日本と中国・東京版ダイジェストのページ
このページでは、機関紙「日本と中国」東京版(奇数月発行)のダイジェストを紹介しています。
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2006年11月25日号
オリンピック社区で「庶民の健康法」を楽しむ―2006年東京・北京市民交流訪中団
 北京市人民対外友好協会創立25周年を記念する市民交流の集いが10月23日、北京で行われた。この祝賀行事には、貫洞哲夫会長を総団長に、都協会市民交流訪中団38名が参加した。
 前日に北京に到着した一行は23日午前、万里の長城・故宮参観と、建設中のオリンピックメインスタジアム「鳥の巣」隣接施設の視察に分かれて行動した。特別許可を受けて参観した建設現場では、柱が一本も使われていないスタジアムや会場の完成模型を見ながら説明を受けた。団員からは、オリンピックにかける北京の人々の意気込みと熱意を感じた、2008年の開幕式をぜひ北京で迎えたいという声が上がった。
 午後の市民交流の集いは、市の中心・東城区にあるオリンピック社区(団地)で行われた。街道委員会の案内で区の施設を参観、スポーツジムやバレー、バトミントン、卓球など区民が気軽にスポーツを楽しむ場であり集会場にもなっていた。団員は卓球に飛び入り対戦したり、京劇グループの稽古の様子などを見学した。この後、5組に分かれて団地の家庭を訪問した。
 今年の交流のテーマは「庶民の健康法」。近代オリンピック発祥の地アテネから2008年北京まで、開催都市を刻んだ大きなモニュメントがある広場で家庭訪問の家族も合流。最初に住民グループが太極功夫扇、太極柔力球、空竹(コマ回し)、「ジェンズ」(蹴羽根)の演技を披露。そのあと、それぞれ好きな種目の手ほどきを受けて一緒に楽しんだ。日本でも広がってきた太極柔力球も人気で、初めてラケットとボールを手にした団員たちは楽しみながら心地よい汗をかいた。小さな錘のついた羽根を蹴鞠のように足で蹴るジェンズは、見ていると簡単そうでもなかなか続かず個別指導を受ける人も。紐とのバランスが難しい空竹に挑戦して一心に紐を操り、きれいに回転すると思わず笑顔がこぼれた。交流を通してすっかり気持ちが通い合い、自分が使った羽根や扇やコマをプレゼントされる姿があちこちで見られた。
太極柔力球愛好者の演技
太極柔力球愛好者の演技
「空竹」(コマ回し)に挑戦
「空竹」(コマ回し)に挑戦
北京市対友協25周年 人民大会堂で祝賀宴
 10月23日夜は、人民大会堂「内蒙古の間」で祝賀レセプションが開かれた。
 北京市人民対外友好協会を代表して李昭常務副会長が「当会創立25周年のため、はるばると来てくださった東京都日中友好協会の友人の皆様に熱烈な感謝と歓迎の意を表します」と述べ、安倍首相の訪中が両国の関係改善に「希望の窓を開けた」と紹介、「東京―北京、中日友好事業の促進と世界平和のために、手を携えて未来を切り開きましょう」と挨拶した。続いて貫洞会長が「両協会を支えている核心は“信頼”。新しい未来に向けて前進を続け、厚い信頼に裏打ちされた友好の花をいっぱいに咲かせようではありませんか」と挨拶した。祝賀宴には、張健民名誉会長、王效賢中日友協副会長、李昭常務副会長はじめ対友協幹部、市外弁や区、関係機関代表に、王笑一初代会長、万雲・張連生・劉樹声氏ら懐かしいメンバーが顔を揃え、民族楽器の演奏が流れるなか、楽しい交流のひとときを過ごした。
音楽会積み立ての教育支援金 北京市宏志中学に贈呈
 NPO法人東京都日中友好協会では、「日本と中国・音楽の夕べ」の収益の一部を「中国の就学困難な児童のための教育支援」として積み立ててきた。北京市人民対外友好協会を通じてその贈呈先を探していたが、このほど貧困家庭の生徒のための学校である「宏志中学」に決定、全額4万元(約60万円)を贈呈することになった。10月23日夜、人民大会堂で行われた北京市対友協25周年記念レセプションの席上で、李昭常務副会長立会いのもと、貫洞哲夫都協会会長から郭鴻宏志中学校長に目録が手渡された。
 この日午前、貫洞会長夫妻と牧田安夫副理事長が東城区にある宏志中学を訪問した。この学校は2000年に貧困家庭の援助の一環として設立され、全寮制で北京の18の区県を対象に生徒を募集している。設立の趣旨や社会への恩返しの思いを伝える教育(社会奉仕)、財政上の困難や、生徒の心理的問題などについても説明を受けた。(「宏志」は、貧しくても広い志を持つという意味)
地区協会だより
●豊島区日中友好協会―「国際交流のみこし」を担ぐ
 毎年9月、池袋西口駅前広場で催される「ふくろ祭り」に参加して今年で13年。NPO法人「国際交流のおみこしを担ぐ会」は、外国人と日本人が一緒になってみこしを担ぎ、日本の伝統文化に触れるとともに、同じ地域に暮らす住民としてお互い受け入れあう関係を育むことを目的に設立され、富澤豊島区日中常任理事が会長として運営指導に努めている。
 9月24日、日本人80人、外国人10カ国60人(内中国人25人)の参加者は、おにぎりで元気をつけて会場へ移動。午後6時、13基の町会みこしと共に「国際交流みこし」が発進。国を超え若者が力を合わせて担いだみこしは、観客の注目を浴びるとともに、深い感動を与えた。別会場での「交流会」は、イスラム教、ヒンドゥー教等々宗教の違いに苦慮しながら毎年豊島区日中女性委員会が用意。酒と料理と自国以外の人と会話ができるよう工夫を凝らしたゲームを楽しんで、午後9時、解散した。
●北区日中友好協会―王敏先生を迎え講演会を開催
 北区日中では、9月22日夜、法政大学教授の王敏先生を講師に迎え、「本当は日本に憧れる中国人」と題し、講演会を開催した。
 幕末から明治維新に移行する日本社会の対応と、アヘン戦争後の清王朝の崩壊から中華民国成立への過程を様々な事例を用いて対比させ、日本人の西洋化への対応の早さと、中華思想が弊害となり、近代化が日本より遅れた中国の状況を解説。そうした中で、多くの中国人が日本に留学し、明治維新に学べと、時には日中両国政府の厳しい弾圧や取り締まりにもかかわらず、祖国の民主化、近代化のために奮闘したという話には、50名を超える参加者も感心しきり。また、宮沢賢治の研究でも知られる王敏先生への質問の中では、「日本人は自然に生かされていると感じ、中国人は自然に立ち向かおうとする」と、両国民の国民性の違いにも話題が及んだ。次回は「宮沢賢治」について講演してほしいとの声が多く聞かれた。
●北区日中友好協会―区民まつり「世界の遊び」が大盛況
 10月7日(土)、8日(日)の2日間、秋晴れの空の下、恒例のふるさと区民まつりが開催され、北区日中では、飛鳥山会場内の国際ふれ合い広場に役員や日中青少年キャラバンOB等がボランティアスタッフとして参加し、区民に身近な国際交流を楽しんでもらう雰囲気作りに大いに活躍した。
 「国際ふれ合い広場」の歴代の部会長を北区日中理事が務め、各部署のリーダーも全て本会理事が就任して、他団体や個人ボランティアの指導的役割を発揮、チームワーク良く広場を運営していることに官・民から高い評価を頂いている。今年の「世界の遊びコーナー」では、剣玉やお手玉など日本の遊びの他、中国コマとフィリピンのバンブーダンスに順番待ちの子供達の行列ができるほどの盛況だった。
●渋谷区日中友好協会―渋谷フェスタで「中国物産展」
 11月3日・4日代々木公園で「渋谷ふるさとフェスティバル」が開かれ、渋谷区日中も中国物産展で参加した。2日間で約100万人が各店舗やイベントを見学し、買い物を楽しんだ。
 渋谷区日中のテントでは甘栗やワインなどを販売したので、大勢の人が中まで入り、日頃から日中友好に関心のある方や、日頃はなかなか交流のない会員もテントのなかで中国との交流の話で盛り上がった。
第22回「日本と中国・音楽の夕べ」〜初秋に舞う弦楽の調べ〜
 都協会は、9月16日夜、重要文化財の自由学園・明日館を会場に、第22回「日本と中国・音楽の夕べ」〜初秋に舞う弦楽の調べ〜を開催した。
 第1部は「中国の調べ」。上海生まれの徐潔さんのヴァイオリンが奏でる「牧歌」「新疆之春」「漁舟唱晩」が、中国の情景を伝える。第2部は、東京都交響楽団の第1ヴァイオリニスト主席奏者を務めた奥田雅代さんと仲間たち《アンサンブル・メッツ》の演奏。室内楽は王侯貴族の邸宅で演奏されたことから始まる。「明日館(みょうにちかん)は明日キャッスル。お客様は貴族の方々、私たちは皆様に雇われた音楽家。ワインを飲みながらの雰囲気でリラックスしてお聴きください」と奥田さん。「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」「アンネン・ポルカ」「愛のあいさつ」などクラシックの名曲に加え、中山晋平の童謡メドレー、哀感漂う「五木の子守唄」や笛太鼓が聞こえてくるような「八木節」も登場、客席から万雷の拍手がおきた。
 アンコールは徐潔さんも加わって、モーツァルトの「ディベルティメント」第一楽章、お別れの「海はふるさと」には客席もコーラスで唱和、250人が初秋のひととき弦楽の魅力に酔いしれた。
「見に行く会いに行く 北京・昆明・麗江の旅」―家庭訪問で“生活の知恵”共有
 婦人之友社の『明日の友』読者を中心に「見に行く会いに行く北京・昆明・麗江の旅」一行12人(団長:三宅進・婦人之友社相談役・都日中副理事長)は、北京市人民対外友好協会の受け入れで、9月18日から23日まで北京、昆明、麗江、広州を訪問した。
 これまで3回、北京市対友協ホールで家計に関する懇話会を開催し、暮らしを通して環境エネルギー問題を考え、日中両国の生活の相違や共通点を話し合うなど大きな成果をあげてきた。
 今年は9月19日午後、北京市西城区の国家機関団地で、3組に分かれた家庭訪問のあと、懇談会を行った。全体交流会で、820世帯の20%が年金生活という団地の特色を張金華・居民委員会主任が紹介した。お年寄りと若い家庭がペアを組み緊急ベルで助け合うシステムがあり、趣味のグループはひとつのネットワークになっているという。「人人為我、我為人人」という社区のスローガンに、「私たちが目指していることと同じ考えで非常にうれしい」と三宅さんが感想を述べた。 「自分の家に日本の皆さんをお迎えできてうれしい。日本人が節約に関心があるとは思わなかった。皆さんから節水の経験や鍋帽子の話を伺って、こんなに共通点が多いことを初めて知った。交流の機会を作ってくれた関係者に感謝します」との関敏謙さんの言葉に大きな拍手が起きた。夜は、校慶会(自由学園北京生活学校卒業)のメンバーとの交流夕食会が、生活学校跡地に近い竹園賓館で行われ、旧交を温めた。
 一行は20日、昆明へ。標高5000mを超す玉龍雪山の麓に広がる世界遺産・麗江、映画「単騎千里を走る」の「長街宴」の舞台・束河村、石林や西山龍門など、雲南の魅力も堪能して23日、広州から帰国した。「家庭訪問を通じて中国を身近に感じた」「出かける前と印象が変り、大好きな国になった」「広さと多民族を実感」「友好の仕事をしている人がいろんなところにいることを知った」と参加者の声があった。
