日本と中国・東京版ダイジェストのページ
このページでは、機関紙「日本と中国」東京版(奇数月発行)のダイジェストを紹介しています。
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2008年7月25日号
 民間交流の扉
私が中国に関心を持つようになったのは、58年に起きた長崎国旗事件であった。
 その処置をめぐり、岸首相は、台湾に逃げ込んだ国民党政府こそが全中国を代表するものとして、五星紅旗を国旗とは認めず、露骨な中国敵視政策をとった。その理不尽な言動に憤慨し、小さな島に住み非力ではあるが、何かのお役に立てばと思い、日中友好協会(正統)に入会した。「人民中国」などを通し、いつしか訪中したいという願望が強くなった。しかし、末端の会員にとっては夢の夢であった。
 76年、初めて訪中する機会を得た。この年は周恩来、毛沢東が逝去し、天安門事件、唐山地震、四人組追放など、激動の一年であった。さまざまな困難を乗り越え自力更生に励む人々の姿を見た。これを契機に伊豆諸島訪中団の派遣を思い立ち、当時は訪中するには招請状が必要であったが、二度にわたり友好訪問を実現させることが出来た。 
 89年には初めて大学生の娘を連れて「都民の翼」に参加した。天安門事件直後で尻込みする人が多かったが、妻は後押しをしてくれた。
 訪中の都度、各地で熱烈な歓迎を受け、その恩返しに協会などが受け入れた研修生や留学生を何度か八丈島へ招いた。全日空の岡崎元社長の依頼で王效賢女史の案内をはじめ、中国作家協会、陳健駐日大使などのガイド役も務めた。 
 團伊玖磨先生にお願いして中国の著名な音楽家のコンサート、ウルムチからの国際交流員の受け入れ、昆明で開催された世界園芸博覧会に八丈島の特産品を出展し銅賞を獲得するなど、町長として公的にも力を入れた。 
 八丈島には徐福伝説があり、中国の長い海岸線に散在する8カ所の徐福伝承地を何度かに分けて3巡するなど、息の長い「草の根交流」を続けてきた。
 日中戦争の激戦地だった寒村で、「あなたを通して日本観が変わった」と打ち明けられ、地道な交流の重要性を再認識したのである。
(笹本直衛氏)
 
高校生訪日団が東京で活動 学校交流とホームステイに協力
都協会は、(社)日中友好協会受入れの「中国高校生訪日団」第4陣(北京9人)の東京での学校交流とホームステイに協力した。
 6月26日午後、一行は東久留米市の自由学園を訪問した。生徒手作りの昼食を味わった後、女子は国語、男子は英語とラグビーに別れて授業参観のあと、緑に包まれた校内を見学した。
 茶話会の交流では、学園生がコーラスで歓迎し、大学部の学生が自由学園と「北京生活学校」との深い絆を紹介すると、いっそう打ち解けた雰囲気になった。
 中国の団員が武術を披露した後、学園の卒業生でもあり団を案内した都協会副理事長の三宅進さん(極真空手師範)が団員を相手に空手の組み手を披露、歓声と拍手がわいた(写真上)。短時間の訪問だったが、帰り際に生徒たちはメール交換などをして別れを惜しんだ。
 この日の夜は、ホームステイ。受け入れは、西東京市日中の高梨勇一会長、同・都築金次郎事務局長、豊島区日中の海老沢ひさえさん、北区日中の丸山隆司事務局長(都協会副理事長)と林孝安さん、高校生の二胡奏者で秋の音楽の夕べに出演する中西桐子さん宅の6家庭。
 二人の女子生徒(高1)を迎えた高梨さん宅では、英語と筆談でコミュニケーション。夕食のあとに浴衣を出したら「着てみたい」と大喜び。鏡に映したり、床の間で記念写真を撮ったり(写真)、初めての着物姿に大満足だった。「とても楽しい時間で、台所に立つと手伝ったり、着物を一緒にたたんだり、しつけの行き届いたとてもかわいいお嬢さんたちでした」と夫人の節子さん。
 それぞれの家庭で一晩を過ごした団員たちは、「短い時間だったけれど、とても温かく迎えてもらい別れるときは涙が出そうだった」と感想を語った。

第6回日中友好交流会 中国語を話しながら横浜散策
 東京都日中友好協会主催の第6回日中友好交流会が去る6月8日、横浜の散策という形で実施された。
 参加者は9時半にJR桜木町駅集合、先ず始めに駅前広場で四川大地震の犠牲者に対し黙祷を捧げた。大塚中国語普及委員の冒頭の挨拶の中で、5月下旬には、多くの方々から協会に寄せられた義援金百万円が一次金として中国大使館に届けられたことが報告された。
 今にも降り出しそうな空模様を心配しながら10時に駅前を出発、帆船・日本丸からスタートし(写真)、赤レンガの建物や海の見える風景を背に写真を撮りながら、中国語で「中国のどこから来たのですか」「家族は何人ですか」などと声をかけ散策を楽しんだ。
 11時には磯の香り漂う大桟橋着。山下公園では芝生に腰を下ろして昼食。お互いに少しずつ打ち解けたところで日中両語の混じる自己紹介。話す側はやや緊張気味、聞く側は身を乗り出して興味津々。その後に行われた太極柔力球の体験で更に和気藹々とした雰囲気になった。
 午後は横浜市開港記念会館に立ち寄った後、電車で新子安へ移動し、キリンビール工場を見学した。見学終了後は、待ちに待ったビールの試飲。全員で乾杯し、渇いた喉を潤した。
 今回は、翌週に日本語検定が控えているという事情もあって、参加者28名中、中国人が5名と少なかったものの、心配された天気が最後までくずれることもなく、笑顔いっぱいで再会を期した。参加者からは「中国語が話せる貴重な機会だった」「盛りだくさんの内容で楽しかった」「来年が楽しみ」との声が寄せられ、日中交流のみならず、日日交流も深まる一日となった。 
 (大塚順子)
2008年活動事業・予算を決定
NPO 都協会第8回通常総会を開催
 NPO法人都協会は6月28日午前、第8回通常総会を新宿区の日本青年館会議室で開催、古島琴子理事長の開会挨拶、6月25日に逝去した清水正夫副会長と四川大地震の犠牲者への黙祷に続いて、議長に広瀬達志常務理事を選出して議事に入った(出席83人、委任状472人)。
 貫洞哲夫会長は挨拶で、「時代に適合した活力ある事業を展開するためには組織の若返りはぜひとも必要、特に若い会員の皆様に関心を持ってもらうと同時に発言の機会などを具体的に研究していきたい」と述べた。
 報告事項は吉田愛子事務局長が2007年度の活動・事業と決算を報告、神山美智子監事が業務ならびに会計監査報告を行って、一括して拍手で承認された。
 議事に入り、古島理事長が、2008年度の活動事業計画案を提案、「北京オリンピック8・8フェスタ」について、杉本孝一郎理事と森山光伸理事から協力依頼、松井幸雄副理事長が「日本と中国・音楽の夕べ」の補足説明を行った。村岡久平副会長(社団法人日中友好協会理事長)から2016年オリンピックの東京招致とIOC委員に関する状況の紹介があった。
 このあと牧田安夫総務担当副会長が2008年度予算を提案。冒頭、少額ではあるが5年ぶりの黒字決算について、数字に表れない物心両面での会員役員の支援に感謝し、「お金がないために活動が鈍ることがあってはならない」と予算の基本方針を説明した。活動事業計画案と予算案は一括で、拍手で可決承認された。
 村岡副会長が「今後も協力して友好の実をあげていきましょう」と挨拶、総会を締めくくった。
三言両語
 日中東シナ海ガス田協議が妥結をみた。絵に描いたような妥協、相互譲歩だ。大人の解決、両国関係が成熟度を増した証拠と見る。
妥協だから双方に満足も不満もあるのは当然、両国政府は一部世論から批判を受けているが織り込み済みだろう。今回の解決はいわば臨時処置、この問題が好転しつつある日中関係の障害にならないため、双方が知恵を絞った結果だ。
 今回の妥結でこの地域の問題がすべて解決したわけではない。ガス田問題の背景には領土問題、排他的経済水域線引きなど難問があるが、これらはそう簡単に解決するはずがない。領土問題などは互いに半歩も譲れないだろうが、ガス田問題はいわば双方の面子の問題、曖昧さを残しても互いに実害があるわけではない。既存のガス田への関与を、日本は共同開発と言い、中国は自国の事業に対する日本の出資と言う。共に国内向けの説明だ。
 今後の日中経済協力の中心は環境とエネルギー、ガス田問題が双方の狭いナショナリズムを刺激するのではなく、環境・エネルギー協力の後押しになれば互恵となる。胡錦濤体制は、戦略的観点から少々の抵抗があっても、対日協調路線を断固続けてゆくと決意したようだ。腰を据えた日本の対中戦略が問われる。
2008年5月25日号
2008年交流事業が始動
北京オリンピックを応援しよう!!

★「北京オリンピック8・8フェスタ」8月8日に大交流イベント
中国で初めて開かれるスポーツの祭典をメインスタジアムと一体になって東京から応援しようと、都協会と中国人留学生らが実行委員会を結成、北京オリンピック応援イベント「8・8フェスタ」を8月8日夜8時8分(北京時間)の開会式にあわせて開催する。
第一部は大交流イベント「みんなで輪になろう!」。北京オリンピックや日中友好に因んだクイズ、音楽、ショーなど楽しいイベントを通じて大いに盛り上がり交流の輪を広げる。
 第二部は大型スクリーンでの開会式共同観戦。
日時 8月8日(金)19時〜23時
会場 池袋アカデミーホール(池袋駅東口より6分) 
入場チケット 千円(ワンドリング付)(定員2百名)
 イベントの参加に限らず、@FAXやメール、郵送での応援メッセージA協賛金(1口5百円2口以上)B実行スタッフなどを募集中。
 実行委員会では、中国が四川大地震の悲しみと苦難を乗り越えて、北京オリンピックを立派に成功させることを確信し、東京でもさらに力を合わせて賛同の和を広げようと取り組んでいる。(参加・協力のお問い合わせは都日中事務局へ)
◆長野聖火リレー先遣団で北京友協の馬恵麗さん来日
 北京市対友協からオリンピック委員会に出向している馬恵麗さんが、4月26日の長野での聖火リレーのために来日した。コース変更など、不安や困難もあったが、「聖火台に無事に点火したときは本当に感動しました。冷たい雨の中ずっと待っていた日本人も大勢いて、報道されなかったかもしれませんが、留学生たちは笑顔いっぱい『長野ありがとう!』と言いながら帰って行きました」と語った。
■ 北京友協がオークションで「8・8」に寄付
 都協会総会に合わせて、張賽娜副会長を団長に北京市対友協代表団が来日を予定。北京市対友協から、「オリンピックイベント」を盛り上げるために総会レセプションのオークションに品物を提供し、売上げを「8・8フェスタ」に寄付したいと申し出があった。
[告示]
第8回通常総会のご案内

特定非営利活動(NPО)法人東京都日中友好協会の第8回通常総会を左記により開催いたします。ご多忙のことと存じますが、万障お繰り合わせのうえご出席下さいますようご案内いたします。
会長 貫洞哲夫

一、とき=六月二十八日(土)午前十時〜正午
一、ところ=日本青年館 301室
(新宿区霞岳町15    рO3‐3401‐0101)
一、総会議案=活動事業計画/新年度予算/
その他
一、祝賀レセプション(十二時三十分〜十四時)
会場=日本青年館 会費=五○○○円
*北京市人民対外友好協会代表団を迎えて歓迎
   レセプションを兼ねて行います。
   お誘い合わせのうえ、多数ご出席下さい。

委 任 状
 ◎地区協会所属の会員は、その地区協会を通じて出席連絡または委任状を提出して下さい。地区協会には別途総会のご案内をいたします。
◎直属の会員は、左記により各自出席通知または委任状の提出をお願いいたします。
1.出席(  )
2.欠席(  )
総会における権限を(    )氏
または総会議長に委任いたします。

3.祝賀レセプション 出席(  )
欠席(  )
※該当箇所に○をつけて事務所へFAXまたは郵送して下さい。締切6月18日   FAX03‐3295‐8255
    月   日

お名前               (印)
★三言両語
来日した胡錦濤主席にお会いする機会を得た。暖春之旅、戦略的互恵関係をゆるぎなくさせるための訪日だと強調された。並々ならぬ決意と見た。何か意見をと言われたので、政経は車の両輪という提起の仕方は不十分だと述べた▼重要さで政経に勝るとも劣らぬもう一つの車輪は国民感情だ。この面での根本的転換がなければ日中関係は真に好転したとは言えない。民間交流の重要性はここにある▼胡主席が早大で講演し、学生と対話したのは素晴らしいことだ。昨年福田首相は北京大学で講演、対話したが、次代を担う両国の若者が日中関係の重要性を認識することは、戦略的互恵関係構築の基礎、基礎はしっかりしておかねば。パンダが来れば理屈なしで子供たちは喜ぶ。パンダ大使にも期待したい▼それにしても反中国勢力の騒々しさ。犬が吼えても歴史は進む。日中の相互依存関係深化の流れは止められない。問題は摩擦が生じた時どう対処するかだ。粘り強く対話するのか、非難合戦で両国のナショナリズムを刺激するのか。これからは国、国民の品格が問われる▼特に名実ともに大国になりつつある中国は、世界にそして地球に責任を持たねばならない。日中の戦略的互恵関係が両国だけでなく、世界の安定、平和、繁栄に貢献する日が来ることを望む。先ずは今夏の北京五輪の成功だ。
★2008年度活動事業計画案
この活動事業計画(草案)は、6月21日の第17回理事会で討議をし、総会議案として決定します。十分ご検討のうえ、ご意見ご要望をお寄せください。
◇はじめに  
 今年は日中平和友好条約締結30周年の記念の年であり、北京ではオリンピックが開催されます。北京オリンピックがナショナリズムに偏らず、世界平和のためのスポーツの祭典として成功することを期待し、心からお祝いしたいと思います。
 5月には胡錦涛主席が来日され、両国首脳間で交わされた共同声明では、未来志向で平等互恵の関係を推進していこうという新しい出発点が確認されました。これは日中友好の活動を進める私たちにとって大変明るく心強いニュースでした。
 日中友好協会の任務、活動の意義は、友好関係の基礎となる国民間の相互理解と友好的感情を深めることにありますが、ギョウザ、チベット問題等のため、日本国民の間には中国に対する不信感が根強く存在しています。これらの解決を願うことはもとより、東京都日中友好協会は、広く都民の間に中国への理解を深める活動を続けるとともに、北京はじめ中国各地との交流を通じて、中国の人たちに日本に対する認識を深めてもらえるよう努力してまいります。 
 新しい時代にふさわしい活動を創造し、積極的に外部に向って発信していくためには、協会の組織を強化し、財政を安定させなければなりません。一昨年の総会で特別決議された「4年間に会員倍層」の目標に向って引き続き努力し、地区協会会員とともに直属会員、法人会員、特別会員の増加にも努めて体力を強化してまいりましょう。
 会員の要望に合わせて、今年度は以下の事業・活動を進めます。

◇事業計画
1.組織活動
 都協会を将来性の展望できる組織に強化・確立するために、次の4点を基本指針とします。
@ 老・壮・青それぞれの経験と特徴を活かし、創造力あふれる活動に取り組むことで、基礎組織である地区協会の拡充に努めます。
A中央区に地区協会設立準備会が発足、今後設立に向けて各界に呼びかける準備をしています。地区協会の空白地域を無くすため、今年も引き続いて努力します。
B各地区協会は、東部、中部、西南部、北部、多摩地区のブロックに属し、ブロックごとに協力してお互いの活動の増進をはかります。
C各地区の活動は、草の根の民間交流であることを認識し、それぞれの各自治体と各界との連携に努めます。
これらの基本方針をふまえて、次の具体的な行動に取り組みます。
(イ) 地区協会および直属会員の増加拡大のために、多様多彩な活動に取り組みます。各地区協会は、それぞれ会員増大の目標を設定してその達成に努力します。
(ロ) 昨年は多摩地区の青梅、八王子、西東京の地区協会が共同の事業に取り組みました。この経験を参考にして、地域ブロックごとの連携に取り組みます。
(ハ) 今年は日中青少年交流年であることからキャラバンOBはじめ若い人の意見を取り入れ、創意工夫に富んだ活動を提起し、次世代の担い手の確保に努めます。
(ニ) 定年を迎えた団塊の世代に、地域の活動への参加を呼び掛けます。
(ホ) 各地区協会は、都協会が主催する事業の成功のために努力し、地区協会の会員と直属会員がともに参加する機会を設けて、友好活動の広がりをはかります。
(ヘ) 在日中国人と中国留学生との楽しい交流で、相互理解と友情を育みます。

