日本と中国・東京版ダイジェストのページ
このページでは、機関紙「日本と中国」東京版(奇数月発行)のダイジェストを紹介しています。
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2009年6月5日号
6月27日(土)第9回総会に向けて 
第18回理事会、第10回常務理事会を開催
  都日中は3月25日夜、千代田区の万世橋区民会館で第18回理事会(第9回常務理事会合同)を開催した。議長に高野勇一常務理事を選出、出席は委任状を含めて64人。
 議題は、第9回通常総会と09年度の主要活動事業について。総会は6月27日に日本青年館で開催し、終了後に祝賀レセプションを行うことを決定。また5月20日の東京―北京友好都市提携30周年祝賀行事に関して早急にプロジェクトチームを編成して検討に入ることを決めた。
 続いて09年度の予算案の提案があった。08年度が約130万円の赤字決算となる見通しと、会員数が千人切ったことから、牧田総務担当副会長は、「非常に厳しい環境ではありますが、1年の活動を通して赤字を消していく決意のもと、知恵を寄せ活動の中で会員を増やすことを真剣に考えていきたい」と訴えた。関連して意見や質問が出され、予算案は拍手で承認された。
 5月18日夜に新宿の工学院大学孔子学院会議室で行われた第10回常務理事会では、東京―北京30周年祝賀行事の経過報告が行われた。第9回通常総会に関しては、定款改正検討委員会の発足が決定した。このほか、八王子における2つの組織の問題についてこれまでの経緯が説明された。

■ 北京市囲碁愛好者訪日
団新型インフルで来日延期
 北京市対友協派遣の囲碁愛好者訪日団が新型インフルエンザの影響で、急遽来日が延期された。このことを受け、5月23日予定の第12回東京都日中友好囲碁大会は延期となった。
 北京から170人を迎えて
 東京ー北京 友好都市提携30年 を盛大に祝う
 都日中・北京市対友協が主催
 東京・北京が友好都市提携をして30周年の節目を記念する祝賀会が、都日中と北京市人民対外友好協会の主催で、5月20日代々木のオリンピック記念青少年総合センターレセプションホールを会場に開催された(東京都、北京市、中国大使館が後援)。
 北京からは北京市対友協の趙家騏会長を団長とする代表団、北京市人民政府外事弁公室の高雲超副処長、それに東城区、西城区、崇文区、宣武区、朝陽区、海淀区、豊台区、石景山区、昌平区の代表団がぞくぞくと到着、中国大使館を加えて中国側参加者の合計は170人になった。
 一方日本側は、東京都の谷川健次副知事のほか、都議会の代表や北京市に友好区関係をもつ都内各区の区長および行政・議会関係者などの来賓が加わり、東京都日中の会員や通訳等を合わせると2百人、総計で370人を超えた。
 式典の皮切りは貫洞哲夫東京都日中会長、趙家騏北京市対友協会長がそれぞれ主催者を代表して挨拶した。貫洞会長は、友好関係にとって「草の根の民間の努力が重要」なことをあらためて指摘した。また趙家騏会長は東京都日中の長年の努力に謝意を表した。谷川副知事は、北京市との近年の関係がいまや環境や水など共通の課題解決に取り組む間柄であることを強調された。続いて中国大使館の張成慶参事官、東京都議会の石井義修副議長が祝辞を述べた。
 壇上に並んだ日中双方の来賓の紹介に続いて、乾杯の挨拶は、松原忠義大田区長が発声した。
 面積560uという広いレセプションホールは、30年間の国際交流の多彩な思い出に彩られ、西城区金融街金旋民楽隊のバンド演奏が会場の雰囲気を盛り上げて、全体が巨大な友好の気風にみたされていた。会には東京都のOBも多数参加、会場のあちこちで写真を撮り旧交を温める姿が見られた。東京・北京という二つの首都にまつわる歴史を見つめてきた高橋一郎氏、小倉基氏ら都議会議長経験者、野村ユ市元副知事も出席、30年の思い出を懐かしく振り返っていた。
 第二部の出し物は、サウンドアンビション合唱団の合唱「こんにちは はじめまして」で幕があいた。
 中国側からは、それぞれの区を代表して、歌舞音曲の名手がつぎつぎと演技を披露した。文字どおりクジャクが舞う「孔雀のこころ」 (崇文区)、中国お家芸の柔術カップル「柔情似水」(宣武区)、蒙古舞踊「草原夜色美」(海淀区)、女子三重唱(宣武・海淀・石景山区)、ラストは人間国宝級の昆曲「牡丹亭」(宣武区)などの名優による熟達の演技が会場を魅了した。民族楽器が、「幸せなら手をたたこう」を奏でると、ステージと一体となって会場に大きな歌声が響いた。
 ホール待合室では、朝陽区書画交流団の団員が実演制作していた剪紙、書道、水墨画が完成して、それぞれが作品を持って舞台に登壇披露した。
 出し物の取りは日本側から文京区「湯島天神白梅太鼓」。若い力のみなぎる太鼓が、会場のすみずみまで雄渾華麗な音を響き渡らせて見事な締め括りとなった。
 閉会にあたり西園寺一晃副会長は、東京と北京の団結・協力が、両国関係の基礎であると結んだ。
北京市対友協代表団と理事懇談会開く
 祝賀会に先立って北京市対友協の趙家騏会長一行は、オリンピックセンター第一ミーティングルームで、都日中の役員・理事との初顔合わせを行う懇談会に出席、都日中側は貫洞会長はじめ30余人が出席した。
 出席者の紹介のあと懇談に入り、趙会長が17年前、青年代表団員として来日して以来の東京の印象を語り、張賽娜副会長は「30年前に新人として仕事をしたときからの大勢の古い友人に会い感無量。友好の道は行政と民間の二本足で歩かなければなりません。相互理解の不足と誤解は私たちの活動で解決することができます」と民間交流の重要性を改めて訴えた。貫洞会長は、「若干の障害はありますが、議会を含め都政全体は日中友好で進んでおり、私は、将来は明るいと思っています」と語った。
 出席の役員から交流の経験や抱負についての発言が続き、短時間だったが、新会長と親しく懇談する良い機会となった。
三言両語  
 G7 からG20へ、そして徐々にG2に収斂されてゆくという見方が有力だ。中国の存在感をもはや誰も否定できない。日本は一方で外交、安保で米国と密接の関係にあり、もう一方で経済関係における日中関係は日米関係を超えつつある。米中関係も緊密度を増している
▼新たな情勢の中で、日本は対米関係、対中関係をどう構築、調整してゆくのか。日本はどのような日米中関係を目指すのか。これは21世紀における、日本の最大の課題だ。ところが、政権交代が成るかどうかという重要な時期に、こういう議論は一向に起こってこない
▼政権を守りたい自民党、政権の座に就きたい民主党。であるならば、両党はこれからの日本のあるべき姿、望ましい日米中関係を明確に示すべきだ。世界のグローバル化が進み、冷戦崩壊後の新しい秩序が模索されている今こそ、G2時代の幕開けを見据えた戦略的議論が不可欠だ
▼一国主義はありえないし、二国主義もすでに時代遅れかもしれない。いま求められているのは地域協力であり、多国間協力である。今回の世界同時金融危機はこのことを証明した
▼日中両国が緊密に協力し中核となれば、東アジアの地域協力は進み、東アジア共同体も夢ではなくなる。これは日中を含む、アジアの平和安定、成長繁栄の唯一の道だ。政治家よ、しっかりせよ
2009年度 活動事業計画案
 この活動事業計画(草案)は、6月20日の第19回理事会で討議をし、総会議案として決定します。十分ご検討のうえ、ご意見ご要望をお寄せください。
 はじめに
サブプライムローン問題に端を発した、アメリカ発金融危機はあっという間に世界中に飛び火し、世界経済は100年来と言われる危機に見舞われました。当然日中両国も荒波の中に投げ出されましたが、各国はこの中で大きなことを学びました。それは、今日のグローバル化した世界では、政治、経済、文化、安全保障などは往々にして国際性を帯び、どの問題一つ取っても、一国主義では問題を解決できず、地域、あるいは多国間で一致協力して対処しなければならないということです。その意味で特に意義深かったのは、昨年12月福岡で開かれた第1回日中韓サミットでしょう。アジアのリーダー的存在ともいうべき3国が、連携を強化し、多面的協力をしてゆくことが約束されました。
 それにしても、今回ますます顕著になったのは、中国の存在感でした。今日の世界では、多くの問題を中国抜きには解決できません。特に日本は中国と真の「戦略的互恵」構築なくして、平和と繁栄の未来はないといえましょう。
 ところが、日本の現実は必ずしも楽観できません。日中の政治関係は正常化し、経済関係は発展を続けていますが、国民の対中国感情はいまだ好転の軌道に乗っていません。昨年末の内閣府の外交世論調査では、「中国に親しみを感じない」、「日中関係は良くないと思う」が、70年代末に統計を取り始めて以来最悪の数字となりました。
 今年は東京―北京友好都市提携30周年の記念すべき年にあたります。友好都市交流は行政と民間があい補い合って進めるのが望ましい姿ですが、ここ数年来、行政間の交流は残念ながら後退しました。しかし喜ばしい変化もあります。都知事が北京五輪開幕式に参加した折、両都市が環境分野で新たな協力文書に調印したことです。
 私たちの努力と活動は、これらの現実から出発し、他分野、他団体との協力を強化し、創意工夫しながら進めなければなりません。世界が大きく協調と協力の方向に動く中、会員が「日本の明るい将来にとって、日中友好は不可欠」、「日中両国民間の相互理解なくして、真の友好はない」という信念と志を再確認することが必要です。
 わが協会は、以上の認識の下に、次の活動・事業を進めてまいります。
 事業計画 
1、組織活動
今年は東京―北京友好姉妹都市提携30周年、新中国建国60周年、来年は日中友好協会結成60周年という大きな節目の年を迎えます。そのことをふまえ、将来性の展望できる組織に強化・確立するために、次の4点を基本指針とします。
@ 老・壮・青それぞれの経験と特徴を活かし、創造力あふれる楽しい活動に取り組むことによって、協会活動の基礎組織である地区協会の拡充に努めます。
A昨年は日野市日中友好協会が結成され、多摩地区の大きな力となりました。中央区日中友好協会も結成準備を進めています。地区協会の空白地域を無くすために、引き続き努力します。
A 各地区協会は、東部、西南部、北部、多摩地区のブロックに属しています。ブロックごとに協力して活動の増進をはかります。
B 各地区協会は、草の根の民間交流であることを認識し、行政自治体や各市区各界との連携に努めます。
 これらの基本方針をふまえて、次の具体的な行動に取り組みます。
(ア) 地区協会会員および直属会員の増加拡大のために、多様多彩な活動に取り組みます。
(イ) 各地区協会は、それぞれ会員増大の目標を設定して、その達成に努力します。
(ウ) キャラバンOBはじめ若い人の意見を取り入れ、創意工夫に富んだ活動を提起し、次世代の担い手の確保に努めます。
(エ) 各地区協会は、都協会が主催する事業の成功のために努力し、地区協会の会員と直属会員がともに参加する機会を設けて、友好活動の広がりを計ります。
(オ) 在日中国人との楽しい交流で、相互理解と友情を育みます。
2、財政の健全化
 財政については、毎年危機的な状態が続いてきましたが、会員の皆さんのご支援のお陰でなんとか乗り切って参りました。
 これまで日中関係をめぐる不幸な影響もあり、会員の増強や訪中団などの交流活動にも支障が出ておりました。さらに100年に一度といわれる世界的規模の不景気風が吹き荒れて、NPO法人のような団体の財政は、決定的な打撃を受けるに違いありません。
 しかしながら、私たちが目指している日中友好・交流活動は、いかなる困難をも克服していかなければなりません。組織をあげて一層の努力を積み重ね、今日まで取り組んできた会員増強、交流事業の拡大強化によって、財政の健全化を実現したいと思います。
3、記念事業プロジェクト