第11次渋谷区民代表訪中団―素晴らしき出会い山西の旅
 第11次渋谷区民代表訪中団は9月23日から30日まで北京と山西省(大同・太原・平遥)を訪問した。団員は村山保太郎団長(渋谷日中会長)はじめ総勢22名。
  24日は故宮・万里の長城組と市内組(首都博物館、人民大会堂での太極拳日中交流大会見学=羽田孜元首相列席)に分かれ、早くも感動の連続。夜は西城区主催歓迎宴で、桑原渋谷区長からの親書を渡し、あわせて11月23日に行われる中国文化フェスティバル2006「渋谷太極拳まつり」の成功を誓い合う。
 宴後、7時間の寝台列車の旅で25日早朝大同到着。ひと休みのあと華厳寺、九龍壁などを見学して、『世界遺産』雲崗石窟を訪ねた。5世紀北魏時代に開削されたという20ある石窟に圧倒された。石仏の表情はどこか異国的。26日午前は懸空寺へ。断崖絶壁にぶら下がるように建てられた仏教寺院で高所恐怖症の人には“酷”。27日、高速を4時間走り省都太原へ。手のひらに眼があって手の数が本当に1000本あるという千手千眼十一面観音像を見学した。翌28日は『世界遺産』平遥古城。かつての城壁が今も残り、5万人が暮らしていると聞いてタイムスリップした気分になる。29日午後の便で素晴らしかった山西省を後に北京へ。北京市人民対外友好協会主催の歓迎・歓送宴。「日中友好・中日友好をしっかりと築き上げましょう」と意気があがる。全日程、美食美酒に舌鼓を打ち体重が増えてしまったと嘆く団員あり。特に山西省の地元焼酎『汾酒』は格別だった。
 今回受け入れてくださった中国側関係者の皆さんのお世話で、これからの更なる友好に一同、意をあらたにした旅でした。
第24回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会―朗読の部15人、弁論の部11人出場
 第24回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会が10月8日、千代田区の万世橋区民会館で行われた。
 審査員は、審査員長の山下輝彦・都協会中国語普及委員会顧問(慶応義塾大学教授)、安海生・日中学院専任講師、張国清・中国国際放送局東京支局長の3氏。
 朗読の部には基礎部門6人、一般部門9人が出場した。金賞=渡辺優子(会社員)、柳盛旭(日中学院)、銀賞=齋藤由宇子、森映里(主婦)、努力賞=馬鴻志(日中学院)、平野淳(会社員)
 午後の弁論の部には基礎部門4人、一般7人が出場。中国旅行や留学先で出会った人々との交流や、これからの日中関係への想いなどをテーマに発表した。実力伯仲のなか、東京都日中友好協会会長賞は電気通信大学の柏崎祥大さん。「お父さん、お母さんへの手紙」と題して、自分を健康に生み育ててくれた両親に対する感謝の気持ちを、温かく、ユーモアを交えて語った。偶然にも大会当日が柏崎さんの誕生日。「素晴らしいプレゼントになりました」と満面の笑みで入賞を喜んだ。07年1月14日の全国大会に東京代表として出場する。都協会会長賞=柏崎祥大(電気通信大学)、北京市人民対外友好協会会長賞=大沼幸樹(早稲田大学)、優秀賞=朴英才(関東国際高校)、椴木洋美、柏木美紀恵(大東文化大学)
中国事情懇話会―第19回、第20回を開催
 10月5日、周牧之・東京経済大学助教授を講師に、第19回中国事情懇話会を東京文化会館で開催した。テーマは「中国の発展と21世紀の日中関係」。中国経済の急成長を牽引している3つのメガロポリス発展の要因と同時に、地域格差の拡大など顕在化している課題について、詳細に解説した。日中間の新しい議論の場として「北京―東京フォーラム」の立ち上げに参画した経験から、議論を通して話がかみ合っていく達成感を持ったことを紹介、対立を前提とした報道が多いメディアの姿勢を指摘した。新時代を切り拓く上で必要なのは将来に対するイマジネーションであり、「ポジティブ・シンキング」の大切さを強調した。東アジアネットワークについての質問に答え、EUを例に「多様化を共有できる、交流し合える世界をつくるのが私の夢。時間はかかるかもしれないが、今から議論を始めたい」と言葉を結んだ。
 11月14日、西園寺一晃・椙山女学園大学客員教授(都協会副会長)を講師に、第20回中国事情懇話会「安倍政権成立と日中関係」を東京文化会館で開催した。靖国参拝で小泉政権がもたらした一番由々しきものは国民感情の悪化。安倍総理が突然北京に行き首脳会談を実現させた背景に、「中国にとって大きな問題である靖国というトゲをどう抜くか。これが何らかの形で決着を見た結果が首脳会談の実現」とその舞台裏を説明した。日中双方がそれぞれに国内問題を抱えるなかで、「ポスト小泉」は関係改善に絶好のタイミングであったという。問題はアメリカが絡んでいること。靖国問題が東京裁判、太平洋戦争に波及していくとアメリカも座視できない立場になってくる。6カ国協議での米中協調や、日中関係が東アジア、世界に大きくかかわっている状況を事例にあげて説明した。同時に安倍政権が本来持っている右翼的危うさに触れ、日本が先の戦争をどのように考え、将来どのような道を進むかあいまいにできないところまできていると提起した。
第19回中国事情懇話会(周牧之氏)
第19回中国事情懇話会(周牧之氏)
第20回中国事情懇話会(西園寺一晃氏)
第20回中国事情懇話会(西園寺一晃氏)

2006年9月15日号
2006年北京市青少年キャラバン訪日団―「交流の使者」日本を体験
 2006年北京市青少年キャラバン訪日団が7月18日から24日まで北京市人民対外友好協会の林彬秘書長を団長に団員26人、引率10人で来日した。
 都協会は7月20日夜、目黒区の協力で、目黒区役所大会議室を会場に歓迎会を開催、中国大使館の喬倫二等書記官、青木英二目黒区長はじめ目黒区幹部、都協会役員、会員、キャラバンOBら合わせて150人が参加した。
 会は目黒区立第十中学校吹奏楽部の演奏と出席者の大きな拍手の中、団員がにこやかに入場して始まった。貫洞哲夫会長の挨拶に続いて、中国大使館の喬倫二等書記官が「東京都の難しい状況のなか、困難を抱えながらも、私たちに素晴らしい模範を示してくれました」と都協会の活動を評価、団員には「自分の目で見、耳を使って日本を体験し、中日友好の後継者となってほしい」と激励した。
 会場では都協会女性委員会が用意した色とりどりの浴衣が大人気、「日本人か中国人か全くわからない」と参加者。キャラバンOBが用意したヨーヨー、剣玉や紙風船、駄菓子を楽しむ姿は下町の縁日の雰囲気だった。キャラバン団員の歌や手品が披露されると、ひとつの大きな輪ができて通訳ボランティアで参加した関東国際高校の生徒や十中の生徒たちと楽しい交流の時間を過ごした。
 一行はこの日午前、東久留米市にある自由学園で交流の時間を過ごした。十文字輝雄学園長は学園紹介の中で北京との深いつながりに触れ「皆さんを心待ちにしていました」と歓迎の挨拶を述べた。緑に包まれた校内を学園生が団員とペアを組んで案内、英語と電子辞書やメモを片手に「ザオシャンハオ」「おはよう」の挨拶や家族のことなどを話題にすぐに打ち解けあった。
 昼食は、女子部生徒による美味しい手料理が並び、一行を感動させた。食事をとりながら料理の費用と栄養、委員会や寮など学校生活について学園生から紹介があった。北京の王驍さんは、「日本の学校を経験できてうれしい。交流の使者として、中国のことを紹介し、日本のことを学んで中国の友人に紹介します」と挨拶した。このあと歌やギター弾き語りを楽しみ、長針短針を合わせる「時計ゲーム」には大きな笑い声が響いた。午後の習字の交流では、好きな字を書いて交換、「国を越える」「友好 (似顔絵入り)」「謝謝」「心を伝える」といった言葉が並んだ。4時間という短い時間ではあったが、美しいキャンパスで言葉の壁を全く感じずに過ごした団員たちは「学校交流は一番の思い出」と感想を語った。
 一行は、18日の到着以来、浅草や日本科学未来館、ディズニーランドなど都内参観のあと、21日から箱根、京都、大阪を参観、河口湖では温泉も体験。バス車中では添乗の陳さんに教わって「上を向いて歩こう」を日本語で覚えるなど、日本の滞在を満喫して24日、関空から元気に帰国した。
歓迎会で浴衣を着る北京市の学生たち
歓迎会で浴衣を着る北京市の学生たち
自由学園での書道交流
自由学園での書道交流
八王子市日中友好協会誕生
 八王子市在住20年、市内で「燕京中国語学校」を経営する夏躍芳さんが中心となり、八王子市日中友好協会が結成された。来日当初から中国残留孤児支援、中国諸事情紹介、中国食文化普及などの活動を続ける中で、「八王子市に日中友好協会を作りたい」という夏さんの情熱がきっかけとなり、中国語教室の受講生を中心に賛同者が集まり、協会設立にいたった。
7月2日に第1回総会が同校で開催された。冒頭、夏会長は「この会は、八王子の地において日中共同声明と日中平和友好条約の精神を守り、発展させ、子々孫々、未来永遠にわたって両国民の相互理解と友好を増進するために、設立するものです。一人ひとりの活動を通して、市民レベルでの草の根の友好促進を着実に進め、アジアの平和に貢献していきましょう!」と挨拶した。総会では、役員、規約、予算などを審議、全会一致で承認された。今後の活動として「納涼中国料理会」「太極拳講習会」「中国語入門講座」などを予定している。 
 今や50万都市となった八王子市の外国人登録者は8千人。そのうち中国人は2千9百人、留学生3千3百人の中には2千人の中国人学生がいる。緑豊かな学園都市として、八王子は国際都市としての資質を十分に兼ね備えており、八王子日中では、こういった特色を活用して、若い世代の学生と政治的意図を排した会話を積極的に展開し、未来への舵取りをしたいと考えている。また、日中関係のみならず、アジアの平和を願って、50万市民の中にしっかりとした友好協会の根を張り、日中友好と平和の柱を打ち立てて、将来は友好都市の提携も目指したいとしている。
地区協会だより
●渋谷区日中友好協会―大会の後に「北京ヴァイオリン」上映
 7月15日午前、渋谷区日中定期大会は晴天に恵まれ、桑原渋谷区長、芦沢区議会議長、古島都日中理事長はじめ渋谷区日中議連からも多数の来賓参加を得て、渋谷のリフレッシュ氷川で開催された。事業報告、決算報告に続いて、平成18年度の事業計画、予算の提案説明があり、すべてが満場の拍手で承認された。坂田理事長より、都日中の会員倍増についての説明とともに「渋谷区日中も身のまわりから一人でも会員を増やす努力を」との心迫る訴えがあり、会場から協力の拍手が起こった。
 大会の後は、学習し楽しめる企画を、と協議して中国映画「北京ヴァイオリン」の上映を決定。区国際文化交流部と社会教育主事の協力を得て実施した。