2.財政の健全化
 財政については、友好活動を通じてなんとか明かるい方向性を見出そうと、会員の増強、経費節減等、努力を重ねていますが、残念ながら日中関係の現状は、訪中団など交流活動に大きくマイナスに作用し、財政面にも非常に厳しい影響を与えております。このままでは、再び財政危機に陥ることが懸念される事態となっておりますが、日中両国の友好と世界の平和確立という協会の目的達成のために、新しい分野への活動展開も視野にいれて、会員・組織あげて前向きに解決策に取り組み、一日も早く健全化を計るよう努力いたします。
 
3.総合企画委員会の活動
 総合企画委員会は、新たな課題や新事業、新企画に対処するための整理、検討を行う部門です。自由に創造的な企画や提言を寄せてもらい、提案者を含めた役員の参画はもとより、各地区協会、会員各位の積極的な提案、行動を含む参画により具体化して、協会の運営発展をはかります。
 08年度に予定している事業は下記のとおりです。
@北京オリンピック8・8フェスタ(応援イベント)
 中国で初めて開かれるスポーツの祭典を東京から応援しよう!と、実行委員会を結成し、活動が急ピッチで進んでいます。実行委員会には、日本で学ぶ中国人留学生組織をはじめ、中国の若者の賛同と参加を得ながら、日本の青年層も可能な限り結集していくよう努力中です。8月8日は、一部・大交流イベント「みんなで輪になろう」で、北京オリンピックにちなんだクイズや音楽、伝統芸能などの集い。二部「開会式共同観戦」として、大型スクリーンでの開会式観戦とインターネットで現地からの様子の実況中継を予定しています。(8月8日(金)19時〜23時/アカデミーホール(池袋))
A第5回平山郁夫シルクロード美術館バスツアー
5月17日(土)(シルクロード美術館―三分一湧水―白州道の駅・36名) 

4.青少年交流
@北京市青少年キャラバン訪日団
 1988年に始まった「日中青少年交歓キャラバン」の東京での実施は9回目となります。日中青少年友好交流年の今年、北京市人民対外友好協会では、7月14日から7日間、北京の青少年を中心とする40人の訪日団を派遣します。東京都の協力で都立高校での学生交流と、7月15日(または16日)夜に都協会主催歓迎会を行います。次代の日中友好を担う若い人たちの育成を願って、この事業の成功のため協会あげて取り組みます。
  
5.訪中団の派遣事業
 今年は日中平和友好条約30周年、また北京オリンピックを控え、都協会の訪中企画も大いに盛り上げたいところですが、食品安全問題、あるいはオリンピック関連費用の暴騰、チベット問題の影響など、企画推進にはまことに厳しい環境にあるのが現状です。こうした中でも都協会は、訪中での交流の成果を得るべく努力を続けてまいります。
(1)「2008年市民交流訪中団」(10月18日〜25日)
 日中平和友好条約締結30周年を祝い、北京での市民交流行事と交流晩餐会を催。3日目以降は、3グループに分かれて各地を訪ねます。同日程で渋谷区民代表訪中団を実施します。
(2)会員訪中団ほか 
 協会ならではという特色があり、しかも具体案のある訪中団が望まれます。知恵を出し合って企画を進めてまいります。
@北京オリンピック訪問団(8月15日〜18日・北京)*女子マラソンの沿道応援。北京市対友協招待所・ホームステイ
Aチベット天空列車の旅(8月24日〜31日・成都―ラサ―(青蔵鉄道)―西寧―上海)
B目黒区日中友好議員連盟訪中団(10月9日〜12日・北京―西安)*崇文区表敬訪問など
C「見に行く会いに行く中国の旅」(10月14日〜18日・北京―ハルビン―大連)
*北京での懇話会、校慶会との交流など   
D「2008年渋谷区民代表訪中団」(10月18日〜25日・北京―重慶―新三峡下り―武漢―上海)
*「08年市民交流訪中団」に参加。
E上海3泊4日の旅(上海中心の短い日程で企画)

6.訪日団の受け入れ
 都協会は、北京市人民対外友好協会はじめ中国の関係機関が派遣する訪日団の受け入れを通して、中国の人々に日本への理解を深めてもらうとともに、会員はもとより、広汎な市民に友好交流の輪を広めることをめざします。そのために、会員・自治体等に幅広く協力を求めて参観目的に応じたメニューの開発や交流の場の確保、ホームステイの要望に対応できる、受け入れ家庭や施設等の整備に努めます。
(1)北京市農業視察団(4月5日〜10日・団長聶観涛・北京市農村工作委員会総合処処長)
(2)北京市婦人代表団(5月15日〜20日・団長楊秀珍・北京市婦女連合会副主席) 
(3)北京市対友協代表団(6月26日〜7月1日・団長 張賽娜副会長)*都協会第8回総会に参加。
(4)太極柔力球合宿セミナー(6月12日〜16日)
(5)北京市囲碁代表団
*第11回東京都日中友好囲碁大会に来日予定

7.文化委員会の活動 
@「日本と中国・音楽の夕べ」(9月26日夜開演)
 都協会は07年3月に他団体との共同による「陽春コンサート」を成功させましたが、第24回「日本と中国・音楽の夕べ」は、この方式により文京シビック小ホール(350席)で開催。第一部は二胡、中国琵琶、津軽三味線のセッションで、楽器の持ち味を生かした演奏、第二部は、ソプラノ歌手・ユウ燕の歌を楽しんでいただきます。
 「音楽の夕べ」は09年に25回を迎えます。節目の年にふさわしいコンサートを計画、準備を進めます。
A東京都日中友好囲碁大会
 第11回東京都日中友好囲碁大会は、友好交流を主体とした大会とします。実行委員会を開催し、北京市人民対外友好協会と協議しながら囲碁愛好者訪日団を受け入れ、知的スポーツである囲碁を通じて日中友好の絆を深めます。
  
8.スポーツを通しての交流
@日中友好スポーツ交流会
 都内及び近県在住の中国人とスポーツを通じて、交流を深めることを目的に、第5回を4月20日に北区の滝野川体育館で130人の参加で実施、バレーボール、卓球、バトミントンなどに加え、太極柔力球の体験も人気でした。運営に際し、日中青少年交歓キャラバンOB、OGが準備段階から実行委員として協力しました。
A日中友好スポーツ事業
 今年の北京オリンピック開催に関心が高まるなか、日本の高校、大学の運動部や社会人のスポーツサークルなどと中国の団体が友好交流を目的とした親善試合等を北京で実施できるよう協会のホームページを活用し、その橋渡しに努力します。
B太極柔力球の普及
都協会では、日本太極柔力球協会に協力して、日本における太極柔力球の普及振興に努めます。6月14日・15日は、指導者のための合宿セミナーと初心者・初級者の普及講習会、2009年3月には国際交流会を開催予定、この成功に向けて取り組みます。
  
9.中国語普及の活動
渋谷区日中友好協会と共催の「青山中国語」2教室(中級1・2)と「池袋中国語」2教室(初級・中級)は、4年目に入り、青年層の定着に悩みを抱えています。この改善のために、06年秋から「土曜特別教室」を開講し、成果をあげてきました。これを踏まえて、語学に限定せずに、だれでも気軽に参加し話し合える「中国サロン」(仮称)を検討していきます。
@中国語スクーリング
 8月31日(日)に、第35回日中友好中国語スクーリングを開催。中国語学習者のステップアップをめざします。来春には、春期スクーリングを開講します。
Aスピーチコンテスト
 11月9日に開催(朗読の部と弁論の部)。弁論の部優勝者は、東京代表として全国大会に出場します。東京代表者はここ数年、全国優勝からは遠ざかっています。この意味からも《質の高い》コンテストを目指します。
B留学生との交流
 中国人留学生との交流を通じて、日頃、教室で学んでいる中国語を実践しながら、中国の文化や生活を知り、友情を深め、中国語のレベルアップを図ります。本年度は6月8日実施。
C中国語教室  
 地域の人々に中国語の学習を通して協会への関心と理解を高めてもらい、会員や支持者を増やす基盤作りのために、教室開設や継続のため引き続き地区協会と協力していきます。
D中国語講師の派遣
 企業等への中国語講師派遣事業は、現在アプローチがあるのを含めて拡大する方策を模索しています。
E中国語学習者訪中団
 来年夏を目標に、各教室で学ぶ人たちやスクーリング参加者に呼びかけ「西安交通大学」に短期留学の形で派遣します。

10.広報活動 
@ 『日本と中国・東京版』の発行
協会の機関紙は、中国に関心を寄せるすべての人々に、協会の性格や活動を理解してもらう大切な手段です。都協会および各地区協会の活動を写真入りで紹介する『日本と中国・東京版』を今年度も隔月1回発行、内容の一層の充実に努めます。
 (社)日中友好協会の機関紙『日本と中国』は、わが国の友好運動ばかりでなく、日中両国の政治・経済・文化等のトピックを日中友好の立場で紹介するメディアとして、重要な役割を果たしています。一般の商業紙誌がとかく反中国の風潮に流されている今日、私たちの運動を進める上での糧にしたいと思います。
A インターネットの活用
 インターネットは、現役世代では完全に生活の一部になっており、ネットなしの生活は最早ありえません。このような時代にあわせて、都協会のホームページは、協会の活動を中心に、今後の行事予定、各種催しなどを、広く一般の人々に知らせる手段として、大きな役割を果たしています。さらに、関連団体とリンクすることで、中国の情報を知るのに大変役立っています。
 この1年間に、ホームページを通じての入会問い合わせ数は31人、入会者は11人でした。会員の希望者を対象にした《都協会ネット通信》配信先は、現在94人です。さらにホームページを充実させ、新規入会やネット上のバナー広告を増やしていきたいと思います。 
B 『人民中国』の普及
 『人民中国』は、北京の人民中国雑誌社発行の日本語の月刊総合雑誌です。中国のユネスコ世界遺産など観光情報や、人々の暮らしと問題意識などを紹介し、中国を身近に理解する有効な手段として、これからも普及に努めます。

11.中国事情懇話会
中国の現状についての理解を深めるため、今年度も継続して開催します。
第24回(4月8日・西園寺一晃先生)「2008年の中国経済―オリンピック以降中国経済はどうなるか」/第25回(7月・横堀克己先生・雑誌人民中国編集委員・元朝日新聞編集委員)/第26回(9月・西園寺一晃先生)

12.女性委員会の活動
 女性に適した活動の計画・実施と都協会の諸活動に女性の参加を呼びかけます。この活動に積極的に参加する女性会員を随時、委員にお願いし、今年度も下記の活動を行います。
@隔月1回の委員会
A「日中女性新春の集い」
B「チャリティバザー・アジアの祭典」(アジア婦人友好会主催)中国大使館に協力しチケット80組を販売(08年4月16日開催)。
C「中国映画鑑賞会」中国大使館の協力で秋に予定
D在日・来日中の中国女性との交流
E北京市婦人代表団を迎えての歓迎夕食会(5月15日)はじめ諸活動。

13.教職員部会の活動
教職員部会は、会員の中の「教職経験者」と「教育に関心のある方」で組織され、活動にはどなたでも参加いただけます。
@ 連続講座「東アジアの150年」
 朝日新聞連載の「歴史は生きている 東アジアの150年」の資料をもとに学習会を行ないます。第1回(3月15日)「今なぜ歴史・政治絡み増す」「アヘン戦争・明治維新」/第2回(4月19日)「日清戦争と台湾割譲」「日露戦争と朝鮮の植民地化」/第3回(6月21日)「辛亥革命と民衆運動」「満州事変と『満州国』」/第4回(7月19日)「日中戦争」「アジア・太平洋戦争と国共内戦」/第5回(9月20日)「朝鮮戦争とベトナム」「日韓・日中の国交正常化」/第6回(10月18日)「中国 改革・開放 韓国・台湾の民主化」「東京・北京新幹線」/第7回(11月15日)特別報告「9・11テロ事件研究」     
A都協会の活動への協力
 中国事情懇話会など都協会の活動に参加し学習を深めます。
B09年度に中国旅行計画
★中国経済の今後について(第24回中国事情懇話会)
 都協会は4月8日午後、西園寺一晃・工学院大学客員教授(都協会副会長)を講師に、上野の東京文化会館で第24回中国事情懇話会を開催した。テーマは、「2008年の中国経済―オリンピック以降中国経済はどうなるか」。42人出席。
 中国問題に対しては、常に評価・意見が分かれるが、改革開放政策から30年が過ぎて、中国経済は@今プラスとマイナス・光と影の転換点にあるA国内事情だけで動くのではなく世界経済と完全にリンクしているB「社会主義市場経済」という変則的な構造など、今後の予測を非常に困難にしている要因を説明、バランスとインフレと人民元をキーワードに、中国経済の流れと今後について紹介した。
 胡錦涛体制が、環境(特に水不足・水汚染)、格差(農民問題)、エネルギーという難問に加え、潜在的な食糧問題などこれまでの大成長の不の遺産≠背負っていることや貿易黒字に対する欧米の圧力と人民元の切り上げについても紹介。隣の巨大な国がさまざまな困難を抱えながら成長していく状況、断トツに強かったアメリカが相対的に弱まっていく時代の中で「日本はどのように対応していくか、準備が万全かと問われているのではないかという気がします」と話を結んだ。
★歴史認識の共有を(教職員部会連続講座始まる)
 今年度、教職員部会では、「東アジアの150年」をテーマに、連続講座の学習会を開催している。資料は、朝日新聞に連載された「歴史は生きているー東アジアの150年」。
 3月15日の第1回講座では、吉川信一氏(教職員部会事務局長)が、「<いま、なぜ歴史>政治絡み重み増す」「アヘン戦争と明治維新」をテーマに報告。東アジアのそれぞれの国が、歴史教育の大きな変化を見せはじめて、歴史問題を克服する動向がみられ、政府、民間の間でも盛んになり、共同研究も進んできていると指摘した。
 東アジアの人々たちと、どう歴史認識を共有していくかが話題となる中で、参加者の体験交流は、大変有意義だった。歴史の事実にもとづいて学ぶことは、過去を認識することだと、改めて感じた。 (小嶋雄二) 
●民間交流の扉
 目黒区日中には結成時から熱意をもって関ってきた人たちが大勢いました。66年に正統派目黒区日中を再結成、旧満州から引き上げてきた人たちが中国との関係を良くしようと斉藤会長のもと、一生懸命やってましたね。国交回復の運動をしてくれた人たちが友好協会の柱になったと私は思っています。私の初訪中は、77年都日中の「都民の翼」。行ってみて初めて「中国はこんなところだったのか、面白いな」と興味を持ちました。
 「日中目黒だより」(復刊1号は78年2月)を見ていくと目黒区日中の歴史がよく分かります。第1次目黒区民訪中団(19人)は80年に私が団長で、北京、西安・蘭州を訪問。23区の区長会で塚本俊雄目黒区長が訪中したときに、北京の著名な書家と知り合い自費で招いたことがきっかけで四川省の書法家協会の来日など相互の交流が増えました。85年塚本区長が団長の第4次(29人)では貴陽と成都で日中書道交流展を開催、貴陽は5百人が参加する盛大な会になりました。自身も書家だった塚本区長がポケットマネーで熱心にやったことから、区民に活動が大きく広がりました。
 私は83年に区議をやめてから都日中の団や本部の交流会議など多いときは年2〜3回訪中し、40回ほど行きましたね。交流会議で崇文区との交流のきっかけができ、91年に友好区締結。塚本区長のあとを河原区長が受け継いで、キャラバンも10回すべて参加したし、保母さんの研修も実施、そういう中で春節の餃子作りの会も生まれました。
 区日中の活動が難しくなってきた頃、結成時からの会員の阿部澄子さんから声がかかって黄山に桜を贈る活動に取り組み04年に約束の千本になって、黄山の麓に「友好の櫻」の碑が建ちました。
 今年は北京オリンピックに崇文区の招待で区長が行く予定だし、秋には区議連が訪中団を派遣。これからも親しい交流が続くことを願っています。 (目黒区日中会長・有座猛)
★和やかな中にも熱戦を展開―日中友好スポーツ交流会に133人
 都日中と北区日中の共主による日中友好スポーツ交流会が北区の滝野川体育館を会場に4月20日、133名の参加を得て盛大に開催された。団伊久磨作曲の「北区のうた」に振り付けされた「北区さくら体操」で準備体操後、競技を開始。体育館の第1面はバレーボール、第2面はバドミントン、第3面では卓球と太極柔力球コーナー。参加者は自由にプレーできるものの、どの競技も順番待ち。特に太極柔力球体験コーナーは中国生まれのニュースポーツという珍しさも手伝って、多くの参加者がラケット片手に体を動かしていた。
 会場には日中両国の国旗の他、「友誼(友好)第一、比賽(勝敗)第二」のスローガンが掲げられ、参加者は、和やかな中にも熱戦を展開した。日中青少年交歓キャラバンOB、OGの有志が実行委員として運営に協力した。また、前日に中国出張から帰国した吉田事務局長が北京より五輪旗を持ち込み、参加者全員が北京オリンピックの成功を祈って旗に寄せ書きをした。
★北京市農業視察団が来日―足立区の野菜農家訪問
 北京市対友協派遣の農業視察団(団長=聶観涛・北京市農村工作委員会総合処処長)一行9人が、都協会の受け入れで来日した。
 4月9日、JA東京スマイルの松丸専務らの案内で、足立区舎人の新井園芸を訪問、一昨年11月に都協会派遣の東京都青年代表団で訪中した足立地区青壮年部の松澤、横井、新井の3氏が揃って出迎え、北京の農家を案内した対友協の李維建科長と再会を喜び合った。新井園芸では小松菜やサラダ菜の水耕栽培、30分で600束以上を仕分けパッキングする機械などを見学し、親子2代家族4人とパート13人で、高品質・安定生産による食の安全と消費者の信頼確保に取り組んでいるという説明にしきりにうなずいていた。「誇りと情熱をもって農業をやっている人がいることをみていただけたかな」と新井さん。一行は、収穫ちかい野菜が整然と並ぶハウスで写真を撮り熱心に質問をしていた。
 このあと、JA東京スマイル水元支店で懇談。松丸専務が資料をもとにJAの組織・運営について説明した。組合員の資格、自然災害時の保険、利益と配当や本部と支店との関係、赤字が出た場合はどうするのかなど具体的な質問が続き、関心の高さをうかがわせた。
 柴又帝釈天参道前の川千家で昼食会のあと、帝釈天を散策。聶団長は「皆さんに温かく迎えてもらい感激しました。短い時間に団の希望を十分入れてもらい非常に有意義で勉強になりました」と感謝を述べた。
★18人が熱弁ふるう―北京で大中物産杯日本語弁論大会
 去る4月12日、中国傳媒大学で同大学と大中物産株式会社主催、都日中、北京対友協など6団体後援、Jパワー、太平洋セメントなど17企業の協賛による「第2回大中物産杯日本語弁論大会」が開かれた。北京と天津の大学で日本語を学ぶ本科生と院生百数十名の応募者の中から選ばれた18名の弁士が熱弁を振るった。  
 テーマは「私と日本」、「思いやりの心」、「私がドラエモンだったら」から選択。かつて毛沢東、周恩来の通訳を務めた林麗?女史の経験談、北京日本人会によるコーラスや学生の京劇などアトラクションも盛りだくさん。聴衆は850人を超え、天津からはバス数台を連ね応援団が駆けつけて、大会は大いに盛り上がった。 
 ハイレベルの大会で、審査も難航したが、激戦を勝ち抜いた優勝、準優勝、第3位の3名に1週間の日本訪問がプレゼントされた。また6名に後援団体の名を冠した敢闘賞が贈られた。NPO法人東京都日中友好協会敢闘賞は「思いやりの心」のテーマで弁論を行なった、清華大学3年生の陳佳さん(女)に贈られた。
★北京市婦女代表団が来日―日本の政策や家庭の実践学ぶ
 楊秀珍・北京市婦女連合会副主席を団長とする北京市婦女代表団6人が都協会の受け入れで来日した。5月15日到着の夜は、都協会女性委員会主催の歓迎夕食会が新宿の「かに道楽」で開かれ20人が出席した。
 5月16日午前は目黒区を訪問、南富士江人権政策課長から目黒区の男女平等政策の説明を受けた後、相談室や、センターを視察した。専門家による無料の相談や保育施設に、「とても勉強になります」「北京でもつくりたい」と感想を述べた。
 都庁の食堂で貫洞会長、牧田副会長、松井、金久保副理事長らと昼食をともにした後、一行は渡辺日佐夫・東京都生活文化スポーツ局長を表敬訪問。渡辺局長が、「女性は天の半分を支えているという中国の言葉を我々も知っています」と話すと、楊団長は「女性の問題に関わる者として、心強い応援を感謝します」と笑顔で応えた。この後、東京都の平林宣広参事と臼井きく子男女平等参画室長からワーク・ライフ・バランスや配偶者暴力対策など東京都が力を入れている事業の説明を受けた。
 午後3時、婦人之友社を訪問。三宅相談役(都協会副理事長)と千葉公子社長の出迎えを受けて、新築なったばかりの友の会会館で懇談した。鍋帽子やエコバッグなどの報告に楊団長は、「身の回りの実践が地球環境という高いレベルに結び付いていることに感動しました。北京と東京で、家庭の中の環境保全をテーマ毎に勉強しあい、女性のパワーで行政や社会全体に影響を与えていくためにともに頑張りましょう!」と挨拶、拍手が沸いた。
 各所で、四川大地震の見舞いの言葉や義捐金を託された楊団長は、「日本に来てあちこちで募金活動を目にして、中国への友情をしみじみ感じました。国際社会の関心の高さと支援を受けて、中国人民は心をひとつにし、必ずこの困難を乗り越えます」と感謝を述べた。