 従来、東京都日中の事務や事業については、事務局および専門の委員会によって計画、執行してきましたが、協会を取り巻く環境も変化し、それに対応するためには、従来のやり方だけでなく、新しい方策が必要となってきました。
 5月に取り組んだ東京―北京友好都市提携30周年記念事業は、実施する規模や対象が広範囲であり、会場や予算などについて、準備の段階から多くの会員の皆さんにアイデアや、実質的な参加をお願いする「プロジェクト」方式を試行することとしました。
 祝賀レセプションをはじめとするこれらの事業は、北京市対友協および友好区関係や、東京都および各区の行政の協力も得て、大成功のうちに挙行することができました。このプロジェクトに関わった人数は、合計で55人におよびました。
 11月7日には、工学院大学孔子学院との共催による中国建国60周年記念音楽会を同学院ホールで行います。その成功のために、プロジェクト方式の経験を生かして取り組みます。
4、総合企画委員会の活動
 昨年は中国百年の夢≠ニいわれた北京オリンピックの成功を願って、当協会が、日本と中国の青年を中心に実行委員会をたちあげ「北京オリンピック8・8フェスタ」を開催しました。その成功のもとは、多くの人に呼びかけた数回にわたる実行委員会の実施にあったといえます。そうした実行委員会方式による活動で友好運動を広めていきます。
 現在、金融危機の中で、世界各国が企業倒産や失業など厳しい状況となっています。すでにアメリカドルは、世界経済を救う牽引役となるのはなかなか困難な状況となってきました。現在の世界金融危機を乗り越えるきっかけになるのは中国の経済発展といえます。
 そこで総合企画委員会では、中小企業を含め、技術力のある日本企業や中国の人的力などを結びつける役割を果たしていこうと思います。手始めに日中間の人的交流を進める活動を行い、日本企業や専門学校・大学などに呼びかけて、日中関係シンポジウムの開催を目指します。そのために、実行委員会を組織して、情報収集や参加者の意見集約をしながらシンポジウムに向けての準備を進めてまいります。
5、青少年交流
@北京市青少年キャラバン訪日団
 東京―北京30周年の今年、北京市人民対外友好協会では、7月15日から7日間、40人の北京市青少年キャラバン訪日団を派遣します。東京での実施が10回目となりますが、今年も東京都の協力で都立高校での学生交流と、7月16日夜に都協会主催歓迎会を予定しています。次代の日中友好を担う若い人たちの育成を願って、この事業の継続と成功のため協会あげて取り組みます。
 6、訪中団の派遣
身近に経済不安を覚える難しい環境のなかで、東京―北京友好都市提携30周年記念の年にふさわしく多くの笑顔の交流が中国各地で見られるように、都日中の交流活動事業の柱のひとつである訪中団派遣に、努力します。
(1)「2009年市民交流訪中団」(10月30日〜11月5日)
 東京―北京友好都市提携30周年を祝賀して北京での市民交流行事と交流晩餐会を催します。
@北京―南昌―九江―上海(6泊7日)A北京―承徳(4泊5日)B北京―天津(3泊4日)
(2)会員訪中団ほか
 この春、新型インフルエンザの発生には不安と衝撃が走りましたが、訪中企画は変わりなく推進します。
@中国国際民族器楽芸術祭参加訪中団(7月18日〜21日・北京)
Aチベット天空列車の旅(8月16日〜23日・成都―ラサー(青蔵鉄道)―西寧―上海)
B西安交通大学で学ぶ中国語短期留学(8月24日〜30日・西安)
C第13次渋谷区民代表訪中団―新三峡下りの旅(9月18日〜24日・北京―重慶―三峡下りー武漢―上海)
D見に行く会いに行く中国の旅(10月13日〜18日・北京―曲阜―青島)
7、訪日団の受け入れ
 都協会は、北京市人民対外友好協会はじめ中国の関係機関が派遣する訪日団の受け入れを通して、中国の人々に日本への理解を深めてもらうとともに、会員はもとより、広汎な市民に友好交流の輪を広めることをめざします。
@上海万博実務交流団 
(4月24日・墨田区役所訪問)*隅田川花火大会開催時の行政支援を学ぶ
A北京市対友協代表団(5月19日〜24日・団長趙家騏会長6人)*東京―北京30周年祝賀行事出席
B北京市囲碁愛好者訪日団(*5月来日延期)
C北京市農業視察団(7月)
D北京民間文芸家協会訪日団(秋予定)
 8、文化委員会の活動
活発な文化活動・文化交流が日中両国民の相互理解を確固たるものにするという確信のもとに「日本と中国・音楽の夕べ」と「日中友好囲碁交流」の成功に向けて全力をあげます。
@ 第25回「日本と中国・音楽の夕べ」
 25回目の記念すべき「日本と中国・音楽の夕べ」は、7月31日夜、大田区民プラザ大ホールで開催します。世界的なソプラノ歌手サイ・イェングアンを迎え、地元のサウンド・アンビション合唱団と、横浜中華街で誕生した茉莉花女声合唱団が加わる、節目の年にふさわしい内容です。
 その他、ほかの委員会が取り組んだり、共同開催として準備している日中友好コンサートについても協力して取り組みます。
A東京都日中友好囲碁大会
 第12回東京都日中友好囲碁大会は、日中友好交流を主体とした大会とします。北京市人民対外友好協会と協議しながら囲碁愛好者訪日団を受け入れ、両国の知的スポーツである囲碁を通じて日中友好の絆を深めます。
 2010年2月に第4回東京都以後愛好者訪中団の派遣を取り組みます。
9、スポーツを通しての交流
@日中友好スポーツ交流会
 都内及び近県在住の中国人とスポーツを通じて、交流を深めることを目的に、第6回を4月26日に北区の滝野川体育館で、116人の参加で実施、バレーボール、卓球、バトミントンなどに加え、太極柔力球の体験も人気でした。運営に際し、日中青少年交歓キャラバンOB、OGが準備段階から実行委員として協力しました。
A太極柔力球の普及
 中国で生れた新しいスポーツ、太極柔力球を日本に導入し、健康増進と日中友好・交流推進の柱にしようと、5年前に都日中と東京都レクレーション協会が肝いりで「日本太極柔力球協会」を設立しました。
 本格的な活動を始め、全国展開をするためには、日本人指導者の人員増と技術向上を早急に充実しなければなりません。そのために本年度の方針は「指導者養成」に焦点をあてています。
 10、中国語普及の活動
「初心者向け中国語講座」を09年4月より開設、年に2回の開講で、4月の募集には定員(15名)を上回る申込みがありました。また、8月の西安交通大学短期留学派遣に向けて、準備・調整を行っています。
@中国語スクーリング
 夏期スクーリングは8月下旬の西安交通大学短期留学を以って開催に代え、現地での学習と、大学生との交流を通しての実践学習でレベルアップをはかります。来春には春期スクーリングを開催します。
Aスピーチコンテスト
 10月18日(日)に開催。弁論の部優勝者は、東京代表として全国大会に出場します。大学生の留学経験者が増加し、出場者のレベルも年々上がっていますが、社会人になって始めた学習者も、明確な動機と目標の上に、学習と実践を積み重ねて実力をつけています。切磋琢磨の場として講座受講生にもコンテストへの参加呼びかけを積極的に行っていきます。
B留学生との交流
 より多くの留学生に参加してもらうために、魅力ある交流会について模索しています。本年度は、開催を見送ります。
C中国語教室
 初心者向けの講座開設により、池袋教室、青山教室(渋谷区日中と共催)とあわせて、入門から中級までのクラスをカバーできるようになりました。日中友好協会ならではの特徴ある教室作りを目指します。好評の土曜特別講座は新シリーズの準備中です。
D中国語講師の紹介
 企業等への中国語講師紹介は、現在アプローチがあるのを含めて拡大する方策を模索しています。
E大使館での中国語映画鑑賞会 
 中国語学習の貴重な機会でもあり、中国大使館のご好意で開催を予定します。
11、広報活動
@ 『日本と中国・東京版』の発行
 協会の機関紙は、会員はもちろん中国に関心を寄せるすべての人々に、協会の性格や活動を理解してもらう大切な手段です。協会の多彩な活動を写真入りで紹介する『日本と中国・東京版』を今年度も隔月に1回発行し、内容の一層の充実に努めます。
 (社)日中友好協会の機関紙『日本と中国』は、わが国の友好運動ばかりでなく、日中両国の政治・経済・文化等のトビックを日中友好の立場で紹介するメディアとして、重要な役割を果たしています。『東京版』とあわせて読むことで、とかく流されがちな世間の反中国の風潮にしかと対応するためにも、私たちの運動の糧にしたいと思います。
A インターネットの活用
 インターネットは、現役世代はもちろん、最近は高齢者の利用も増えて、今では完全に生活の一部になっており、ネットなしの生活は最早ありえません。
 都協会のホームページは、協会の活動を中心に、各地区協会の活動、今後の行事予定、各種催しなどを、広く一般の人々にも知らせる手段として、大きな役割を果たしています。さらに関連団体とリンクすることで、中国の情報を知るために大変役に立っています。
 この一年間に、ホームページを通じての入会問い合わせ数は28人、入会者は11人でした。会員の希望者を対象にした<都協会ネット通信>配信先は、現在83人です。今後もホームページを充実させ、新規入会やネット上でのバナー広告を増やしてまいります。
B 『人民中国』の普及
 『人民中国』は、北京の人民中国雑誌社が発行している日本語の月刊総合雑誌です。中国の世界遺産などの観光情報や、発展する中国の、暮らしと経済や人々の問題意識などを紹介しています。中国を身近に理解する有効な手段として、これからも『人民中国』読者の普及に努めましょう。
 12、講座「中国問題を読み解く」
昨年まで開催していた「中国事情懇話会」は、09年1月から工学院大学孔子学院との共同講座「中国問題を読み解く」として毎月1回開講いたします。
 今年度の予定は下記の通りです。
4月講座(4月21日、田畑光永・中国問題研究家、元TBSキャスター)「09年全人代と最新中国情勢」/
5月講座(5月26日、傅穎・中国国際放送局特派員)「取材で見た日中関係」/
6月講座(6月23日、宇野和夫・早稲田大学商学部教授)「中国近代化30年と社会の変化」
 以下、3カ月毎のテーマと講師を準備中です。
13、平山美術館バスツアー
第5回5月23日(土) 
 平山郁夫シルクロード美術館では「ウズベキスタンの布と色彩」特別展と平山郁夫「大シルクロード」の大作を参観し、帰途山梨市の「根津嘉一郎記念館」を参観しました。40人。
14、大田区中国帰国者支援委員会の活動
 昨年度半年間の試行期間を経て、大田区から2009年度大田区中国帰国者等生活支援事業を受託。都日中の帰国者支援委員会では日中友好協会の特徴と経験を生かして以下の事業を実施します。
(1)地域における中国帰国者等支援ネットワーク事業
 地域住民の理解を得るための講演会を年間2回開催。1回目は6月17日午後、アプリコ小ホールで、講師は作家の井出孫六氏。
(2)地域での日本語交流事業
@中国帰国者を対象とした料理教室(年間4回予定)に地域の方々の参加を呼びかけ、交流を通じて、日本語学習や日本語会話の促進を図ります。 
Aその他「生け花」「絵画・デッサン」「パソコン教室」や、「清掃工場」等の見学。
(3)日本語教育支援事業
安心して地域生活を送るための日常会話の習得を目指し、毎週1回「日本語教室」を開講。
(4)事業活動の実施のため「支援委員会」を定例化(月1回)して行います。
 15、女性委員会の活動
女性に適した活動の計画・実施と都協会の活動に女性の参加を呼びかけます。
@隔月1回の委員会
A「日中女性新春の集い」(1月末〜2月上旬)
B「チャリティバザー・アジアの祭典」(アジア婦人友好会主催)中国大使館に協力しチケット80組を販売。09年は4月15日開催。
C全国女性委員会への参加協力(7月16日華僑会館)
D建国60周年記念「中国国際民族器楽芸術祭参加訪中団」(ユウエンコンサート応援)の企画(7月18日〜7月21日・北京)
