった。映画終了後の講演で海南監督は、映画の数倍の記録があり、その一部をまとめたものであることを紹介、戦後60年過ぎた現在も戦争の遺棄兵器の被害が出ている現実を訴えた。終了後、参加者から「戦争を一度起こしたらいつまでも被害者が出ることを知った」「見るのに耐えられない気持ちにもなった」などの声が聞かれた。映画会は120席が満杯だった。
「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書とは
 東京都立中高一貫校や盲ろう養護学校、杉並区の公立中学などで来春から使われることになった「つくる会」主導の扶桑社の歴史・公民教科書の全国での採択率は0.4%にとどまる見通しとなった(共同通信)。その歴史・公民教科書新版とはどのようなものか「子どもと教科書全国ネット」の資料から抜粋した。
▼旧版と較べ神話・伝説の中身が客観的史実のように書かれている。「男神のイザナキの命と女神イザナギの命が結ばれて、8つの島々が生まれた」 「古事記や日本書紀に大和朝廷のおこりについての伝承が残っている。それは初代天皇とされる神武天皇をめぐる物語である」など。▼天皇に命を捧げることを説いた「教育勅語」は「国民としての心得を説いた教えで、一九四五年の終戦にいたるまで各学校で用いられ、近代日本人の人格の背骨をなすものとなった」。▼韓国併合について「日本政府は日本の安全と満州の権益を防衛するために、韓国の併合が必要であると考えた。一九一〇(明治四三)年、日本は武力を背景に韓国内の反対をおさえて、併合を断行した」「日本の国際的地位は向上し、世界列強の仲間入りをした」とアジア侵略に向かっていった事実を無批判に肯定する。▼日中戦争については、「関東軍が満州の軍閥・張作霖を爆殺するなど満州への支配を強めようとすると、中国人による排日運動も激しくなり、列車妨害や日本人学童への迫害などが頻発した」と日本にたいする抗議の高まりに責任を転嫁し、盧溝橋事件では「日本側も大規模な派兵を決定し、国民党政府もただちに大規模な動員令を発した。こうして、以後8年間にわたる日中戦争が始まった」とし、日本の中国侵略の反省などはみじんもない。
第32回中国語夏期スクーリング―発音・ヒアリング・唐詩朗読を開講
 第32回日中友好中国語夏期スクーリングが8月28日、大崎の南部労政会館で行われた。今年は恒例の「発音クラス」に加え、中・上級者向けの「ヒアリング強化クラス」、漢詩の韻律の美しさと味わいに触れる「唐詩朗読教室」を設けた。「唐詩」は、1歳から唐詩演謡を始め出身地・西安市の唐詩演謡大会で一等賞受賞、「中国好少年」の称号を授与された金中さん(東京外国語大学博士課程在学中)が担当した。
 発音クラスには23人が参加。活気あふれる実践的な内容に、中国語学習歴半年でスクーリング初受講の女性は「発音に関して目からウロコ的な内容が学べた。次回もまた発音クラスを受講したい」と絶賛していた。 17人が集まったヒアリング強化クラスは、中国語学習歴2年半〜9年の人たちが受講した。発音とともに中国語難易度のトップに挙がることの多いヒアリング力の集中アップを目指した内容に、「自分の力の程度がよく分かり、いい学習ができた」との声が複数上がった。「唐詩朗読クラス」には、10人が参加、金中先生の流れるような唐詩朗読に聞き入った。「自分の中国語レベルが低いため前回は私に合うクラスがなく今年は参加できないと思っていたが、漢詩クラスができて楽しみが増えた」と好評だった。
北京と東北三省を訪ねる旅―友好を深めながら
 8月7日〜14日の日程で、東京都日中友好協会主催の旅に初めて参加しました。
7日、5時間余の遅れで成田を出発、深夜0時頃に北京に到着。8日は長城・故宮組と頤和園組に分かれて北京参観。9日、「東洋の小パリ」と言われたハルピンへ飛び、松花江、児童公園、中央大街を見学。10日、バスで旧満州国の首都・新京(長春)へ移動。長春映画製作所、偽満皇宮、人民大街を見学。11日、昔、奉天といわれた東北三省の中でも最大級の都市瀋陽へバスで移動。瀋陽故宮、北陵公園、遼寧省博物館を見学。12日、列車で大連へ。翌日、旅順、老虎灘、星海公園、大連港を見学した。
 今年は戦後60年、総勢25名の団員の中には、満州から引き揚げてきた人たちが参加していました。松花江遊覧で、橋のたもとで釣りをしていた想い出に感無量のご兄妹、瀋陽で当時住んでいた場所を今も残る大和ホテルの近くに確認し、旅の目的のひとつを果たしホッとするとともに涙する女性、どこまでも続くとうもろこし畑の中を走るバスの旅に、こうりゃん畑の中を無蓋列車で走ったときと重ね合わせ、胸のつまる私。引き揚げ船が出港した大連港の今もそのまま残る第二埠頭を眺め、それぞれの方々が何かを感じながらの旅でした。
中国の偉大な遺産やスケールの大きさと、中国、ロシア、日本の関係の歴史を改めて知るとき、自分の生きている存在を不思議に思い、今回の旅に参加できた幸せを強く感じました。