2008年3月25日号
★青梅マラソンに来日 北京の中高生ランナーが青梅総合高校で交流
 第42回青梅マラソン大会参加のため、4年連続で北京市対友協派遣「北京市青梅マラソン訪日団」(団長・盧燕寧科長)一行6人が2月1日から5日まで来日、男子10`の部に高校生の張碩、楊雨然選手、ジュニア女子3`の部に中学1年の張瑩萱選手が登録した。
 到着の夜、青梅市体育館のガンバ・ガンバで青梅市日中主催歓迎会が行われた。小澤会長の熱烈歓迎の挨拶を受けて盧燕寧団長は、「皆様の熱い友情と歓迎のお気持ちで暖かくなりました。本番で全力を尽くすため応援お願いします」と挨拶、昨年に続いて2度目の挑戦となった張くんが「今年は去年より良い成績で走ります!」と宣言した。
 2日開会式の後、青梅市の手配で、都立青梅総合高校を訪問した。今年が日中青少年交流年に当たるところから北京からの希望で実現したもの。花野耕一校長はじめ生徒会役員らの出迎えを受けて、プレゼントされた「和」と書かれた色紙を手に記念撮影、懇談の後、吹奏楽部や太鼓クラブ、野球部などの部活を見学し、当初の予定を大幅に超える密度の濃い交流となった。 
 「生徒の自己管理意識の高さは中国には見られないこと」「吹奏楽部が老人ホームや幼稚園を訪問するなど社会活動への参加意識が高い」「青梅マラソン応援のために太鼓を練習している生徒たちを見て、この大会が愛好者だけのものでなく、全青梅市の行事だと実感した」…同世代の高校生との交流は団員一人ひとりに深い印象を与えた。
 大会当日は、深夜から降り続いた大雪のために午前7時に大会史上2度目の中止が決定。スポーツ報知に「日中友好10代トリオ」と大きく紹介され、祈るような気持ちで見守っていた選手たちは、「走れなかったのはとっても残念!また挑戦したい」と話していた。盧団長は、北京国際駅伝大会などの経験から「突発的な大会中止を混乱せずに運営するシステムが素晴らしい。青梅の皆さんの受け入れは、中止の影響が全く無かったことに深く感謝します」と語った。
 4日昼は、浅草のお好み焼「六文銭」で都協会役員の歓迎会が開かれた。団員は「初めての日本ですが、皆さんが親切で、日本に大勢の友人がいたような気持ち。とても楽しかった」と感想を述べた。 

