2009年市民交流訪中団 報告 

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2009年市民交流訪中団 報告
都日中では、2009年10月に中華人民共和国建国60周年と東京ー北京友好都市提携30周年を祝う市民交流訪中団を派 遣した。10月31日には頤和園ウォーキング大会に合流し、交流と祝賀の行事を終えた一行は、「高速鉄道体験と天津古文化街」「世界遺産・承徳」「世界の 名窯・景徳鎮と世界遺産・廬山を巡る」「港町・大連」の3コースに分かれて、各地を参観した。

周総理の生涯に触れる Aコース(天津)
渡辺道代副理事長からお誘いを受け、2度目の訪中となった。人民大会堂で行われた祝賀レセプションは、私自身初めての貴 重な経験だった。何より日中の交流が脈々と続けられてきたこと、交流に携わってこられた方々の志と尽力に尊敬の念を抱いた。
祝賀レセプション翌日は雪。A班一団は、北京南駅から高速鉄道に乗り、一面銀世界の中、天津へ向かった。JR東日本と川 崎重工業が車両開発に技術協力した鉄道の旅は、短時間ながら快適なものだった。
天津では、旧租界地、古文化街、周恩来・鄧穎超記念館を訪問した。中でも記念館では,私が生まれた昭和47年に田中角栄 首相と日中共同声明に調印した、時の国務院総理周恩来氏の生涯を知ることができ、大変印象深いものだった。見学の折、過去に京都嵐山公園(亀山公園)で石 碑を見た記憶が蘇ったが、それが京都留学中の周恩来氏が作った「雨中嵐山」の詩碑であったことを帰国後再確認し、日中友好のシンボルとなっていることも 知った。
天津からの帰路、雪は止み、高速鉄道の車窓から白銀の中に輝く夕日を眺めることができた。日本で不自由なく、仕事中心の 生活を送っていると、狭い世界で日々完結し、外に向かって視野を広げる視点に乏しくなる。中国大陸は広大で、かつ56民族からなる非常に奥深い国である。 まだまだ不知なことは多い。団員の方々のお話を聞くにつけ、様々に興味関心を持った生活は潤いがあるものだ…と夕日を眺めながら考えた訪中だった。 (多 田英樹)