 そんな中、北京、長春、大連でそれぞれの人民対外友好協会の歓迎夕食会にお招きいただき、日中友好を深めることができたのは何より嬉しく、他ではできない貴重な経験でした。7日間お世話くださった北京市人民対外友好協会の方の温かい気配りでこの旅が一段と楽しく有意義なものになったことに、心から感謝しています。 (文・佐俣)

2005年7月15日号
NPO法人東京都日中友好協会第5回通常総会開く
 NPO法人東京都日中友好協会は6月25日午前、第5回通常総会を新宿の日本青年館で開催、2004年度の活動を総括し、2005年度の活動事業計画と予算を決定するとともに新役員を選出した(出席会員88人、委任状552通)。
 今年は戦後60年、日中友好協会創立55周年に当たるが、4月の北京や上海での「反日デモ」、小泉首相の靖国参拝や歴史認識問題をめぐる日中両政府間の応酬、国民感情の冷え込みなど厳しい状況下での総会となった。
 貫洞会長は挨拶の中で日本の右傾化に触れる一方、「しかしながらわが国においては圧倒的多数の国民が平和を望み、近隣諸国との友好を望んでいる。今日ほど友好協会の重要性が高まっているときはない。私どもの進んできた道が誤っていなかったことを確認し、会員の皆さまに一層の努力をお願いしたい」と述べた。このあと2005年度活動事業計画の審議、予算案の提案があり、ともに原案通り承認された。最後に新役員案が提出され、出席者全員の拍手で承認された。
 総会終了後、同会館内で中国大使館や各区からの来賓を迎え、盛大に祝賀レセプションが催された。
地区協会だより
●青梅市日中友好協会―盛大に創立20周年を祝う
 創立20周年を迎えた青梅市日中友好協会は、5月28日午後、青梅市沢井の小澤酒造会議室で記念式典を開催した。
 小澤会長は挨拶の中で昨今の日中関係に触れ、「政治面ではいろいろありますが、民間交流は平和へのステップ、お隣の国でありこれからも触れ合いを深めていきたい」と述べた。来賓を代表して竹内俊夫市長は、「青梅市日中は国際親善で先進的な活躍をしている。今年の青梅マラソンでも招待選手に加え市民ランナーの受け入れに尽力され、特に中国語での応援は力強かった。民間レベルでの交流の深まりを期待します」と激励した。続いて都協会の古島琴子理事長がお祝いの言葉を述べた。木下政明事務局長は経過報告とともに活動の歴史を振り返るカラー写真集と小澤酒造特製の20周年記念のお酒を紹介した。
 その後、会場を深い緑に囲まれた澤乃井櫛かんざし美術館に移して、桜が大好きというハープ・セラピストの小倉千香子さんが着物姿で登場、「サクラ幻想曲」や「蘇州夜曲」、アンデスの民謡などを披露、50人を超す会員や来賓はその美しくのびやかな演奏に聴き入っていた。5時半からはわっぱ屋蔵亭で盛大な祝賀会を開き歓談した。
●葛飾区日中友好協会通常総会―総会前に「中国と日本の書道」の講演
 5月27日(金)、2005年度通常総会が金町の「二葉会館」に於いて、盛大に開催された。当日は、午後5時から理事会が開かれ、出席した15名の理事により、総会の運営等について詳細な確認を行った。
 本年は総会前にアトラクションとして劉洪友先生による「中国書道と日本書道」の講演があった。
劉先生は南京生まれ。特有の書法を研鑚され、国内外で広く活躍されている。流暢な日本語での書法の含蓄あふれる講演に出席者は深い関心を持った。
 定刻6時からの総会は高橋ただし会長の挨拶、松丸事務局長からの事業報告・収支決算報告並びに平成17年度計画等4議案が提案され、すべてが満場の拍手で承認決定された。総会終了後の懇親会では80名の参加者が和やかな雰囲気のうち閉会した。
●北区日中友好協会定期大会―138名の参加で友好促進懇談会
 去る6月1日、滝野川会館において北区日中の定期大会が役員、会員40余名の参加を得て開催され、本年度の活動計画など全ての議案が承認された。
 大会終了後は、会場を大ホールに移し、各界の有識者や中国人招待者(35名)を含め、138名の参加を得て戦後60周年記念として友好促進懇談会が盛大に開催された。はじめにピアノとフルートの生演奏による日中両国の国歌で幕を開けた後、花川与惣太会長(北区長)の挨拶、来賓を代表して衆議院議員の八代英太先生、中国大使館の郭寧二等書記官らより祝辞が送られた。
その後、中国音楽家による古箏と笛の生演奏があり、懇親会の始まりに花が添えられ歓談に入った。中国人参加者の中には、後楽寮からの6名の研究員生や大学院生、また、留学生時代に北区在住だった中国人参加者達が懐かしい顔を見つけては談笑する姿があちこちで見られた。最後は中国人参加者も前に出て、ピアノ、フルート、古箏、二胡という贅沢な伴奏のもと、昨年の「日本と中国・音楽の夕べ」に出演されたソプラノ歌手・陽二蓮さんの歌声に合わせて「海はふるさと」を全員で合唱するなど、大いに友好を深め閉会した。
北京・陽原県と江南の旅―希望小学校の卒業式に参列
 私たち一行7人は、5月8日から15日まで北京、河北省陽原県、寧波、天台山、紹興、杭州を友好訪中しました。8日、北京空港で北京市人民対外友好協会の出迎えを受け、北海公園へ。夜は全聚徳で劉樹声副会長、徐強日本部長が出席して北京市対友協の歓迎宴を開催していただきました。