青梅市日中主催歓迎会にて

新橋亭呉社長を田中総料理長を紹介
★都協会 新年会の集い開催
 都協会は、1月12日、港区の新橋亭で役員会員ら40人が出席して「2008年新年の集い」を開催した。冒頭、貫洞会長は、「政府間には変化があっても、草の根の国民の友好は長く変ることがない。新たな気持ちで一層の努力をしてまいりましょう」と挨拶、西園寺副会長が、「日中関係の好転と、民間交流が光を放つことを願って」高らかに乾杯の音頭をとった。
 『新春彩?盆』(特選オードブル)『賀詞炸双味』(えび春巻と白身魚の甘酢かけ)『発財両鮑魚』(鮑茸と鮑と髪菜の煮込み)とおめでたい料理が並んだところで、新橋亭の呉社長(都協会常務理事)が《現代の名工》受賞の田中喬総料理長を紹介、「お正月にふさわしい中国のものをいれました。料理の意味を考えながら味わってください」と挨拶した。                                  
 杉本理事の進行で限定福袋≠ニ人気のオリンピックグッズなど会員、役員提供の品々でオークションが行われ、すべて完売、にぎやかに新春のひとときを過ごした。
★三言両語
今の中国を象徴する「五化」という言葉がある。工業化、情報化、都市化、市場化、国際化。この流れにうまく乗って中国は急成長した。だが物事はそう単純ではない。工業化は環境破壊をもたらしたし、市場化は高成長とともに大きな格差を生んだ。情報化、都市化、国際化も良いことばかりではない
▼今年は改革開放三十周年、ケ小平は深?を中心とした珠江デルタ経済圏、江沢民は上海を中心とした長江デルタ経済圏を大発展させた。胡錦濤は天津を中心とし、二市三省からなる環渤海経済圏の発展を目指し、東北振興をドッキングさせる戦略。その実現のためには五化の弊害部分と戦わねばならない
▼中国が環境・省エネで最も期待しているのは日本。足踏みを続ける日本経済にとって、これは大きなビジネスチャンスだし、中国の環境が改善されれば越境汚染の心配もなくなる。これぞ相互依存関係。同じように中国は安い食品や雑貨を提供し、日本は高度の素材や部品を提供する。このような分業はすでに強固なものとなっている
▼協力は益をもたらし、争えば共に傷つく。今回の餃子問題、責任のなすりあいはなんの益もない。問題が起きれば協力して早急に解決する。冷静に、客観的に。でないと傷つくのは両国民。今年は平和友好条約三十周年、そろそろ成熟した関係にと思う。
★都協会・(社)日中友好協会主催―日中友好新年会開く
 都協会と●日中友好協会主催の2008年日中友好新年会が1月24日、一ツ橋の如水会館で開催され、会員、役員や中国大使館からの来賓はじめ、国会議員や各界の日中関係者300人が集まった。
 佐藤嘉恭●日中友好協会会長代理の挨拶に続いて、崔天凱駐日中国大使が挨拶、木村仁外務副大臣が高村昌彦外相の挨拶を代読した。 
 ゲストで登場したアグネス・チャンさんが、昨年10月に北京で開いたチャリティコンサートの模様を感激を込めて報告、そのときに歌った自作の『ピースフルワールド』を熱唱した。
 貫洞哲夫都協会会長が「新しい年に希望をもって友好をすすめてまいりましょう」と乾杯の音頭をとった。
★日中女性新春の集い
 女性委員会主催の「新春の集い」が、中国大使館から、孫美嬌参事官、李桂萌三等書記官、後楽寮の女性留学生らをお招きし、1月19日、文京区の豫園で40人が参加して開かれた。「大使館でも女性の進出がめざましい。世界中でますます女性が活躍するでしょう」と孫参事官から力強いご挨拶をいただき(写真)、新任の李書記官は「日中友好のために協力いたします」と述べられた。
 留学生や日本人と結婚して子育てをなさっておられる中国出身の方々からの自己紹介や専攻分野、日本での感想など興味深いお話をうかがった。飲茶、ゲーム、ミニバザーなどもあり、なごやかに新年のひとときを歓談しあった。(阿部)
★民間交流の扉
 周恩来総理への思いは、敬愛の念以外の何ものでもありません。一生懸命卓球に打ち込んできたからこそ周総理と出会い、当時の選手たちとも深い絆ができたと思っています。
 私が卓球を初めて目にしたのは、小学5年生。村の青年が打ち合う力強いフォームとリズミカルな音に魅了されて、中学1年から始めました。親を説得してくれた三豊東中学(香川県)の森賢一先生が私を卓球に結び付けてくれた恩人です。出会いの大切さを感じます。
 もうひとつの転機は専修大学への進学。親を説得しようと毎朝6時に起きて来る日も来る日も近くの山に登りトレーニングを続けました。東京の大学への進学など相手にもしなかった父が、ついに「お前に負けたワ、行ってもいい」と許してくれました。後から考えると、そこで決まったと思います。大学では1年で全日本学生選手権優勝、2年は6種目制覇、59年、大学3年になる3月に西ドイツ・ドルトムントの世界選手権大会で優勝しました。
 初訪中は61年北京大会。中国の台頭著しいこの大会では日本が攻撃の的でした。どことやっても相手に応援、日本がミスをすると喜び、点をとると工人体育館1万5千人のため息。シングルス3回戦で中国選手と戦ったときは結局3対1で勝ちましたが、審判も不公平で、くやしくて涙が出ました。
 大会のあと周総理が日本選手団のために会を開いて下さり、「皆さんは勇気をもって中国へ来られた。とくに松崎さんは」と語りかけ「勝っておごらず、負けてもくじけず、常に微笑みを絶やさずに戦った」と言われた。「友情第一・試合第二」という言葉が生まれました。私は63年プラハ大会で優勝後に選手を引退。その後、毎年のように訪中、周総理から温かく迎えていただきました。
 今卓球が再び人気になっています。試合が終わり、健闘を称えあい、インタビューを受ける…すべて終わるまでがスポーツ。強い選手は、技術はもちろんですが、精神面でも良いお手本になってほしいと願っています。(談)(元卓球世界チャンピオン・現姓・栗本)
新年好!春節好!地区協会春節だより
★北区日中―豪華景品ビンゴに171人の歓声響く
 北区日中恒例の春節餃子パーティーが2月3日、王子小学校附属・王子学級を会場に171名(内中国人82名)の参加を得て、盛大に開催された。直前に発生した中国冷凍餃子問題と朝からの大雪で参加者減が心配されたが、結果的には事前申し込みより10名多い参加となった。
 今年も元撫順歌舞団のオペラ歌手で王子駅前の中華料理店「天安門」店主、劉祥明氏がチーフとなり、午前9時から餃子作りを開始、正午に花川会長(北区長)の開会の辞、公明党太田党首の祝辞、王子小福田校長の歓迎挨拶の後、都日中坂田副理事長の乾杯の発声でパーティーが賑やかに始まった。今年のビンゴゲームの景品もカーボンヒーターやCDラジカセ等の豪華景品の他、抽選会を併用、上がった人からくじを引き、特別賞として折りたたみ自転車、2等5千円分の商品券等があったが、折りたたみ自転車を引き当てたのが、何と昨年と同じ日本人青年。この強運の青年の厚意で自転車を提供してもらい、全員参加の争奪ジャンケン勝ち抜き大会となり(写真)、自転車を獲得としたのは、ビンゴで一番最後に上がった中国人青年で、この不思議な二つのハプニングに驚きの歓声と大きな拍手が贈られた。全員に景品が行き渡ったところで、劉祥明氏が中国民謡を歌い上げ、アンコールの大拍手に応えて、「北国の春」を会場の中国人参加者と一緒に中国語で合唱するなどアットホームな雰囲気の中で友好を深めた。最後に原田理事長の閉会の辞で楽しく、賑やかに過ごしたパーティーの幕を閉じた。(丸山)
★豊島区日中―日中両国の歌手が華やかに美声の競演
雪豊年之兆≠Q月3日未明より降り始めた雪に出足が心配されたが111名(中国人36名)の参加を得て、豊島区日中恒例の「春節を祝う会」が区立生活産業プラザで盛大に開催された。
 前日からの仕込みに続き9時から秋元協会副会長の指導のもと、婦人部による1300個の餃子作りと調理を開始、午後1時30分の開会を迎えた。
 堀口豊島日中会長、里中日中議連会長の挨拶に続き、来賓の水島副区長、吉村区議会議長、松井都日中副理事長、そして節分の行事で多忙の中駆けつけられた高野区長からそれぞれ祝辞を頂戴し、今年97歳を迎える牛山協会顧問の力強い乾杯の発声でパーティは賑やかに始まった。
 テーブルいっぱいに並んだ料理は今年も大好評!中国の友人達をもうならせる餃子に舌鼓を打った。今年は二人の歌手が会場を盛り上げた。一人は昨年に引き続き中国人ソプラノ歌手で、その美声に参加者は故郷に想いを馳せ、しばし聞き入っていた。もう一人は日本人歌手。振り袖姿で会場狭しと歌い歩き、「春節」ならぬ「正月」ムードに一変?あちらこちらで記念写真の輪が出来た。
 最後は恒例の「お年玉プレゼント抽選会」。豪華景品の他、特別賞にサンシャイン水族館と展望台ペアチケット10組。笑いと歓声の中、全員に景品が行き渡ったところで楽しい新年の集いの幕を閉じた。(尾崎)
★八王子市日中―餃子やシャブシャブで中国料理交流会開く
 春節に関連づけた中国料理会も夏会長率いる八王子市日中結成から2回目にして恒例となった感がある。参加希望者も多く30名は入る会場も一度に入りきれず2部構成となった。今回は中国の留学生や在日中国人の方々が多く参加、餃子作りの要領は料理の先生並みの腕前を披露する人も…。
 会食を楽しみながら、角田、大沢両氏が演奏する二胡の調べで会場は一転春節ムードに。やがて恒例の自己紹介が始まった。小生を除く殆どの方々が中国語での自己紹介、中でも流暢で日本人らしからぬ日本人もおり、(燕京中国語教室の生徒)中国語教室も主催する当協会会長、夏老師の重みを感じずにはいられなかった。(武山)
★港区日中―香山新会長を迎えて会員拡大を重点事業に
 港区日中(香山磐根会長)は、昨年12月23日に新橋・新橋亭新館にて、日中友好残留孤児・虹の会(同会長)と共催で忘年会を開催した。
 家族連れの参加者も含め総勢50名の大盛会で会食、カラオケ、ビンゴ大会を楽しんで、来る2008年の幸福を誓った。
 昨年10月に香山・新会長を迎えた港区日中では、新入会員の拡大を今後の重点事業とし、入会のお勧めや申込書などツールの整備を行なって取り組んでいくことを決定した。(呉)
★千代田区日中―留学生を激励−総会と新春のつどいを開催
 千代田区日中は、2月9日神保町の新世界菜館で定期総会を開催した。山田永秀区議会副議長、高山肇区議会議長の挨拶のあと、定例の事業報告、会計報告が提案・承認された。今回から監査になった齊藤雅夫さんが監査報告を行った。
 今年度の新たな事業計画として、「千代田区新庁舎見学・お花見と中国留学生と交流する集い」という催しを三月三十日(日)に開催することが提起された。
 役員選出では、今年新たに山田副議長、石渡伸幸区議・区監査が千代田日中の副理事長に、大串博康区議が理事に決まった。
 続いて開催された「千代田区新春のつどい」では、石渡区議が新役員を代表して挨拶、顧問の共立女子学園石橋義夫理事長や来賓の海江田万里前衆議院議員、都日中の牧田安夫副会長から、それぞれ中国留学生に激励の呼びかけを行った。
 留学生を代表して宋陽さんと郭慧珍さんが自己紹介をし、?哈斯さんらが故郷の唄を披露した。有志から提供された「立雛」や『カタカナ語辞典』その他の土産が留学生を喜ばせた。
 一同は、3月の桜の下での再会を約し、散会後みぞれ模様の中を松本洋一郎さんに案内されて、愛全公園に〔周総理ここに学ぶ〕碑を訪ねた。(片岡)
★三者共催でにぎやかに「春節のつどい」
 目黒区日中友好協会の新年会は、今年初めて日中友好目黒区職員の会と日中友好目黒区議員連盟の共催による「春節のつどい」として開催、春節明けの2月13日(水)午後6時から目黒区役所食堂で開催された。
 三者共催となると、さすがに参加者も多く、中国大使館をはじめ中国報道機関、ふるさとで春節を祝ってこられた家族の方々に、区三役も加わって、総勢70人を超す盛況となった。
 主催者を代表して、当会の有座会長から「日中平和友好条約締結30周年に当たる本年は、春の胡錦涛国家主席の訪日、夏の北京オリンピックで、相互交流がますます増進する年にしたい」と挨拶の後、青木目黒区長、二ノ宮議員連盟会長が挨拶、次いで大塩教育長の音頭で乾杯し、春節には欠かせない水餃子と沢山の料理をほおばり、酒を酌み交わしながら懇談に入った。 
 途中で出席者紹介と中国大使館友好交流部の李桂萌さんはじめ報道機関支局長の皆さん、都日中の吉田事務局長から挨拶があり、参加者が相互に混じって会話に華を咲かせ、これも恒例となったビンゴゲームでさらに盛り上がり、職員の会淺沼会長の一本締めで、楽しく、賑やかな「つどい」はお開きとなった。(柴田)
★渋谷区日中―盛り沢山のプログラムで名残り尽きぬ集い
 渋谷区日中主催『春節の集い』が2月16日(土)正午から渋谷東武ホテルで開催された。桑原区長をはじめ区関係者、木村区議会議長はじめ日中議員連盟の諸先生方、都日中貫洞会長、村岡日中友好協会理事長、中国大使館の孫永剛書記官・杜暁曦アタッシェ、北京放送張国清東京支局長・人民中国干文支局長らマスコミ関係者、後楽寮から10名の留学生など112名の参加者で盛大に行われた。
 小倉・元区長が「今年の干支は子年、食が交わる子と書いてギョーザと読むこの年に奇しくも不幸な食品事件が起きていますが、こういう厳しい時期にこそ友好交流が大事。今後とも草の根交流しっかりとやって行きましょう」と挨拶、孫書記官からは「今年の春は胡錦濤主席の訪日、夏は北京オリンピックと記念すべき年になります。中日友好の発展の為に一層のご支援・ご援助をお願いします」とのご挨拶であった。広瀬渋谷区日中議連会長の乾杯のあと、美味しい料理を食しつつ、TFA長拳隊の華麗な演技、広尾ジュニア合唱クラブの歌声、横澤晃作さんが大道芸「南京玉すだれ」の驚きと笑いの妙技を披露、オペラ歌手・崔宋宝さんの心に染み入る歌と、盛り沢山のプログラムで瞬く間に時間が経った。
 張支局長・于支局長のお話や、後楽寮留学生の自己紹介のあとは、出席者全員で「海はふるさと(大海?故郷)」の大合唱。石田詔夫渋谷日中副会長の閉会挨拶のあともあちらこちらに話の輪が生まれ名残り尽きぬ集いであった。(永田)
★西東京市日中―新たな展望−天津市との交流に期待!
 西東京市日中の春節のつどいが2月16日、田無の北京飯店で開催された。
開会にあたり高梨勇一会長は「中国の然るべき都市と友好関係を結び着実に友好交流活動を展開して行きたい」と挨拶した。これを受けるかのように顧問の坂口光治市長より現在、多文化共生の拠点を市内に計画中であり、また西東京の東京大学・生命科学研究所の教授が天津市との交流及び支援プロジェクトを推進している旨報告があった。天津市は今注目されている環渤海湾経済圏の中心であり北京とは近々鉄道新線で30分で結ばれる予定、今後天津市との交流が期待される。
 春節のつどいは来賓の八王子市日中・宮内紀子氏の祝辞を頂戴した後、鈴木久幸理事の音頭で乾杯、懇談に入った。招待した留学生を囲み、北京飯店のオーナーで二胡教室も開いている楊智会員の素晴らしい二胡演奏もあって、なごやかな雰囲気の中、特製餃子や春節料理で一年の平安を祈り春節を祝った。
 顧問の小島晋治氏が久しぶりに参加され、挨拶の中で、中国発展に伴う格差拡大、地方での農民と地方政府との摩擦、都市の生産現場における労使関係の問題を解説した。(前田)
★大田区日中―松原大田区長の新会長就任で希望の春迎える
 大田区日中は3月3日に蒲田のレストランエスカアルで「春一番・新春のつどい」を開催した。30人。
 冒頭、鈴木明理事長より2005年に川村前会長逝去のあと空席のままになっていた会長ポストに松原忠義会長代行(現大田区長)の就任提案があり、満場一致で承認された。
 続いて松原新会長が挨拶にたち、故宇都宮徳馬都日中会長(兼全国本部前会長)の秘書時代からの川村前会長はじめ先達との交流に触れて、会長就任に寄せる感想が語られた。
 松原会長は、現大田区長として、大田区の国際交流の考え方と、今後のアジアとの交流、とりわけ日中友好の必要性を述べられ、秋には大田区の友好交流区である北京市朝陽区に大型の区民訪中団を出したいとの抱負も語られた。
 来賓を代表して坂田都日中副理事長からの挨拶を受け、老日中の会の坊野さんの音頭で乾杯、希望あふれる春を迎えるにふさわしい一日となった。
 大田区日中は新会長就任を契機に、新しい協会運営を目指し前進していきたいと考えています。(広瀬)
★練馬区日中―歌や踊りで盛り上がりにぎやかに「春の会」
 練馬区日中友好協会と「中国帰国者・家族とともに歩む練馬の会」(同歩会)の共催による「春の会」が3月9日午後、区立勤労福祉会館で80余名が出席して賑やかに催された。
 中村勇(区日中・同歩会)会長挨拶、孤児全協・大野妙子さんの乾杯発声、片岡健都日中副理事長ら来賓の紹介があり挨拶をいただいた。 
 2月に同歩会関係者らの努力により中国残留孤児援護基金の支援を得て、通所介護施設「故郷(ふるさと)」が開所したことは「春の会」にふさわしい明るい話題であった。
 手づくり料理に舌鼓をうつなかで、歌や踊りのアトラクションが続き、恒例の「秧歌踊り」で盛り上がるなか、閉会となった。(佐藤)
★残留孤児援護基金の支援で練馬にディサービス「故郷」開所
 自分のふるさと≠ノ帰ったように温かく、ゲームや体操・太極拳などの健康活動をしたり、入浴や家庭的な中国料理を楽しめるアットホームな通所介護施設「故郷(ふるさと)」(石川葉子所長)が、地域住民たちの強い要望に応えて、2月1日練馬区石神井町の南田中団地にオープンした。 
 これに先立ち、1月26日午後、同所において開所式が賑やかに催された。 関係来賓を迎え、主催者、支持者ら30余名が出席、苦労して漕ぎつけた開所の喜びを高らかな祝杯で祝い、讃えあう、祝宴となった。
 デイサービス「故郷」の設立活動は、NPO「中国の医療ネットワーク」(石川宏理事長)と「中国帰国者家族とともに歩む練馬の会」(同歩会・中村勇会長)とその支持者たちにより、粘り強く行われて来た。
 昨年2カ月にわたる実態調査で、地域在住の中国帰国者の高齢化と介護施設の緊急必要性が確認された結果、(財)中国残留孤児援護基金からの支援が実現し、施設開所に至ったもので、全国でも長野県飯田市に次ぐ二番目の支援事業である。
 「デイサービス故郷」は帰国者の二世・三世を交えるスタッフ体制で広く一般住民の利用をも呼びかけており、これからの活動発展が期待される。(佐藤)
★とっとっとの田舎暮らし―于舟(北京友好法人倶楽部常務副秘書長)
 昨年4月から1年間、自然に恵まれた長崎県南島原市で国際交流員として活躍した于舟さんから届いた便りを紹介します。
   
 一年前のこの時期南島原市はどこにあるか≠ニ日本の友達に聞くと、誰もが頭を振り答えがでなかった。国際交流員として一年間勤めるのは初めてのことだから、一体どのような所なのか、これからの一年間どう過ごせるのかと心細い気持ちで日本の土を踏んだ。
 「山紫水明」の一言で絶対言い尽くせない美しい大自然だなというのが最初の印象だった。雲仙天草国立公園の一部で、緑豊かな森を持つ普賢岳にもたれ、エメラルドの有明海に囲まれ、霞がかかる海に湯島や天草諸島が見え隠れする。いい天気なら、阿蘇山まで見られる。春満開のツツジ、秋炎燃えるような紅葉、砂浜と温泉、自然を愛する人は年中絶景を楽しめる。「それがあっても、本当の田舎だよ」と迎えに来られた同僚たちはこう熱心に紹介した。
 初回勤め先の市役所についた時、三階建て職場の職員全員が二列で中日両国国旗を振り、歓迎して下さったことに本当に驚かされ、きゅっと心温かくなった。ア、これがこれから一年間暮らす南島原だとほっとした。『南に生きよう』という言葉は市のキャッチフレーズだが、八つの町を合併してまだ一年の新市は自然環境に恵まれた静かな町だけではなく、人間の陽気さと温かさも含めている。
 仕事の一つは市の宣伝資料を纏め、中国語に訳すこと。有名な島原の乱の舞台となった原城はすぐ隣にある。市や長崎県の発展史、近代中日間の交流史の資料を調べ、勉強になった。
 一番好きな仕事は自分で企画した中国文化円卓会≠フこと。中国式の円卓は地位差別なく、みんなに平等で意見交換できるステージを提供し、できるだけ興味持つ話題を検討させ、やっと成功のうち終了できた。親しい友達が出きたことがもう一つの収穫だった。
 仕事のほかに、楽しいことがいっぱい見つかった。一番はボランディアで寺子屋の読み聞かせを手伝いに行くこと。子供達の輝く目に心引かれ、一度も休むことができなかった。
 あっという間に国際交流員生活が終わりに近づく。最初の都市に浮かれていた心が落ち着き、ますますこの田舎暮らしが好きになっている。心と心の付き合いとよく言うが、本当に理解や交流は難しい。外部条件を外し、先ず人間として、相手の立場に立ち考えれば、お互いに近くなれるでしょう。この精神を持ち、これからの仕事や人生に生かしていきたい。 
 着いた時に「とっとっと」を皆が教えてくれたが、「とっとっと」とは、長崎の方言で「取ってあります」の意味。なぜかいろんなレストランやお店がこの名前をつけていることがつい最近少し理解できた。やはり自分に優しく告げている:『ここにいると、もう安心できる』 そうだと思う。
★第23回中国語春期スクーリング―発音と初級・中級会話を開講
 都協会では3月2日、第23回中国語春期スクーリングを開催した。神田錦町のちよだプラットフォームスクウェアでの発音(島村泰子・許堅講師)と初級会話(閻瑜講師)、日中友好会館会議室での中級会話(盧思講師)の三クラス。
 発音クラスは発音声調の徹底練習のあと、春にふさわしく漢詩「江南春」を学んだ。丁寧で行き届いた指導に感謝の声が多く聞かれた。
 初級会話クラスは今年8月の北京オリンピックに向けて、「オリンピックを10倍楽しむ」をテーマにオリンピックにちなんだ言葉の数々を学んだ。マスコットや主要競技、代表会場や参加国の名称など豆知識満載のテキストを使い、オリンピックを想定した会話も練習、老師が熱心で引き込まれた、オリンピックに興味がわいたと好評だった。
 中級会話クラスでは、春節の国民的番組「春節晩会」にまつわる話や海外留学生帰国者「海帰」、タクシーに乗ったときの北京と上海での話題の違いなど中国事情がよく分かる内容で、「文化や風習に触れた話をきくことができてとても充実していた」「中国語を勉強することで中国への理解を深めていきたい」との感想があった。(発音13名、初級20名、中級20名)。

スクーリング・初級会話クラスの様子

朝陽区の囲碁交流を終えて
★囲碁を通じて日中交流―東京都囲碁愛好者訪中団
 都協会は、2月16日から19日まで「東京都囲碁愛好者訪中団」13名を派遣した。
04年から隔年で3回目の囲碁交流である。選手は四段から1級までの9名で、女流棋士も参加した。
 初日は、昨年来日した北京老同志囲碁会9名との夕食交流会と対局。夕食交流会で比留間邦助団長は「友好第一で交流しましょう」と挨拶、交流会は、闘志を内に秘めながらも、和気あいあいと親睦を深めた。
 いよいよ対局開始。持ち時間は1人30分で2局の対戦。込みは7目半の中国ルール。対戦成績は、明立四段が2連勝。2年前の訪中から未だ負けなしの快進撃だ。釣られるように初参加の高橋二段も2連勝。3回目の訪中で初めて勝ち越すという快挙を成し遂げた。
 2日目は観光でオリンピックのメイン会場「鳥の巣」も見学した。会場は、仕上がりも順調のようだが、周囲のオリンピック公園は、まだ未整備の状態だ。案内の李維建さんは「間に合います」と強調、中国のバイタリティーを感じた。夜は、北京市対友協の歓迎宴に臨み、張賽娜副会長から熱烈歓迎の言葉をいただいた。
 翌18日午前は、大田区と姉妹都市でもある朝陽区囲碁代表団と交流。持ち時間は、1人1時間1番勝負の対戦。朝陽区の選手は五段5人、四段2人を含む9人。力の差は明らかであり、段級位差によるハンデ戦を申し出たが、オール互戦での対局となった。私の相手は三段も格上の汪友林五段。中盤までは何とか持ち堪えたが、それ以降は碁にして貰えなかった。明立四段も中央の大石を取り損なって投了し、負け越しの結果となった。引続き行われた交流午餐会で、朝陽区の譚林坤外事副主任の歓迎挨拶の後、明立四段が「研鑽してまた教えを受けに来たい」と中国語で挨拶をし、喝采を浴びた。(田中雄)
★小油桐の植林視察「山紫水明の貴州」
 2月19日から24日まで、五十年の大雪に見舞われ、災害から立ち直ったばかりの貴州省を訪れた。省都貴陽の南160キロの羅甸県で都日中の板垣理事が全青連の中国青年実業発展促進会と協力して進めている小油桐(ヤトロファ)の植林事業を視察に行く。
 小油桐はバイオエタノールの原料として注目されており、実を搾った油からCO2を排出しないディーゼル油ができる。カルスト地形の山々の中腹に1億本の植林を目標として昨年から事業が始まった。「歓迎東京都日中友好協会小油桐視察団」という横断幕の下で、小学生の鼓笛隊に迎えられ、足元の不安定な山の斜面に立って説明を聞き、事業の成功を願った(写真)。昨年植えた小さい苗木は大寒波の被害も少なく、三、四年後には実がなり、搾油できる見込みで、苗木作り、植林、実の採取などの仕事によって現地の少数民族プイ族の生活向上にもつながる。
 プイ族の村洞上寨では大歓迎され、紫と黄色に染めたもち米で餅つきを見せてもらい、屋上で真ん中をくりぬいた丸テーブルに大鍋を掛け、下に炭火を置いて煮込みながら昼食。途中でテーブルが燃え出して一騒ぎする楽しい食事となった。それぞれが持ち寄った文房具やお菓子は喜ばれ、よい交流ができた。帰り道で古い町を整備した青岩古鎮を参観し貴陽に戻った。
 貴陽市では退職幹部の方々と交流し、83歳男性のオ・ソレ・ミオの熱唱や女性たちの京劇の歌唱など力強い歌声に感心し、こちらは鈴木缶美子さんの葡萄の墨絵に坂田和子さんが日中友好と篆書と書き添え、なごやかな会合となった。
 貴州省対友協では美人の苗族女性王揚副会長が歓迎宴を催して下さり、王副会長はじめ薛秘書長や日本担当の方々とは初対面であったが親しく歓談できた。
 帰途の広州では広東省対友協陳謙先生に迎えていただき、広州一の海鮮料理店で最後の夜を楽しく過ごした。 (団長・古島琴子)