午後1時半、会場の千駄ヶ谷区民館には、子ども連れの一般の方々も大勢見えた。父親と二人暮らしの少年チュンのヴァイオリンの才能をのばしたいと、息子の将来を思い北京へ。さまざまな出会いや出来事を経て、父親が故郷へ戻る別れの駅で、父への感謝を込めて弾く美しい曲。物語の展開とヴァイオリンの音色の美しさが心を揺さぶり、映画の終了後、しばし静まり返っていた客席から割れるような拍手が起きた。
●八王子市日中友好協会―夏バテに効果 納涼中国料理会
 8月6日、八王子祭りで賑わう中、八王子クリエイトホールにて、八王子市日中友好協会主催で「納涼中国料理会」と題して交流会を開催。当日は、八王子祭りのイベントと重なっていたが、大勢の方が参加し、トマトと玉子炒め、水餃子、ゴーヤ炒めなど夏バテに効果のありそうなメニューを揃えて、参加者と一緒に楽しく作り、そして美味しくいただいた。
 参加者の中には、家に帰ってから早速家族に作って好評を得たという方も。八王子日中友好協会は、派手さはなくても、このような家族で楽しめる活動、または個人の趣味として生かせるものを通して、日中友好に少しでも役に立ちたいと願っている。
●大田区日中友好協会―会員特別企画で「肉まん講習会」
 7月9日、大田区日中友好協会は、会員特別企画として、「肉まんじゅうを作ろう」を区立山王会館で開催した。
 手作り餃子は何度か作ったが、その他の小麦粉料理の講習はあまり経験がない。そこで今回は「包子(肉まん)」の講習会に挑戦。講師は「春節を祝う会」で餃子作りを指導した高立新先生。餃子作りと工程はあまり変らないものの、具を包むのには工夫が必要。集まった12人は苦労しながら包み終え、蒸した後は会食会となり、おいしい肉まんを頬ばりながら楽しい時間を過ごした。「またやりたい」「今度は春巻がいい」など大好評の企画となった。
●豊島区日中友好協会―避暑地・那須でのバスハイク
 今年で9回を数える豊島区日中のバスハイクで、8月実施は初めてのこと。8月27日7時45分、残暑厳しい池袋を出発。バスは一路避暑地那須高原へ。遼寧同郷会の20名と都日中囲碁大会指導員の翁子瑜棋士とお仲間5名も参加、総勢45名(日本人13名、中国人32名)となった。車内では日本語、中国語でのユーモアあふれる自己紹介とお菓子や飲み物で初参加者もすっかりリラックス。恒例のカラオケ大会で、毎年参加の歌手・南英姫さんの美声と朝からのビールですっかり酔い心地に。11時目的地の「サンバレー那須」に到着。館内に展示してある東郷青児や岡本太郎の作品を眺めつつ昼食のバイキング会場へ。さすがに若い人は食欲旺盛。食事の後はお目当ての温泉とプールへ。「遊湯」ガイドによれば、43種類の露天風呂と22種類のアトラクションスパ!水着に着替え一通り体験しました。帰路、那須お菓子の城に立ち寄り買い物。あとは最後までカラオケ大会で大いに盛り上がった。来年の春節餃子パーティ―での再会を約して6時過ぎ、バスは池袋に着いた。
第33回中国語夏期スクーリング―発音・日常会話・旅行会話を学ぶ
 第33回中国語夏期スクーリングが8月27日、大崎の南部労政会館で開催された。発音クラスは島村泰子・都協会中国語スクーリング講師と許堅・大田区中国語会話学習会主任講師、初級会話は閻瑜・都協会中国語教室講師、中級会話はNHKテレビ中国語会話に出演中の黄鶴先生が担当。
 都協会中国語スクーリングの“看板”ともいえる発音クラスは21名が受講。午前は日本語と中国語の微妙な音の違いを指導。午後は漢詩朗読と、中国の小学1年生の国語教科書に掲載されている散文を読んだ。
 16名参加の初級会話では、簡単な自己紹介や一日の生活など、日常会話を中心に練習。講師と受講生が1対1で初歩的な受け答えをテンポよく輪番で行った。受講生の答えに関連する単語や言い回しも多く例示し、内容の濃い授業となった。
 旅行会話に重点を置いた中級会話には15名が参加した。ヒアリングは集中的に学ぶ機会が少なく、苦手とする人が多いが、旅行会話では必ず乗り越えなくてはならない壁。授業はできる限り中国語で進め、機内や空港のアナウンスなどが収録されたCDを用いて聞き取りの練習を行った。このCDは、アナウンサーの経験もある黄鶴先生が中国語教材用に声を吹き込んだもの。「いつも機内放送が聞き取れなかったが、次は大丈夫」と、学習成果を感じられる授業は好評だった。
初級会話クラスの授業風景
初級会話クラスの授業風景
中級会話クラスの授業風景
中級会話クラスの授業風景
北京と黄龍・九寨溝の旅―伝統の食文化も堪能
 8月13日12時2分北京空港着。車窓からの景色は、20年前に訪れた自転車の多い街から、見事に車社会になり高層ビルが建ち並んでいる様にまず驚かされる。翌14日夜は、北京市人民対外友好協会の歓迎宴が北京ダックで有名な「前門全聚徳」で開催され、協会から常務副会長の李昭氏をはじめ多数ご出席頂き、和やかに交流する。
 15日は成都へ。お昼の薬膳料理「欽善斎」では、旨味のある辛さに四川省にはるばる来た実感。身体によさそうな薬膳のお鍋に元気を貰う。市内では、中国の人々に今も敬愛されている「武侯祠」や「杜甫草堂」を訪れ、歴史の長さを感じ、「蜀江錦院」では見事な技術の保存に目をみはる。夜は四川省人民対外友好協会による歓迎宴が「皇冠暇日酒店」で催され、本場の四川料理に私のカメラは忙しく活躍。訪中メンバーに当日お誕生日の方がいて、中国の方々の温かな配慮により、皆でお祝いでき楽しい晩餐会となる。
 16日は、世界遺産「黄龍」へ。3千〜3千500メートルの高地のため、高山病の恐れありとのアドバイスで、酸素ボンベ片手にゆっくり歩く。歩を進めるにつれ黄色い龍の鱗の如くに岩肌が現れ、太陽光線の強弱によって青色や黄緑色に輝いて、想像以上の景観。
 17日は、「九寨溝」へ。エメラルドグリーン、マリンブルー、淡緑などの集まる「五花海」はじめ、様々な自然の神秘を感じる。「飛瀑流輝」の滝は雄大過ぎてカメラに収まりきれないと悟り、心眼に焼き付ける。
 18日、成都に戻る。夕食は、元祖の「陳麻婆豆腐店」へ。麻婆豆腐を日本に初めて紹介した(故)陳建民先生の教えを受けた私としては、現地の味体験が熱望でした。聞いていた程には、麻(山椒のしびれ感)、辣(辛さ)が弱いと感じたが、それなりに美味。又来る機会があれば、現地の人に混じって激辛を体験したいもの。
 6泊7日40名で参加した、短く感じた旅でしたが、今の中国を垣間見る事が出来ました。中国は、北京オリンピックに向け、変わりつつあり、高度成長期の日本を想い起こします。古い街並みを壊し、新たな街づくりを目指す姿は、かつての日本です。古き良き「胡同」も、一部は保存される動きがあるとのこと。残すべきは、残して欲しい。人々が交流し、お互いが認識と理解を深めるのが大事だと感じた今回の旅でした。

2006年7月15日号
NPO法人東京都日中友好協会第6回通常総会―会員拡大に向けて特別決議
 NPO法人東京都日中友好協会は6月24日午前、第6回通常総会を新宿区の日本青年館会議室で開催した。
 貫洞哲夫会長は挨拶の中で、世界の主要国に一斉に顕著になった右傾化を危惧し「21世紀の無視できない問題。事態を注視するとともに、日中友好の基本に立ち返って地道な民間交流の促進に努力する必要がある」と述べた。さらに協会運営の諸問題に触れて、会員の倍増を目標に、本年とりあえず4分の1、具体的に250人と数字を挙げ、「会員の多寡は組織の活動の成果に直接影響を与えるもの。まずは身の回りから一人でも会員を増やす努力をしてみよう」と訴え、「私どもが取り組んでいる事業は、輝かしい未来の展開への一里塚。苦しい中でも希望を見つめながら進もうではありませんか」と結んだ。
 報告では吉田愛子事務局長から2005年度活動事業報告と、厳しい状況となった2005年度決算が報告された。議事に入り、古島琴子理事長から2006年度活動事業計画が提案された。団塊世代の参加を促すなど組織活動や北京市青少年交流訪日団、、外務省派遣の青少年交流代表団と高校生交流代表団に加え中国高校生訪日団など青少年交流分野での積極的な取り組みと、10月の市民交流訪中団への参加を呼びかけた。続いて牧田総務委員長からの予算の提案があった。基礎的収入である会費の部分で、本年度は会員増強を前提とした予算を組み、支出は実績をもとに編成したことを説明、理解を求めた。関連して豊島区日中友好協会からは「会員増強には会員が喜ぶ活動が必要」と区日中の活動を報告、渋谷区日中友好協会からも会員増加へ向けた取り組みの方針が提案された。活動事業計画と予算案は原案通り承認された。
 総会は最後に「会員増強に関する特別決議」を提案、満場一致で承認された。
会員増強に関する特別決議
 本日NPO法人東京都日中友好協会は第6回総会を開催しました。会議のなかで私たちは、日本と中国の長年にわたる一衣帯水の関係をふまえ、昨今の政治関係の右傾化の傾向に注意を払いながら、あらためて日中友好の基本に立ち返って、地道な民間交流促進の努力を続けていくことが極めて重要であると痛感しました。
 このような使命を果たしていくために、東京都日中友好協会の組織と財政の現状は決して十分な態勢であるとは言えません。いまこの協会に集まっている一人ひとりを基礎とし、さらに多くの人たちの力を結集して、より強固な組織を作り上げ、財政の健全化を計ることが私たちに問われています。
 協会の会員は決して自然には増えません。会員がみんなで努力し、それぞれの地区協会は組織を強化拡大し、地区組織のないところは新たに地区協会作りを目指し、あるいは直属会員の輪を広げるために力を合わせて、このNPO法人の会員数を増強させましょう。いっそう力強い東京都日中友好協会をつくりあげましょう。
 右、決議します。
2006年6月24日
NPO法人東京都日中友好協会第6回通常総会
会員紹介者プレゼント
 4年間で会員倍増を目指そうとの総会決議を受けて、当協会では、新入会員を紹介した全員の会員に2008年北京オリンピックのマスコットグッズをプレゼントいたします。(7月新入会から1年間実施)
NPO法人東京都日中友好協会第6回通常総会の様子
NPO法人東京都日中友好協会第6回通常総会の様子
会員紹介者プレゼントの北京五輪グッズ
会員紹介者プレゼントの北京五輪グッズ
(プレゼントは写真のものと異なる場合があります)
第22回日本と中国・音楽の夕べ―9月16日(土)自由学園明日館にて
 NPO法人東京都日中友好協会恒例の「日本と中国・音楽の夕べ」を、9月16日夜、東京都交響楽団現旧メンバーによる「アンサンブル・メッツ」の出演で〜初秋に舞う弦楽の調べ〜と題して、室内楽でお送りします。
 第1部は〔中国の調べ〕。上海生まれの徐潔さんのヴァイオリンが奏でる「牧歌」「漁舟唱晩」など中国の音楽の魅力をたっぷり味わっていただきます。