 9日朝9時、おみやげの英語辞書38冊とペン付きの厚いノート200冊を積んで専用バスで陽原県へ。陽原県政治協商会議主席の昼食会のあと、中日友好揀花堡希望小学校に行きました。「3度目の正直」という言葉がありますが、02年調印、03年に開校したこの小学校へ私は4度目の正直で初めて来ることができました。門を入ると生徒が一列横隊に並んで合唱で迎えてくれました。この日に合わせて卒業式を準備した教室に案内され、最初に私は、身体の健康の大切さ、心の健康の大切さと両親に対する知恩、感謝について話をしました。
 卒業生一人一人に辞書を手渡すと、生徒が立ち上がり「謝々」と言い、ノートを手渡したときもその都度「謝々」と言うのをみて、一緒に行った団員が感動し、涙を流した人もいました。その後教室を見学し、生徒や先生と話をする機会を得て、また感動でした。
 翌朝北京へ戻り、夕食後、1時間半の遅れで寧波到着。ここから江南の旅が始まりました。寧波では城隍廟や天一閣、天童寺や阿育王寺を見学、翌日は最澄が学んだ天台宗総本山の国清寺へ。伽藍の大きさとその威厳にびっくりしました。13日紹興では魯迅記念館や烏蓬船で東湖をわたり、曲水の宴で有名な蘭亭も見学しました。14日杭州は遊覧船で西湖一周。西冷印社で記念に印鑑を依頼しました。15日早朝、西湖のまわりをサイクリング。朝食後に越劇と方竹で有名な黄竜洞を見学して、杭州空港から帰路につきました。(文・北島)
第4回日中友好交流会を開催―初夏の高幡不動散策
 都協会中国語普及委員会では、楽しみながら言葉や文化を学ぼうと、今年で第4回となる日中友好交流会を5月22日に開催、初夏の高幡不動を散策した。会員や地区の中国語教室受講生、大学生、最年少では小学4年生の男子など日本人22名、中国人は留学生や社会人など10名が参加した。
 当日は午前11時に「高幡不動」駅前で集合。駅から歩いて間もなく、関東三大不動の一つ国宝・高幡不動に到着。30分ほど境内の本堂や五重塔などを自由に見学した後、裏山を散策。急な坂道もあったがそれぞれのペースで歩き、およそ1時間後、広場に集まった。参加者はお互いに持ち寄った弁当を交換するなど昼食をとりながら歓談、親睦を深めた。おなかの落ち着いたところで、参加者全員による自己紹介が始まった。毎回参加している人、今回初めて参加した日本人と中国人の夫婦、中国語を学んでいる学生や日本語を勉強中の留学生など、様々な顔ぶれがそろった。自由交流では、木陰でおしゃべりする人、ビーチボールで遊ぶ人など、それぞれ楽しいひと時を過ごした。「晴れのち雨」の予報であったため、降雨を心配して少し早めの午後3時に散会した。
 今回は、日中両国間で様々な問題が起こった時期にあたり、参加者は例年よりも少なかったが、日中の交流に関心の高い人々が集まり、草の根的交流の意義を感じさせる会となった。
第14回中国事情懇話会を開催―「中国のエネルギー事情と環境問題」
 都協会は第14回中国事情懇話会を6月6日、上野の東京文化会館で、西園寺一晃・椙山女学園大学客員教授(都協会副会長)を迎えて開催した。テーマは「中国のエネルギー事情と環境問題」。
 中国にとってエネルギー問題は、@経済成長のアキレス腱、A環境問題の背景、B東アジア諸国、特に日中韓の関係を規定するもの。また国内では成長にともなう格差の拡大は政府が解決しなければならない大きな問題であることにも触れた。
 急激な成長を遂げる中で、大量生産、大量消費、大量廃棄が生まれ、石油の生産量と消費量もバランスが崩れて輸入国となったことや、中小炭坑の再開発が猛烈な環境悪化につながり、酸性雨(中国語で「空中鬼」)が森林を枯らし、水を汚染するなど身を以て恐ろしさも体験した。石油は不足、石炭の消費は少なくしたいというところから中国は海外にエネルギーを求め、80年代に国家戦略をたてた。ちなみに日本は金さえあればいくらでも買えるという時代が2000年まで続いたため、戦略がないまま石油エネルギーは有限であるという現実にぶつかっている。中国は成長しなければならない一方で、環境問題をどうセーブし、エネルギーをどう確保していくか、大きな課題であると述べた。 
 まだ石炭から脱し切れていないが、必然的に原子力に向かうことになるだろう、との見通しと述べるとともに、東シナ海のガス田、尖閣の地下資源など、エネルギーについては、共同開発、共同利用ができるかどうかに大きく関わってくる。領有権で相手に譲ることはあり得ないのだから、それにはよほどいい政治環境が必要であることを強調した。
都協会・中国語普及委員会主催、中国大使館での映画会に130人
 都協会中国語普及委員会は7月8日夜、中国大使館の協力により「大使館で中国映画を鑑賞する会」を開催した。上映作品は岩波ホールで上映、大ヒットした「山の郵便配達」(原題「那山那人那狗」)。