2008年1月1日号
新年のごあいさつ
NPO法人東京都日中友好協会会長 貫洞哲夫
 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様におかれましては、お元気で新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 昨年は日中国交正常化三十五周年の年に当り、また今年は、日中平和友好条約締結三十周年という、連続して両国にとって記念すべき年を迎えました。
 日中両国の関係は正常化してから三十年以上の歳月を経過いたしましたが、その間、両国をめぐる環境は必ずしも平坦なものではありませんでした。
 しかしながら、極めて厳しい状況の中にあっても、常に両国の間に、友好発展を願う勢力が存在し、その事が基本となって局面が打開されて参りました。私どもは、この記念すべき年に当たり、来し方の姿を振り返りながら、改めて両国友好の発展のために努力することを心に期するものであります。
 申し上げるまでもありませんが、友好発展のためにはそれぞれの国の実情を正しく理解することが大切であります。中国の急速な経済発展の結果、さまざまな歪みがみられるのも事実でありますが、正しい理解と友好の立場に立った協力が重要であります。今年も「草の根の交流」を一段と強化して参りたいと存じます。
 新年に当たり改めて会員の皆様の御多幸をお祈りするとともに、共に手を携えて友好前進に努力いたしたいと存じます。皆様のいっそうのご協力をお願い申し上げます。                           
東京都議会議長 比留間敏夫
 新年明けましておめでとうございます。
 東京都日本中国友好協会の皆様におかれましては、明るく希望に満ちた新年をお迎えのことと、心からお慶びを申し上げます。
 貫洞会長をはじめ、皆様方におかれましては、創立以来、日中両国の相互理解と友好親善にご努力を重ねられ、両国関係の着実な発展に多大なご貢献をされてこられました。本日に至るまでのご苦労に対しまして、心から敬意と感謝の意を表する次第でございます。
 さて、今年は日中平和友好条約締結三十周年という節目の年に当たります。東京都と北京市におきましても友好都市提携を結んでから今年で二十九年目を迎えますが、昨年も十一月に東京都議会友好代表団が北京市を訪問し、熱烈なご歓迎をいただくとともに、両都市の絆をより一層強固なものとすることができました。
 こうした中、今年はいよいよ北京オリンピックが開催されます。この北京オリンピックが大成功を収められますよう、そして二〇一六年の東京オリンピック招致が実現されますよう、アジアの国同士、本年も大いに連携・協力を深めてまいりたいと思います。
 都議会といたしましても、今後とも両国・両都市の友好交流の更なる進展に向け、精一杯の努力をしてまいる所存でございます。
 年頭に当たり、東京都日本中国友好協会のますますのご発展と、皆様方の一層のご健勝を心から祈念申し上げ、新年の挨拶といたします。
北京市人民代表大会常務委員会主任 杜徳印
 めでたく新年を迎えるに当たり、私は北京人民代表大会常務委員会を代表して、東京都日中友好協会会員の皆様並びに中日友好事業に関心と支持を寄せる日本各界の友人の皆様方に謹んで新年のご挨拶を申し上げ、長年のご努力に衷心より感謝の意を表します。
 1979年に友好都市関係が結ばれて以来、北京と東京の間では、政治、経済、文化、スポーツ、教育など多岐にわたって成果のある多彩な交流と提携が行われてまいりました。また長年にわたり、北京市並びに各区県の人民代表大会と東京都およびそれぞれの議会は、両都市市民同士の相互理解と友情を増進させるために積極的な役割を果たしてまいりました。
 過ぎ去った2007年は中日国交正常化35周年に加え、両国政府が定めた《中日文化・スポーツ交流年》でもあり、北京市人大常務委員会と東京都議会並びに双方の友好区県の議会の往来も同様に実りのあるものとなりました。
 新しい一年には新しい息吹を!2008年は「中日平和友好条約」締結30周年であると同時に、全世界から注目を浴びる北京オリンピックの開催年でもあります。ここで私は、貴会並びに中日友好に取り組んでいる各界友人の皆様と手を携えて、これまでの成果を踏まえ、引き続き北京―東京両都市の友好交流の更なる発展のため、努力してまいりたいと心から願っております。
 最後に、東京都日中友好協会のますますのご発展と友人の皆様のご健勝とご多幸をお祈りして、新年の挨拶といたします。
北京市人民対外友好協会常務副会長(会長代理) 李昭
 「爆竹の音の中で一歳を除し、春風が屠蘇の中に暖かさを送り込む」
 新年の到来に際し東京都日中友好協会の友人の皆様、並びに中日友好事業に関心と支持を寄せられている日本の各界の皆様に北京人民対外友好協会を代表し、心からの感謝と新春のご挨拶を申し上げます。
 過ぎ去ったばかりの2007年は恰も中日国交正常化35周年の節目の年であり、日本の安倍首相の「氷を割る旅」とわが国の温家宝総理の「氷を溶かす旅」の後に中日関係に大きな転機と良好なる発展の趨勢が現れた年でもありました。加えて両国政府の合意による「中日文化スポーツ交流年」の一連の活動の成功は、両国国民の友好交流と相互理解を引き続き促進させ良好なムードを作りました。
 こうした背景のもと、当協会は貴協会とこれまでと同様に、誠実に協力し合い、教育、文化、スポーツ、青少年交流、市民交流等を含む活動を共同で展開し、その成果は顕著であります。また、中日両国及び北京―東京両市民間の友好事業が前向きに発展するよう力強く活動を推し進めてまいりました。
 新しい年を展望しますと意気があがり感慨無量となります。2008年は「中日平和友好条約」締結30周年の年であり、多くの人々が待ち望んでいた北京オリンピック開催の年でもあります。ここで私どもは、引き続き貴協会及び日本の各界の友人の皆様とともに手を携え、北京と東京の友好交流事業に力を注いでまいりたいと思います。同時に、2008年北京オリンピックが平和と友情を象徴する国際スポーツの盛典となるよう、アジア、ひいては世界平和のために微力を献げてまいります。
 最後に、東京都日中友好協会のたゆまぬ発展と、日本の友人の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。 
★三言両語
07年はどんな年だったか。イラク、アフガンが泥沼状態となり、米国は事実上失敗を認めた。武力一辺倒ではなにも解決できないことがわかった。環境問題が深刻化し、京都議定書参加を拒否している米国に批判が集まり、汚染物質排出大国中国の動向にも関心が集まった▼日中、日韓の政治関係は確実に改善された。安倍退陣の後を受けた福田首相は、価値観外交より協調外交をとる姿勢を見せた。朝鮮半島も非核化に向けて一定の進展があった。アジアは確実に安定の方向に向かって動き出した▼08年はどんな年になるだろう。主役になるのはアジアかもしれない。中国は経済の持続的発展と五輪で存在感をさらに増す。インドの台頭は続き、アセアンも順調に成長を維持するだろう。朝鮮半島でも大きな進展があるかもしれない▼日中関係には良い材料が多い。春の胡錦濤主席訪日は、平和友好条約30周年に花を添え、環境、エネルギーを含む各分野の協力が進むだろう。東京―北京の関係にも若干変化が見え出した。日中政治関係が急速に好転する中で、首都間の関係が凍りついたままで良いはずがない▼何と言っても民間交流が基礎、協会の足腰を強化しなければ。組織と財政が課題、なんとかみんなで知恵と力を出し合い協会を強化させよう。そうしないと時代の要請に応えられない。
民間交流の扉
★夢は武術隊の「日本制覇」―NPO太極拳友好協会指導員 胡游
 現在60人の子ども、大人も含めると約百人に長拳を教えています。昨年北京の西城区児童体育中心で大会をやり、今年3月には天津合宿があります。中国武術を通じて日本と中国の子どもが交流するのはとてもうれしい。お互いがライバルとしてレベルアップする―そのために、できるだけ大勢の人に本場の中国武術を見せたいと思います。
 僕は6歳から長拳を始めました。父に連れられておじいさんたちが練習している公園で遊びのようなものでした。8歳で初めて出た試合で2位入賞、その後、市の強化選手で何度も優勝し、省から全国に出場。高校2年のときに武術の特待生として天津理工大学にスカウトされ、「飛び級」で大学生になりました。
 専攻は、比較的人数が少なくて、企業に勤める可能性が高いかなと思い日本語を選びました。大学2年(18歳)で、長拳の学生チャンピオンになり、2連覇しました。卒業後は新しいことに挑戦したいと、日本航空に就職。最初は楽しかったけれど、武術ができないことがだんだん辛くなって、本当にやりたいことは何かと考えました。武術ができて日本語を生かせる仕事をしたいと、ネットを通じてTFA(太極拳友好協会)の小池会長にメールを送り、03年夏に北京の対友協で試験を受けたのが出会いでした。
 日本に来て思った以上に厳しかったのは、だれも長拳を知らないこと。講座を開いても一人しか来ないこともありました。子どもたちが大きく変わったのは、2年目の訪中でした。長拳のイメージをつかんだので、難しい新しい動作を教えてもすぐ理解できる。基礎もできてきて、理想の武術隊が出来上がりつつあります。いまの子どもたちは有望で、何年か後には日本制覇したいと思います。
 僕の指導にはマニュアルは無く、小さい頃の練習や経験で教えているので、自分の子ども時代が重なる時があります。新年の抱負は、4月のJrオリンピックでTFA長拳隊がいい成績をとること。それと大学院(日本体育大学トレーニング科学)の無事卒業ですね。(談)
2007年市民交流訪中団―報告
★三国志と漢詩の世界―Aコース(武漢・赤壁・岳陽・長沙・上海)
 湖北省、湖南省、上海へと向かったAコースは戦国時代、漢、三国時代、唐、宋など中国の歴史の断片をたどる旅でもあった。23日武漢の黄鶴楼へ。その名の由来となったエピソードを聞き、最上階から雄大な展望を楽しむ。午後は帰元禅寺。24日岳陽へ。途中バスから長いアプローチの末たどり着いた赤壁は長江右岸の三国時代の古戦場。三国志の世界に思いをはせる。次の岳陽楼・洞庭湖はかって多くの詩人が訪れたところ。杜甫の詩を思い起こす。夕暮れ時であったが一行は岳陽楼に登り、洞庭湖で舟に乗る。25日長沙へ向かう途中戦国時代の屈原を祀る屈子祠に立ち寄る。その際に大型バスともども渡った「汨羅の渡し」の印象が強い。午後長沙の湖南省博物館を訪れ、馬王堆から出土した前漢時代の宰相夫人のミイラを見る。26日長沙で岳麓書院と愛晩亭を訪ねる。前者は宋代に最も栄えた学問の殿堂。現在は湖南大学に属している由。後者には故毛沢東主席が対岸から湘江を泳いでわたって訪れたというエピソードがある。氏の扁額もかかっている。その後上海へ。
 以上が主な行程であるが、天候にも恵まれ、貫洞団長以下14名のすばらしいメンバーによる楽しい旅であった。4回のフライトのうち3回で4〜5時間の遅延という厳しい面もあったが、これも忘れえぬ思い出となろう。
 蛇足ながら個人的な印象を述べてみると、@漢詩をはじめ漢字の文化に親しみを持っているほうであるが、岳麓書院で案内いただいた羅さんの説明に感服し、ますますその魅力に引き込まれそうである。A旅行中毎朝欠かさず一時間程度の散歩をした。公園や広場は太極拳、ダンスなどで賑わい、大変活気がある。学ぶべきところだ。B食いしん坊かつのん兵衛なので、毎回の食事が楽しみであったが、十二分に満足した。ただ辛い料理には白酒とのことであったが、やはり紹興酒がいい。  (鏑木伸一)

★殷墟文字の美しさに感激―Bコース(石家荘・安陽・鄭州・上海)
 今回のコースは全て初めての所だった。急速に開発が進む北京と、深い歴史の地である殷墟を訪ねる対照的な企画に、大きな期待を持って参加させてもらった。
 鄭州の都市計画は、黒川紀章が手掛けたものだと知っていた。それを見るのも楽しみの一つだった。計画の三分の一程が出来上がっているそうで、北京の超高層ビルよりデザインは現代的に見え、構造的にも安心感があった。だが、延々と続く平原の中に忽然と現れる不釣合いな超高層ビル群には「何故そこまで?」と疑問を抱いてしまった。
 以前は町の看板はさすが「書の国」と思わせる肉太の筆文字であったが、今はほとんど活字体になっていて、味気ない文字ばかり。英文が添えられていたことにも時代の変化を感じた。 
 殷墟は憧れの地であった。書家・墨画家の父の研究テーマが甲骨学であったから、小さい頃より「インキョモジ」という言葉は知っていた。殷墟博物館の発掘品は目を見張るものばかりであった。何と言っても獣骨や亀甲に刻まれた文字を見ることが出来て感激だった。その文字は空間と形が本当に美しかった。写真でみるものとは大違いである。父の説によると、文を作った人と彫った人が違う人で、もとは筆で書かれたものだという。殷墟文字は建築のように土台からきちんと構築された形をとっていて何とも美しい。これぞ書道考古学上の「書」なのだろう。
 更に、青銅器や玉器の精巧な美しさにも目を奪われ、三千四百年余前の人のセンスの良さに驚かされた。鼎や戦いの道具や矢尻の刺さった人骨などの発掘物を見るにつれ、太古から人類の歴史は戦いの歴史でもあったということが生生しく伝わってきた。
 次回は消え行く中国の風情ある景色をスケッチに残し、脳裏に焼き付けておきたい。(墨画家 鈴木缶羊)

★乾隆帝が遊んだ蘇州街―Cコース(北京探訪)
 10月22日は穏やかな秋晴れ。北京探訪のCコースは対友協の王景恵さんの案内で北京郊外の名園を巡りました。最初に訪れたのは紅葉狩りと雪景色で有名な香山公園。さすがに木々は緑のままでしたが好天に誘われたせいか、北京市民で大賑わい。「ここは北京の高尾山ですね」という声もあり、すこし山登りのハイキングをしましたが、標高557mの山頂までいくのはとても無理でUターン。
 午後は清朝の離宮・頤和園へ。728mの長廊の天井には三国志や西遊記の名場面が描かれた1万4千の彩色画が並びます。ここでは18世紀の蘇州の商店街を再現した蘇州街を見学(写真)。作ったのは乾隆帝で、彼はここで庶民になりきって買い物ごっこを楽しんだそうです。何一つ不自由のない皇帝も庶民の気楽な生活が羨ましかったのかもしれません。
 この後バスは一路南下し、和平門南新華街の琉璃廠へ。琉璃廠は文房四宝をはじめ、書画骨董、印章、古書などの店が軒を並べ、その代表が栄宝齋や中国書店です。1時間の自由時間でしたが、悪筆の私は天福茗茶でお茶を買っておりました。
 日が暮れ空気が冷え込みだした頃、「夕食は東来順のしゃぶしゃぶです」と王さん。東来順は北京で最も有名なしゃぶしゃぶレストランで、煙突の付いた鍋を使ってぐつぐつと煮たっているスープの中に羊肉、野菜、春雨、豆腐などを入れて食べますが「こんなに羊肉が美味しいとは思わなかった」と驚きの声が。対友協の馬恵麗さん・盧燕寧さんも合流し、これからの交流の夢を熱く語り合いながら楽しい宴は続きました。(杉本孝一郎)