 第2部は、元東京都交響楽団第一ヴァイオリン首席奏者・奥田雅代さんとすばらしい仲間たちの演奏とトークで、クラシックを身近に感じるプログラムです。「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」「春の声」「美しきロスマリン」など名曲の数々に、日本民謡「八木節」も登場します。会場は重要文化財の自由学園・明日館(みょうにちかん)。すばらしい舞台に響き渡る弦楽の調べで、初秋のひとときをお楽しみください。
日時:9月16日(土)19:00開演
会場:自由学園・明日館(JR「池袋」駅メトロポリタン口から徒歩6分、JR「目白」駅から徒歩7分)
料金:前売3,000円(当日4,000円)全席自由※座席数に限りがありますので、お早めに鑑賞券をお買い求めください
問い合わせ・申込:NPO法人東京都日中友好協会03-3295-8241e-mail
地区協会だより
●葛飾区日中友好協会通常総会―総会後に太極拳の演技と講演
 5月16日、葛飾区日中友好協会2006年度通常総会が、金町「二葉会館において盛大に開催された。総会では高橋侃・区日中会長の挨拶に続き、事業報告、決算報告、平成18年度の計画等の提案、説明があり拍手で承認された。
 総会後、アトラクションとして小池義則先生による、太極拳についての模範演技と講演があった。小池先生は1976年、渋谷区日中友好協会で太極拳教室を開き、太極拳の普及活動に尽力。現在、NPO法人太極拳友好協会会長としても活躍されている。総会終了後の懇親会は80名の参加者が和やかに歓談した。ご多用の中、青木葛飾区長、小用区議会議長も出席され、錦上花を添えていただいた。
●葛飾区日中友好協会―花菖蒲でさらに深まる日中友好
 北京市豊台区園林視察団8名が6月12日、花菖蒲が満開の堀切菖蒲園を訪問した。来園の目的は、北京での栽培に役立てるため、菖蒲園の作り方、花菖蒲の栽培技術を学ぶことにあり、同園栽培アドバイザーの方に実地に苗の扱いの指導を受けた。
 葛飾区は花菖蒲を区の花として定めている。豊台区で本格栽培されることになれば両区友好の新たなシンボルとなる。豊台区での花菖蒲栽培は2004年11月に葛飾区日中友好協会が堀切植物園の協力を得て、苗30株を試験栽培のため贈呈したのが始まり。現在、豊台区万芳亭公園で鉢植え栽培されている。この度さらに苗60株の贈呈を受け、豊台区園林局は07年までを一期として北京での露地栽培技術の確立を目指している。
●豊島区日中友好協会定期総会―懇親会の話題は第11次親善訪中団
 5月16日、豊島区立区民センターにおいて、役員、会員の参加を得て定期総会が開催され、本年度の活動計画など全ての議案が承認された。
 総会終了後は会員、日中友好議員連盟、区役所代表、来賓の方々60名の懇親会を行った。堀口謙・豊島区日中会長は挨拶の中で昨今の日中関係に触れ、「政冷経熱の憂慮すべき状況下、民間レベルの両国民の相互理解が最も重要であり、今後も友好活動を全力で進めてゆく」と述べた。歓談でとりわけ話題になったのは4月に実施された第11次親善訪中団派遣で、青島、曲阜、泰山、済南を訪れた。特に青島では区議連訪中団と合流し、一緒に「青島桜まつり」に出席、市政府の代表・市民と当方50余名とで交流を深めた。
●千代田区日中友好協会―北京と東京で小学生の絵画展
 千代田区日中では、6月3日から10日まで、北京市西城区の小学生と千代田区立お茶の水小学校の生徒の絵画を、日本と中国で同時開催するという企画のもと、九段の社会教育会館2階ギャラリーで開催した。2日夕方のオープニングでは、石川雅巳・千代田区長はじめ関係各位によるテープカット。石川区長は、小学生の絵画を通して千代田区と北京市西城区が交流するのは意義深い、と挨拶された。5日にはお茶の水小学校の生徒たちが参観し、会場はにぎわった。
 北京会場での展覧会の模様を見ようと6月7日、主催者である東京お茶の水ロータリークラブと千代田区日中の代表11名が、北京を訪ねた。西城区育民小学校では電光掲示板で熱烈歓迎を受け、図画の授業を参観。お茶の水小学校成都の作品は廊下などに展示され、育民小学校の校長先生は「色彩と想像力の豊かさに感心しました」と感想を述べられた。
●青梅市日中友好協会―青梅マラソン出場選手と北京で再会
 青梅市日中は創立20周年記念事業の一環として、5月19日から24日まで、市民友好訪中団14名を派遣、北京・南京・蘇州・上海を訪問した。
 一行は到着の夜、北京市人民対外友好協会の歓待を受けた。会には本年の青梅マラソンに参加して女子30kmの部で優勝した衣苗苗選手やコーチも出席。2月来日の折に青梅市日中主催の交流会が持たれたので、団員と選手団は北京での再会を喜び合った。
 今回の訪中目的のもう一つは、蘇州寒山寺への表敬訪問。青梅市内の沢井には蘇州寒山寺より託された仏像が安置されており、交流の長い歴史がある。若い住持の秋爽氏は「青梅を訪ねたこともあり、皆さんの今回の来寺を熱烈歓迎」と喜びを表し、印象深い記念事業となった。
●北区日中友好協会定期大会―全員合唱で楽しく友好促進交流会
 6月13日、滝野川会館において北区日中の定期大会が約40名の参加により開催され、本年度の活動計画など全ての議案が承認された。
 大会終了後は、中国人招待者38名を含め112名の参加を得て、友好促進懇談会が盛大に開催された。ピアノとフルートの演奏による日中両国国歌で幕が開き、竹内隆治副会長の開会の辞、花川与惣太会長(北区長)の挨拶、来賓の方々の祝辞などの後、歓談に入った。歓談の途中、昨年訪中して雑技団とも交流を深めた江戸伝統芸能の太神楽師、鏡味仙三さんが見事な演技を披露。一昨年の「日本と中国・音楽の夕べ」にも出演した陽二蓮さんは、素晴らしいソプラノで参加者を魅了、花川会長を囲んで「北国の春」と「海はふるさと」を全員合唱するなど交流を深める、和やかな会となった。
第5回日中友好交流会に45人―5種類の手作り餃子に舌鼓
 NPO法人東京都日中友好協会では、第5回目となる日中友好交流会を6月4日に開催した。今年はグループに分かれて餃子を中心に料理を作り、一緒に味わおうという企画。日本人28人、中国人は留学生や社会人など17人が参加、総勢45人が集まった。
 午前9時30分、集合した参加者は5つの班に分かれて、どのような中身の餃子にするか、ほかに何を作るか打ち合わせて、スーパーで材料を購入、決められた予算で工夫をして買い物を終え、会場の大田区民センターへ移動した。
 11時から調理を開始。餃子の皮ももちろん手作り。今回の特徴は、それぞれの班で異なる餡の餃子を作ること。材料の購入から班別だったこともあり、大根を使ったもの、タケノコやニラ、豚肉、海老と卵、羊の肉を使ったものなど、バラエティーに富んだ餃子が次々と出来上がった。「もう一品」もドライカレー、青椒肉絲、スープやサラダ、杏仁豆腐など、テーブルの上にはおいしそうな料理が所狭しと並べられた。
 大田区日中友好中国語会話学習会会長の北條行英さんと中国語講師の徐潔さんが“審査員”となって各班の餃子を味見、「我が班こそ」とみんなが見つめる中、2班のピーマンを使った餃子が「味のバランスが素晴らしい」と、拍手と賑わいの中、記念の品がプレゼントされた。食事の時間はお互いの餃子や料理を交換して話もはずみ、和やかな交流の1日となった。
手作り餃子に挑戦中
手作り餃子に挑戦中
いよいよ「最優秀」餃子の発表
いよいよ「最優秀」餃子の発表
第18回中国事情懇話会開く
 都協会は6月6日夜、王敏・法政大学教授を迎え、第18回中国事情懇話会を万世橋区民会館で開催した。「ほんとうは日本に憧れる中国人」と題して「中国における愛国心と日本観の相克」をテーマに話を聞いた。
 日本に来て20数年になるが、日本と中国の相互理解がどこまでできるのか考え続けてきたという。中国の留学生が日本から学びたいものは、第一に明治維新の成功であり、第二に敗戦後に経済大国となった原動力は何かということ。王敏さんは、経済力は当然学ぶべきだが、そのようなことができた日本人の心・精神性を学ぶ大切さを感じ、日本の文化に入ったという。
 文化大革命の時代に大学に入った王敏さんは、四人組打倒のあと、中国全土から10人という初めての大学院生になった。79年、日本の原書は1冊もなく、日本人教師が毎日ガリ版を切って配ったプリントが院生の教材。その中の1枚が「雨ニモマケズ」だった。当時の中国では外国へ行くことは宇宙へ行くことと同じでした」という中で必死に勉強し日本への留学を果たした王敏さんは、日本と中国の文化の違いに直面した。同文同種といいながら相反するところ、戦後教育がほとんど西欧的カテゴリーに入る日本と、歴史的なものに批判が加えられ社会主義も入った中国。それぞれの背景に大きな違いがあることも指摘し、今の日本と中国の間に異文化コミュニケーションの対話が足りないように思う。関係を深めていくには謙虚に相互学習が必要であると思う―と述べ、このような前提にたって、日中の違いについて具体的に話を進めた。
第3回平山郁夫シルクロード美術館日帰りバスツアー
 都協会では5月27日、40人が参加して3回目の日帰りバスツアーを実施、山梨県の平山郁夫シルクロード美術館と、花パーク・フィオーレ小淵沢を訪れた。
 新宿を出発する時から雨がぱらつき、高速道路ではいよいよ本降りに。しかし、いくつものトンネルを抜けるうちに雨脚も弱まり、現地は傘いらずだった。
 平山郁夫シルクロード美術館では、「煌く布―金更紗と金糸織」特別展を参観、インドや東南アジアで織られた鮮やかで貴重な布の数々に目を奪われた。三分一湧水へ立ち寄って、次の目的地の花パーク・フィオーレ小淵沢へ。それぞれで昼食をとったあと、季節の花咲く広い園内を散策、世界各国の珍しい蝶や昆虫の標本が展示された昆虫美術館などを見学した。帰りの車中では、中国の絵葉書や切手シートなどを景品とした抽選会で盛り上がり、夕方6時、まだ雨の降りしきる新宿で解散した。
平山郁夫シルクロード美術館前で記念撮影
平山郁夫シルクロード美術館前で記念撮影
花パーク・フィオーレ小淵沢の緑豊かな園内
花パーク・フィオーレ小淵沢の緑豊かな園内

2006年5月25日号
4月9日 北京国際駅伝に4000人が参加
 「2006年北京国際駅伝大会」(北京市人民対外友好協会・中国田径協会主催、都協会など協力)が4月9日、北京で開催され、都協会からは貫洞哲夫会長が参加した。
 駅伝大会は今年から3年間、北京オリンピックを迎える活動の一環として公式スポンサーのサムスン(韓国)の特別協賛で行われる。
 国際女子の部には日本、中国、エチオピアら、国際男子にはケニア、ロシアなど各5カ国が出場、一般の部には国内外の男女合わせて300を超すチームが参加、5kmロードレースも含めて4000人が北京を走った。
 午前8:30に女子の部が、8:40に男子の部とロードレースがスタートした。国際女子の部は、2時間16分43秒で中国が優勝。日本は2時間24分23秒で4位。国際男子はケニアが2時間2分59秒の好タイムで連覇した。