E東北・北海道ブロック女性委員会への参加協力   
F 在日・来日中の中国女性との交流(随時)
G 北京市青少年キャラバン訪日時の協力
 16、教職員部会の活動
教職員部会は、会員のなかの「教職経験者」と「教育に関心のある方」で組織しています。活動にはどなたでも参加いただけます。
@連続講座「当事者が語る日中友好の歩み」
 教職員部会の活動を中心に、長年にわたって友好活動に取り組んできた方たちに話を伺います。
第1回(4月18日)「当事者が語る日中友好の歩み」オリエンテーション/
第2回(5月16日)中溝正典氏「教職員部会の誕生を語る」/
第3回 (6月20日)中沢俊子氏「1920年代上海・東亜同文書院に学び反戦運動を貫いて父・尾崎庄太郎」その@/
第4回(7月18日)同そのA/
第5回(9月19日)片岡健氏/
第6回(10月17日)渋谷区日中友好協会からの報告/
第7回(11月21日)準備中。
会場はちよだプラットフォームスクエア、午後2時から4時
A都日中の活動への協力

(紙幅の関係で、原案の一部を省略しています。)

2009年1月1日
          東京ー北京友好都市提携30周年を迎えて 「新年のごあいさつ」

                                NPO法人 東京都日中友好協会会長 貫洞哲夫
新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様におかれましては、新しい年への希望とともにお元気で年の初めをお迎えのことと存じます。
昨年は日中平和友好条約締結三十周年とともに「中国百年の夢」といわれた北京オリンピックが輝かしい成功をおさめた記念すべき年でありました。
 年初以来、官民あげて記念の年を飾る盛大な行事を予定しておりましたが、予期せぬ四川大地震で被災地の甚大な被害はもとより、私どもの友好交流事業も多大な影響を受けました。しかし反面、ここ数年来、懸念されてきた両国の国民感情は、日本からの救援隊の活躍と義援金や復興支援の活動によって好転の兆しが見えてまいりました。
 今年は、中国建国六十周年とともに東京都と北京市の友好都市提携から三十年を迎えます。友好の基礎はお互いの理解であります。私どもの先輩たちが築き上げた厚い信頼関係の基盤に立って、今年も「草の根の交流」の重要性を訴えてまいりたいと存じます。
 国際情勢や経済環境は厳しさを増しておりますが、東京都日中友好協会では、北京市人民対外友好協会との間で覚書を交わし、一段と重要性を増す民間交流を強化していくために友好の実をあげてまいる所存です。
 新年にあたり会員の皆様のご繁栄をお祈りするとともに、共に手を取り合って民間友好交流の新局面を作り上げる努力をいたしたいと存じます。皆様のいっそうのご協力をお願い申し上げます。
                                             
                                             東京都知事 石原慎太郎
新年明けましておめでとうございます。
 東京都日本中国友好協会の皆様におかれましては、両国国民の相互理解と友好促進に、多大な貢献をされていることに深く敬意を表します。
 今年は、東京都と北京市が1979年に友好都市提携を結んで30周年の節目の年となります。この30年の間、両都市は幅広い分野において様々な交流を重ねてきました。さらに近年は大都市共通の課題解決にともに取り組む関係へと発展してきました。
 昨年は、北京オリンピック・パラリンピックが開催され、私も中国を訪問し開会式に出席してまいりました。同大会が世界の人々に感動を与え大成功を収められたことに、心よりお慶び申し上げます。
 東京は2016年の夏季オリンピック・パラリンピックの招致に取り組んでおります。2016年の大会においては、前回大会のレガシーや東京のポテンシャルを最大限活用し、成熟した日本のすばらしさ、東京の魅力を世界に示すオリンピック・パラリンピックの実現を目指しています。皆様方におかれましても一層のご支援を賜りたいと存じます。
 終わりに、両都市の友好関係がますます深まりますことと、皆様のご健勝とご多幸を祈念して、新年の挨拶とさせていただきます。
                                            
                                            東京都議会議長 比留間敏夫
新年明けましておめでとうございます。
 東京都日本中国友好協会の皆様におかれましては、輝かしい新年をお迎えのことと、心からお慶びを申し上げます。
 貫洞会長をはじめ、皆様方におかれましては、創立以来、日中両国の相互理解と友好親善にご努力を重ねられ、両国関係の着実な発展に多大なご貢献をされてこられました。これまでのご労苦に対しまして、心から敬意と感謝の意を表する次第でございます。
 さて、今年は中国建国六十周年、また東京都と北京市が友好都市提携を結んでから三十周年という節目の年を迎えます。昨年は、九月と十一月に北京市人民代表大会の代表団の方々を都議会にお迎えするとともに、都議会のオリンピック・パラリンピック招致特別委員会の一行が九月に北京市を訪問させていただきました。それぞれの訪問で両都市の絆をより一層強固なものにすることができました。
 昨年開催されました北京オリンピック・パラリンピックは、世界の人々に熱い感動を与え、輝かしい成功を収められました。現在東京都は、二〇一六年のオリンピック・パラリンピック招致の実現に向け全力で取り組んでいるところですが、皆様方の一層のご支援を賜りたいと存じます。
 都議会といたしましても、今後とも両国・両都市の友好交流の更なる進展に向け、精一杯の努力をしてまいる所存でございます。
 年頭にあたり、東京都日本中国友好協会の益々のご発展と、皆様方の一層のご健勝を心から祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。
                                
                                北京市人民代表大会 常務委員会主任 杜徳印
友人の皆様 新年明けましておめでとうございます!
 めでたく新年を迎えるに当たり、私は北京市人民代表大会常務委員会を代表して、東京都日中友好協会の皆様並びに中日友好事業に関心と支持をお寄せくださる東京都各界の友人の皆様のご努力に対し、衷心より感謝の意を表わすと同時に、謹んで新春のご挨拶を申し上げます。
 過ぎ去った一年には、全世界の注目のもと第29回オリンピックと第13回パラリンピックが北京で成功裏に行われました。その準備及び開催期間中に、東京都の各界の皆様からいただいた大きなご支持と熱い励ましは、日本国民から中国国民への友情が具体的に現れたもので、私たちはいつまでも忘れることはありません。また、両国首都の各界を代表する皆さまは、中日平和友好条約締結30周年記念行事及び中日青少年友好交流年など一連の友好交流事業を通して、北京・東京友好都市関係の安定と発展のためにたゆまぬご努力をされ、喜ばしい成果を収められました。
 新しい一年に私たちは中華人民共和国建国60周年を迎えると同時に、北京・東京友好都市関係締結30周年をも迎えることとなります。孔子曰く「三十にして立つ」。この記念すべき年には、両都市の市民が更に交流を深め、より多くの友人が民間友好事業に関心と支持を寄せて、参加していただきたいと願っております。私どもは引き続き東京都議会と手を携えて、北京・東京及び中日両国国民の相互理解と友好のため、新たな貢献をしてまいる所存です。
 東京都日中友好協会の友好事業の益々のご発展と友人の皆様のご健勝とご多幸をお祈りいたします。
 
                                      北京市人民対外友好協会会長 梁 偉
「新年のはじめ、万象新たなり」。
辞旧迎新に際し、東京都日中友好協会の友人の皆様、並びに長期にわたって中日友好事業に関心と支持をお寄せくださっている各界の皆様に、北京市人民対外友好協会を代表して、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。新年明けまして、おめでとうございます!
 過ぎ去った2008年は中日平和友好条約締結30周年及び中日青少年友好交流年であり、世人の注目を集めた北京五輪が成功裏に行われた年でもありました。この一年間を通し、当協会は貴協会と、手を携え、肩を並べ、両都市市民の相互理解と友情を促進させる上で多くの仕事をしてきました。北京オリンピック開催期間中、貴協会の皆様より、心からの祝福、絶大なご支持、暖かい応援を、終始変わりなくいただきました。皆様のような世界各国の国民からの応援があったからこそ、北京五輪が一層輝かしいものになったと信じています。
 昨年5月12日の四川ブン川大地震発生後、東京都日中友好協会の皆様は中国大使館と当会を通じて、被災地への義援金を何度も送ってくださいました。こうした行動こそ、友人の皆様から被災地の人々へのご親切そのものです。これに対して、私どもは大変深い感銘を受けております。
 新しい一年を新しい出発点へ!
 今年は中華人民共和国建国60周年にあたり、また北京-東京友好都市提携30周年を迎えます。この記念すべき年に、貴協会及び東京都各界の友人の皆様と一緒に、これまで行われてきたもりだくさんの交流事業の基礎のうえに、新しい交流分野を開拓し、新しい交流イベントを企画し、引き続き北京と東京の友好都市関係及び中日友好事業を発展させることに力を注いでまいりたいと、心より願っております。
 最後に、貴協会のご発展と友人の皆様がご健勝で、万事順調であるようお祈り申し上げます。
                             三言両語
嵐の船出と言っても良いだろう。
 09年はこれまでになく厳しい年になりそうだ。米国発の金融危機はあっという間に世界を席巻した。
比較的影響の少ないと言われた日中であったが、到底楽観はできない
 日本ではリストラの嵐、政治の混乱が経済の混乱に拍車をかけている。中国の対応は素早かったが、それでも今年の成長率は8%の攻防となろう。8%を切れば、持続的発展に黄信号が灯る。
 昨年末の内閣府外交世論調査結果はショッキングだ。日中関係が良くないと思う人は70%を超え、中国に親しみを感じない人は67%に上った。四川大地震救援、北京五輪などを通じ、中国人の対日感情は確実に好転しているが、食の安全問題などで日本人の対中不信感は払拭されていない。
 一方で政治関係の正常化、経済関係の相互依存関係は確実に進んでいる。政経関係と国民感情には乖離があるということだ。状況は厳しいが、悲観することはない。両国は互いに相手が必要な存在だと認識し、相互理解のために行動をとり始めた。青少年交流強化もその一つだ。基礎はやはり民間の草の根交流だが、民間力には限界がある。
 民間交流が成果を上げるには、持続性、独創性、多様性と忍耐が必要だ。この民間交流を国や自治体が多面的に後押しできるのか、いま真の官民一体の努力が問われている。
 二つの世界遺産と歴史の旅 Aコース(太原・平遥・函谷関・洛陽・上海)
Aコースは、貫洞会長を団長に旧知の13人、北京市対友協から李昭副会長さんと、王景恵さんの同行は心強く楽しい旅を予感させた。
 最初の訪問地・太原で、周の武王の子・晋国の始祖を祀る晋祠を訪ねる。休むことなく水が溢れ出る難老泉、庭には沢山の牡丹、年輪を重ねた周柏、山紫水明の地として文人墨客に愛された場所だ。山西省対友協の歓迎宴では、山西名産の麺のアトラクション「晋韵麺芸」が披露された。刀削麺や抻麺の技に目をみはる。
 翌日は世界文化遺産の平遥古城へ。明代の城壁がほぼ完全な形で保存されており、城壁内では今も四万人の人々が静かに暮らしていた。特に票号という両替商(銀行の前身)が中国で始まった地であり、商家の建物は贅を尽くしたものであった。