都協会会員や中国語教室受講生ら130人が鑑賞した。松井・中国語普及委員会委員長の感謝の言葉をうけて、孫美僑参事官は「大使館として皆さんの中日友好の活動をできることは必ずサポートします。ますます多くの仕事をされますように」と歓迎と激励の挨拶をした

2005年5月25日号
20周年祝賀・2005年北京国際駅伝大会―4月10日、史上最多出場数で開催
 駅伝20周年を記念する「20005年北京国際駅伝・マラソン大会」(北京市対友協・中国田径協会主催、都協会など協力)が、4月10日、北京で開催された。国際女子の部には日本、中国、アメリカら6カ国、新設の国際男子の部にはオーストラリア、ロシア、スペインなど5カ国が出場、友好、基礎の部合わせて332チームという史上最多出場数で盛大に行われた。この大会には昨年に引き続き、北京市西城区と友好チームを組んで中野区、渋谷区、東久留米市が参加した。
 大会前日の9日、日本大使館へのデモがあったために、組織委員会は張茅副市長はじめ北京市政府、公安、各区長ら関係者が深夜まで安全対策の会議を行った。
 当日は快晴に恵まれ気温15度。午前8時30分に女子の部が、同8時50分に男子の部がスタートした。国際女子の部は、2時間18分8秒でエチオピアが優勝、中国2位、日本3位。国際男子は2時間4分18秒でケニアが優勝した。
 天安門広場では、大会20周年を祝って、1500人の合唱団をバックに中国の高名な歌手が次々と登場、韋唯が北京アジア大会のテーマ曲「亜州雄風」を歌い上げると会場全体が大きな手拍子で唱和、大会の雰囲気を盛り上げた。会場に目立ったのは揃いのTシャツのボランティア。首都師範大学らの学生300人が会場整備や中継点での整理に当たった。大会執行副主任の劉樹声・北京市友協副会長は「今年のテーマは北京・友誼・接力。北京を宣伝し、友情を育て、つなげるという思いで、特に国際ルールの整備、20周年の雰囲気、市民参加に力を注ぎました。有名な歌手も友好の精神で積極的に参加してくれました」と語った。 
 大会には、貫洞哲夫都協会会長と村岡久平副会長(社団法人日中友好協会理事長)、特別協賛の佐川急便から平間正一副社長が参加した。表彰式では、入賞者の表彰とともに、駅伝20年の協力と貢献をたたえ、都協会と佐川急便、村岡副会長が表彰された。
第20回北京国際駅伝・男子の部スタート地点
第20回北京国際駅伝・男子の部スタート地点
天安門特設ステージでの大合唱
天安門特設ステージでの大合唱
2005年北京国際駅伝大会―北京市西城区が友好6チーム
 今年の駅伝大会に北京市西城区は、東京の中野区、渋谷区、東久留米市に加え、アメリカ、オーストラリア、ロシアの交流のある市との友好6チームを編成した。
 4月9日午前、コース下見を終えた一行は月壇体育場で西城区の選手達と顔を合わせた。西城区体育局主催の歓迎昼食会ではチームが一つのテーブルを囲み息はぴったり。洛京・体育局主任は「皆さんは西城区の友好の大家族」と歓迎の挨拶をした。西城区の選手は青少年体育学校の高校生。「かわいい人たちと走れてうれしい」と中野区の石浜さん。「区間新を狙います」と渋谷区の鈴木さん。「駅伝はチームワークという友好と助け合いの気持ちを育てる素晴らしいスポーツです」と西城区外弁の滕新華主任。2年連続出場の新津さん(東久留米市)は「アンカーで長安街を走ることができ最高でした」。アメリカのアランさんの「ベリーハッピータイム」が全員の感想を代表していた。
地元放送局のインタビューに答える中野-西城区チーム
地元放送局のインタビューに答える中野-西城区チーム
西城区の大家族
西城区の大家族
地区協会だより
●西東京市日中友好協会―日中情勢話題に第2回総会開催
 4月23日、西東京市日中の定時総会が市民会館会議室で約30名の出席で開催された。市長はじめ、多数の市議会議員も参加した。
 冒頭、高梨勇一会長は、4月9日から始まった一連の中国での反日デモに触れ、不法な暴力行為に対する日本の抗議は当然としても、我々が感情的になったり軽率な行動をとることは厳に慎むべき、長期的に未来を考え、大局的な見地から対処すべきであり、日本と中国がいかに友好的な関係を構築できるかがポイントであると述べた。顧問の坂口光治市長は、朝日新聞コラム「日中関係を考える」(船橋洋一)を紹介、日中両国の先達が日中正常化のために掘った井戸に反日、反中民族主義という毒を入れてはならない、と述べ、日本政府はヨーロッパの外交術を見習い、仲が悪くとも平和でいられる努力をすべきで外交術は50年遅れていると指摘した。議事においては、16年度事業報告・収支決算報告、17年度事業計画・予算案が滞りなく承認され総会は円満に終了した。
 総会後、懇親会を開催、小島晋治顧問(東京大学名誉教授)の挨拶の後、歓談に入った。約2時間、和気藹々と懇親を深めた。
●練馬区日中友好協会―踊り手に拍手「春の会」開く
 練馬区日中友好協会と中国「帰国者」・家族とともに歩む練馬の会(同歩会)、石神井日本語教室の共催で、2005年「春の会」が3月13日午後、練馬区立勤労福祉会館ホールで関係来賓を迎えて70余名が出席してにぎやかに開催された。