★江南の名勝と交流の旅―渋谷区民代表訪中団
 今回の訪中の目的に11月の北京市西城区民と渋谷区民の交流イベントの事前交流があったが、思わぬ出発便の大幅遅延で残念ながら果たせなかった。21日午前、村山保太郎団長(渋谷区日中会長)ほか役員は西城区を表敬訪問、陳?副区長に桑原渋谷区長の親書を手渡し、交流について活発に話し合った。
 22日、南京に移動。「革命未だ成らず」の言葉を残してこの世を去った孫文が祀られた中山陵をはじめ霊国寺、三国志に登場する孫権のお墓、南京博物館などを見学。夜は江蘇省対友協主催の歓迎宴。呉錫軍(女性)会長のご挨拶は、5年に1度の中国共産党大会の活気溢れる様子に友好交流の大切さを重ねられた感銘深いお話であった。宴の最後は呉会長、黄家倹秘書長ら江蘇省側も全員加わって、持ち込んだ「東京音頭」や「炭坑節」のテープで全員が輪になって踊り和やかで有意義なひとときを過ごした。
 24日蘇州に向かう。途中、鎮江に立ち寄り、金山・焦山などを見学。焦山碑林には、良寛和尚の書碑があった。見学後、鎮江市対友協主催歓迎昼食。日本語の堪能な李金方副主任や郭桂凰秘書長との心温まる語らいをあとにして、蘇州へ。水と緑の豊かな街で、有名な寒山寺、留園、刺繍研究所、拙政園などを見学した。寒山寺は毎年大晦日、鐘突きの日本人でいっぱいになると言う。その鐘突きを団員一同感動の体験。
 25日は上海へ。黄浦江に面した外灘(バンド)地区へ。中国一の経済都市として発展中の上海は新旧の建物が建ち並び見る者を圧倒する。最後の夜、再合流予定のAコースが航空機遅延のため合流出来ないままでの上海対友協(袁公侠副会長)の熱烈歓迎を受けた。政治と文化の中心地・北京、発展著しい江蘇省、経済の中心上海と、オリンピックを控えた中国の活気を肌で感じた旅行であった。(泉屋淑子)
都協会秋の文化スポーツ交流
★第10回東京都日中友好囲碁大会を開催―北京から愛好者4チームが参加
 11月17日(土)、東京都日中友好囲碁大会は、第10回という節目の大会となり北京市囲碁愛好者訪日団(紀樹翰団長)一行15名を迎えて、市ヶ谷の日本棋院を会場に友好と歓迎の雰囲気の中で開催された。
 開会式は、「熱烈歓迎北京市訪日団」の横断幕をバックに比留間実行委員長が「北京オリンピックではスポーツとして囲碁の種目参加も話題となった。今後、手を携えてオリンピック種目をめざそう。囲碁を通じて一層の日中交流を」と貫洞都日中会長のメッセージを代読した。訪日団4チームの参加に歓迎の大きな拍手が会場に鳴り響いた。続いて、10周年を記念して連続10回出場の3名を含む22名に特別賞を贈り功績をたたえた。明立副審判長の大会ルール説明のあと、白江治彦審判長の「始めてください」の開始宣言で45チーム135 名の熱戦の火ぶたが切って落とされた。
 大会は、各クラスとも実力伯仲していたが、Sクラスで2年連続優勝した新宿囲碁センターの実力は底知れず正に本物だった。訪日団はAクラスに1チーム、Bクラスに3チーム参加し、健闘したが決勝戦には残れなかった。決勝戦に進めなかった参加者に白江八段、翁子瑜六段の指導碁をお願いし今年も大いに喜ばれた。
成績は次のとおり
(Sクラス)優勝 新宿囲碁センター/準優勝 ダメヅマリ/3位 磊らっく
(Aクラス)優勝 東京二十三T/準優勝 コアラ/3位 あきる野支部
(Bクラス)優勝 サン・ジャパン/準優勝 渋谷区役所T/3位 華瀛棋楽会
(Cクラス)優勝 新宿区V/準優勝 渋谷区役所U/3位 コスモス倶楽部

★和やかに囲碁訪日団歓迎会
 11月17日、囲碁大会終了後に市ヶ谷の土風炉で、都協会役員と大会実行委員らによる北京市囲碁愛好者訪日団歓迎会が行われた。
 牧田安夫副会長の歓迎の挨拶に続いて訪日団15人を代表して紀樹翰団長が謝辞を述べ、比留間邦助大会実行委員長の音頭で乾杯、会話が弾んで和やかな会となった。会は、2月の囲碁訪中団で北京での再会と対局を約し、中野副委員長の一本締めでお開きとなった。

第10回囲碁大会の様子
北京市囲碁愛好者訪日団歓迎会の様子
★第23回「日本と中国・音楽の夕べ」〜弦楽と漢詩の調べ〜
 都協会は11月20日夜、昨年に引き続き重要文化財の自由学園明日館(豊島区)を会場に、第23回「日本と中国・音楽の夕べ」〜晩秋に寄せる弦楽と漢詩の調べ〜を開催した。
 第一部はアンサンブル・メッツ(奥田雅代と仲間たち)による「弦楽の調べ」。「芸術の秋のひとときをゆっくりお楽しみください」と真紅のドレス姿で登場の奥田さん。人気ナンバーワン「ツィゴイネルワイゼン」の迫力あふれるヴァイオリン、チェロの奏でる「白鳥」、ヴィオラの「ヴォアリーズ」などそれぞれの音色の違いを楽しんだ。
 第二部は、西安交通大学助教授の金中さんによる漢詩五題。王暁東さんの琵琶をバックに聴く漢詩は中国の雄大な雰囲気に身を置くひととき。「楓橋夜泊」が終わると大きな拍手と「好(ハオ)!」「アンコール!」の声がかかった。
 第三部は再びアンサンブル・メッツが登場して「弦楽四重奏の楽しみ」。「ディベルティメント」K136の息の合った演奏で軽快にスタート。「リラックスして聞いてください」と「日本の秋メドレー」。さらに「慕情」「タラのテーマ」「ムーンリバー」「踊り明かそう」と4曲続けて懐かしの映画音楽を演奏。名場面が浮かびメロディに合わせて歌詞が口をついて出るような親しい曲の数々に、「クラシックがとても身近になった」という声が聞かれた。
 フィナーレは出演者全員で「海はふるさと」を演奏。満員の客席も唱和して、盛況のうちに幕を閉じた。
★中国各地の代表を迎え 太極柔力球国際大会に150人 
 2007日中文化・スポーツ交流年の最後を飾って、第2回「国際太極柔力球交流大会inとうきょう」が味の素スタジアム内東京都調布庁舎体育室で行われた。
 大会には、張福森名誉会長を団長とする北京市対友協代表団4人、貴州、雲南、山東省の代表3チーム46人、日本側は山形、東京、愛知、熊本から7チーム52人が参加、来賓、見学者を含めて150人が集う盛大な会となった。
 日本では都協会が東京都レクリエーション協会との協力で04年に日本太極柔力球協会を立ち上げ、現在91人の初級普及指導員(規定套路1)がいるが、中国では難度の高い技を取り入れた規定套路5までが出来ている。今回は規定套路創作者の王学軍先生が中国各地の代表チームを率いて参加したこともあり、高いレベルの大会となった。
 日本も熱演。基本の部で「鞠と殿様」に合わせて規定1を披露した昭和スポーツクラブが3位を獲得した。創作の部1位は勝利油田柔力球隊(山東省)。太鼓の音で登場、ラケットとボールを巧みに使った華麗な演舞に会場から割れんばかりの拍手が起こった。観客の手拍子と「365歩のマーチ」に乗って練習の成果を披露したくまもとチーム。「第3位、柔力球くまもと」と呼ばれると、ワァーと歓声が上がった。
 参加者全員による規定套路1は圧巻。司会の荒井圭さんが「ひとり5人ずつ、相手の国と人と握手をしましょう」と呼びかけると、お互いに駆け寄り、笑顔いっぱいで握手を求めた。
 王先生の「第3回は、in北京!」の言葉に会場が大いに沸いた。
 牧田副会長は、「大成功。中国のレベルの高さが日本各地の刺激になったと同時に、スポーツを通じての日中友好と国際交流の目的が十分に達せられた」と喜びを語った。
 大会の前夜は、都議会棟の銀座ライオンで、都協会会員・役員、柔力球関係者ら150人が参加して、代表団と愛好者訪日団の歓迎会が盛大に行われた。

柔力球歓迎会にて

柔力球国際交流大会にて 王学軍先生による模範演技
中国事情懇話会を開催
★第22回「最近の中国事情―その光と影―」
 都協会は11月16日夜、阿南惟茂・前駐中国大使を迎えて上野の東京文化会館で第22回中国事情懇話会を開催した。65人出席。
 歴史が古く国土が広く多民族である中国は、単一文化の日本と対極にあって大変分かりにくい国であり、さらに分かりにくくしているのが社会主義市場経済。実情に近い中国を認識するのは難しく、「これまでのところ中国は極端に過大評価されているというのが私の感想」と述べた。沿海地方はものすごい勢いで伸びているが、光の当たっているのはごく一部で、影の部分、特に農村部は、大変な状況にあると詳細に分析した。
 「30年、50年先を見れば日本のほうが発展が早く、更に差が開く。中国の本当の脅威は経済の行き詰まりから政局の不安定化が起こること。日中双方がお互いの重要性を認識した上で、率直に議論をぶつけあう中で信頼が培われる。健全な競争相手としてお互い学びあいながら広い範囲で協力していくことが必要」と対立構造の愚かしさを強調し、話を結んだ。

★第23回「民間交流について思うこと」
 都協会は12月4日夜、中国芸術文化普及促進会の劉樹声副秘書長(元北京市対友協副会長)を迎え、東京文化会館で第23回中国事情懇話会を開催した。
 35年前、13歳だった劉さんは、当時中国人の間で「田中角栄」「姿三四郎」「アトム」「日立」といった日本に関する言葉がよく知られ、日本人の中では「周恩来」「万里の長城」「茅台酒」などが使われていたことを紹介した。79年大学入学。お金をためて13元で買った辞書、216元した上海製テープレコーダー「春雷」の思い出を交え、35の単語から見る35の民間交流≠テーマに国交正常化35周年を振り返った。 お互い相手の国への好奇心が強く、「友好第一」という言葉がよく使われたが、21世紀に入ると「民熱官冷」に見られるように警戒心も生まれるようになった。 
 「同じ漢字を使っても本当は違う国の人だということを知ることが必要、それは距離を置くためではなく、誤解を避けるためのこと。好奇心、向上心、警戒心と移ってきましたが、これからは平常心≠もって進んでいきましょう」と話を結んだ。38名出席。
★西城区地域活動視察団―中野の町会と渋谷の家庭を訪問
 北京市西城区の地域活動視察団33人が、11月13日に中野区を訪問、地域会活動や危機管理、子ども育成分野における区の施策説明を受け、町会の活動を視察した。14日は渋谷区を訪問、区と渋谷区日中の協力で9グループに分かれて家庭訪問を行った。
 視察団は、住民の直接選挙で選ばれ第一線で仕事をしている居民委員会の主任が中心。中野区では野方地域センターで行われた町会連合会の常任理事会を傍聴した。一般区民を相手に仕事をしている居民委員会のメンバーにとって、住民へのサービスや町会の運営は親しみを感じる仕事。初めて入った畳の部屋にも興味津々だった。町会連合会の会合がまるで議会のように進められることやボランティアで行われていることなど中国との違いを知り、有意義な視察になった。
 14日午後は渋谷区へ。区では西城区から家庭訪問の希望を受けて、区報で募集、9家庭が協力した。この日は、区役所国際交流室で行政の説明を受けた後、渋谷区日中の理事が案内をしてそれぞれの家庭を訪問。家賃やマンションの価格、健康保険や年金など生活に直結した身近な話題で話が弾み、交流が進んだ。
 夜は、渋谷の東急インで、120人が参加して渋谷区日中と区日中議連による歓迎会が盛大に行われた。

2007年11月25日号
★日中国交正常化35周年を祝い 北京市宣武区少年宮で記念の集い 
 日中国交正常化35周年を記念する市民交流の集いが10月21日、北京で行われた。この記念行事には、貫洞哲夫都協会会長を総団長に、都協会市民交流訪中団(ABCコース)と渋谷区民代表訪中団(団長・村山保太郎渋谷区日中会長)の77人が参加した。
 前日、北京に到着した一行は、21日午前、万里の長城と、オリンピック施設に分かれて参観した。午後は市民交流の集いが宣武区少年宮で盛大に行われた。「記念中日国交正常化35周年文芸演出」の横断幕が掲げられたホールは区民や出演者の家族、2月に東京公演を行った西城区豊盛少年宮団員など約400人でほぼ満席、熱気に包まれた。
 陳俊良宣武区少年宮主任の歓迎挨拶に続いて、育才学校の蔡林利さん(中1)の進行(通訳は北京市対友協の王冬さん)で会が始まった。幕開けは宣武少年宮民楽団による民族楽器演奏。
中国の伝統楽器の美しい音色に大きな拍手が沸いた。舞踊「走在山水間」に続いては宣武区少年宮の特徴のひとつである雑技「現代柔術」。柔らかい身体の動きの数々に歓声と拍手が起こった。西城区豊盛少年宮は「2月の渋谷区と千代田区での交流はとても美しい思い出。渋谷区の皆さんがお見えになったと聞いてとてもうれしい」と挨拶、モンゴル族とチベット族の2つの舞踊を元気いっぱいに披露した。
 観客は宣武区少年宮武術団の「武林風」の勢いある動きに身を乗り出して見入っていた。また民族楽器「中阮」の合奏による「ハンガリー舞曲」も堪能した。
 宣武区少年宮の出し物の最後は、モスクワサーカス祭りでグランプリを受賞したという雑技「超越―双爬杆」。ステージ天井まで届く2本のさおを使って次々と繰り広げられる動と静の演技に会場からは何度も「好!ハオ!」の大きな声が飛んだ。
 演目の最後は、日本側市民交流団からの出し物。今から300年前、江戸時代にさかのぼる「浅山一傳流体術」武徳会会長の坂井英二さんは古武道の型を披露。関節技が多く自分の身を守る武術との紹介のあと、団員の鈴木静香さんと横須賀成良さんの協力で技を披露、目にも留まらぬ速さで相手を倒すと会場の子どもたちも大喜びだった。
 最後は花柳八代さんと渡辺道代さんによる日本舞踊「連獅子」。我が子を千仭の谷に蹴落として、その勇気を試すといわれている獅子の親子の情愛と勇壮に連れ遊ぶ様を、手獅子をもって表現、二人はこの交流会のために衣装・獅子頭を東京から持参してステージに臨んだが、初めて本格的な日本舞踊を見る人が多く、会場から惜しみない拍手がおくられた。
 日中双方の役員がステージにあがって出演者と記念撮影、2時間の予定をオーバーして交流と熱演の幕を閉じた。
 この日の夜は、釣魚台国賓館で日中国交正常化35周年祝賀のパーティーが盛大に行われ、翌22日からコースに分かれて中国各地を参観した。