 22日朝からの雨で寒さの中、三国志の英雄関羽の故郷、運城へ。義に篤い男らしい関羽を想像した。この後、黄河を渡って「箱根八里」の歌詞にもある函谷関に立ち寄り、洛陽に入る。洛陽といえば水席料理。一千年の歴史を持つ伝統料理で、唐代の則天武后も訪れたという。十六品の味と食材が異なる多彩なスープはとても珍しく美味かった。
 23日、抜けるような青空のもと少林寺に向かう。奥の千仏殿には、武僧脚坑と呼ばれる脚で踏まれた48の窪みが僧徒の修行のすさまじさを物語っていた。少林寺には三万人以上の生徒が全国から集まって文武に励んでいる。北京オリンピックの金メダリストも生まれた。
 527年インドの僧、普堤達磨がここで禅宗を開く。遠く眺めた山腹の達磨洞で九年間誰にも会わず修行し続けたとのこと。達磨の名が急に親しく感じる。
 中国三大石窟の一つで世界文化遺産の龍門石窟。造営が始まったのは493年頃、その後も続けられ山に彫られた洞は数千。数センチの仏が一万五千体も彫られた万佛洞、天井の蓮の花が印象に残る蓮花洞、則天武后をモデルにしたとされる盧舎那仏、最も古い歴史を誇る魏体書法の代表的な作品が見られる古陽洞などが特に印象に深かった。
 24日午後、空路上海へ、Bコースと合流、迎賓館にて歓迎を受ける。25日多倫路文化名人街を散策後帰路についた。今回の旅は、現地対友協の方々の温かい受け入れもあって大変楽しく行き届いたものでした。二つの世界遺産を訪ね、三千年に及ぶ中国の歴史の一端に触れた感動の旅でもありました。    (山岸)
 江南の文化に触れる Bコース(南原・宣興・湖州・杭州・紹興・上海)
 Bコース10名は、南京、湖州、杭州、上海を6日間で旅した。
 南京では夫子廟、隋代に成立した科挙の試験が行なわれた貢院(国家公務員の採用試験の行なわれたところ。南京のそれは、3千人が一同に会して受験できたという)、先の戦火で楼閣が消失した中華門などを参観。湖州への途中、紫砂の急須で有名な陶都・宣興では大、中、小様々な技巧を凝らした陶磁器との出会いに一同堪能する。
 我々の進む道路に並行するように運河が現れる。ゆったりとした流れに大小の船がひっきりなしに行き交う。1400年前、隋の煬帝が造らせた運河の一部だ。この運河の開鑿に従事されられた当時の人びとの苦しみは大変なものであったろうと想像する。
 翌日、杭州への道すがら、「江南六大古鎮」の一つ南濤という水郷の景勝地を訪ねる。水路の両岸の商店や居酒屋、大富豪の住宅などが昔のまま、修復され、清時代の風情を残していた。橋の袂に洗濯物が干してあり住民が生活しながら守っている郷鎮だった。
 湖州から杭州まで180キロの途中にある良渚遺跡は、「良渚博物院」となっており、良渚文化全時期を通じて繁栄した遺跡群の貴重な展示品が多数、現代的な手法で展示されていた。
 杭州は、何処に行っても人、人、人、満員電車なみ。紹興で立ち寄った「曲水の宴」の蘭亭は観光客も少なくホッとする。紹興といえば、お酒と魯迅記念館。魯迅記念館の周りは売店がびっしり、中国国内の旅行団が押し寄せ、入場も困難。魯迅人気の高さは何なのか、魯迅精神に学ぼうということなら素晴らしいのだが。
 午後、新しく海上に架けられた世界最長の海上橋・杭州湾大橋(全長36キロ)を通過して上海へ向った。帰国前夜に上海対外友好協会の招待宴でみた接客サービスは、きめ細かく高品質で2年後に控えた「上海万博」への並々ならぬ決意が感じられた。                               (三好敏)
 未来と歴史の共存 Cコース(上海)
 10月20日、上海虹橋国際空港に着いた私たちを迎えてくれたのは、初夏のような晴天と上海市対友協の濮勤綱さんの爽やかな笑顔。 
 ホテルで旅装を解き最初に向かったのは、都市の中の山水≠ニ評された明代の名庭園「豫園」で、楼閣と水・木々・石が見事に調和した空間です。しかし一歩外に出れば、下町風情が溢れる大商店街。浅草や新宿のような雑踏で「月曜日なのにこんなに人がいるんだ?」と一同びっくり。
 日が沈むと街は輝きだします。上海対友協の歓迎晩餐会で1930年代の名建築・上海大厦のバルコニールームから見とれた黄浦江の向うに広がる豪華な夜景は息を呑む美しさでした。
 翌日は水郷の街・西塘へ小旅行。「ここは古くから水上交通の要衝として栄え、明清時代には江南地方の商業・工業の中心地でした」と濮さん。穏やかな日差しのなか、水路には舟が行き交い、人々がゆったりと暮らしていて、西塘は現代的な上海とは違う時間が流れています。
 夜は上海雑技団。輪くぐり・椅子積み上げ・男女の空中遊泳・竹馬高飛びなど、ハラハラドキドキの連続で「すごい」のひとこと。ナイフ投げの標的を観客から探したとき、私がなんと肩を叩かれてしまいました。「妻も子どももいる。ここで何かあっては」という気持ちが通じたのでしょう。なんとか逃れましたが、団員は不満そう…。
 22日、「2010年の上海万博にぜひお越しください」と濮さんの言葉に送られて、楽しかった3日間の上海に別れを告げ広大な浦東国際空港から帰国の途につきました。                (杉本孝一郎)
 第11回東京都日中囲碁大会開く 日中対抗戦で友好交流
 第11回東京都日中友好囲碁大会は、11月15日、「コア・いけぶくろ」で開催された。
 今回の大会は、10回までの勝負を主体とした大会から日中友好にふさわしい交流を主体とした大会に変更した。在日の中国の方、大使館、留学生に大会参加を呼びかけ、日中各15名による対抗戦の友好交流大会となった。
 開会式(司会:横井実行委員)では、都日中を代表して比留間常務理事が、「囲碁を通じて日中友好の絆を深めよう」と挨拶、続いて中野実行委員長は「日本と中国は一衣帯水の隣国、民間交流により国民の相互理解と友情を深めよう」と挨拶した。明立審判長からルール説明を受け「始めて下さい」の発声で対戦が始まった。2回戦を行い、20対10のダブルスコアーで中国チームの勝ちとなった。
 来年は、訪日団を受け入れ、北京市囲碁愛好者との交流大会を誓い合った。
 サンシャイン展望室で 囲碁大会懇親会
 懇親会(司会:尾崎実行委員)は、池袋サンシャイン60階の展望台、素晴らしい眺望、輝く夜景をバックに行われた。「日中友好囲碁」看板の両サイドには、両国の国旗が張られ、会場を一層盛り上げた。主催者を代表して阿部都日中副理事長から歓迎のスピーチ、都日中から坂田副理事長、須山常務理事、堀口豊島区日中会長が参加した。
 参加者全員から大会の感想などをいただいた。翁子瑜六段は「囲碁《いご》は世界の共通語になっている。日本の囲碁普及活動は素晴らしい。だが力は中・韓に比べ弱い。日本の中での普及活動を」と声援を送った。町田市の河野さんは、翁先生の「囲碁の教え方」を紹介、大田区の中村さんは、「三国志に登場する人物で誰が好きか」と中国の方に一人ひとりインタビューして回るなど、和やかな雰囲気の中、賑やかな歓談と交流のひとときが続いた。
 最後に、荒井副実行委員長は「布石」という囲碁用語を用いて「今大会を布石(備え)に来年も成功させよう」と閉会の挨拶、懇親会の幕を閉じた。                                                                      (中野修)
「日本に帰ってよかった」と言えるために 大田区中国帰国者支援の活動
 NPO都日中が大田区の委託を受けて取り組んでいる「大田区中国帰国者等地域生活支援事業」の一環として、11月27日午後、蒲田のアプリコ小ホールで、『中国「残留孤児」の歩んできた人生、抱いている心情』と題した講演会が行われた。
 講師は弁護士の米倉洋子さん。中国「残留孤児」が国の政策転換を求めた裁判で関東訴訟弁護団の副団長を務めた米倉さんは、パワーポイントを使って「孤児」が生まれた背景から、幼くして悲惨な離別を体験した「孤児」たちが40〜50歳代で日本に帰国し、言葉の壁や不十分な就労支援のなかで、どのような苦難の人生を歩いてきたかを詳細に説明した。
 新しい支援策について「充実した内容の、思いに適う制度をつくろう」と厚労省とみっちり話し合いを行ったことや、地域社会の仲間として暮らすことを望んでいる「孤児」たちの心情を語った。米倉弁護士は、「かわいそうな人という目で見ないで、誇りをもって苦難を乗り越えてきたことを尊敬の目で見てほしい」と話を結んだ。また原告団代表の池田澄江さんが体験を語り来場者に感銘を与えた。大田区民生委員や町会、日中友好協会会員や一般区民など80名が参加した。
◆料理教室で交流
 11月29日には、中国帰国者と地域のボランティア団体などとの交流を図るために、「料理教室」が大田区民センターで行われ、二世三世をふくむ中国帰国者12名と、地域の日本人、中国人留学生、会社員ら30名が参加した。
 4グループに分かれて、材料の買出しから始まり、和食を基本としたメニューに挑戦した。各班リーダーは全員男性。帰国者が初めて口にする料理も多くあり、できあがった12品を大田区日中のふたりの役員が「審査」し、「かぶのあんかけ」が最高の評価を受けた。
 1月24日には中国の家庭料理を作り「春節の集い」で交流を予定している。
 北京から講師を招いて 太極柔力球講習会開く
 日本太極柔力球協会では、12月6日・7日の2日間、北京から講師を招いて調布の味の素スタジアム内体育室で普及講習会と指導者セミナーを開催した(都日中・東京都レクリエーション協会共催)。
 メイン講師急病のため、李維建・北京市対友協科長が指導員のコースを担当、規定套路T〜Vの技術力向上と競技の基本を指導した。基礎理論講座では、太極柔力球の動作と心理の関係、力の使い方やバランスなどを解説するとともに、映像で動作をチェックする「ビデオクリニック」も実施、「非常に分かりやすく勉強になった」と大変好評だった。
 初心者・初級者は、熊本で指導している協会の初級指導員の浅山照代・大森せつみさんが担当。動きのコツや基本練習の大切さを繰り返し丁寧に指導し、受講者は熱心に取り組んだ。
 6日夜の懇親会は、レクの余興やビンゴ大会で大いに盛り上がった。
           原点回帰と入試と うちのカミ讃          
 「中国の特色を持った社会主義」とはよくいわれることだが、はためには中国もいつの間にか資本主義になってしまったように見える。世界的な金融危機が叫ばれてワシントンの国際会議G20に登場したり、ペルーのリマで開かれたAPECに参加したりと、それはそれで大国、中国の影響力は無視できないものだから否定すべくもないが、そして喜ぶべきことかもしれないが、世界資本主義体制にガッチリと組み込まれてしまったようで「中国革命」にひかれて中国に首を突っ込んだ一人として、私は寂しさにつき纏われるのだ。
 私が中国に強く興味を抱いたのは苦労の末、延安の革命根拠地にたどりつき、毛沢東、朱徳、周恩来などとの会見に成功したアメリカのジャーナリスト、エドガー・スノーのルポルタージュ「中国の赤い星」を読んだからだった。      
 我が家に眼を転じれば、カミさんは株を持っている。一時かなり関心を持っていたようだが「株は競輪、競馬と同じようなギャンブルなんだから止めろ」と私は言い、本人もそんなにメリットがあるものではないと悟って手を引いた。カミさんの弟夫婦も在日中に株を買っていた。社会主義中国からきたのに、少しも社会主義を感じない。資本主義への羨望を感じさせるのだ。結局、人間というのはあくなき欲望から離れられないのかもしれない。私の中国への原点は温めておきたい。だから私は今、アグネス・スメドレーの「偉大なる道―朱徳の生涯とその時代」を読み出した。 
 さて、我が家の長男は今年高校進学である。中学時代のカミさんは成績が良く重点高校にトップクラスで入学したとか。私もカミさんも高校入試は志望校の入学試験を受ければよかったのだが、今の日本の入試制度は複雑で、説明書をよく読まないと判らない。学校の進路説明会などみんなカミさんに任せてあるが、最後の志望校を決める進路相談会には判らないから一緒に行ってくれないかという。医療、年金、福祉、教育…、日本は何でも制度が複雑になる。だからここで生活する外国人は大変だなと思う。日本人だって理解するのは大変なのだ。             