 中村勇練馬区日中・同歩会会長の挨拶の後、和やかな歓談が行われた。手作りの料理や飲み物で懇談し、踊りや歌のアトラクションが続くなかで全員のジャンケンによるお楽しみ抽選会が楽しく行われた。恒例の“秧歌踊り”が場内を巡り、手拍子も沸く盛り上がりのなかで閉会となった。
●千代田区日中友好協会―友好を掲げて25年「さくらまつり」
 靖国神社外苑で、千代田区商連恒例のテント市が、今年から「さくらフェスティバル」と名称をかえ、3月25〜27日に開催された。一日目に人民中国雑誌社の方が様子を見にきてくれた。千代田区日中では「もちろん小泉総理の靖国公式参拝には絶対反対だけど、ここにはお花見の人々だけでなく、身内や友達を戦争で失った遺族なども多数お参りにくるのです。私たちは毎年日中友好の旗を掲げて、ここで中国物産を販売して、今年は25年目になる」と説明したら、半分感心し半分驚いていた。
 肝心のサクラは気まぐれ天気のせいで、とうとう三日目にいたるも咲いてくれず、例年の参道の賑わいが見られないばかりか仲間内の来訪も少なく、残念ながら「泣く子と天気(地頭)には勝てない」ことを思い知らされた。
第13回中国事情懇話会開く
 第13回中国事情懇話会が4月6日、上野の東京文化会館で開催された。講師は朱建栄・東洋学園大学教授。テーマは「最近の中国情勢と日中関係」。3月の全人代で、胡錦涛・温家宝体制が確立し3本の政策の柱を掲げた。その一つが「人本主義、和諧社会」。世論を重視し、人と経済、自然などの調和が取れた社会を築こうというもの。二つめは「科学的発展観」。環境や福祉、貧富格差是正にも目を向けていく政策。三本目が「平和的発展」。国際社会でより重要な役割を担うべく、平和的、現実的な政策による発展を目指す。これらにより現代中国が抱える問題を解決しつつ、経済発展、国際社会への参画を図ろうとしていると語った。
 台湾問題に触れた後、日中関係について、日本の国連常任理事国入り反対や日本製品ボイコットの背景にある国内事情を解説した。最近の反日感情の高まりは、党の反日愛国教育の結果とは思えない。経済発展に伴ったナショナリズムがはけ口を求めているところに、靖国、歴史教科書問題、さらにインターネットの急速な普及なども重なっている。かつての共産党は抑えることができたが今はできない。中国から見て東シナ海油田開発の報道や李登輝の訪日、尖閣の実効支配など日本がゆさぶりをかけてきたと思われる面もあること、報道のバランスや首相の対応など日本側の問題も率直に指摘し、「変化の一局面だけを見るのではなく日中双方の実情を相手に冷静に伝えることが今後の友好運動に必要だと思います」と結んだ。
2005年日中友好スポーツ交流会―スポーツを通じて草の根交流
 4月17日日、北区滝野川体育館で日中友好スポーツ交流会が開かれた(都協会・北区日中友好協会主催、北区総務部国際化担当課共催)。連日、中国各地の反日デモが報道される中、交流会前日は上海で大規模デモが行われ影響が心配されたが、例年を上回る140人(中国人50人)が集まった。
 キャラバンOB・OGの進行で開会式が行われ、入念な準備体操、記念撮影のあとに競技を開始した。卓球、本格バレーボール、エンジョイバレーボール、ドッジボールを実施。新種目として登場したストラックアウトには、小学生や小さなこどもたちも真剣に挑戦し、駄菓子の景品に大喜びだった。昼休みもバレーボールを楽しむグループがいくつもできて、笑顔いっぱいの交流となった。
 厳しい情勢の中で開催したこともあり、当日はNHKも取材にきて昼と夜のニュースで紹介、日経新聞(4月20日朝刊)やCCTV大富の「日本のニュース」、人民日報ホームページでも「スポーツを通じて草の根の交流」が紹介された。
参加者全員での集合写真
参加者全員での集合写真
バレーボールを楽しむ参加者
バレーボールを楽しむ参加者
第2回太極柔力球講習会開く―指導員認定試験も実施
 都協会は、北京から劉家驥、高成宝の二人の講師を招き、3月26日に日本太極柔力球協会と(社)東京都レクリエーション協会との主催で、東京体育館サブアリーナにおいて、第2回太極柔力球普及講習会を開催した。この日に合わせて日本で初めてとなる、普及指導員認定資格試験も実施した。
 A(初心者含む特別講習会60人参加)、B(普及講習会68人)、C(普及指導員養成・資格認定45人)の3コースを実施した。前日に朝日新聞東京版に紹介され、問合せや申込みなど、大きな反響があった。
 認定試験に挑戦して初級普及指導員の資格を得たのは40人。今後、それぞれの地方やグループで柔力球の普及に取り組んでいく。日本太極柔力球協会では資格認定に合わせて会員も募集、既に50名を超す申込みが届いている。
 5月7日に初級普及指導員の後藤さんを講師に、味の素スタジアム体育室で練習会を行った。連休の土曜で12名と少人数だったが、丁寧な指導が好評だった。次回は6月25日。 
3/26講習会の様子@(左が劉家驥先生)
3/26講習会の様子@(左が劉家驥先生)