 競技ばかりでなく交流の場として生かしたいと、天安門広場では、北京市民5000人による勇壮な竜や獅子の舞い、民族舞踊や武術などが次々と繰り広げられ、オリンピックに向けて大会の雰囲気を盛り上げた。
 8日夜、北京飯店で行われた開幕式では選手たちが交流、日本女子チームがバスの中で練習したという中国語での挨拶とリズムに乗ったパフォーマンスがひときわ大きな拍手を浴びた。
 大会には、今年2月の青梅マラソンに「北京市民ランナー」として来日し、女子30kmの部で優勝した衣苗苗選手も出場、チームは4位に終わったが、「中国のナショナルチームに入りました。がんばってオリンピックに選ばれるよう努力します」と笑顔で語った。
 また、東久留米市日中友好協会は北京市西城区と友好チームを編成。東久留米市日中は3年連続での選手団派遣で、2時間45分3秒でゴールした。
地区協会だより
●練馬区日中友好協会―帰国者・家族とともに「春の会」
 練馬区日中友好協会と中国「帰国者」・家族とともに歩む練馬の会(同歩会)の共催で恒例の「春の会」が、3月12日午後、練馬勤労福祉会館で、参会者80名(帰国者40名・一般40名)で賑やかに開催された。
 テーブルには、帰国者たちの多彩な「手作り料理」が並べられて、98歳の元気な姿から3歳の幼児連れまで、参会者たちの楽しい会話と笑い声が溢れていた。アトラクションは、日本の舞踊で幕を開け、華やかな唄声が次々と会場を沸かせたあとは恒例の「秧歌踊り」。赤・青・黄・緑の華やかな色彩を場内いっぱいに拡げて全員が踊り、ムードは最高潮となり、定刻閉会となった。
●東久留米市日中友好協会―北京のろう学校で感激の再会
 東久留米市日中友好協会は、昨年7月に北京市西城区第四聾学校訪日団13名を招いて、都内立川ろう学校との交流や富士山・八ヶ岳、都内参観を行った。
 今年4月、北京国際女子駅伝に出場した東久留米市日中友好チーム(団長・鈴木宏同協会理事長)の4人は、10日午前、西城区外事弁公室の滕新華主任の案内で、魯迅記念館の隣、胡同に囲まれた中にある同校を訪問。暑い夏以来の感激の再会となった。
 学生192名を66名の先生で指導、大学進学コースと美術工芸や菓子製造などの就職コースに分かれて勉学に励んでいる様子が紹介され、生徒手作りのおいしいケーキを味わっているところへ休み時間に入った生徒たちがかけつけて、満面の笑みで手を握ってきた。
 数学の試験中にもかかわらず授業参観をさせてもらい、「生徒さんの純粋な目の輝きを見て、ハンディをもちながらも、未来に向かって、今を精一杯生きている姿に目頭が熱くなりました。成人した彼らに再び会いたい」と鈴木団長。校内を案内してもらい生徒たちの日常に触れて、昨年の訪日で結ばれた絆を再確認した学校訪問となった。
●千代田区日中友好協会―靖国境内でさくらフェスティバル
 千代田区日中では、3月31日から恒例の「さくらフェスティバル」に出店して「第26回中国物産フェア」を開催した。今年はタイミングよく桜が満開、最高のお花見日和で、人出は申し分なかった。売上げの方は、一般の懐具合に加えて、商売下手も手伝っていま一つ。
 会場はいま注目の靖国神社の境内である。そこで「千代田区日中友好協会」という目立つポスターを掲げているので、それに注目した人が多かった。「ちょっと話してもいい?」と声をかけてきた若者が「なぜここでやっているのか」と問いかけてきた。靖国神社のなかで中国との友好を掲げていることが不満だったようだ。「ここを通っている人はみんな庶民で、戦争の被害者でしょう」と説明すると「自分は反米・反中なんだ」とつぶやいて去っていった。嬉しかったのは、日中のポスターを見るやいなや大きな声で「根性あるねぇー」と一言。多くを語らなくても、気持ちが通じ合うやり取りだった。
●中野区日中友好協会―留学生を招いて「春のつどい」開催
 中野区日中では4月21日夜、中野区役所2階の食堂で「春のつどい」を開催した。例年は春節にあわせて寒い季節に行ってきたが、今年は日中友好中野区女性懇談会との共催で、春の開催となった。後楽寮から留学生をお誘いし、女性10名が参加。中国と日本の地図の、それぞれの出身地にピンをさし自己紹介するコーナーでは大いに盛り上がり、交流の輪が咲いた。最後に会員である奥村和一さんが終戦時に日本軍人として中国内戦に参戦させられ、今も国とその折の裁判闘争を続けているドキュメンタリー映画の完成の発言をして閉会となった。
日中友好スポーツ交流会に140人
 NPO法人東京都日中友好協会と北区日中友好協会の共同の主催による日中友好スポーツ交流会が、滝野川体育館を会場に4月16日、140名の参加を得て盛大に開催された。若者に人気のパラパラダンス曲「恋のマイハヒ」のBGMで準備体操後、競技を開始した。日本側は中高生30名はじめ61名、中国側も60名ほどが競技に参加、中国大使館からは李放鳴一等書記官ら5名がお揃いのユニフォーム姿で参加された。
 今年は体育館を3分割し、第1面は本格バレーボール、第2面は午前がエンジョイバレーボール、午後はバドミントン、第3面では卓球台8台を用意し、参加者は自由にプレーできるものの、どの競技も順番待ち。的当てゲームのストラックアウトには参加賞にお菓子がもらえるとあって、子どもたちの行列ができた。会場には「友誼(友好)第一、比賽(勝敗)第二」のスローガンが掲げられ、和やかな中にも熱戦が繰り広げられた。午後4時、解散。参加者からは「年1回ではなく毎月機会を作ってほしい」という声も聞かれた。
 当日はCCTV大富(スカイパーフェクTV)が取材、ニュース番組の中で会の模様が放送された。また、事前の打ち合わせの段階から日中青少年交歓キャラバンOB、OG有志が実行委員として運営に協力した。
田畑光永氏招き第18回中国事情懇話会開催
 都協会は4月11日夜、田畑光永・『軍縮問題資料』編集委員長を迎え、第17回中国事情懇話会を東京文化会館で開催した。テーマは「最近の中国情勢と日中関係―中国をどう見るか」。
 「中国に親しみを感じない」日本人64%。一方、「関係改善すべき」78%という内閣府調査の数字を「国民のレベルでは日中関係をきちんと見ていると思うが、安心はできない」と指摘、中国の経済成長と実態、問題点について話を進めた。過剰設備によるデフレ懸念や、格差拡大、河川の汚染、水不足、環境問題、エネルギー不足など具体的な例を挙げて説明、さらに地方幹部の腐敗による暴動の多発に触れ、「一党独裁体制が制度疲労を起こしている」と中国の抱える問題の深刻さを伝えた。
 日中両国のナショナリズムに関して、中国の事情は言論締め付けのはけ口として「反日」が楽な方法であり、日本側は経済大国の地位を失った喪失感や中国から追い立てられている雰囲気が背景にある。「ネット右翼」「草の根ファシスト」という言葉が生まれたように、日本資本主義の尖兵として働いてきた団塊の世代が今の日本の右傾化を支えている面もある。今は架空のぶつかり合いだが、お互いの“八つ当たり国家主義”がエスカレートしていくと現実的合理的理由がなくてもぶつかる可能性がある。そのような事態が起きないよう、冷静さを保つことが必要であると述べ、復刊なった『軍縮問題資料』を紹介して会を締めくくった。
教職員部会連続講座―「靖国問題と日中友好」
 教職員部会では連続講座「中国を理解するために」を毎月開催している。3月17日は片岡健氏(都協会副理事長)を講師に、「靖国問題と日中友好その2」をテーマに話を聞いた。片岡氏は、戦後の総理の靖国参拝を年表で示して、A級戦犯合祀の問題にも触れ、「反中国キャンペーンを繰り広げるやり方こそ、日本を戦争に引き込む危険な手法である」と報告した。靖国神社・遊蹴館の展示に、侵略の歴史を「自衛のための戦争であった」と、論理のすり替えがあると指摘し、中国や韓国が問題とする首相の靖国参拝と、遺族などの考えや立場を詳細な資料をもとに紹介した。
 4月から7月の連続講座は、『未来をひらく歴史〜東アジアの近現代史』(発行・高文研)をテキストに行っている。いずれも第3土曜の午後2時〜4時。会場はちよだプラットフォームスクエア(地下鉄東西線「竹橋」駅下車5分)、会費1,000円。

2006年3月15日号
第40回記念青梅マラソン大会―北京の衣苗苗選手30kmの部で優勝
 第40回記念青梅マラソン大会に参加するため、昨年に続いて北京市人民対外友好協会派遣の「北京市民青梅マラソン訪日団」(団長・盧燕寧北京市対友協日本処科長)一行5名が2月17日から21日の日程で来日した。
 19日大会当日は曇りで、気温8.5度。30kmの部はシドニー五輪の金メダリスト高橋尚子選手がスターターを務め、自身も10kmの部にゲスト参加した。
 大会史上最多の1万5815人が参加した今大会で、女子30kmの部に出場した北京市民ランナーの衣苗苗選手(北京市石油化工学院学生)が1時間45分22秒の好タイムで優勝、韓振瑛選手(同)が1時間51分23秒で5位、女子10kmの部に出場した趙麗紅選手(同)は16位と素晴らしい成績を収めた。招待の白金鵬選手は男子30kmの部で5位(1時間33分34秒)と大健闘した。
 この日、青梅市日中友好協会では朝から選手の送迎と同時に、「加油」(がんばれ!)のプラカードをもって沿道で選手たちに声援を送った。終日、大会を応援した古島琴子都協会理事長は夕食に招待して選手たちの奮闘をたたえた。
 帰国前日の20日夜、市民選手団は都庁内レストランで行われた貫洞会長はじめ都協会役員による歓迎会に出席した。席上、盧団長は「団長として素晴らしい成績はとてもうれしい。それ以上に、青梅の皆さんが優しく丁寧な手配をしてくださり、自分の家にいるような気持ちで過ごしたことが何よりうれしいというのが率直な感想です」と語った。「今後もスポーツを通して交流したい」(張敬軍コーチ)、「しばらく会っていない親戚とお会いしている気持ち」(韓振瑛)、「日本人と付き合うのは難しいというイメージがあったが、初めての日本で、日本の家庭の一員として溶け込んだ気がした。北京オリンピックに出場するためベストを尽くします。応援してください」(衣苗苗)、「日本が大好き。2008年には北京にいらしてください」(趙麗紅)とそれぞれの感想を述べた。
優勝のテープを切る衣苗苗選手(女子30kmの部)
優勝のテープを切る衣苗苗選手(女子30kmの部)
訪日団一行と古島・都協会理事長(右から2人目)
訪日団一行と古島・都協会理事長(右から2人目)
日中女性新春の集い開く―飲茶と歌とミニバザー
 朝から大雪が降り続いた1月21日午後、飯田橋の(財)日中友好会館内「豫園」で都協会女性委員会主催の「2006年日中女性新春の集い」が行われた。中国大使館から孫美嬌参事官、李放鳴一等書記官、高元媛三等書記官が出席された。孫参事官は、「新しい年に若い世代を中心に交流を進めるよう努力したい。日中関係は徐々によくなると私は楽観視しています」と挨拶した。「大使館の二人の“看板娘”のドライバーをするめったにないチャンス」と会場を笑わせた李一等書記官のお話のあと、飲茶を味わいながら歓談した。