 最近アメリカからカミさんに電話が掛かってきた。大学時代同じ宿舎で五年間一緒に過ごした級友だという。大学卒業後は基礎医学研究所に勤め、その後スエーデンに留学し、さらにアメリカに渡って、博士号をとり、今はその研究所に夫婦ともども勤め、家を買い車も買って中国には戻らないのだという。祖国を離れ祖国とは全く違う言語、文化、習慣、制度のもとで生きていくのは大変だ。カミさんを含めて、みんなよくやるなと、つくづく思うのである。                                                          (滝)
2008年11月25日
 第24回「日本と中国・音楽の夕べ」 若手音楽家の魅力のステージ
 9月26日夜、都協会の第24回「日本と中国・音楽の夕べ」が文京区の文京シビック小ホールで開かれた。
日中平和友好条約締結30周年とともに今年は日中青少年友好交流年にあたるところから、日中両国で活躍している若手演奏家を迎えてのステージとなった。
 第一部は、中国琵琶の王暁東、津軽三味線の白田路明、二胡の中西桐子、ピアノの江原郊子さんが登場、「世界に一つだけの花」で、華やかに幕が開いた。
 民族楽器の一番手は中国琵琶の王暁東さん(東京芸術大学講師)。「イ族舞曲」
「一輪のバラ」で哀愁を帯びた音色と情熱を見事な指のさばきで表現、中国琵琶の魅力を伝えた。11歳で津軽三味線の「吉田兄弟」弟に弟子入りし16歳からプロ活動をしている白田路明さん(24歳)の「津軽あいや節」「津軽じょんがら節」は、ときに物悲しく、明るく、力強く、雪深い津軽の風土を感じさせ、演奏が終わると静まり返った会場から割れんばかりの拍手が起きた。
 司会の仁木恭子さんの「二胡の好きなところは」に答え、「自分の心がそのまま音になって表れるところ」と中西桐子さん(17歳)。高校生ながら数々の賞を受賞している腕前は、「賽馬」で、ひづめの音やいななきで大草原を駆け回る競馬のシーンを眼前に浮かび上がらせた。第一部最後は再び全演奏者が登場し、「蘇州夜曲」をたっぷりと聞かせた。
 第二部はクラシック・歌謡曲・叙情歌と幅広いレパートリーをこなすソプラノ歌手のユウ燕さんが登場。「ロウソクの灯かりのお母さん」のあとは、ふるさと四川の民謡「アカシアの花はいつ咲くの」を方言での会話を入れながら楽しく聞かせた。特注した3千年前の美しい衣装・漢服や履物も紹介、トークを交えながら、「里の秋」や手話を入れての「千の風になって」など伸びやかな歌声で聴衆を魅了した。重慶出身で、5月の四川大地震支援のため、東京、神戸、長崎などでチャリティコンサートも行ったというユウ燕さんは、「これからも歌を通して日本と中国の架け橋になりたい」と挨拶した。
 フィナーレは出演者全員による「涙そうそう」。お別れの「海は我が故郷」は会場も一体となって大合唱、盛況のうちに幕を閉じた。
豊島区日中設立20周年祝う 記念講演と祝賀会を開催
 11月11日(土)午後6時より区立勤労福祉会館において70名の参加を得て、豊島区日中友好協会創立20周年記念講演と祝賀会が催された。
 講演は西園寺一晃先生(都協会副会長)を迎え、「オリンピック後の中国事情と日中関係」と題してお話をうかがった。深刻な格差の拡大∞問題を抱えながらも成長せざるを得ない中国∞日中間の貿易総額が日米間を抜いた今日、良好な関係維持のためにも民間レベルの交流がますます重要≠ニ語っていただいた。
 会場をホールに移して行われた「記念祝賀会」では多くの方々から祝辞をいただいた。
 豊島区日中は、昭和63年2月に設立(真島泰峨初代会長)、行政や区議連との強い連携のもと、「在日中国人とのバスハイク」「親善訪中団派遣」「春節を祝う会」などの活動を続けている。 この日、区議会からは吉村議長・里中議連会長以下15名、矢島・長橋・泉谷各都議、豊島区から区長代理水島副区長以下8名、都日中から西園寺副会長・坂田副理事長・中野常務理事、都日中北ブロックの丸山副理事長(北)・佐藤常務理事(練馬)らにお越しいただいた。
 会場は熱気に包まれ、創立20年を迎えた豊島区日中に対する期待の重さに、堀口会長以下全会員は更なる友好促進の決意を新たにし新しい出発を誓い合った。                        
      (尾崎隆信)
 北京の懇話会と郷愁の旅 「見に行く会いにに行く北京・ハルピン・大連の旅」
 金木犀は恋の香り「見に行く会いに行く」の季節です。見に行くの心は「世界中の国々も人々も親しくなりたいのに本当に親しくありません。それは人間の一番の苦しみです。どうすればよいか。それが即ち我々の自由学園北京生活学校なのです。日本と中国の間も、日本人と中国人との間も、仲良くなる為に北京に学校を始めなくてはならなかったのです。世界中から苦しいこと、仲の悪いことをなくしたい。戦争とは違って大変難しい仕事です。」と羽仁もと子の言葉です。
 一行14名は10月14日五輪に沸いた北京へ。秋の北京の佇まいは心なしか、幾分落着いた雰囲気で、北京の夕べは、楊秀珍北京市婦女連合会副主席、林彬北京市人民対外友好協会秘書長はじめ婦女連、対友協の皆さんの心温まるもてなしに、疲れも癒され大いに元気をいただきました。
 旅の柱となる懇話会は、滕新華西城区外事弁公室主任はじめ北京側の協力で、双石橋社区居民と委員会、自由学園校慶会も参加。オリンピックでは社区の大勢が奉仕活動に当たったこと、環境・エネルギー問題、身近なゴミのことからCO2、太陽光発電まで多岐にわたり、時を忘れて話合いました。地元の小石橋胡同に住み、70年前を知る劉宝光さん宅も訪ねました。
 三日目、真赤な太陽が曠野に沈む哈爾浜へ。脳裡に焼きつくスンガリーの水辺に燃える黄葉、キタイスカヤ大街を歩めばロシア革命の歴史を思います。夜の帳に包まれる頃、校慶会の?立蒼さんが、立派な息子さんを伴って見えました。どんなに嬉しかったことか、感涙の対面でした。
 四日目、機は大連へ南下。眼下のあの山あの河あの街は、群れ飛ぶ雁は、と目を凝らすのでした。戦跡の二百三高地は侵略の証、百年の時代と歴史を思い鉛の心に。海水浴を楽しんだあの星ヶ浦、今は広い石畳の星海公園。振り向けば林立する高層ビルは、東北三省発展のシンボルか、うたた今昔の感に堪えません。
 大連対友協の歓送迎の夕餉で何より嬉しかったのは、曲世成大連対友協秘書長や北京対友協の蘆燕寧科長こもごも、中国はどこへ行く日本はどうか、教育、格差、少子高齢化等々、本音で語り合ったことです。
 真の交流なくして友好なし、「喜びの地は時を越えて」の思いで、大連に別れを告げました。
 (三宅進)
 四つの近代化は類ない「実験」 教職員部会連続講座を開催
 本年度6回にわたっての「歴史は生きている 東アジアの150年」の連続講座は、今回で最終回をむかえた。報告者は木村誠次氏(都日中常務理事)。最終章では「中国 改革・開放」「韓国・台湾の民主化」をテーマに行なった。あわせて、木村氏が、長年提案している「東京―北京を新幹線で結ぶ」についても語っていただいた。
 「中国 改革・開放」のなかで、1978年12月の中国共産党中央委員会での歴史的路線の転換が今日まで継承・発展していることに注目した。農業・工業・国防・科学技術の「四つの近代化」は、ケ小平の主導ではじまり、史上類ない「実験」でもある。
 沿岸部と内陸部の格差、環境汚染、五輪後の経済成長などを、どう克服していくかなどが話題となった。木村氏が、1992年に提案した「東京―北京を新幹線で結ぶ」夢も、遠い将来実現するのではないか、との思いに駆られた。   
 (小嶋雄二) 
 第26回中国語スピーチコンテスト東京大会 小中学生12人が朗読に挑戦
  第26回全日本中国語スピーチコンテスト東京大会が11月9日、万世橋区民会館で開催された。
朗読の部、基礎部門は16名中12名が小中学生、一般部門14名も高校・大学生を中心に若い層で占められ、半数が課題文を暗記して発表に臨んだ。
 基礎部門では難度の高い課題文を正確な発音で朗読した田中美玲さんが、一般部門ではきれいな発音で暗誦した工藤富裕美さん(関東国際高校2年)がそれぞれ金賞を受賞。小金井日中学院専任講師は審査講評で、「難しいほうの課題文に、もっと挑戦してほしい。単母音の発音をもっと正確に」と述べ、張国清中国国際放送局東京支局長は「小学生もこの大会に参加してくれている。これからも学習を続けて将来ぜひ中国に来て下さい」とつけ加えた。審査結果を待つ間、NHKテレビ講座でおなじみの盧思先生が模範朗読、朗読大会に花を添えた。
 午後の弁論の部には9名が参加。東京都日中友好協会会長賞の栄冠を手にしたのは上智大学4年の吉田俊介さん。「我要跟漢語走下去(中国語とともに)」というタイトルで、「初めは四声とピンインで挫折しかけた中国語だったが、短期留学をきっかけに学習への意欲が高まり、更に1年の留学へ。留学中は、様々な交流イベントに携わり、中国人の学生と、共に作業をしていく中で互いの理解を深めていった。今後も日中友好に貢献していきたい。」と流暢な中国語で語った。               
 来年1月11日開催の全国大会には大学生部門に吉田俊介さん、高校生・一般部門には北京市対友協会長賞を受賞した香谷賢洋さん(日中学院2年・「我和中国(私と中国)」)が東京代表として出場する。
 大使館での映画鑑賞会 孫美嬌参事官が離任の挨拶 
 都日中中国語普及委員会は10月31日夜、中国大使館友好交流部の協力で、「大使館での中国映画鑑賞会」(「孔雀」)を開催した。
 上映に先立ち、松井普及委員長のお礼の言葉を受けて、孫美嬌参事官は、「南の雪害、チベット問題、四川大地震、北京オリンピックとパラリンピックの成功など、この1年は中国政府と人民にとって並々ならぬ年でした」と振り返り、都日中との協力関係に触れ、「11月で離任が決まり、映画会が都日中との最後の行事になります」と挨拶した。孫参事官に感謝とお別れの花束が贈呈された。
 孔子学院と共同で中国講座  2009年1月からスタート
 都日中は工学院大学孔子学院(中国政府と工学院大学が共同で設立した、中国語と中国文化を紹介普及させるためのカレッジ)と共同で、中国をさまざまな視点から紹介、分析する連続講座「中国問題を読み解く」を設置することで合意した。この連続講座は09年1月からスタート、毎月1回年12回開かれる。会場は新宿駅西口に隣接する工学院大学内の孔子学院。
 都日中はこれまで不定期で年に数回「中国事情懇話会」を開催してきたが、新たに発足する共同講座はこれを拡大発展させたもの。工学院大学孔子学院とは、この共同講座設置を皮切りに、今後協力連携関係を強化することが確認された。この連携により都日中の活動に広がりが出ることが期待される。
 うちのカミ讃
◆人の世の不思議 大連のカミさんの母親からよく電話が掛かってくる。そばで聞いていても早口だから何をしゃべっているのか見当がつかない。
 加えてカミさんには東北訛りに山東方言もあるのだからお手上げである。相手が母親なら方言も丸出しになるのだろう。耳をそばだてて聞き取ろうとするのだが、私の中国語力もたいしたことはない。電話を切る時には、必ず「杏仁豆腐(アンニンドウフ)」といって終わる。
 何故「アンニンドウフ」なのだろうと思って聞いたら、仏教の念仏であった。「南無阿弥陀仏」の「阿弥陀仏」が中国語の発音ではアミトゥオフォ」で「アンニンドウフ」と聞こえたのだった。母親は信心深い人であって、実家に行くと常に読経の声が流れてくる。肉食も絶っているという。我が家の本棚のガラス戸に母親からもらってきた「印光大師開示」というコピーが貼ってあって、雑念を払いひたすら「南無阿弥陀仏」と称えると救われると書いてある。