3/26講習会の様子(手前が高成宝先生)
3/26講習会の様子(手前が高成宝先生)
平山郁夫シルクロード美術館など、山梨へ日帰りバスツアー
 都協会では4月23日、第1回「平山郁夫シルクロード美術館・八ヶ岳山ゆり美術館日帰りバスツアー」を実施、貫洞都協会会長、古島理事長はじめ、会員や友人など現地参加者も含め総勢47名が参加した。
 8時30分に新宿を出発、正午前に山梨県北杜市の平山郁夫シルクロード美術館に到着。館長の平山美知子夫人の出迎えを受け、学芸員の説明を聞きながら「シルクロードを行くキャラバン」の絵や、画伯所蔵の石彫の菩薩像など貴重なシルクロードの文物を見学した。見学後バスで15分移動、東久留米市日中友好協会の市川喜三郎会長が館長を務める八ヶ岳山ゆり美術館へ。ここでは市川会長はじめ東久留米市日中会員の皆さんの歓待を受けて昼食のあと、樽見盛衛画伯描く四季折々の八ヶ岳の姿をゆっくりと鑑賞した。
 名残を残して、午後3時過ぎに出発、途中、道の駅で山梨県の特産物などを買い、夕方6時30分に新宿へ帰着した。当日は天候にも恵まれ、両美術館の素晴らしい展示ばかりでなく、車窓から富士山や南アルプス、八ヶ岳など残雪の山々、ちょうど見ごろの桜など、美しい自然も堪能でき、楽しい一日を満喫した。
 次回は山ゆりが咲き誇る7月28日に開催を予定している。
平山郁夫シルクロード美術館前で記念撮影
平山郁夫シルクロード美術館前で記念撮影
八ヶ岳山ゆり美術館館長と古島・都協会理事長の挨拶
八ヶ岳山ゆり美術館館長と古島・都協会理事長の挨拶

2005年3月15日号
北京の市民選手、青梅路を走る―第39回青梅マラソンに初参加
 2月20日の第39回青梅マラソンに北京市対友協派遣の「北京市民青梅マラソン訪日団」(盧燕寧団長)一行6名が2月18日から22日の日程で来日した。20日大会当日は雨。午前10時にスタートした10kmの部には、栗娟、白暁羽、楊夢蝶の3選手が出場。コース途中には「加油」(がんばれ!)と書かれたカードを持った青梅市日中友好協会会員らが選手に声援を送った。
女子10kmの部では、北京の招待選手・西秋紅さん(20)が32分53秒で優勝、市民選手の楊夢蝶さん(15)も13位と大健闘した。栗娟 (女子10km)47位、白暁羽(高校男子)48位。
 30kmの部は、瀬古利彦さんがスターターを務め、12時スタート。2名の北京市民選手選手が出場した。午後になっても気温が上がらず小雨の悪コンディションだったが、エントリー1万人を超す一般男子30kmで、それぞれ579位、2654位でゴールした。
 大会日程を終えて市民選手団一行は都内に移動、終日、大会を応援した古島琴子都協会理事長が夕食に招待して選手たちをねぎらった。「青梅市日中の皆さんの沿道での声援に非常に励まされました」(栗娟)、「北京でもよく走っています。2008年北京五輪に出られるような選手になりたい」(楊夢蝶)、「雨や冷え込みの影響もあって成績は良いとはいえないが、日本の皆さんが親切で青梅の風景も素晴らしく日本に来られてよかった」(白暁羽)、「私の趣味はトライアスロン。水泳が一番得意で、最も苦手がマラソン。登り坂が多く、今日の成績はふだんより悪かったと思います」(鵜林)、「前日の雪、坂の多いコースで難しかった。青梅の皆さんと友人のように付き合えたことが印象深い」(張明)と、感想を語った。
 青梅市と北京市は北京市体育総会、北京市対友協、都協会を通じて1983年からマラソン選手の相互派遣交流を実施している。昨年の大会を劉樹声北京市対友協副会長が視察、北京市民のスポーツを通しての国際交流の場として、市民ランナー派遣が実現した。招待選手団・市民選手団の大会参加は、4月10日の北京国際駅伝大会と、2008年北京オリンピックを強くアピールした。
第39回青梅マラソン10kmの部スタート
第39回青梅マラソン10kmの部スタート
大会を終えて(北京市民選手団一行)
大会を終えて(北京市民選手団一行)
日中女性新春の集い開催―戦後60年、さらなる友好を期して
 1月29日午後、都日中女性委員会主催の「2005年日中女性新春の集い」が(財)日中友好会館内の豫園で開かれた。中国大使館から友好交流部の郭寧二等書記官が出席され、50余名の集いとなった。
 開会に当って古島琴子委員長は「今年は戦後60年という節目の年。政冷経熱と言われる中にあって私達は民間交流活動を通して更なる友好を期したい」と挨拶。続いて郭寧書記官がこの節目である年への期待を語られ激励して下さった。参加者として作家の林郁さんは日中女性同士の交流を振り返り、翻訳家の田畑佐和子さんは、最近上梓した翻訳書「丁玲自伝」にも触れた話を語った。やはり奇特な存在である中学生の新入会員大槻さんにマイクが向けられ、入会の動機を一言聞いた。