 ゲストは昨年に続いて中国人歌手の幽燕さん。テレサ・テンの愛唱歌やNHK歌謡コンサートで歌ったオリジナル曲『折鶴』を手話を交えて熱唱した。バックやスカーフ、小物など女性委員寄付の品々によるミニバザーも人気が高く、今年も好評のうちに会を閉じた。40人出席。
地区協会春節だより
●千代田区日中友好協会―新年会で留学生へのあみだ籤プレゼント
 千代田区日中では、2月4日に18年度定期総会を神保町の新世界菜館で開催した。田邊恵三理事長が開会挨拶のあと、昨年暮れに催した梅蘭芳記念日中友好学生麻将交流大会が朝日新聞やTBSに紹介されたことなどを始め、1年間の活動報告がなされた。今年の事業計画では、恒例の「さくらフェスティバル」への出店や、好評だった日中友好学生麻将大会の2回目の開催、またお茶の水小学校児童の図画を北京市西城区の児童画と交換展示することが提案された。
 続いて「新年の集い」にうつった。招待された10名の留学生を代表して鄒さんが謝辞を行った。鄒さんは後楽寮の日常を紹介され、設備もよく交通至便で、すぐ隣に小石川後楽園の庭園があるので、回数券で交替で利用しているとのこと。恒例の留学生への阿弥陀籖プレゼントは、会員有志らの寄進で結構なおみやげとなった。閉会後、留学生と参会者は連れ立って、徒歩2分の愛全公園に「周恩来総理の就学碑」を訪れ、記念撮影におさまった。
●渋谷区日中友好協会―合唱や太極拳で楽しく交流
 2月3日に渋谷区日中「春節の集い」を渋谷リフレッシュ氷川で開催した。桑原区長はじめ、区の関係者や中国マスコミ関係者・研修の先生など120名の参加をいただき盛大をきわめた。桑原区長からは、今年の3月6日から松濤美術館で開催する北京市西城区の中国小中学生絵画展について「こうした交流こそ友好であり、人の交流こそ重要です」と励ましの言葉をいただいた。
 このあと、渋谷区ジュニア混声合唱団が「春が来た」「ふるさと」などを披露、特に中国語による合唱は参加者に感動を与えた。指導の先生から「子どもたちがこうした場から中国のことを少しでも理解できればすばらしいこと」という言葉もいただいた。合唱のあと、太極拳友好協会の指導者による表演もあり、中国の人から「中国人ですか」と聞かれる場面も。最後に中国の皆さんの自己紹介と合唱で和やかな交流の幕を閉じた。
●目黒区日中友好協会―新年の集いと春節を祝う会
 目黒区日中主催「日中友好新年の集い」が2月1日午後6時から目黒香港園で開催された。今年の春節は4日前だったせいか中国側の集まりがいま一つ少なかったが、有座会長から「政冷経熱と呼ばれる日中関係の現状は正常なものではない。我々は今までも幾多の困難を乗り越えて民間の力で交流を進めてきたが、今年はさらに心を新たにし、日中友好発展のために努力しなければならない」と力強い挨拶があった。
 あいにくの雨天ではあったが、出席者は約40人。特別出演いただいた中国琴会員で天生閤古琴教室主宰の高欲生さんによる中国琴の演奏で会場はなごやかに。「涙そうそう」や日本の歌になると、琴の周りを囲んで一緒に歌ったり楽しい交流となった。また、古い友人たちは陳広文先生の画展や6月の訪中の話で盛り上がっていた。
 2月15日には、目黒区日中友好協会と日中友好目黒区職員の会共催による、恒例の「餃子で春節を祝う会」が午後6時から目黒区役所食堂で開催された。中国の子供たちも参加し、今回初めて日中友好目黒区議員連盟の皆さんも加わって出席者は総勢50人。青木区長が今年来区する崇文区を熱烈歓迎しようと挨拶、大塩教育長の音頭で乾杯、懇談に入った。
 酒を酌み交わし餃子を頬張りながら宴半ばで、出席の中国報道機関がそれぞれに自己紹介し、草の根交流の大切さを強調していた。終わりにビンゴゲームもあり子供たちも大喜び。「新年快楽、友誼長存、万事如意」を祈って、三本締めでお開きとなった。
●豊島区日中友好協会―テーマ設けた手料理と恒例お年玉プレゼント
 2月5日(日)午後1時30分から池袋の区立生活産業プラザにおいて「春節を祝う会」が開催された。会はにぎやかに催され、女性委員会調理による餃子1000個と各種料理に早速、舌鼓を打った。秋元女性委員長は「料理にもテーマを設け、メニューに工夫をこらしているが、毎年一皿残らず召し上がって下さるので作り甲斐があります」と顔を崩していた。今回、二胡の生演奏などもあり、中国の参加者も遠く故郷に想いを馳せ、しばし聞き入っていた。
 豊島区日中では毎年親善訪中団を派遣しており、今年で11回目を迎える。今回は4月中旬、青島・曲阜・泰山・済南を訪問。青島では豊島日中議連の訪中団と合流し「さくら祭り」に参加する予定であり、パーティーもこの話で持ち切りであった。後半は恒例の「お年玉プレゼント」抽選会。景品は会長賞として最新のヘルスメーター。他DVDプレーヤー・ワイン・ヘヤードレッサー・腕時計等々で会場は熱気に包まれた。午後3時30分、興奮冷めやらぬ中、参加者116名は名残り惜しくも再会を約して帰路に就いた。
●西東京市日中友好協会―文化振興を視野に交流計画を提案
 西東京市日中の新春顔合わせ理事会が2月12日、コール田無会議室で20名が参加して開催された。冒頭、高梨会長は、わが国においては政経に混迷が存在する一方、中国においては08年オリンピック、10年万博に向けて益々発展している状況がある。その中で両国の関係は決して我々の望む方向にはなっていない。民間の我々の活動はどのようにあるべきか会員の闊達な意見を求めた。会議では、中国との交流活動には地域振興も視野にいれた活動、すなわち当市の文化(六都科学館を核とした)・教育(青少年野球交流・ホームステイ等)、また市の特色となる産業(一例としてアニメ産業)の発展・振興に貢献する活動計画をたて、それにふさわしい中国の都市をパートナーとすべく今後積極的に情報収集にあたることとした。また中国語教室開催においては、教室が多数存在する当市においては協会の特色を生かして在市留学生との交流等を織り込んでいくこととし、そのため在市留学生への各種支援を計画していくことにした。
●北区日中友好協会―1500個の餃子と豪華景品のビンゴ大会
 北区日中恒例の春節餃子パーティーが2月5日(日)、旧桜田小校舎に移転した王子小学校の附属王子学級を会場に129名(中国人46名)の参加を得て、盛大に開催された。
 9時から帰国者や留学生の指導で餃子作りを開始したが、今年は例年以上のお手伝いがあり、11時半には1500個の餃子が完成した。正午に花川会長(北区長)の開会の辞などの後、パーティーが賑やかに始まった。昨年までの旧王子小校舎が建て替え準備のため使えなくなったが、今年の会場の広さは今までの約1.5倍となり、お酌に廻る各参加者もテーブル移動がし易く、あちらこちらで記念写真の輪が出来ていた。
 今年のビンゴ大会もDVDプレーヤー、CDプレーヤー等の豪華景品の他、抽選会を併用、上がった人からくじを引き、特別賞として折りたたみ自転車、2等を中国映画「単騎、千里を走る」のペアチケットとしたところ、なかなか引き当てる人が出ず、最後まで笑いと歓声で盛り上がった。
●大田区日中友好協会―餃子の“福”はジャイアントコーン
 厳しい冬がようやく終わり、正に春を迎えようとするこの時期、「大田区日中新春の集い」が2月25日(土)に大田区蒲田の生活センターで開催された。今年は大田区日中と中国語会話学習会の共催で77名が参加した。第一部は恒例の餃子作りで、今年は、中国語会話学習会の高立新講師のレシピ、「なんと!シソ餃子」である。中国ではそれぞれ家庭の味の餃子があるが、この会でも過去にエビ餃子や油揚げの野菜ギョウザなどがあり、毎年どんな餃子を作るのか楽しみにしている参加者も多い。参加者同士が和気藹々と交流しながらも、作業は手際よく進み4時半過ぎには1000個が出来上がった。
 第二部は6時半開宴。熱いうち食べないともったいないとの声が大きく、いきなり乾杯である。「餃子の中に福がある」といって中国ではお金を入れる習慣があるが、大田区ではジャイアントコーンを入れ、見事当てた人には刺繍入りの小物入れがプレゼントされた。赤い堤燈や春聯などが華やかに飾られた会場で大田区在住の高欲生さんの琴の生演奏もあり新春の雰囲気を十分に味わい8時過ぎにお開きとなった。
東京都囲碁愛好者訪中団―囲碁を通じて日中交流
 都協会は、一昨年に続いて2度目となる「東京都囲碁愛好者訪中団」9名を2月18日から21日まで派遣、北京で2つの囲碁交流会に参加した。
 到着翌日の19日は、北京市宣武区との「囲碁交流大会」。試合前の夕食会で宣武区長は、「友好第一、勝負第二の精神で親睦を深めたい」と挨拶。対局は持ち時間30分の1人2局。今回は中国での交流試合ということもあり、中国式ルールで行われ、結果は3勝9敗であった。
 20日午前9時、海淀棋院に到着。都日中囲碁大会に参加した張意舟副院長の歓迎を受け、比留間団長が再会の喜びと共に「一昨年の借りを返したい」と挨拶した。選手6名が交互に紹介され盤前に座ると、「中日囲碁交流大会」が開始された。張り詰めた空気の中で石音が響く。2勝4敗と負け越したが主将、副将が勝って面目を保ち、団員一同、胸を撫で下ろした。終局後は互いに石を並べ直しながら「手談」による親交を深めた。昼食会では緊張感も解け互いに酒を注ぎながら再戦の約束をした。
 今回の訪中の成果を、東京都日中友好囲碁大会に活かし、大会を益々発展させたい。
広州と海南島探訪の旅―碧い海と先住民族の里
 海南島は九州とほぼ同面積の中国第二の島、ハワイと同緯度の常夏の島で行政上は海南省である。2月13日午後、都日中会員訪中団12名は広州の白雲空港へ。飛行機を乗り継いで海南島の海口に着いた。
 翌日は明代の政治家・海瑞の墓を見学し、高速道路を東坡書院に向かう。蘇軾、号東坡は政争に敗れて海南島に三年間流された。有名な“春宵一刻値千金”の句に始まる詩の作者でもある。書院では広い静かな庭園を散策し、再びバスで島の南端、三亜へ。車窓に椰子、ビンロー樹、ガジュマル、マングローブなど南国の樹木を楽しみながら、碧い海と白砂の海岸三亜に着くと気温が高い。
 15日は島の内部の通什へ。観光用民族村で先住民族黎族や苗族の踊りなど楽しみ、民族博物館を参観した。展示資料の充実した博物館で、元代に黎族の織物技術を上海に伝えた黄道婆の史料もある。黎族は織物にすぐれ、町の織物工場には高度な技術の錦織り用織機も保存されている。黎族の村には素朴な地機織りが残っており、縦糸の先を足で押さえる珍しい織り方を見せてもらった。三亜に戻り鹿回頭、天涯海角など名勝地を遊覧する。40度近い暑さだが椰子の木陰で碧い海を眺めると気分は爽やか。泳いだり、波打ち際を散歩したりして楽しんだ。
 戦争中日本軍が建設した鉄道ももはや廃線となり、近代的リゾート地として発展中の海南島でしばし寒さを忘れ、広州に戻ると寒波の出迎え、厚着に着替えた。中山記念堂、陳氏書院を参観し、夜は広東省人民対外友好協会主催の宴会に招かれ、18日、帰国の途についた。