 印光大師は日本でいえばの親鸞さんのような人なのであろう。だから電話の最後は「南無阿弥陀」と称名を称えて終わるのである。称名が我が家の浄土真宗のものと同じなのが興味深い。日本と中国はやはり「一衣帯水」の国なのである。いやいや我が家とカミさんの家とは一衣帯水であったのだ。
  昔、私はよく見合いをさせられた。ある一人とはいい線までいったのだが、「一緒になっても働いていてほしい」と言ったら、それで終わりになってしまった。相手の収入をアテにしていたわけではない。専業主婦という狭いワクに捉われず広く社会的に窓を開いていてほしいと思ったから言ったにすぎない。彼女とすれば結婚すれば専業主婦であったのだ。それから較べれば中国の女の人というのは働くことを当たり前に思っているようで、専業主婦≠ニいう概念はないようだ。
  さて、カミさんであるが、子供に手がかかる時には子育て専門であったが、少し大きくなると近所の町工場に、時間が自由なパ-トに出た。子供が小学生になると、時間に制約のある横浜中華街の食材店の店子に替わった。その後、目黒区で訪日代表団の随行通訳の話があり、こなした。この時の日本語力が買われて、中国残留邦人等支援・相談員の仕事が舞い込み、今は週三日、東京の区役所に非常勤で仕事に出ている。 そして今度は目黒区中国語学習会のTさんから、講師の人がお産に入るので替わってやってもらえないだろうか、というのである。一回どのように学習会を行っているか見学のつもりで出かけていったら、そのまま講師にバトンを渡せられてしまった。カミさんの能力が買われて、少しづつ仕事が替わり、あるいは増えていくのは、端で見ていて嬉しいものである。なによりも本人が楽しいのでは…。  そのせいか、最近のカミさんは至極機嫌がいいのであ。      
     (滝)    
太極柔力球講習会
日時:12月6日(土)7日(日)
会場 味の素スタジアム東京都調布庁舎体育室
講師 王学軍・中国老年体育協会柔力球推広組教練・規定套路創作者/李維建・北京市人民対外友好協会日本処科長
参加費 各コース3千円〜
 初心者、初級者対象の普及講習会と指導者のセミナーを実施。基礎理論講座、検定会あり。プログラム・参加費等詳細は下記へお問い合わせください。主催:日本太極柔力球協会 電話:03−3295−8241
 民間交流の扉  29人の研修生
 都日中の石内副理事長(現副会長)が専務理事をしていた東京都造園緑化業協会の依頼で最初に北京の園林局から研修生を迎えたのは、平成2年。それから13年まで受け入れを続けました。1年目は13社でしたが、言葉が通じないことや習慣の違いもあり「大変だ」ということで翌年は2社になり、途中からは私のところだけになりました。2度来た人もいましたが、11年間で29人を受け入れました。
 現場の仕事は、中国と日本ではやり方が随分違いましたね。むこうはすべて分業になっていて作業のあとを片付けない。「日本ではこうだ」とやってもらいました。作業の履物も中国はズック。日本の地下足袋は足が痛いなどと言ってましたが、最後の頃はすっかり気に入ってました。日本語を半年間勉強して片言の日本語で来日したのが、冷蔵庫や天井にメモを貼り毎日、猛勉強して、帰るころにはペラペラになっていました。
 研修生の中には拉麺(麺を引っ張って伸ばす)やチマキの名人がいて、世田谷区の広報で呼びかけて講習会をやったり、地元のお祭りや七五三の餅つき、盆踊りなどにも積極的に出てもらいました。そんな中で中国に関心を持つ人が増え、一緒に訪中に連れて行ってください、ということになり、毎年夏に新しい人を誘いながら中国に行くようになりました。その人たちが都日中に入会してくれるのはとても嬉しいです。
 私は研修生を受け入れる前から中国に関心はありましたが、毎年の旅行を重ねるうちに一層深くなりました。とくに北京では研修生たちが待っていてくれて、毎年必ず会っています。初めて訪中したときには関係者も含めて空港に30人も迎えにきてくれて感激しました。北京の対友協の人たちも本当によくやってくれますね。今年はチベット旅行を延期しましたが、研修生たちから「いつ来るか」と連絡が来て、10月の市民交流団に参加し会ってきました。来年は、天空列車でのラサを是非実施したいです。(談)
(都日中常務理事・蘆花園植木且ミ長)
 大田区中国帰国者等支援事業を受託 第7回常務理事会開く
  NPO法人都協会は、第7回常務理事会を10月7日夜、上野の東京文化会館中会議室で開催した。 
 市民交流訪中団を前に貫洞会長は、「昨今の情勢を反映して大勢での訪中は難しいが、草の根の交流の実績を重ねていきたい」と挨拶した。事務局と担当役員から第24回「日本と中国・音楽の夕べ」をはじめ主要活動事業報告が行われた。
 議題では、市民交流訪中団滞在中に調印される都協会と北京市人民対外友好協会の「2009年度友好交流活動に関する覚書」の内容を検討、満場一致で承認された。
 続いて、松井総合企画委員長から、「大田区中国帰国者等地域生活支援事業」の受託について、会長正副理事長会議と総務委員会を受けて行われた拡大総合企画委員会の見解を報告するとともに、同事業の受託に関しての提案がなされた。
 この事業は大田区が他区にさきがけて実施を予定しており、区内の対象者は104人。「唐突な印象が否めない」「帰国者支援は非常に難しい問題、はたしてうまくいくのか」といった質問や疑問に対して、牧田副会長が大田区とのやりとりを紹介、都協会としては今後半年間、試行の意味を持って、@支援ネットワーク(地域に理解を求める講演会や交流事業)とA日本語教育支援の2部門の受託を前提に準備をするという提案の経緯を説明した。高梨常務理事から帰国者の困難を考えると各自治体に先駆けて、都日中の新しい事業として展開するのは意義がある、と賛成の意見があり、支援委員会新設を含めて提案は承認された。
 北京市花家地実験小で交流 2008年東京・北京市民交流訪中団
 日中平和友好条約締結30周年を記念する市民交流の集いが10月19日、北京で行われた。この記念行事には、貫洞哲夫都協会会長を総団長に、都協会市民交流訪中団(ABCコース)
の34人が参加した。
 前日、北京に到着した一行は、19日午前、故宮と、前門大街・オリンピックメインスタジアム(鳥の巣)に分かれて参観、午後は市民交流の集いが朝陽区の花家地実験小学校で盛大に行われた。
 花家地実験小学校は、北京オリンピックの「一国一校運動」で日本を応援した小学校で、長野の裾花小学校と友好を結んで熱心に交流をしている。
 快晴のこの日、門を入ると待ち受けていた生徒たちは、貫洞団長夫妻に大きな花束を贈呈、「歓迎東京都日中友協市民交流訪華団光臨我校」の横断幕が掲げられた校庭で「花いちもんめ」「ジャスミン」のかわいい踊りで一行を歓迎した。続いて生徒たちが国際交流活動や記念品の展示室を案内、昨年12月、福田首相(当時)が来校時に揮毫した「中日友好」の書などを丁寧に説明、校舎案内では、校歌を披露、学校に誇りをもっている様子が伺えた。
 劉世涛書記と若い魏俐校長の歓迎挨拶と学校紹介を受けて貫洞会長は、「心温まる歓迎に心から感謝します。生徒たちの熱心な説明を聞いて、大変勉強していると感じました。小学校の勉強は、人生にとってとても大切で思い出に残るもの。ここで学んだことを生かし、あなた方の力で、日本と中国がさらに友好を作り上げるよう力を尽くしてください」と生徒たちに語りかけ、大きな拍手を浴びた。
 この日が日曜日であることから参加した生徒は約40人。京劇のお面や動物の置物に色を塗って絵付けをするグループ、折り紙や、「喜喜」の文字を切り抜く剪紙などに分かれて、団員は生徒たちに教わりながら一緒に作品を完成させた。日本からお土産に持っていったトランプや「だるま落とし」「けん玉」「紙ふうせん」で一緒に遊ぶ姿も見られ、あちこちで笑いや歓声が沸き起こった。
 2時間があっという間に過ぎ、最後は作品を手に全員での記念撮影。サインをした作品や日本から持参した本やみやげを交換した。生徒たちは、一行のバスが出発するまで、校門で笑顔で手を振っていた。参加した団員たちは「子ども時代に戻ったようで、とても楽しかった」「生徒たちの一生懸命さが伝わって感激した」「もう少し時間がほしかった」と笑顔いっぱいで交流を終えた。
 この日の夜は、人民大会堂で日中平和友好条約締結30周年祝賀のパーティーが盛大に行われ、翌20日から3コースに分かれて中国各地を参観した。
 人民大会堂で祝賀パーティー開く
10月19日夜は、人民大会堂「内蒙古の間」で祝賀パーティーが開かれた。
 今年5月の理事会で就任した北京市対友協の梁偉・新会長が「平和友好条約30周年の年に、両国の友好発展に多大な貢献をされてきた先輩の方々とお会いできて感激しています」と歓迎の言葉を述べ、四川大地震への都協会の義援金と北京オリンピックへの応援に感謝の意を表して、「当会と貴協会は両国の民間友好チームの先頭に立ってきたことを誇りに思う」と挨拶した。続いて貫洞会長が「私たちは8月8日、北京の皆さんと同じ気持ちでオリンピック開幕を喜びお祝いしました」と改めて祝賀の意を述べるとともに「両協会がこれまで営々として築き上げた良き基盤の上に、いっそう厚い信頼関係を重ねてまいりたい」と挨拶した。
 会には、張健民名誉会長、許金平中日友好協会副会長、李昭常務副会長はじめ対友協幹部、市外弁や関係機関代表、李大偉・李瀛・万雲・張連生・韓秀峰氏ら対友協老幹部に、日本大使館の川上文博参事官も出席して、旧交を温め、新しい出会いを祝して楽しい交流のひとときを過ごした。
 席上、今年8月に北京市対友協を通じて贈った四川大地震義援金(百万円)に対する証書と感謝状が北京市紅十字会から贈られ、都協会を代表して古島琴子理事長が受け取った。
 東京都日中ー北京市対友協 2009年度交流覚書に調印
 の祝賀行事、伝統的な交流事都協会と北京市人民対外友好協会の2009年度友好交流活動に関する覚書の調印式が10月19日、北京の人民大会堂「湖北の間」で行われた。
 これに先立って、北京市対友協の梁偉会長との会見が行われ、東京側から貫洞会長夫妻はじめ古島理事長、牧田副会長、阿部、片岡、坂田副理事長、池田、高見、水島、三好常務理事、杉本、中村理事、山岸監事らが出席した。梁偉会長は、今年5月の第6回理事会で会長に就任、都協会の市民交流訪中団を初めて迎えたが、貫洞会長とは9月に北京で懇談しており一行を満面の笑顔で迎えて、今年1年の両協会の交流を振り返った。
 調印式では貫洞会長と梁偉会長が覚書に署名、参加者が見守るなか、文書を交換し固い握手を交わしてシャンパンで乾杯、調印式を終えた。
 2009年は、中国建国60周年とともに東京―北京友好都市提携30周年を迎えるところから、両協会は、これにふさわしい記念行事を計画し、東京―北京の民間友好交流の新局面を作り上げる努力をすることで合意した。覚書には、2009年秋業の実施などがうたわれている。
 上海市対友協と交流晩餐の夕べ
 市民交流訪中団は、10月20日からA(山西省・洛陽)B(江蘇省・浙江省)C(上海)の3コースに分かれて各地を訪問した。10月24日に上海でA・Bコースが合流、この日の夜に、上海市対友協との交流晩餐会が虹橋迎賓館で行われた。
 隣接の西郊賓館で上海―横浜友好都市35周年の祝賀行事が行われているなか、一行を迎えた上海市対友協の周慕尭会長は、北京から団に同行した李昭北京市対友協常務副会長ともども「家に戻った気持ちでリラックスしてください」と一行を迎えた。
 会見の席で周会長は、北京オリンピックの成功に続き、2010年に迫った上海万博の準備状況を紹介し、記念の切手アルバムを団員一人ひとりに手渡した。
 一行は、歴史ある迎賓館の落ち着いた雰囲気のなか、芸術品のような料理を味わいながら訪中最後の夜を楽しく過ごした。
                                     三言両語 