 飲茶を頂きながら歓談の後、ゲストの演奏に移った。迎えた中国人女性歌手の幽燕さんは、NHK歌謡コンサート出演、コンクール受賞多数ならではの、その本格的な歌唱力に一同陶然!日本の歌、例えば情感たっぷりに「桜貝の歌」、軽妙に「バイバイ横浜」を、また中国の「月亮代表我的心」などを披露され、みな懐かしさに時を忘れた。譜面を頂き中国語の発音指導も受けて、揃って「海はふるさと」を熱唱した。女性委員持ち寄りの品々によるミニバザーも恒例となり人気上々であった。幽燕さんにはアンコールにも応えて貰い、皆満足し、名残を惜しみながら散会した。
ゲストとして迎えた中国人女性歌手・幽燕さん
ゲストとして迎えた中国人女性歌手・幽燕さん
幽燕さんの指導で「海はふるさと」を合唱
幽燕さんの指導で「海はふるさと」を合唱
地区協会だより
●北区日中友好協―ハーモニカの演奏で「海はふるさと」大合唱
 北区日中恒例の春節餃子パーティーが2月13日(日)王子小学校家庭科室を会場に125名(中国人は40名)の参加を得て、盛大に開催された。9時から帰国者や留学生の指導で餃子作りを開始。正午、来賓の方々のご挨拶に続いてパーティーが賑やかに始まった。
 今年も家庭科室に入りきれない人は、第2会場の準備室、スタッフは第3会場(?)の廊下、お手伝いの王子小赤十字クラブの子供達は第4会場の図工室であつあつの水餃子に舌鼓を打っていた。3年前の都協会「日本と中国・音楽の夕べ」にハーモニカ演奏で出演し、昨年暮、急逝された安部学院・安部校長の弟弟子にあたる島崎氏が「海はふるさと」を演奏し、参加者もそのハーモニカに合わせての大合唱となった。今年のビンゴ大会の景品もCDプレーヤー、セラミックファンヒーター等の豪華景品の他、抽選会を併用、上がった人からくじを引き、大当たり一本を特別賞DVDプレーヤーとした。最後に原田理事長の閉会の辞で楽しく、賑やかに過ごしたパーティーの幕を閉じた。
●港区日中友好協会―新春勉強会を兼ねて「食美会」
 港区日中友好協会は、2月9日春節当日、新春勉強会を兼ねて「食美会」を開催した。会場は新橋・新橋亭新館。講師は西園寺一晃氏(都協会副会長)。日中関係の歴史と解説のお話があった。講演後は春節料理に舌鼓をうちながら講師と活発な意見交換が行われた。当夜の宴は、伝統の春節名菜の再現と目玉料理として「沸騰水煮魚」のご披露があった。この料理は、いま北京市で大人気の激辛料理で、知る限りでは本邦初の公開であり、「食美会」としての目的を大いに達成した。
●大田区日中友好協会―マーマレード入りの餃子で幸運の「紅包」
 大田区日中では恒例の「新春のつどい」を、2月26日(土)に大田区生活センターで開催した。
第一部では大田区在住の高さんを講師として迎え、25名が750個の餃子を作った。高さんは、大学時代をすごした北京で餃子作りを覚えたとのこと。しかし出身は広州なので今回はエビ、玉子などを使い広東風にアレンジした餃子にした、と話した。餃子の中にお金をいれる習慣を模して、マーマレードをいれた餃子も用意。6時半からはパーティーの始まり。乾杯し食事に入ると先ほどのマーマレード入りの餃子を当てようと、皆真剣に餃子を食べ、程なく一人二人と幸運な人たちが名のりをあげ「紅包」(中国の祝儀袋)を受け取った。続いて筝の生演奏。餃子作りの講師の高さんは実は筝の演奏家でもあり、今回、大活躍。大田区日中会員、訪中団参加者など42名の参加者は少し遅めの新春を十分に堪能したことと思います。
●渋谷区日中友好協会―太極拳や日舞も披露
 2月4日夜、渋谷区日中友好協会は、「春節の集い」を渋谷のリフレッシュ氷川集会室で開催し、103名が出席、集いを盛り上げた。冒頭、村山保太郎会長は「昨年の数多くの実績の上に、更なる努力を重ねて、世界に向かって大切な日中友好の輪を広げていきたい」と力強く挨拶した。会場には書道教室作品8点や昨年9月の渋谷区民代表訪中団の記録写真20数点が展示され、ステージでは来年開講30周年を迎える日中友好太極拳協会渋谷教室の太極拳演舞や集いを祝しての日本舞踊が披露され大きな拍手を受けた。友好の原点を見据えての“人の交流”を通しての地道な活動こそが、日本と中国のみならず、広く世界の平和に寄与できるものであると実感した「春節の集い」であった。
●豊島区日中友好協会―会場に溢れる140人、合唱団に盛り上がり
 豊島区日中友好協会と日中友好促進豊島区議会議員連盟の共催による「春節を祝う会」が2月6日午後1時30分から豊島区立生活産業プラザで開催された。今年の参加者は、協会会員、議連会員と中国の友人、豊島区民一般参加者、合わせて140人で、会場に溢れる状態だった。
 堀口豊島区日中友好協会会長、小倉豊島議連会長の挨拶などに続き、懇談・宴会となった。今年は「コーラス大塚」という合唱団21名の初参加で例年よりも盛り上がりを見せた。婦人部による料理も年々種類が増え、参加者を喜ばせていた。恒例の「お年玉プレゼント」も参加者全員にわたり、楽しい新年の集いとなった。
●千代田区日中友好協会―名優・梅蘭芳のエピソードに感銘