宣武区少年宮を代表する雑技に会場から「ハオ!」の声が飛んだ

フィナーレは花柳八代・渡辺道代さんの日舞「連獅子」
★釣魚台国賓館で盛大に祝賀パーティー
 10月21日夜は、釣魚台国賓館「八方苑」で祝賀パーティーが開かれた。予定していた人民大会堂が第15回共産党大会の日程と重なったため、国賓館に会場を移して歓迎宴会を兼ねて行われたもの。
 北京市対友協を代表して李昭常務副会長が「日本の友人の皆様を熱烈に歓迎します。一年に一度の市民交流は我々両協会の伝統事業。これからも東京―北京の民間友好交流を推進し、長期にわたる安定した中日関係のために力を尽くしてまいりましょう」と挨拶。続いて貫洞会長が「35年前の両国の優れた指導者の苦心と決断が今日の両国を支えていることをしみじみと感じます。この機会にさらに心を新たにして両国の真の友好のためにいっそうの努力をしてまいりたい」と挨拶した。
 会には、張健民名誉会長、文遅中日友好協会副会長、李昭常務副会長はじめ対友協幹部、市外弁や関係機関代表、李大偉・李瀛・万雲・張連生・韓秀峰・史美煌・劉樹声氏ら老幹部、道上尚史公使も出席して、楽しい交流のひとときを過ごした。
 今年6月都協会招請で来日した写真家団の代表も参加、そのときの作品集「影悟日本」(写真家たちの見た日本)が参加者に1冊ずつ記念として贈られた。
★上海市対友協と交流晩餐会開く
 市民交流訪中団は、10月22日からA(湖北省・湖南省)B(河北省・河南省)C(北京)と渋谷(江蘇省)の4コースに分かれて各地を訪問した。10月26日夜は、上海市対友協との交流晩餐会が、安亭別墅(ビラ)で行われた。この日は、濃霧のため長沙からのAコースの便が大幅に遅れ深夜に到着、会には渋谷区民代表団のみが参加した。
 上海市対友協を代表して袁公侠副会長が上海と東京との長年にわたる交流が豊かな実りをあげていることに触れ、「このような活動や相互訪問は中日両国の人々の理解と交流を促進するもの。今後も友好事業の発展に協力してまいりましょう」と挨拶、村山保太郎団長が今回の旅を振り返り、感謝の言葉を述べた。
★三言両語
中国で17回党大会が開かれ、胡錦濤体制が更に固まった。5年後のポスト胡錦濤体制の配置も考えた人事も行われた。しかし難題山積だ。途方もない格差、緊迫するエネルギー不足、臨界点に達したと言われる環境問題、潜在的には食糧問題もある▼実は、これらは21世紀の地球的課題だ。その意味で中国の動向は地球の運命を左右する。エネルギーと環境問題は不可分だ。近年黄砂や硫黄酸化物、窒素酸化物を含んだ大気が日本に流れこむようになった。酸性雨の元凶物質だ▼日本では50年代末から高度成長が始まったが、70年代に深刻な公害が出た。中国は20年遅れて同じ道をたどっている。日本の公害防止、処理技術は世界一でエネルギー効率もダントツ。一定のGDPを創出するために、石油換算で日本が100トンのエネルギーが要るとすると、米国は280トン、韓国は330トン、中国は850トン。中国にとって省エネがいかに重要かだ▼一方で、中国の成長による需要爆発、13億のマーケット化は日本に多大な利益をもたらしている。ここに「戦略的互恵関係」の現実性がある▼環境問題には幅広い協力が必要だ。すでに植林ではNPOが活躍している。政治環境が良くなりつつある中で、互恵協力が官民を巻き込む形で戦略的次元で進むことが日中両国の利益に適う。
★国交正常化35周年・武蔵野市制60周年祝い 北京文史館伝統書画を開催
 武蔵野市民文化会館で開催された「北京市文史研究館伝統書画展」の開幕式に来日した北京市人民対外友好協会の張賽娜副会長と馬恵麗さんを囲む都協会役員の歓迎昼食会が11月2日、新宿野村ビルのHARUKAで行われ、牧田安夫副会長はじめ役員ら18人が出席した。10月末の市民交流で顔を合わせたばかりの人も多く料理を楽しみながら会話が弾んだ(写真)。
 来年は、北京オリンピックの影響で4月から9月の間は航空機・ホテルの価格が高騰するため、恒例の事業がどのようになるか今後の検討が必要と張副会長から話があった。松井副理事長が、日中双方の青年層を中心に8月8日、東京で北京五輪開幕を祝うイベントの企画を紹介、北京との連携を呼びかけた。
民間交流の扉
★養父母との絆
 最初に養父母に会ったのは1980年。日本に子どもを帰した養父母の寂しさや心配に初めて気づいて申し訳ない気持ちでいっぱいになり、それから今日まで毎年訪中して交流が続いています。 
 日本の敗戦から2カ月後、ハルビンから辿り着いた長春で1歳半の息子は「虫けらのように」死んでいきましたが、あの時代に、中国人は浮浪者のような私を差別せず仕事をくれました。中国の人の気持ちが大きかったから今生きていることができる――そう思うと難民として過ごした1年は言葉では言い表せない感謝の追憶でもあります。
 養父母は、異口同音に「自分が助けなければ死んでしまう。かわいそうでしょ」と孤児を育てた気持ちを話します。現在どこにどれだけの方がおられるかはっきりわかりませんが、長春で私の知っている方は今年3人亡くなり、3家族3人しかいません。日本の国は養父母の問題は中国側と話がついていると言いますが、日本に帰った孤児たちの中には親孝行をしない人もできない人もいます。このままでは恩知らずになってしまう、何とかしなくてはいけないんじゃないかと、大臣にも手紙を書きましたが、日本政府が解決すべき問題は非常に多いと思います。
 日本のマスコミの流す中国は非常に偏っているし、近代史について日本人は忘れよう忘れたいという思いから、教えず、知らせず、60代でも何があったか真実を知らない人もいます。これまで人前で昔のことを話すのをなんとなく避けてきたところがありますが、80歳を過ぎてから、こういうことを伝えていかなければならない、という気持ちに変わりました。小学校で頼まれて話をすることもあります。
 今年5月訪ねていったときに「日本の年金で生活が大変だったら3畳間が空いているからこっちへ来たらいい」と笑いながら言われました。その優しさが孤児たちを育てたのですね。私は来年も再来年も養父母を訪ねますが、政府にも訴え続けていこうと思っています。(談)(都協会理事)
★大田区―北京市朝陽区 友好都市10周年を祝う
 大田区と北京市朝陽区が友好都市締結10周年を迎え、朝陽区代表団6名(団長・関三多政治協商会議副主席)を迎えて11月10日夜、大森駅北口のアートホテルズ大森で記念祝賀会が行われた。
 大田区が毎年開催している区民祭り「おおたふれあいフェスタ」にあわせて代表団を招請したもので、祝賀会には、松原忠義大田区長はじめ区役所、区議会、区内商工関係者、自治会代表ら関係者50名が出席、東京都日中からは貫洞哲夫会長、大田区日中からは鈴木明理事長が参加した。
 席上、貫洞会長は、日中青少年交歓キャラバンが友好提携の基礎になったことに触れ、「このように輝かしい実績を積み上げられて10周年を迎えられた両区の皆様に深く敬意を表します」と祝辞を述べた(写真)。
★第25回中国語スピーチコンテスト東京大会
 第25回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会が10月14日、千代田区の万世橋区民会館で行われた。
 審査員は、審査員長の山下輝彦・都協会中国語普及委員会顧問(慶応技術大学教授)、徳久圭・日中学院専任講師、張国清・中国国際放送局東京支局長の3氏。
◆ 朗読の部
 朗読の部は課題文制。基礎19人、一般8人のうち中学生8人、高校生4人、大学生が8人。熱のこもった朗読に張審査員は「大勢の若い人が参加し、とても頼もしい。さらに勉強を続けて中国語を使う仕事をしてください」と激励した。
 金賞=荒木康之(東京工業大学大学院)、磯崎きよみ(関東国際高校)、銀賞=斉藤康一、翁美恵(関東国際高校)、努力賞=吉村浩子(薬剤師)、蓼沼隆人(慶応義塾普通部)、岩本優美(関東国際高校)
◆ 弁論の部
 高校生・一般部門1名、大学生部門4名と少数ではあったがレベルが高く接戦となった。徳久審査員は「テーマの設定があったので、似たものに片寄ったきらいはあるが、等身大の体験にひきつけた内容はよかった。もう少しユーモアを折り込んで会場の笑いを取るような生き生きとした発表で感動を与えるスピーチを目指してほしい」と講評した。
 都協会会長賞=藤田麻子(東京外国語大学)、北京市人民対外友好協会賞=永山聡士(東京工業大学大学院)、優秀賞=山中里奈(関東国際高校)。藤田さんと山中さんは08年1月13日の全国大会に東京代表で出場する。
地区協会だより
★温泉・梨狩り日帰りバスの旅(豊島区日中)
 豊島区日中恒例の友好バスハイクも11回を迎え、今年は「泡去夏天的疲労大家一起高興的摘梨子」―夏の疲れを癒し温泉たっぷり、梨狩り日帰りバスの旅―中伊豆を計画しました。
 9月9日(日)、2日前の関東直撃による台風で、梨狩りならぬ梨拾いになるかと心配しましたが、初秋の空の下52名(中国人18名)を乗せたバスは、池袋を出発、一路梨園へと向いました。車中では日本語、中国語でのユーモアあふれる自己紹介や、堀口会長を一番バッターに、次々とカラオケが飛び出すなごやかな雰囲気に。車窓より伊豆の嶺々を眺める内に、最初の目的地の梨園に到着。木洩れ日の中で狩る梨はとても甘く、仲良く語らいながら食べる光景が、あちらこちらで見られました(写真)。
 昼、主目的地のホテル、ワイナリーヒルでバイキングの昼食を取り、温泉へ移動。毎時2トンの湯量を誇り、「縄文之御神湯」とも呼ばれる中伊豆の歴史の香り漂う湯に心ゆくまで浸かりました。「日本人の温泉好きは有名。体験出来てうれしい」「来日以来、勉学、生活に追われ無我夢中だったが、日本人と一緒に湯に浸かり、文字通り裸の付き合いが出来、今までの疲れも吹っ飛んだ」…等々浴場に語らいの声が反響していた。
 池袋には夕方7時到着。車中回収したアンケートには感激と感謝・感謝の文字に、幹事の苦労も飛んでいったようです。(尾崎)
★国際交流のみこしを担ぐ(豊島区日中)
 豊島区日中が毎年9月、池袋西口駅前広場で催される「ふくろ祭り」に参加して今年で14回。NPO法人「国際交流のおみこしを担ぐ会」は、外国人と日本人が一緒になってみこしを担ぎ、日本の伝統文化に触れ同じ地域に暮らす住民として、お互い受け入れあう関係を育むことを目的に設立されたもので、富澤豊島区日中常務理事が会長として、運営指導に努めている。
 9月23日(日)、日本人76人、外国人9カ国59人(内中国人14人)の参加者は、富澤担ぐ会会長並びに堀口豊島区日中会長の挨拶のあと、おにぎりで元気をつけて西口駅前会場へ移動。午後6時、10基の町会みこしと共に、「国際交流みこし」が発進。国を越え若者が力を合わせて担ぐみこしは、観客の注目を浴びるとともに深い感動を与えた。特に今年は他のみこしと比べ、当会みこしが一番元気で若さ溢れるものであった。
 みこしを担ぎ終えた後、別会場で交流会が催された。料理はイスラム教、ヒンドウー教等々宗教の違いによるメニューを考慮しながら毎年、豊島区日中女性委員会が準備。自国以外の人とコミュニケーションができるよう、工夫を凝らしたゲームも楽しんだ。会場の壁には、本日の祭りのスナップ写真7百枚余りが飾られ購入希望者が相次いだ。午後9時、三本締めにて再会を誓い解散した。(尾崎)