世界遺産・承徳への旅 Bコース(承徳)
2009年10月30日、都日中市民交流訪中団の団長として北京を訪問した。
今回は誠に名誉なことに、北京市から栄誉市民の称号を頂戴し、到着早々市政府において授与式があった。授与式でも申し上 げたが、私個人というよりも、永年にわたって日中友好に尽力した多くの人々の象徴として頂いたものと理解し、有難く頂戴した。
翌日は交流事業の調印式と祝賀行事を行い、11月1日、承徳へ向けて出発した。一行は私ども夫婦と、中村文雄氏夫妻、白 石克人氏、北京市対友協の李昭常務副会長と王景恵さんの7名である。朝8時集合、厳しく冷え込んで、珍しくこの時季に雪が降った。うっすらと雪化粧の風情 の中バスで出発した。
承徳は、河沿いに発展した今では大きな都市であるが、清朝時代に歴代皇帝が避暑地として重用した街である。避暑山荘とし て残る建物は、まさに西太后の面影が偲ばれる佇まいであった(世界文化遺産)。山荘の外側に建つ寺院群・外八廟もまた壮観である。翌日観た小さな「ポタラ 宮」といわれる「普陀宗乗之廟」は観る者を粛然とさせる。
帰途、金山嶺長城に立ち寄り、北京飯店に戻った。安井曽太郎画伯も、戦前承徳を訪れ、いくつかの作品を残している。これ に魅かれ、いつかは訪ねたいと思っていた願いが今回叶った。帰宅してあらためて画集を観て承徳の旅を懐かしく思い出している。(貫洞哲夫)
江西省文化と自然の旅 Cコース(景徳鎮・九江・盧山・南昌・上海)
初の江西省行で調べたら、故郷・信州と共通点の多いことに気付く。江西省は6省と境が連なり(信州は10県)、形も相似 て(タツノオトシゴ)、省都・南昌も県庁・長野も北部に位置する。さらに井崗山のある南西部の県境には御嶽山が鎮座する。世界遺産・廬山は、軽井沢と同様 に避暑地で西洋人によって開かれた。これは私の主観で、江西省が身近に感じられることになった。
江西の旅で感じたことを二つほど。
香炉峰にもう雪は降ったかしら?中宮は清少納言らの無粋さを、「香炉峰の雪はいかならん」と問う。ハッと気付いて簾をか かげて雪景色を眺める。彼女たちは香炉峰を看ることもないのに平安時代、漢詩という世界でつながっていた。廬山(連山)の一角にある一千メートル余の香炉 峰に唐代の白居易はなぜ魅せられたのだろうか。頂上の展望台より、下りのロープウェーの左窓から、よく見えたやさしい形の山だった。
九江の煙水亭へ急ぐその路上で夢に見た〝地書〟に出遭った。夕暮れどき、路面に水で書かれた漢詩は少し薄れ始め、踏んだ 靴の跡さえ付いている。あわてて写真に収め、煙水亭の浮き橋へ、団員のカメラが集中する中に長く白いアゴヒゲの長衣を着たおじいさん。しかも左手に何か提 げている!地書家か?提げていたのは缶と筆ではなく、愛鳥を入れた鳥籠だった。画家の友人から、「鏡字(裏から見た形の字)の地書を見たのは初めて」と聞 き、ちょっと自慢気になった。水で書く文字は跡かたもなく消える。善行をそっと施す老子哲学が底に流れる。昨今では外壁や地面のアートパフォーマンスであ るとも聞くが、この地書家の思いが聞きたかった。北京の初雪(瑞雪)で、Cコースは激しい〝長征〟移動の連続だった。江西省へ、もう一回訪れたい。 (森 戸睦子)
往時にタイムスリップ Dコース(大連・旅順)
Dコースは、東京・北京友好提携30周年を祝う都庁OB・OG主体のグループ。北京市外事弁公室や対友協のみなさんとの 懇談では、東京と北京の友好交流に尽力されてこられたなつかしい諸先輩の方々の苦労話や思い出話を伺い、北京市との長い友好の歴史を改めて実感し、これか らも大切にしていかなければとの思いを新たにしました。
北京滞在中特に印象に残っているのは、何といっても11月1日に訪れた雪の万里の長城です。一面の銀世界に勇んで男坂に 挑戦しましたが、次々と転んでしまい、ほとんど登れませんでした。でも、貴重な経験だったと思います。
2日は昨日の雪が嘘のような青天のもと大連へ。大連市対友協の陳宏さんが、滞在中、私たち19名のお世話兼ガイドを務め てくれました。港湾局事務所の屋上から眺めた大連港、旧やまとホテルや旧日本銀行ビル・大使館などが立ち並ぶ中山広場(驚いたことにラウンドアバウトに なっていた)、旧満鉄本社ビル、満鉄の職員が住んでいた日本人街…。陳さんは歴史に造詣が深く、いろいろなエピソードを交えての案内は臨場感があり、往時 にタイムスリップしたような感銘を受けました。
次の日は旅順に遠出しました。二百三高地に登り乃木将軍が建てたという慰霊塔の前で記念撮影(写真)。この地で日本・ロ シアあわせて1万人を超える人たちが戦い、そして亡くなっていったなんて。温かい穏やかな日差しの中で、とても信じられない気持でした。
最後に、歓迎夕食会を催してくださった大連市対友協の曲秘書長の「もうお知り合いになったのですから、大連にご用がある ときは何時でもどうぞ。電話一本でOK です。電話一本で。」とおっしゃった言葉がとても心に響きました。 (萩田久美子)

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