 千代田区日中では、2月12日に新世界菜館で新年の集いを開催した。来賓の海江田万里衆議院議員がご自身が漢詩をたしなまれるお話のあと、千代田出身の内田茂都議会議長が、中国と日本の今日的関わりの重要性について話されことが印象に残った。今年の会で特筆すべきは、大相撲横綱審議会の委員長として知られる石橋義夫顧問が、共立学園を通じて中国各地の大学と交流を積み重ねた足取りを披露されたこと。また、法政大学の江橋崇教授は京劇の往年の名優・梅蘭芳が、中国侵略当時の日本軍や汪精衛傀儡政権に対して命懸けで抵抗したこと、また梅蘭芳特製マージャン牌などのエピソードをお話しされた。閉会後に、留学生と参会者は連れ立って周総理の記念碑を見学した。
●目黒区日中友好協会―新年の集いと春節を祝う会を開催
 目黒区日中主催「日中友好新年の集い」が2月1日午後6時から目黒「香港園」で開催された。出席者は日中あわせて60人。特別出演の東京中国歌舞団・劉錦程団長による揚琴演奏で会場は一層和やかになった。「蘇州夜曲」や「夜来香」など馴染みの曲には大きな拍手が沸きアンコールの声も掛かった。当会の中国語講座で勉強中の若い女性たちも参加。ノート片手に中国の方々と会話を楽しみ、会場はさらに盛り上がった。
 2月17日には目黒区日中友好協会と日中友好目黒区職員の会共催による「春節を祝う会」が、午後6時から目黒区役所食堂で開催された。総勢40人が出席。餃子を頬張りながら全員が自己紹介をして、会話がはずみ交流の我がさらに広がった。マジックショーもあり、「南京玉簾」の披露や抽選会もあってにぎやかに会は進み、終わりに全員が楽譜を手に「海はふるさと」を合唱。今年の幸せと益々の友好を祈ってお開きとなった。
●中野区日中友好協会―映画「蟻の兵隊」の池谷薫監督も出席
 中野区日中友好協会の新年会が、2月4日夜、中野区役所食堂で開催された。会には映画「蟻の兵隊」を製作中の池谷薫監督と映画の主人公でもある会員の奥村和一さんが出席、最年少者が80歳という「日本軍山西残留事件」の元残留兵の執念を通して事件の真相と戦争の実態を明らかにしようというこの映画製作への支援を訴えた。中野区日中では支援に取り組む努力をしたいと話した。
●西東京市日中友好協会―自慢の中国家庭料理と中国楽器の親子演奏会
 西東京市日中は新年を迎え、1月に第1期中国語講座開講及び第1回中国事情講演会開催(講師:法政大学教授趙宏偉氏)と、順調な活動のすべりだしのもと2月26日午後、「春節を祝う中国家庭料理パーティ」を東伏見コミュニティセンターにて約40名の参加を得て開催した。
 きれいに中国の春節風に飾られた会場で、市内外の在日中国女性が定番の水餃子から各人自慢の中国家庭料理を会場で作ってみせた。参加した会員の多くはエプロン持参で楽しく料理を学んだ。手際よく前菜からデザートまで8品の料理が揃えられたところで祝宴は開会された。アトラクションは、在市音楽愛好家の所山さん親子の中国楽器(二胡、揚琴、馬頭琴)演奏。8歳の娘さんは二胡で北京大会・低学年部優勝の腕前を披露した。2時間を超えるパーティは熱気さめやらぬうちにお開きとなった。
第20回中国語春期スクーリング―発音・中級会話・作文教室を開講
 2月27日、第20回中国語春期スクーリングが、大崎の南部労政会館で行われた。「発音クラス」は島村泰子・都協会中国語スクーリング講師と許堅・大田区中国語会話学習会主任講師。「中国語で日本の文化を紹介しよう」(中級会話)は徐潔・大田区中国語会話学習会主任講師。「作文・文法教室」は山下輝彦・慶應義塾大学教授(都協会中国語普及委員会顧問)が担当。
 33名が参加した発音クラスでは、日本人には発音することが難しい、日本語にはない音に焦点を当てて指導。後半には漢詩の朗読や、中国の小学生が学ぶ短い文章を、詳しい訳を加えながら読んだ。島村先生が授業の合間に交える楽しい話に、受講生はリラックス。「時間が過ぎるのが早く感じた」との感想も聞かれた。
 「中国語で日本の文化を紹介しよう」には14名が参加。今回は正月の過ごし方などを主なテーマとした。まず講師が中国の旧正月での爆竹や年賀カードなどの習慣を紹介、それを受けて受講生が日本の習慣、例えば年越しそばや年賀葉書などを、できるかぎり中国語を使って話した。後半の授業では、日本と中国のお辞儀の仕方の違いなども取り上げ、講師と受講生が「会話」を交わしながらの授業となった。
 「作文・文法教室」には18名が参加した。前半は講師が用意した日本語の短文を受講生に翻訳させ、より適した訳を詳しく説明。午後の授業では、「我的一天(私の一日)」または「中国和我(中国と私)」のテーマで、事前に受講生に課した作文を添削。その中から特に誤りやすい例を取り上げて、模範的な訳文を教授した。受講生に輪番で発表させる緊張感の途切れない授業だが、限られた時間を十分に使った非常に内容の深い講座となった。夏期スクーリングは8月末に開催を予定している。
「中国語で日本の文化を紹介しよう」の授業風景
「中国語で日本の文化を紹介しよう」の授業風景
「作文・文法教室」の授業風景
「作文・文法教室」の授業風景

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