  リーマンブラザーズ破綻から始まった米国金融危機は、短期間で世界に広がり、世界同時金融危機の様相を呈している。 好調だった中国経済も影響を受けないはずがない。上海株はピークの昨年10月に比べ3分の1となり、第3四半期の成長率はついに10%を切り9.0%となった
▼中国の対応は迅速だった。これまでの金融引き締めを一転させ、金融緩和に踏み切った。主に中小企業対策としての企業減税と金融機関設立、景気刺激・内需拡大策としての高速道路や鉄道などインフラ整備関連投資は、10年末まで実に57兆円が投じられる。うち1兆4千億円は今年中に使われる
▼これまではインフレ対策が経済運営の最優先課題であり、そのため金融引き締めを行ってきたが、ここに来て大転換した。中国政府が経済全体の失速の危険を深刻に感じたからだ
▼改革・開放30年、中国はこれまでの経済構造を徐々に変えようとしている。先ずは輸出と外資導入に頼る「外需型成長」から消費拡大による「内需型成長」への転換、「労働集約型製造業」から「高付加価値型製造業」への転換だ。中国の企業は4200万社、うち中小企業は99%で輸出の6割を担う
▼今回の金融緩和などの措置で、短期的には産業構造の転換は遅れるだろうが、中国経済が持続的発展をするために急がば回れなのだ。
2008 年9月25日号
 福原愛選手もメッセージで参加 8・8フェスタに230人
都協会と中国人留学生学友会らによる北京オリンピック応援イベント「8・8フェスタ」が、開会式の8月8日夜、池袋アカデミーホールで盛大に開催された。
会場通路には寄せ書きやサインが書かれたオリンピック旗、日中友好協会・加藤紘一会長、北京市対友協、中国オリンピック委員会・于再清副主席、都議会や各区の日中議連はじめ日中両国から届いたメッセージ、協賛金を寄せた方々の名前が飾られた。
 四川大地震犠牲者への黙祷のあと、第1部大交流イベントの幕があき、民族楽器の演奏や歌、武術などが繰り広げられた。赤い表演服で次々と技を披露した小学生10人のTFA長拳隊や、寄席の雰囲気をたっぷり伝えた太神楽師・鏡味仙三さんの傘回しの芸などで大いに盛り上がった。
 「8・8フェスタにお集まりの皆さん」と卓球の福原愛選手から届いたビデオメッセージが映し出されると大きな拍手が起きた。
 聖火ランナーとして長野を走った張畢さん(学友会副会長)の聖火トーチが大人気、あちこちでトーチを囲んで写真に納まる姿が見られた。
 実行委員の阿金さん制作「オリンピック開催への足跡」ビデオ放映に続いて、第二部は、いよいよ大型スクリーンでの開会式生中継。北京から送られてくる華麗で壮大なショーの数々に現地と一体となって、会場いっぱいに歓声と拍手と喜びの声が起こった。
 NHKや中国国際放送局、CCTV大富、朝日新聞社、日中テレビなど、マスコミ10社が取材、中国国際放送局の世界を結ぶリレー放送で、フェスタ会場がトップで放送されたと紹介されると一段と高い歓声があがった。
NHKは翌朝のラジオとテレビのニュース、朝日新聞は朝刊で紹介した。中国大使館教育処から秦正麦一等書記官と魏ユウ原二等書記官が来賓として挨拶、実行委員(23人)、学友会(92人)、都日中会員役員、一般、出演者らをいれると230人の参加があった。
   北京オリンピック訪問団報告
 都協会は、北京オリンピックを祝い、オリンピックに沸く北京の熱い雰囲気を共有しようと、北京市人民対外友好協会の招聘で、8月15日から18日、「北京オリンピック訪問団」一行4人を派遣した。
A 北京オリンピックに行くんだって いいなあ
B 念願だったオリンピックをどうしても観たいんだ
A TVでみたほうが特等席で見れて内容も詳細に分かるのでないの
B 日中友好協会の一員として、こんな時にこそ中国の友人と一緒に成功を祈りさらに友好が深められれば、最高だよ。こんないい機会はまたとない気がする
A それは大いに進めるべきだよ。でもこの期間はホテルや航空券が5、6倍もするって聞いたけど
B そうだと思うよ いくらかかっても行きたいね。北京市の対外友好協会の宿舎を考えてくれるそうで、少しは経費削減できそう
A それは良かったね 友好があったればこそですね
B オリンピックをこの目で見て、国を代表する選手たちの熱意を感じたいしね。何といってもTVでは臨場感が味わえないだろう
A 新聞報道では 暴動騒ぎや食の問題など余り環境が良くないと言っているぞ、それでも行くの 家族が心配しているよ 
B 実際にあったとは思うけど一部の報道だけで全体を見てはいけないと思うし、この目で確かめてくるよ
A おれは、日本から選手を応援するよ、無事に帰国して話を聞かせてくれ。ところで切符は手に入ったの
B 最初は女子マラソンを路上で応援するだけだったが、友人が苦労して切符を手配して、女子ソフトボールとメインスタジアムでの陸上で室伏選手が参加するハンマー投げがみれるそうだよ。
 ―こんな会話ののち8月15日~18日の北京オリンピック観戦に出発した。
 青空が見えたこと・ゴミが見当たらなかったこと・乗り物で席を譲ってくれたこと・空港や競技場、地下鉄などでのセキュリテイが厳しく時間がかかったこと。何といっても感動したのは、国家スタジアム「鳥の巣」は国の威信をかけた最高の建築だったこと。女子マラソン選手の厳しい真剣な眼差し・女子ソフトボールの対ベネズエラ戦での逆転勝利。残念ながら女子マラソンは振るわなかったこと・広大なスタジアムでの応援・表彰式の観客のすさまじい声援…これが選手たちが求めている名誉だと実感。  
 少人数だったため、小回りが利いていろいろ経験ができ、対友協の皆様とゆっくり交流が図られ、最高の訪中となった。(高見桂三)  
(社)日中友好協会代表団で 貫洞会長が北京訪問
 加藤紘一会長を団長とする協会役員ら11人の(社)日中友好協会代表団が、中日友好協会の招聘で9月5日〜7日、北京を訪問、団には貫洞哲夫都協会会長(日中友好協会副会長)が参加した。
 代表団は、9月7日の人民大会堂での胡錦涛主席との会見をはじめ、中国外務省に武大偉外務次官を表敬、釣魚台国賓館で唐家セン前国務委員、中華全国青年連合会で陸昊・共青団中央書記処第一書記、など、短い日程のなかで、中国側要人と会談をこなし、幅広い分野で意見交換をした。
 6日夜には、国家スタジアム(鳥の巣)で行われたパラリンピック開幕式を観覧した。
           三言両語
  北京五輪が終わった。テロや妨害、誹謗中傷に勝って大成功。開幕式から閉幕式まで見事な運営だった。競技でもあれだけ多くの世界新、五輪新が出たのだから、競技場、各種設備、選手村、食堂なども二重丸と言える
▼中国は米国を抜いてもっとも多くの金メダルを獲得した。スポーツ大国とは、単にテクニックが優れているだけではなく、選手の資質、観客のマナーも大きな要素だ。その意味で、従来問題があった観客のマナーは大いに向上した。選手のスポーツマンシップも合格だ。中国は名実共にスポーツ大国となった。中国のスポーツ関係者が驕らず、技術やマナー面でさらに向上することを望む
▼北京五輪は世界が中国を、中国が世界を知り、理解する上で大変有意義な祭典だった。世界には多くの国があり、多様な民族、文化、宗教、価値観がある。グローバル化が進む今、求められているのは多文化共生だ。しかし一方で、世界共通の価値観とルールはみなが守らなければ秩序は保てない
▼五輪開催中、グルジアで武力紛争が起き、ロシアが武力介入した。最近ではアフガンでNG0派遣の日本人が拉致され、殺害された。痛ましいがこれもまた現実だ。五輪の聖火はロンドンに引き継がれた。五輪の意義とは、多文化共生とは何なのか、中国を含め、各国とも大きな宿題を背負った。
  第35回中国語夏期スクーリング 「1日留学の気分」で中国語を学ぶ
8月31日、ちよだプラットフォームスクウェアと日中友好会館会議室を会場に、第35回中国語夏期スクーリングが開催された。
 今回は恒例の「発音」「初級会話」「中級会話」クラスの他に「授業を全て中国語で行う」クラスが設けられ、東京近郊、更には新潟から新幹線で駆けつけた受講生も加わり、4クラス54名が参加した。
 発音クラス(島村・許堅講師)では「フレーズで覚えよう」をテーマに学習。よく使われる短いフレーズを、スムーズに発音できるまで、丁寧な指導が行われた。初級会話クラス(閻ゆ講師)ではスポーツや読書など秋に因んだ話題で会話ができるよう、暗記や先生との会話で表現力を身につけ、最後は自分の言葉にして受講生同士で会話した。
中級会話クラス(盧思講師)は受講生が自分たちで会話文を作成。先生のアドバイスを受けながら楽しいシナリオを完成させて、和気藹々とした雰囲気の中、受講生同士の交流も深まった。中国語のみのクラス(曹頴講師)では北京オリンピックや教育問題などをテーマに、関連語句を訳したあと、各人の感想や考えを発表した。先生から、変化する中国社会の現状や、辞書には載っていない言い回しなどが紹介されると、皆熱心にノートをとっていた。
受講生からは「全て中国語で行う授業と聞いて10年ぶりに参加した」「とてもよい刺激になった」「まさに1日留学の気分だった」などの声が寄せられた。
 どの教室も緊張感と熱気に溢れ、実り多い学習の一日となった。
 各クラスの参加者数は以下のとおり。発音11名、初級20名、中級10名、中国語のみ13名。

スクーリング教室の様子

四川大地震義捐金を託す
 四川大地震支援基金 北京市対友協に百万円
都協会が呼びかけた四川大地震緊急支援募金は、大きな反響とご協力をいただき、8月末現在、459万円に達しました。
NPO東京太極拳協会からは教室も含め156万円が寄せられました。 都協会では、義援金の第3次分として、8月15日、北京オリンピック訪問団で北京市人民対外友好協会を訪ね、張賽娜副会長に百万円を託しました。席上、張副会長は北京紅十字の要請で、大きな被害を受けながらいまだ困難の中にある甘粛省の被災地に送りたいとの意向を示しました。
 都協会ではすでに第1次分百万円、第2次分として2百万円を中国大使館に手渡しました。
 《7月10日以降のご協力者》中野区国際交流協会、藤井一(敬称略)
◆うちのカミ讃   北京オリンピック
8月8日夜、カミさんとテレビで北京オリンピックの開会式を見ていた。延々と続く中国の4大発明をモチーフにしたマスゲームに、少々あきてきたら、テーブルの上でカミさんのケイタイのメール着信音が鳴った。カミさんを中国人と知る、勤め先の区役所の同僚からのものだ。
 「わー、やっぱり中国はすごいですね、感激しました。中国大好きになりました」という内容だった。カミさんあてなのだから自分で返信すればいいものを「何んて返事すればいい」と聞く。私は「マスゲ-ムが長すぎるんじゃない、もうそろそろ選手の入場行進があってもいい、選手が待ちくたびれているよ」と答えた。すると「えーぇ、そうですか私は素晴らしいと思いますけど」と返信がきた。相手の思いをくじいても悪いと思い、「そうですね、やっぱりすごいですね」と同意し3、4往復、受返信を繰り返して終えた。 
 マスゲームが終わりメインポールに五星紅旗が国歌である義勇軍行進曲とともに掲げられた時、カミさんは感激していた。それにしても、と思う。何と凝りすぎた演出であったかと。人を宙吊りにして聖火台に点火するとは。こんな奇抜にされると次回開催国が、これに負けじと困るのではないかと、私はいらぬ心配までしてしまった。その他CGを使ったとか、革命歌「歌唱祖国」を歌った少女が口パクだったとか、歌詞が元のものと替えられていたとか、マスコミはかまびすしい。四川大地震で沢山の犠牲者が出ている。もっとひそやかな開会式でよかったのではないか、というのがカミさんの意見であった。            
 私は行ってもらいたくはなかったのだが、東京五輪招致のこともあって渋々行ったのか、中国嫌いの都知事の石原サンは定例記者会見で、開会式を東京では「あんな風にはやらない」と批判していた。そんなことを言うなら東京ではやってくれるなと思った。もっとも日本の青年と較べて、中国五輪の青年ボランティアの生き生きしている姿には感激したらしい。