豊島区国際交流のみこしを担ぐの様子

全盲の金メダリスト高橋勇市さん
★全盲の金メダリスト迎え講演会(北区日中)
 北区日中では去る9月12日、今年の日中文化スポーツ交流年にちなみ、北区在住の全盲のマラソンランナーでアテネパラリンピックの金メダリスト、高橋勇市さんを講師に迎え、「可能性への挑戦〜北京パラリンピックを目指して」と題し、講演会を開催した。
 大きなハンデを背負いながらも、夢に向かって努力する姿は、小中学校の道徳の教材にも取り上げられている。高橋さんは網膜色素変性症という難病により高校時代から視力が低下し、34才で完全に失明するまでの間、いじめや将来を悲観して、何度も自殺を考えたが、アトランタパラリンピックで全盲の日本人マラソンランナーが金メダルを獲得したニュースに刺激され、33才で本格的なマラソンを始め、2004年には2時間37分43秒の世界最高記録をマークしている。
 夢も希望も無く生活している頃は、自分を支えてくれる人は少なかったが、夢の実現に努力するようになると多くの人が支えてくれるようになり、「カメラの三脚も2本足では立てないように多くの人達からの支え足という3本目の太い足のお陰で、今の自分がある」との思いから、アテネパラリンピックでは「自分のための金メダル獲得」ではなく、日本代表として自分を支えてくれた多くの人達のために「センターポールに日の丸を揚げる」ことを目標にしたとのこと。
 来年の北京パラリンピックでの二連覇に向けて淡々とその思いを語った高橋さんに激励の大きな拍手が送られた。なお、高橋さんは10月の北京国際マラソンに来年の試走をかねて出場した。(丸山)
★満面の笑みで留学生応援会(八王子市日中)
 八王子日中はNPO法人宋慶齢基金会日中共同プロジェクト委員会と共同主催で、「第一回留学生応援会」を9月30日(日)、八王子市子安市民センターで開催しました。
 親元を離れ、他国で勉学に励んでいる留学生に、ひと時のねぎらいと交流の場をと、いうことで呼びかけたところ、八王子市内の各大学から20人余りの留学生が参加。日本人学生、一般応募者など総勢50名(学生は無料)が集まり、八王子日中の夏会長指導で、手作り餃子(キャベツ、セロリ、ニラ)と、トマトと玉子の炒めに挑戦。皮作りは、矢張りそこは中国の留学生、手際よく作っていました。
 そのほかテーブルには宋慶齢基金会の方が用意した、おにぎり、サラダなど盛り沢山の食事に留学生の満面の笑み。一人一人の自己紹介や二胡の演奏、合唱等、お昼から始まった会は、外が真っ暗になるまで続きました。最後に日用品、文房具等大勢の善意の品を福引でプレゼント。留学生の皆さんも、日中友好の為に活動している我々の姿を見て、自分達も出来る事をやりたいと話してくれました。
 楽しく出会い、にぎやかに食し、語り合った会、今後はもっと大きな輪になっていくことでしょう!(鈴木直美)
★功夫茶交流会で文化を楽しむ(八王子市日中)
 11月4日、八王子市日中主催で中国功夫茶交流会が開催されました。会場となった「晶山茶葉店」は、今回の講師も務める大塚会員のお店です。店内には各種茶葉が陳列されており、普段は中国茶フリークの方々が飲みに訪れているとのこと。今回は2回目で、都日中から松井副理事長はじめ3名の方に遠方よりご参加いただきました。参加者は19名。この会の特色は、中国茶の基本作法が実演により学べ、淹れたてのお茶を飲みながら、中国文化などの話を楽しめる点です。さらに中国人点心師が作った茶菓子もいただけます。今回のメニューはウーロン茶2種と中国焼き菓子。参加者は、ウーロン茶の淹れ方次第で各様の味が楽しめることに感心しきりでした。    
 八王子市日中では、定番の中国料理交流会、中国語教室、太極拳講習会のほか、ビーズ作りの会、歌を愉しむ中国語などを開催しており、今回はこれまでに無い新しい企画で、中国文化に触れていただこうとしたもの。今後は中国人の参加も積極的に呼びかけ、民間交流の友好を深める場の提供に努めていきたいと考えております。(会長・夏躍芳) 
★中野まつりで水餃子を完売(中野区日中)
 今年32回目を迎える中野まつり(10月6〜7日)。中野日中は今回も北口広場の模擬店コーナーに水餃子の店舗を出しました。餃子は、前日、有志の女性たちが区の施設を借りて「具作り」から始めます。何といっても、中身も皮も、すべて人の手によるというところが自慢の水餃子です。
 中国では餃子の起源は古く、旧正月を祝うのにかかせない一品。中野日中の水餃子は、中国から日本にいらした方に教わったもの。心も身体もぽかぽかになるアツアツの餃子は、寒い季節のなくてはならない惣菜として、家族が総出で連綿と作り続けてきたのでしょう。中野まつりは、今年も賑やかに楽しく水餃子も完売し終了しました。謝謝!(鈴木光子)
★70人で足利への交流バスハイク(葛飾区日中)
 11月3日(祭)毎年恒例の葛飾区日中主催による『会員と在区中国人との交流バスハイク』が開催されました。今年も「葛飾区のお知らせ」で広く呼びかけ、申し込みが殺到、事務局では、在区中国人と会員のバランスを考慮して、70名の参加となりました。
 バス2台に分乗し、葛飾区役所を午前8時30分に出発、目的地である栃木県足利へ向かいました。車中では流暢な中国語・日本語での自己紹介を皮切りに交流を図り、足利フラワーパークに到着。園内をむらさき一色に染め上げた2万株のアメジストセージを始め、多彩に優雅に咲き競う大輪のスイレンを鑑賞。その後、冠稲荷神社の豊かな自然に包まれた記念館で昼食をとりました。
 玉砂利の敷設を徒歩で神社に参拝、「巫女舞」の『浦安の舞い』を鑑賞。さらには、「梨狩り」と、秋の味覚に参加者同士の交流がさらに深まり、仲良くおしゃべりをする光景が、あちらこちらで目に映りました。
 最後は、佐野市観光物産会館にて佐野名物のお買い物。それぞれがお土産を抱え、思い出も充実したところで帰路につき、車中でカラオケ・ゲームを楽しみ、来年の再会を約束し、解散しました。(清水)
★渋谷フェスタで中国物産販売(渋谷区日中)
 11月3・4日に開催された第30回「ふるさと渋谷フェスティバル」に渋谷区日中も参加、天津甘栗や紹興酒など今年も中国物産販売を行った。好天に恵まれとりわけジュースが飛ぶように売れた。毎年百万人の人出と言われるが、今年はそれを超えた模様。4日には来日中の張賽娜北京市対友協副会長と馬恵麗さんが顔を見せ、桑原渋谷区長とも歓談した。
 渋谷区日中のテントに立ち寄られた方々には、都日中の新聞を渡したり、「日本と中国・音楽の夕べ」のチケットも販売、入会者も得た。野外ステージでは区日中の会員が太極拳や踊りを披露、盛大な拍手を浴びていた。
 今年は連休の上、天候にも恵まれて、文字通り「日日是好日(天天是好天)」のフェスタとなった。
 売上金の一部は渋谷区日中に還元され、フェティバル実行委員会と日中の活動費となる。(渡辺)
2007年9月25日号
三言両語
先般の参院選で残念だったのは、外交が論戦にならなかったことだ。外交は票にならないというのは時代遅れ、このグローバル化の中で日本が問われているのは明確な外交戦略だ▼小泉時代に破壊されたアジア外交、その中心は対中外交だ。安部総理は対中改善の道を選択したが、賢明な決断だった。双方で確認しあった「戦略的互恵関係」実現には双方官民の努力が必要だ▼一つ気がかりなのは政府・自民党の一部で叫ばれている「価値観外交」。価値観を同じくする国が結束して安保、経済などに対処するということ。具体的には、日米豪印の結束を想定しているらしい。この考え方は冷戦期のイデオロギー外交に通じないか。日増しに存在感を増す中国に対抗するためという考え方が見え隠れする。であるなら時代錯誤であり、日中「戦略的互恵関係」と矛盾する▼グローバル化はイデオロギー優先的思考を吹き飛ばした。現代は文化や政治体制の違う国々がどう共存するかを模索する時代だ。二期目を迎える胡錦濤体制は更なる脱イデオロギーを目指している。あまり固定的観念で中国を見ないほうがよい▼近いといわれる総選挙は正真正銘の政権選択選挙だ。格差や年金問題はもちろん重要だが、各政党は日本の国家戦略、アジアと中国外交を明確に示して、国民の前で堂々と論戦して欲しい
 北京市人民対外友好協会の張賽娜副会長を団長に2007年北京市青少年キャラバン訪日代表団が7月17日から23日まで来日した。日中国交正常化35周年を記念して今年は北京市西城区、東城区、崇文区、平谷区、昌平区、海淀区から団員62人、引率16人の大型団となった。
 今年の学校交流は、7月19日午後、北区にある都立飛鳥高校で行われた。高野校長は93年に洋上セミナーで中国を訪問、北京で66中を訪問したことを紹介し、「短時間ですが、日本の高校生の学校生活を体験し楽しい時間を過ごしてください」と歓迎の挨拶を述べた。このあと中国語や英語の堪能な9人のボランティア生徒の案内で校内を見学、2時15分から6校時の授業に参加した。
 飛鳥高校は、高校ではめずらしい単位制をとっており、「書道」「被服」「劇表現」「生活園芸」「茶道」「介護福祉」「ディスカッション」「ビジュアルリスニング」「化学(実験)」「英語」と授業内容も非常に多彩。「介護福祉」の授業では、目隠しをして歩いたり、手足に錘をつけて実際に障害を持っている人の動きを体験。「生活園芸」では生徒たちが育てたナス、トマト、キュウリ、インゲンなどを一緒に収穫した。ボランティア生徒の助けを借りながらもすぐに溶け込み、初めての体験に眼を輝かせていた。
 授業のあとは、部活に参加。飛鳥高校の女子サッカーは全国大会出場の実力の持ち主とあって、参加した中国の男子もゴールを狙って真剣そのもの。ラクロスでは「レッツプレイ」と、誘われて初めてステッィクを手にとり見よう見まねで取り組む姿も。剣道や吹奏楽、陶芸など、部活の時間もあっという間にすぎて、会議室に戻り、生徒会主催の歓迎交流会に参加した。内田翔子さんの挨拶、中国語での学校生活紹介、剣道の型の披露、プレゼントなど多彩なプログラムに「ジャパニーズスチューデント サンキュー」の声も。蔡家明君が「同じ年の友人と顔を合わせてコミュニケーションできたことがとてもうれしい。皆さんの友情に感謝します」とお礼を述べた。「日本の任天堂のゲームボーイやソニーのPSP、ドラえもんの漫画やアニメは中国の子供たちにもとても人気です」と話すと親しみのこもった笑いが起きた。
 時間をオーバーしてバスに乗り込んだ生徒たちは「みんな親切で楽しかった」「授業も部活も中国ではできない体験ができた」と述べた。
 この日の夜は、東京都庁のレストラン西洋フードで、都協会主催歓迎会が行われた。
 中国大使館の孫美嬌参事官、大塩晃雄目黒区教育長、二ノ宮啓吉目黒区議連会長、沼口昌弘中野区副区長、神山好市中野区国際交流協会会長、山内一正渋谷区長はじめ各区幹部、都協会役員、会員、キャラバンOBら日中合わせて180人が参加した。
 貫洞会長の歓迎挨拶に続いて、中国大使館の孫美嬌参事官が「多くの困難を克服して88年からキャラバンを継続、両国の若者世代の相互理解に多大な貢献をされた」と都協会に謝意を表するともに「若者は中日友好の希望」と団員を激励した。張賽娜団長の合図で団員たちが「こんにちは!」と声をそろえて挨拶、大きな拍手が起きた。
 会場ではキャラバンOBが用意した遊びや女性委員会の浴衣の着付けに行列ができ、あちこちで記念写真を撮る姿が見られた。
 会には昨年北京宣武区を訪問した赤羽中学OB6人が参加、古賀正男メロディーの編曲で軽快に大江戸舞ダンスを披露、終わると団員たちが駆け寄った。自作のロック演奏や踊り、ビートルズの歌や、フルートをバックに浴衣姿で書道を披露するなど、楽しい交流が続いた。OBも加わって、歌い継がれてきた「キャラバン歌」を合唱、第2期生(90年)の田部道則さんが、「滞在中、今の日本を良く見て、いろいろな体験をしてください」と話し、閉会となった。
 一行は、17日の到着以来、お台場や浅草、東京ディズニーランドなど都内参観のあと、20日から箱根、京都、大阪を参観。三島ー京都間は新幹線も体験した。河口湖では温泉に入り、団員が一同に会して、出し物を披露する大交流会を楽しんだ。京都では滞在中に誕生日を迎えた張啓睿くんと?経緯さんを祝ってケーキとプレゼントが渡される一幕も。
 添乗の野々宮さんが「来る前と日本の印象は変わりましたか?」と問いかけると、「変わった」「日本人は友好的」「温かく迎えてもらった」と口々に感想を述べた。
 23日、関空から全員元気に帰国した。
◆第23回「日本と中国・音楽の夕べ」
 都協会では、日中国交正常化35周年の文化交流の締めくくりとして、第23回「日本と中国・音楽の夕べ」を11月20日夜、重要文化財の自由学園・明日館を舞台に開催する。
 元東京都交響楽団第一ヴァイオリン主席奏者・奥田雅代と仲間たちの「アンサンブル・メッツ」が出演。
 第一部は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロそれぞれのパートとピアノの競演による弦楽の調べ。「愛のあいさつ」(エルガー)、「白鳥」(サンサーンス)などおなじみの曲目で始まる。
 第二部では中国琵琶をバックに「静夜思」「峨嵋山月夜」(李白)「登高」(杜甫)など晩秋にふさわしい漢詩五題を漢詩朗誦の第一人者・金中さんが吟じる。
 第三部は再びアンサンブル・メッツが登場。室内楽の名曲と懐かしい映画音楽、日本の秋メドレーなど。楽しいトークを交えてクラシックに親しみ楽しんでいただくプログラムを用意している。
日時 11月20日(火)19時開演
会場 自由学園・明日館(JR池袋駅メトロポリタン6分・目白駅7分)
入場料 前売り3千円(当日3千5百円)全席自由
◆第10回東京都日中友好囲碁大会
 囲碁を通じて日中両国の相互交流と友好を図ることを目的として開催してきた東京都日中友好囲碁大会は、今年第10回を迎える。対局を通じての楽しく有意義な一日に、今年も大勢の参加を呼びかけている。
日時 11月17日(土)
会場 日本棋院3階(JR・地下鉄市ヶ谷駅5分)
参加費 1チーム1万円(1チーム3名団体戦)
※一人での参加も可能(3500円)・チーム編成は事務局が行いますので、段級位明記の上、お申し込みください。
クラス S(主催者選抜)、A(3段以上)、B(初段〜2段)、C(級位者)
賞状・賞品 各クラス3位まで。特別賞として、東京都知事賞、北京市人民対外友好協会会長賞等。
締切り/10月29日(月)4クラス54チーム162名定員になり次第締め切ります。 
北京市囲碁訪日団来日予定。
地区協会だより
八王子市日中友好協会は、7月1日に八王子労政会館に於いて、東京都日中友好協会の古島理事長、宋慶齢基金会の久保田代表理事を来賓にお迎えし、第二回定期総会を開催しました。
 はじめに夏会長より「発足から一年。多くの方々のご支援に支えられ、会員の皆様の多大なご協力により、実績を積み重ねることができました。今後も地域に根ざした、日中のより良い発展に寄与できる活動に努めたい」と、日中交流の推進と組織基盤の強化の年度方針が示されました。次いで議事に入り、今年度の事業計画と予算が満場一致で承認されました。
 総会に続いての懇親会では、参加会員のユニークな自己紹介に始まり、会員による「二胡演奏」「太極拳の模範演技」に及び、最後は、二胡の伴奏に合わせて中国語で「月亮代表我的心」などをみんなで歌い、和やかな会員相互の交流の一時を過ごしました。
 八王子市日中では、@「中国語初歩日常会話」(10月〜)A留学生応援会(9月30日)、B中国功夫茶講習会(11月4日)はじめ幅広い活動を計画しています。   (宮内紀子)
北区では、8月19日から22日まで、花川與惣太区長を団長とする青少年スポーツ交流団を姉妹区の北京市宣武区に派遣した。一昨年は少年サッカーチーム、昨年は中学生のダンスチームを派遣しているが、今年は赤羽少年野球連盟選抜の5、6年生14名と連盟役員4名に北区日中の丸山隆司事務局長(赤羽連盟理事)が同行した。
 2日目に宣武区人民政府を表敬訪問し、王剛区長はじめ宣武区幹部の熱烈歓迎を受けて子供達は緊張の様子だったが、翌日午前の北京育才学校との親善試合と午後の交流会では、元気に活躍した。試合は、中学生と見まがうほどの宣武区チームを相手に16対9で勝利。交流会では、中国語の歌と日本のアニメソングを披露すると、育才学校の生徒が歌に合わせて楽器の生演奏をしてくれるなど、微笑ましい交流会となった。 
 公式行事の他に万里の長城や天安門、故宮などの世界遺産の見学もあり、心配された北京の夏の暑さも日本の異常な暑さを経験済みのため、さほど苦にならず、また、赤羽連盟丸山典義名誉会長(北区日中副会長)贈呈のお揃いの青のTシャツがよく目立って迷子の心配もなく無事行程をこなすことができた。子供達から「もう1泊したい」との声も聞かれるなど、今回の青少年交流は大きな成果を収めることが出来た。
 なお、北区日中では、9月12日に来年の北京パラリンピックで2連覇を目指す全盲のマラソンランナー橋勇市氏(北区在住)を招き、「可能性への挑戦」と題する講演会を開催した。
◆広がる太極柔力球
日本太極柔力球協会では、9月13日から毎週木曜午前、初心者のための講座を開催中。8月のアサヒタウンズで紹介され、会場の調布市を中心に大きな反響が寄せられた。
 また9月29日(土)午前の日本テレビ「ぶらり途中下車の旅」(丸の内線沿線)での放映も予定している。
 同協会では、昨年6月の北京国際大会に次いで12月9日(日)に「第2回国際太極柔力球交流大会inとうきょう」を開催する。この大会には、日本各地のほか、中国から天津、山東、雲南チームなどが出場の名乗りをあげている。
 国際大会にあわせて、創始者の白榕氏はじめ王学軍、李維建講師など指導者を招いて、普及講習会を開催する。
◆第7回太極柔力球普及講習会 
日時/07年12月8日(土)午後
A(初心者)・B(初級者・経験者)・
C(初級普及指導員)の3コース
参加費/各コースとも一般3千5百円(柔力球協会会員3千円)
募集人員/80名
会場/味の素スタジアム内・東京都教育庁調布庁舎体育館(京王線「飛田給」下車徒歩約15分)
 国際大会、各種講座、入門ビデオ教材など詳細は、日本太極柔力球協会へ
民間交流の扉
アジア人の感覚      
 山が好きで、初めて中国・四川省の雪宝頂(5588m)に登ったのが1990年。成都から2泊して、ベースキャンプに向かう途中、ヤク牛8頭を雇い、野菜や肉を買うのですが、そのとき、「言葉ができたらなぁ」と強烈に思ったのが、ニイハオもシエシエも知らなかった私が中国語を学ぶきっかけでした。
 数年前、武漢の華中師範大に留学、欧米、アフリカ、アジア諸国の若者と学習を共にして、アジア人には、アジア人特有の感覚があることに気付きました。授業以外にも先生宅での餃子作りや、韓国学生が招くお別れ会など、人と人との関係にお節介な位、アジア系の人は気を遣います。よくお喋りをした守衛さんから「メシ喰ったか?」の挨拶を受け、嬉しくもなりました。
 一人旅では、中国のどんな田舎へ行っても、私のつたない中国語を見下すことなく聴き案内してもらいました。ある田舎町でのこと。「貴方は日本人で中国語を話すが、戦争の時にこの薊県にまで来たのか?」若者は、日中戦争が昨日の出来事の様に話すのです。あの当時の大日本帝国が、中国人や韓国人を侮蔑し、強力な軍事力で威嚇し、終には両国に踏み込んだ事実、日本国内でも、私の姓(金山)まで軽蔑された事を思うにつけ、若者の言葉も無理はないと思いました。
 昨年、都日中訪中団の一員として、斉国?博、曲阜三孔を訪問しました。孔子廟で心をよぎったのは、儒教、仏教、漢字を共有する文化圏と、キリスト教を基盤とする欧米文化との差異です。1945年8月、神風も吹く事なく、帝国主義は崩壊。新憲法は主権在民、自由平等、個人の尊厳等々を明記しましたが、これらはキリスト教の思想を下敷きにしているはずです。見逃せないのは「神の下に」という言葉が欠落しており、今は無法も自由の範疇に入り、礼儀は消滅したのか、乾燥した日本の姿です。孔子様の考えも聞きたくなりました。
 『上下五千年』の歴史を持つ中国!私はNHKラジオ中国語会話を聞くのが日課となり、日中両国の平和と友誼を目的とする市民交流に参加する度に、様々な感慨にとらわれます。(直属会員・金山久夫)
◆第34回中国語夏期スクーリング(発音・初級会話・中級会話を実践学習)
 8月26日、千代田区神田のちよだプラットフォームスクウェアを会場に、第34回日中友好中国語夏期スクーリングが開かれた。
 開講クラスは@発音(島村泰子・許堅講師)A初級会話(閻瑜講師)B中級会話(盧思講師)の三クラス。発音クラスは声調とピンインをしっかり学んだ後、漢詩を題材に発音の徹底練習。島村、許両先生の鋭い眼差しと厳格な耳とで受講生の発音をチェック。「口はやや横に開いて」「そこは第三声!」等、厳しくもユーモアのある指導で発音の総点検がなされた。初級会話クラスは「自己紹介のレベルアップ」がテーマ。授業は、大半が、先生の質問に受講生が答える〈問答形式〉で、「家族」「仕事」「私と中国語」など六つのテーマについての答えを一つ一つ並べていけば最終的に各人の自己紹介になっている、という授業の組み立てで、会話力アップの要素もふんだんに盛り込んだ中身の濃い授業となった。中級会話クラスは、午前中が自己紹介、午後が三人一組の実践会話。話し手の話のポイントを聞き逃さないこと、学習したばかりの構文をうまく会話に応用して身につけることの大切さを学習した。
 今回初めてスクーリング(初級会話)に参加した小川道子さんは「池袋教室で四ヶ月、他にNHKラジオで学習しています。今回のような会話形式の学習は初めてで、ラジオ講座で覚えたフレーズも使ってみました。とにかく楽しかった。またぜひ参加したい。」と話していた。
 猛暑の中、正に熱気に包まれた中国語の一日となった(発音17名、初級13名、中級21名)。
◆美人菩薩像に感動(北京と敦煌・蘭州の旅)
 8月12日から19日まで水島豊団長以下一行21名は、東京都日中友好協会の訪中団で北京と敦煌・蘭州を訪ねました。
 北京市では、来年のオリンピックまで1年を切り、道路、街づくり整備が急ピッチで進められています。車窓からオリンピック主競技場の通称「鳥の巣」や水泳会場の「水立法」を見学、内装を24時間突貫工事で進めているとの話でした。
 2日目夜は、北京市対友協主催の歓