第21回中国語春期スクーリング―発音と初級・中級会話を開講
 都協会では2月26日、第21回中国語春期スクーリングを開催した。秋葉原の万世橋区民会館での「発音クラス」は島村泰子・都協会中国語講師と許堅・大田区中国語会話学習会主任講師が担当、大崎の南部労政会館を会場にした「初級会話」は閻瑜・都協会中国語教室講師と陳本鳳・同講師、「中級会話」は徐潔・都協会中国語講師が担当した。
 32名参加の発音クラスでは、基礎となる四声を中心に指導。午後は李白の漢詩朗読や、現代中国語の散文を読んだ。和気藹々とした授業にはリピーターも多く「次回も楽しみ」との声が聞かれた。
 初級会話はA班(閻講師)とB班(陳講師)に分かれ、各班7名以下の徹底指導をした。A班では「毎日中国語を勉強していますか?」など、初歩的な受け答えを中心に練習。B班は趣味や旅行の体験談などを受講生が中国語で話した後、講師の質問に答え、さらにその話題について受講生同士の会話も行った。合間に講師が文法の説明も加え、好評を博した。
 中級会話クラスは、タクシー運転手と乗客、空港係員と旅客など様々な場面設定のもと講師と受講生がそれぞれ役柄を担当、テキストを用いないため、その場の会話内容で次の話題が変わっていく、実践的で臨場感溢れる授業となった。
発音クラスの授業風景
発音クラスの授業風景
初級会話クラス(A班)の授業風景
初級会話クラス(A班)の授業風景
第17次東京都教育界訪中団―上海の小学校で授業参観
 1月5日から8日まで第17次東京都教育界訪中団一行6人は、上海市人民対外友好協会の受け入れで上海を訪問した。
 今回の一番の目的は、小学校と少年宮の訪問。団員がみな小学校教員ということもあり、中国の教育現場に大きな関心を寄せた。「中国は、教師をとても大事にしています。」上海市人民対外友好協会主催の歓迎会での職員の方の言葉が、とても新鮮に響いた。
 6日、上海新村第一小学校を訪問。入口に「熱烈歓迎 東京都教育界訪中団」と書かれた黒板。20代と思われる優しそうな教頭先生が迎えてくださった。5年生の教室に入ったときの子どもたちの生き生きとした表情に、「子どもらしい」と感じた。数学の「面積」の学習。先生と生徒の信頼関係ができているからだろうか、全員が授業に集中している。1時間に3〜4回、5、6人の小集団で話し合う場面があった。それぞれの生徒が自分の意見を言いながらもそれでいてまとまっていく。話し合いのルールがしっかり身についているのだ。2年生の国語「恐竜」の授業でも若い女の先生が表情豊かに子どもに語りかけ、どの子もはっきりした声で教科書を読む。数時間の小学校参観で、すべては分からないが、教師と子どもたちの生気あふれる姿に触れて、子どもたちの“未来”を感じた。それにしても、日本の教師や子どもたちは大事にされているのだろうか・・・。中国の若い先生たちの笑顔が忘れられない。寒く冷たい上海の街だったが、心は温かかった。

2006年1月1日号
新年のごあいさつ―貫洞哲夫・NPO法人東京都日中友好協会会長
 新年明けましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、新しい年への希望とともにお元気で年の初めをお迎えのことと存じます。
 昨年は、協会創立五十五周年の記念すべき年でありました。私どもにとりましては、多大の困難と戦いながらも、真摯に日中両国の友好を追い求めた長い歴史をあらためて振り返りながら、今日直面する諸問題に対して、心を新たに更なる発展を期して努力を重ねた一年でありました。
 私はかねてから、地道な草の根の民間交流の重要性を会員の皆様に訴えてまいりました。一人一人が直接その目で中国を見て、中国の人々と親しくなり、また中国の人々に日本を理解していただく努力が重要であると考えます。この考え方に変わりはありませんが、私どもを取り巻く環境はさまざまに変化をしております。とりわけ国際環境の変化は、誠にあわただしいものがあります。その変化に対応して、交流の方法にも工夫が必要かもしれません。新たに取り入れるものや方法を変えるものなど、今後ともできるだけ多くの人のお知恵を借りながら、時代に即した民間交流のあり方を確立し、 変化の趨勢を見極めながら、一喜一憂することなく、着実に交流の実を上げてまいりたいと存じます。
 新年にあたり、会員一同心を新たにして、素晴らしい希望実現に向け、一致協力してまいりたいと存じます。会員の皆様の一層のご協力をお願いし、皆様のご繁栄を心から祈念いたします。
北京から新年のごあいさつ―張茅・北京市人民対外友好協会会長
 素晴らしい新年をともに迎えるにあたり、私は北京市人民対外友好協会を代表して、また私個人として、東京都日中友好協会の友人の皆さま、ならびに中日友好事業をご支援くださる日本の友人の皆さまに対し、謹んで心からの感謝を表するとともに、新春のお祝いを申し上げます。
 2005年を振り返りますと、貴協会の創立55周年という記念すべき年において、私たちはこれまでの交流の成果を基礎に、両都市市民の相互理解と友情をより一層深めるために、手を携えて「北京市青少年キャラバン訪日団」、「北京国際駅伝マラソン大会」、「太極柔力球講習会」をはじめ、女性の交流や市民交流などの一連の活動を実施いたしました。これらの交流活動は様々な形で行われ、規模も大きく、広く影響を与え、両都市の市民から大いに喜ばれました。このことを、私は非常にうれしく思っております。
 新年の新しい情景に臨み、私たちはこれまでに得てきた成果から、喜びと励ましを感じ、さらに将来の両協会の良好な発展と、洋々たる前途を確信いたします。新しい一年におきましても、私たちは両都市間の友好交流事業の発展に引き続き力を尽くし、中日友好事業の促進のために多くの仕事をしてまいります。同時にまた、私たちは友人の皆さまが北京・東京両都市の友好交流事業に、これまでと変わらぬご支援をくださることを希望しております。将来を展望するとき、私たちは自信に満ちています。中日両国、そして北京と東京の各界の友人たちが手を取り合い、新たな姿勢、新たな歩みで、新たな章を書き記し、新たな輝きを再び創り出すことを、願ってやみません。
 最後に、東京都日中友好協会のさらなるご発展と、東京都の各界の友人の皆さまのご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。
陳広文画展―NPO法人東京都日中友好協会・北京市人民対外友好協会共催で盛大に開催
 日中友好協会創立55周年を記念して、NPO法人東京都日中友好協会と北京市人民対外友好協会の共催で「陳広文画展」が12月13日から16日まで飯田橋の日中友好会館美術館で開催された。
 この画展にあわせて作者である北京市対友協の陳広文名誉会長を団長、劉樹声副会長を秘書長とする代表団が来日した。13日の開幕式では130人を超える参加者が見守る中、陳名誉会長、貫洞都協会会長、中国大使館・趙宝智公使、財団法人日中友好会館の村上立躬理事長、社団法人日中友好協会の酒井誠常務理事がテープカットを行った。会場には「梅」を中心とする70点が展示され、来場者を楽しませた。
 この後、オープニングレセプションが盛大に行われた。古島琴子都協会理事長は陳広文氏が挨拶で紹介した毛沢東の詩『詠梅』に触れ、「厳しい寒さの中で花を開く梅の絵は、これからの日中関係への励ましが込められている」と開会の挨拶をした。
 陳広文氏は、「念願であった個展を皆さんのおかげで日本で開くことができたことに感激しています。特に中日関係が厳しい中で、この梅の絵が中日両国に春を告げる役割を果たせたら何よりうれしい」と語った。
来場者で賑わう「陳広文画展」
来場者で賑わう「陳広文画展」
“一番好きな作品”という「墨雨驚魂溢清香」の前で陳広文氏
“一番好きな作品”という「墨雨驚魂溢清香」の前で陳広文氏
「2005年市民交流訪中団」帰国第2報
 NPO法人東京都日中友好協会では、2005年10月に北京市人民対外友好協会の受け入れで「市民交流訪中団」を派遣した。10月23日の交流の集いと人民大会堂での祝賀パーティーを終えた一行は、黄龍・九寨溝、貴州、西安の3コースに分かれて各地を参観した。
Aコース(成都・黄龍・九寨溝・上海)―彩り鮮やかな世界遺産
 Aコースは貫洞会長ご夫婦はじめ28名、中国各地で友好を深め、心のこもった歓迎を受けて参りました。北京に着いてすぐ、万里の長城へ。想像はしていたもののそのスケールは広漠で、築城の歴史や携わった人達の苦難を考えると、気が遠くなる思いがしました。頤和園では西太后の権力に圧倒されるばかり。また園内で出合った、道に水筆で文字を書く男性が、「櫻花之國」と日本を表現し、美しい文字を書いてくれたことが大変印象深いです。
 四日目、Aコース一行は九黄空港に到着。高い所なので高山病にかからないようゆっくりと行動しながら、世界遺産の黄龍へ。渓谷に沿って大小3千を超す湖沼が棚田状に連なり、ブルー、グリーン、黄色など彩り鮮やかな水面が見えます。その美しさに、天女が沐浴に舞い降りてくるような気さえいたしました。
 翌日は九寨溝を観光。底が見通せる澄んだ水には多くの魚影が浮かび、300メートルにもわたる諾日朗瀑布は迫力満点。緑美しい自然のあふれる場所でした。木道があり、一周に3日間くらいかかるとのことです。雪の降る九寨溝を後に成都、上海市内を観光し成田に帰ってきました。黄龍、九寨溝とずっとご一緒していただいた北京市人民対外友好協会の方々、ありがとうございました。感謝でいっぱいです。(坂上)
Bコース(貴陽・榕江・三江・桂林・上海)―迎客酒と踊りで歓迎
 Bコース14名は、24日朝北京を発ち、雨の貴陽空港に着いた。都日中市民交流団としては二回目の訪問で、今年は貴州東南の奥地を訪ね、桂林に出るコースを取った。
 まず貴州大学外国語学院日本語科を訪問。JICA派遣の山田先生と多数の学生に迎えられて懇談した。みな上手に日本語を話し質問もする。反日の空気が心配されるこの頃、内陸の貴州で熱心に日本語を学ぶ学生との出会いには感激し、胸が熱くなった。その夜の貴州省人民対外友好協会の歓迎宴は貴州省代表団が7月に都協会を訪問されたこともあって話がはずんだ。
 翌朝、高速道路を黔南州の州都都奄ヨ。開発が進む都市だが明代に作られた古い石畳の町「石板街」を散策、丹寨県カラミャオ族村に着くとカラフルな民族衣装の西江ミャオと錦鶏ミャオの女性たちに迎客酒の儀式で迎えられた。広場ではミャオ族の人々と一緒に輪になって踊る。芦笙のテンポは速く、簡単そうに見えるステップは案外難しくて楽しい汗をかいた。
 翌日は都柳江沿いの道をひた走り、從江県貫洞鎮に着く。十層以上もありそうな「鼓楼」を見上げるトン族の村・臘水村で、民族衣装の女性の歌と男性の芦笙で迎えられ、迎客酒を飲み、花籠に乗って広場に入る。清代の衣装「長袍」を着た長老たちと一緒にトン族の合唱を聞いたが、頭に縞模様のターバンを巻いた中高年男性の合唱に感嘆した。
