井岡山の春  中国革命の聖地を巡る旅のご報告

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 今から三十数年前、中国の著名な画家銭松嵒の「井岡山の春」という一枚の墨彩画に出会った。桃の花咲く山道を鍬を担いだ二人の女性が歩いているという、平凡だがいい絵だった。井岡山に行ってみたいと思うようになったのは、この時からだった。井岡山は、中国革命の根拠地として最初にうちたてられ、現在の中国の原点といえるところだからだ。今や革命の聖地として、愛国教育の場所として、観光地化された現場で垣間見たことを一つ報告したい。
 歴史の旧跡をあちこち参観したあと、毛沢東の旧居に案内された。随行の人にこの建物は、もともと誰のものだったかと訊ねると壁に掛かった写真をさしてこの辺り一帯を支配していた袁文才の家だったと。年若くして亡くなっているので、国民党との戦いでかという問いに、そうではないとハッキリしない答えがかえってきた。気になって買い求めた資料で調べるが、袁文才と王佐二人の山大王が根拠地をつくるうえで重要な存在であったことは記されているが最後はわからない。疑問を持ったままもうひとつの峰、筆架山風景区にロープウェイで1300mまで上る。雲霧の中で見え隠れする石楠花の山中を彷徨する。帰途は山道のアップダウン悩まされ、やっとの思いでバスにもどる。疲れ果てた頭の中に白やピンクの石楠花の後ろから袁文才と王佐が何度も現れる。来る前に読んだ資料に文革中にここを訪れた日本人が袁文才夫人に会っていたことを思い出した。帰国後、再度会見記をよむが、やはり誤って殺されていたことを知る。その時点で名誉回復はされていたものの、あの毛沢東旧居に袁文才と王佐の写真が掲げられていたことが「井戸を掘った人を忘れない」ということかと改めて思った。     
      (三好道)
*「中国革命の聖地を巡る旅」(三宅進団長、4月16日~23日、南昌・井岡山・瑞金・龍岩・厦門)


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