 広西の三江トン族自治県に入り、お世話になった貴州省人民対外友好協会の職員の方とお別れ。翌朝程陽の風雨橋参観。稲刈りの女性や揚水用の大きい水車が回る静かな山里に、鼓楼と並ぶトン族の木造建築の粋「風雨橋」がみごとな姿を見せていた。(古島)
Cコース(西安)―日中交流の原点を訪ねる
  10月24日、西安咸陽国際空港で私たちを迎えてくれたのは、古都の澄み渡る晴天と陝西省人民対外友好協会の職員の方の笑顔でした。ホテルで旅装を解き、向かったのは西安のランドマークといえる大雁塔。64.5mの塔を見上げて「ここまで来て登らなかったら悔いが残る」と登り始めましたが、結果として体力のなさを実感する破目に。夕食は西安名物の餃子宴。真珠のように小さな餃子が次々に出てきて、その具材もアヒルやクルミなど日本では食べられないものばかり。しかし山椒の餃子には「口の中が痺れたぁ」と悲鳴があがります。
 翌朝は世界遺産の兵馬俑坑博物館へ。鎧や兜で身を固めた等身大の兵士は、表情は厳しく迫力に満ちています。坑の中で整列する軍団を見ていると2200年の眠りから覚めて今にも動き出しそうな気がします。午後は玄宗と楊貴妃のロマンスの地・華清池に。ここには美しい楊貴妃像があり「玄宗が夢中になるのも当然」と納得。そして開館したばかりの華清宮展覧館に入ったら、なんと生きている楊貴妃が私に微笑むではありませんか。驚く私に「ここは旅游局が造った施設で楊貴妃は女優さんですよ」と笑いながら説明してくれました。1300年前に遣唐使として多くの日本人の若者がこの地に学びましたから、西安は日中交流の原点といえるかもしれません。興慶宮公園の阿部仲麻呂記念館にあった「日中友好是世界平和」という書が私にはとても印象的でした。(杉本)
黄龍の彩り鮮やかな湖沼(Aコース)
黄龍の彩り鮮やかな湖沼(Aコース)
貫洞鎮で輪になって踊る(Bコース)
貫洞鎮で輪になって踊る(Bコース)
日本太極柔力球協会第1回総会開く
 日本太極柔力球協会の第1回総会が12月17日、新宿のモノリス29で会員24人が出席して開催された。冒頭、貫洞会長が太極柔力球を日本に導入した経緯を紹介し「念願の総会を開くことができて大変うれしい」と挨拶した。総会は貫洞会長を議長に選出し、規約、理事選出、今後の活動方針を審議、各議案とも拍手で承認された。協会では、訪中団派遣、講師招請、協会ニュースの発行、講習会実施などを当面の活動方針として掲げ、全国に支部をつくり、事業の支援を行って柔力球の普及につとめたいとしている。
 総会終了後、同所で祝賀会が行われた。この会には柔力球講師として4度目の来日となる劉家驥北京体育大学副教授と北京市対友協の李維建科長が出席、劉講師は「日本での太極柔力球の発展は早く、成果は大きい。柔力球を介して日中友好が深まることを期待しています」とお祝いを述べた。牧田副会長の音頭で乾杯のあと、参加者全員から柔力球との出会いや日常の活動が紹介された。競技への希望も相次ぎ、和やかで活発な会となった。
地区協会だより
●豊島区日中友好協会―箱根・富士山バスハイク
 日帰りバスハイクも8回を迎え、今年は初秋の箱根・富士山めぐりを計画、雄大な景色に温泉、おいしい食事と欲張ってみました。
 今回の参加者は、31人(日本人19人、中国人12人)。9月19日当日は天気予報がハズれ、晴れ渡った秋空の下、7時45分池袋を出発、一路大涌谷へと向かいました。
 昼前に大涌谷着。富士山をバックに記念撮影。日本に永年住んでいても富士山を初めて見た人も多く感嘆の声が方々から上がりました。ロープウェイで桃源台=芦ノ湖へ。バスに乗り換え、仙石原=昼食会場の御殿場高原ビール時之栖に到着。ドイツ風バイキング料理とドイツ技術による地ビール飲み放題を満喫。生演奏(なぜかラテン音楽)を聴きながら大いに楽しみ、富士山が見える天然温泉にも入り一時疲れをいやしました。富士山からの湧水「忍野八海」を見学。河口湖で休憩した後、帰路につきました。今年の夏は高温で晴れの日が続いたため、紅葉がことのほか美しく、初秋といえ充分楽しませてくれました。帰りは恒例の日中歌合戦。今年は日本人の善戦により引き分けといったところでしょうか?池袋到着は9時と遅くなりましたが、車中、中国の友人達より回収したアンケートの感激と感謝感謝の文字に幹事達の疲れも飛んで行ったようです。
●中野区日中友好協会―晩秋の栃木路バスハイク
 中野区日中のバスハイクは一昨年以来2度目。さわやかな秋晴れとなった11月16日朝、総勢13人で晩秋の北関東の旅に出発した。一行は東北自動車道、館林インターから、最初の目的地である茂林寺へ。文福茶釜で有名な寺でちょうど菊花展を開催中。見事な菊を観賞したあと、北上し足利市内へ入った。割烹料理で腹ごしらえの後、日本最古の学校として知られる足利学校へ。観光案内人のボランティアをしている初老の紳士の出迎えを受け、丁寧でかつ親切な説明に、目を皿のように見てまわった。ここは中国との縁も深く「釋奠」の儀式(儒学の祖である孔子とその弟子をまつる儀式)には中国の友好都市から関係者が来て式典が行われるという。その後、隣りの鑁阿寺へ。足利氏の館跡にあり開祖800年の歴史を持つ重要文化財の本堂や鐘楼、紅葉の始まりの庭園は見ごたえがあった。澄んだ空気の中で散策しながらのおしゃべりも楽しく、最後に両手いっぱいにお土産を手にして、帰途についた。帰りのバスの中ではビンゴやクイズで盛りあがり、たいへん賑やかなバスハイクとなりました。
●葛飾区日中友好協会―秋の味覚と筑波山のバスハイク
 11月23日、毎年恒例となっている葛飾区日中友好協会主催による「会員と在区中国人との交流バスハイク」が開催されました。今年も「葛飾区広報紙」で広く呼びかけ、多数の申し込みが殺到しました。事務局では、在区中国人と会員のバランスを考慮し、60名の参加となりました。
 当日はバス2台に分乗し、葛飾区役所を午前8時に出発。目的地である筑波へ向かいました。車中では流暢な中国語・日本語での自己紹介をしながら交流を図り、「ワープステーション江戸」に到着。約5haの敷地に江戸城大手門や武家屋敷などが再現された歴史公園を見学し、筑波山で昼食をとりました。その後、徒歩で筑波山神社を参拝。お天気もよく筑波山付近の景色を十分に堪能できたようです。
 さらには、「みかん・柿狩り」での秋の味覚に参加者同士の交流がさらに深まり、仲良くおしゃべりをしながら美味なみかんや柿を食べる光景が、あちこちで目に映りました。帰路の車中でカラオケ・ゲームを楽しみ、お互いに来年の再会を約束し、解散しました。
●北区日中友好協会―御宿海岸で地引き網体験
 北区日中恒例の友好バスハイクが11月23日、日本人21名、中国人29名の参加を得て実施された。車内では、日本語、中国語による自己紹介があり、緊張気味の初参加者達も車内の友好ムードにすっかりリラックスの様子。最初の休憩所を出たところで、恒例のビンゴ大会が始まり、途中の海岸線のきれいな景色もそっちのけでリーチ、ビンゴの掛け声が車内に響き、全員が豪華?景品をゲット。
 間もなく、最初の目的地、御宿海岸に到着すると、全員に軍手が配られ、地引き網の開始。二手に分かれて、30分ほどロープを引くと、網の中は食べられない小さなフグや雑魚ばかりで残念な結果となったが、程良い労働のお陰でホテルでの50種類のランチバイキングも大いに進んだ。食後の休憩タイムもロビーでコーヒー片手に会話を楽しんだり、浜辺に出て、写真を撮ったりと、あちこちで交流の輪が出来ていた。
 次の目的地の勝浦海中公園では、海中に立つ展望塔を降り、餌付けで集まるたくさんの魚たちに参加者は大喜び。「海ほたる」を経由しての帰路は、夕日が沈む頃と重なり、「海ほたる」初体験者はうっとりと感激の様子だった。車中では、誰も疲れも見せず、最後までカラオケ大会となり、大いに友好を深め、来年の春節餃子パーティーでの再会を約し、無事解散となった。
●千代田区日中友好協会―マージャンで日中学生交流
 千代田区日中が主催した「梅蘭芳記念日中友好学生健康麻将交流大会」が、12月11日一ツ橋のインペリアルで開かれた。その二日前に朝日新聞夕刊で「日中友好、マージャンで」と二段抜きの記事で紹介され会場は36名の競技参加者でぎっしり埋まった。田邊恵三・千代田区日中友好協会理事長、中国大使館文化部の陳諍一等書記官の挨拶のあと、この企画の提唱者である江橋崇法政大教授から梅蘭芳についての講演があった。会場には京劇名優の梅蘭芳の写真パネルが多数貼られていた。
 最初のぎこちなさもたちまち吹き飛んで、会場は若者同士の和気あいあいの雰囲気に包まれた。中国国家体育局制定のルールによったため参加者には戸惑いもあったが、終わってみれば1位から11位までを中国選手が独占した。一位は麗択大大学院の于汪さん。終了後、場所をしゃぶ沙羅に移して懇親会が盛り上がったことはいうまでもない。
御宿海岸での地引き網(北区日中)
御宿海岸での地引き網(北区日中)
マージャンで交流を深める(千代田区日中)
マージャンで交流を深める(千代田区日中)
第16回中国事情懇話会開く―「東アジア共同体と日中関係」
 都協会は第16回中国事情懇話会を11月18日夜、上野の東京文化会館で講師に谷口誠・岩手県立大学学長(元国連大使)を迎えて開催した。テーマは「東アジア共同体と日中関係」。
 21世紀においてアジアが世界経済の最もダイナミックなセンターとして発展し、日本の更なる発展と安全保障のためには「東アジア共同体」の構想が必要という観点から、東アジア地域統合の可能性、克服すべき障害、日本の積極的な貢献等について、EUやNAFTAの状況なども加えながら詳しく説明した。ASEAN+3(日中韓)構想に反対した米国、それに追随した日本。今の日本の戦略は中国の覇権をいかに抑えるかということにあり、アジアに愛着をもっていない。あれだけODAを出しながら、国連安保理でアジアのどの国の賛成も得られなかったことから対中対アジアでなくアメリカ一辺倒になっている現在の小泉外交の問題点を指摘した。オーストラリアはASEANはじめ世界で最も留学生を招いており、アメリカは人材育成に戦略をもっていて中国のトップレベルの学生はほとんどアメリカ留学志向。日本では外務省においていわゆる「チャイナスクール」出身が幹部から外されている。情報や人脈を持たないほど危険な外交はないと警鐘を鳴らした。
 東アジア共同体の将来には、日中間の相互信頼の回復が不可欠。それには歴史認識の克服は避けて通れないこと。このような中で3年をかけて日中韓共通の歴史教科書が編纂されたことは非常に大きな一歩であると述べた。環境やエネルギー分野での協力や農業、金融面での日本の積極的貢献についても言及、日本が考えるべき多くの問題を提起した。

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