 17日間の北京五輪開催中、私はカミさんとともにテレビで十分競技を楽しませてもらった。ひとつの天分を持った人間が極めた究極の技の数々である。それは素晴らしいとおもった。カミさんは日本対中国戦になると、どちらを応援しているのかわからないが、対他国戦では日本が勝てば嬉しそうだった。北京五輪は憎悪をあおる人達がいた反面、区役所のカミさんの同僚のように「中国、大好きになりました」と言う人もいる。それが多勢なのであろう。北京五輪は成功した。(滝)
 大会後に「音楽とトークの集い」   渋谷区日中
7月12日(土)渋谷区リフレッシュ氷川で午前に08年渋谷区日中定期大会、午後に「中国の音楽とトークの集い」が開催された。
 大会は桑原渋谷区長、木村区議会議長、大津・村山両都議、小倉前区長、斉藤前区議会議長、区日中議連広瀬会長ら現職12名の区議をはじめとする総員41名の出席のもと、07年度活動・決算・会計監査報告、08年度活動提案・予算案・会則改定提案・新年度役員提案のすべてが満場の拍手で承認された。また10月に三峡下りを予定していた区民代表訪中団は、先の5月四川大地震の影響を見極めたいとのことから、やむなく実施見送りとした。
 会の運営をさらに円滑にする目的で、1969年4月に発効された区日中会則の役員条項に新たに事務局次長職を設け、永田哲二理事が選任された。役員提案では35名が再任、新たに豊歳芳郎氏が選任され36名になった。
 午後は吹奏楽団でフルート奏者としても活躍する人民中国雑誌社東京支局長の于文(ウブン)さんと、フェリス女学院大学院修了、神奈川フィルなどで活躍中の、ピアノ奏者・青山祐子さんによる「中国の音楽とトークの集い」が行われた。生活に欠かせない音楽≠ニ題して、「西洋と東洋の音楽、どこが違う?」「音楽で癒す」といったわかり易くユニークなトークと演奏に、約100名の参加者から「素晴らしかった。もう一度聴きたい。他の多くの人にも聴いてもらいたい」と感動と絶賛の感想が聞かれた。 (永田哲二)
民間交流の扉  祖父の遺言
「益々繁盛、升の回し分け!」という口上をお聞きになったことはあるでしょうか。私は、傘の曲芸や、獅子舞でお馴染の、「太神楽(だいかぐら)」という祝福芸を、寄席や全国・海外などで披露しております。この技芸は中国の雑技と共通点が多く、シルクロードを経て日本に伝わったと言われています。
 私が「中国」という国を最初に知ったのは、小学生のときに聞いた祖父の戦争の話でした。青年時代、中国東北部に出兵し経験した、拭い去ることの出来ぬ記憶…晩酌をしながら、「本当に戦争は残酷で、人を狂わせ、嫌なものだ」と語る祖父の悲しさ、悔しさの滲み出た顔を忘れることはできません。
 平和を望んでいた祖父は、中国残留日本人の捜索や留学生受け入れに取り組んでいました。「いつか、世話をした学生の住んでいる中国を訪ねたい」と、よく話していましたが、病に倒れ、その願いは叶いませんでした。私は、故人の遺志を継ぎ、新たな友好の絆をつくりたいと思い、三年前に東京都日中友好協会へ入会いたしました。
 京劇俳優の殷秋瑞さんの紹介で、北京の中国雑技団や中国戯曲学院などを訪ね、芸術分野で交流を行っています。そんな中、北京オリンピックを慶祝し、応援しようと企画された「8・8フェスタ」にスタッフとして参加するチャンスをいただきました。中国人留学生の「学友会」との共同作業は、まさに「『人間』と『人間』とのふれあい」でした。率直に意見を出し合い企画をつくり、会場設営で共に汗をかきました。これが平和の原点だと思うと同時に、「友好」という名の聖火を、オリンピック後も途絶えさせることなく、青年がしっかりと受け継いでいく責任を感じました。
 祖父が晩年、親戚一同の宴席で、「友よ辛かろ切なかろ…」と『異国の丘』を語るように歌う姿を見たことがあります。今思えば、「日中のことはお前に任せたぞ」という遺言だったのかもしれません。私は、祖父を手本とし、過ちは認め反省し、その上で未来志向を大前提に語らい行動していきます。そうすれば『異国』から『隣国』に、そして近い将来、必ず『一つの世界(=平和な世界)』がつくられると、信じています。
鏡味仙三
 第6回常務理事会で主要活動事業を討議
NPO法人都協会は、第8回通常総会後初の常務理事会を8月25日夜、神田公園区民館で開催した。 
 貫洞会長の挨拶に続き、主要活動報告では、松井総合企画委員長が、「8・8フェスタ」について実行委員の活躍ぶりを紹介、三宅訪中団企画委員長からは北京オリンピック訪問団の体験が報告された。
 議題では、10月の市民交流訪中団はじめ今後の主要活動事業について事務局からの提案と担当役員の補足説明があった。
 今年はさまざまな要因で訪中団の中止・延期が続き、市民交流団を交流再開の契機としたいものの参加者が少ない現状に、古島理事長は都協会の活動面と財政面からよりいっそうの参加と誘いかけを依頼した。
 9月26日開催の「日本と中国・音楽の夕べ」は、今年も理事にはひとり2枚チケットを預かっていただき、広く呼びかけて、350人の会場を満席にしたいとの提案が承認された。
 中国事情懇話会は、来年1月から工学院大学孔子学院と共催で、「中国問題を読み解く」をテーマに月一回開催する方針が了承された。
 須山常務理事から、仕事を持った人も参加しやすい短い日程と魅力的なコースの訪中団を検討してもらいたいと意見が出された。
 貫洞会長が北京で梁偉新会長と懇談
貫洞哲夫都協会会長は、9月6日、●日中友好協会代表団で訪問中の北京で、北京市人民対外友好協会を訪ね5月の第6回理事会で会長に就任した梁偉・新会長と懇談した。
梁偉会長は1952年生まれ、河北省出身。中国共産党北京市委員会常務委員。
 貫洞会長は、これまでの両友好協会の信頼に基づいた協力関係をいっそう発展させていきたいと挨拶、梁会長は「責任の重さを感じるとともに、友好交流事業の促進に力を尽くしたい」と述べた。

2008年7月25日号
 民間交流の扉
私が中国に関心を持つようになったのは、58年に起きた長崎国旗事件であった。
 その処置をめぐり、岸首相は、台湾に逃げ込んだ国民党政府こそが全中国を代表するものとして、五星紅旗を国旗とは認めず、露骨な中国敵視政策をとった。その理不尽な言動に憤慨し、小さな島に住み非力ではあるが、何かのお役に立てばと思い、日中友好協会(正統)に入会した。「人民中国」などを通し、いつしか訪中したいという願望が強くなった。しかし、末端の会員にとっては夢の夢であった。
 76年、初めて訪中する機会を得た。この年は周恩来、毛沢東が逝去し、天安門事件、唐山地震、四人組追放など、激動の一年であった。さまざまな困難を乗り越え自力更生に励む人々の姿を見た。これを契機に伊豆諸島訪中団の派遣を思い立ち、当時は訪中するには招請状が必要であったが、二度にわたり友好訪問を実現させることが出来た。 
 89年には初めて大学生の娘を連れて「都民の翼」に参加した。天安門事件直後で尻込みする人が多かったが、妻は後押しをしてくれた。
 訪中の都度、各地で熱烈な歓迎を受け、その恩返しに協会などが受け入れた研修生や留学生を何度か八丈島へ招いた。全日空の岡崎元社長の依頼で王效賢女史の案内をはじめ、中国作家協会、陳健駐日大使などのガイド役も務めた。 
 團伊玖磨先生にお願いして中国の著名な音楽家のコンサート、ウルムチからの国際交流員の受け入れ、昆明で開催された世界園芸博覧会に八丈島の特産品を出展し銅賞を獲得するなど、町長として公的にも力を入れた。 
 八丈島には徐福伝説があり、中国の長い海岸線に散在する8カ所の徐福伝承地を何度かに分けて3巡するなど、息の長い「草の根交流」を続けてきた。
 日中戦争の激戦地だった寒村で、「あなたを通して日本観が変わった」と打ち明けられ、地道な交流の重要性を再認識したのである。
(笹本直衛氏)
 
高校生訪日団が東京で活動 学校交流とホームステイに協力
都協会は、(社)日中友好協会受入れの「中国高校生訪日団」第4陣(北京9人)の東京での学校交流とホームステイに協力した。
 6月26日午後、一行は東久留米市の自由学園を訪問した。生徒手作りの昼食を味わった後、女子は国語、男子は英語とラグビーに別れて授業参観のあと、緑に包まれた校内を見学した。
 茶話会の交流では、学園生がコーラスで歓迎し、大学部の学生が自由学園と「北京生活学校」との深い絆を紹介すると、いっそう打ち解けた雰囲気になった。
 中国の団員が武術を披露した後、学園の卒業生でもあり団を案内した都協会副理事長の三宅進さん(極真空手師範)が団員を相手に空手の組み手を披露、歓声と拍手がわいた(写真上)。短時間の訪問だったが、帰り際に生徒たちはメール交換などをして別れを惜しんだ。
 この日の夜は、ホームステイ。受け入れは、西東京市日中の高梨勇一会長、同・都築金次郎事務局長、豊島区日中の海老沢ひさえさん、北区日中の丸山隆司事務局長(都協会副理事長)と林孝安さん、高校生の二胡奏者で秋の音楽の夕べに出演する中西桐子さん宅の6家庭。
 二人の女子生徒(高1)を迎えた高梨さん宅では、英語と筆談でコミュニケーション。夕食のあとに浴衣を出したら「着てみたい」と大喜び。鏡に映したり、床の間で記念写真を撮ったり(写真)、初めての着物姿に大満足だった。「とても楽しい時間で、台所に立つと手伝ったり、着物を一緒にたたんだり、しつけの行き届いたとてもかわいいお嬢さんたちでした」と夫人の節子さん。
 それぞれの家庭で一晩を過ごした団員たちは、「短い時間だったけれど、とても温かく迎えてもらい別れるときは涙が出そうだった」と感想を語った。

第6回日中友好交流会 中国語を話しながら横浜散策
 東京都日中友好協会主催の第6回日中友好交流会が去る6月8日、横浜の散策という形で実施された。
 参加者は9時半にJR桜木町駅集合、先ず始めに駅前広場で四川大地震の犠牲者に対し黙祷を捧げた。大塚中国語普及委員の冒頭の挨拶の中で、5月下旬には、多くの方々から協会に寄せられた義援金百万円が一次金として中国大使館に届けられたことが報告された。
 今にも降り出しそうな空模様を心配しながら10時に駅前を出発、帆船・日本丸からスタートし(写真)、赤レンガの建物や海の見える風景を背に写真を撮りながら、中国語で「中国のどこから来たのですか」「家族は何人ですか」などと声をかけ散策を楽しんだ。
 11時には磯の香り漂う大桟橋着。山下公園では芝生に腰を下ろして昼食。お互いに少しずつ打ち解けたところで日中両語の混じる自己紹介。話す側はやや緊張気味、聞く側は身を乗り出して興味津々。その後に行われた太極柔力球の体験で更に和気藹々とした雰囲気になった。
 午後は横浜市開港記念会館に立ち寄った後、電車で新子安へ移動し、キリンビール工場を見学した。見学終了後は、待ちに待ったビールの試飲。全員で乾杯し、渇いた喉を潤した。
 今回は、翌週に日本語検定が控えているという事情もあって、参加者28名中、中国人が5名と少なかったものの、心配された天気が最後までくずれることもなく、笑顔いっぱいで再会を期した。参加者からは「中国語が話せる貴重な機会だった」「盛りだくさんの内容で楽しかった」「来年が楽しみ」との声が寄せられ、日中交流のみならず、日日交流も深まる一日となった。 
 (大塚順子)
2008年活動事業・予算を決定
NPO 都協会第8回通常総会を開催
 NPO法人都協会は6月28日午前、第8回通常総会を新宿区の日本青年館会議室で開催、古島琴子理事長の開会挨拶、6月25日に逝去した清水正夫副会長と四川大地震の犠牲者への黙祷に続いて、議長に広瀬達志常務理事を選出して議事に入った(出席83人、委任状472人)。
 貫洞哲夫会長は挨拶で、「時代に適合した活力ある事業を展開するためには組織の若返りはぜひとも必要、特に若い会員の皆様に関心を持ってもらうと同時に発言の機会などを具体的に研究していきたい」と述べた。
 報告事項は吉田愛子事務局長が2007年度の活動・事業と決算を報告、神山美智子監事が業務ならびに会計監査報告を行って、一括して拍手で承認された。
 議事に入り、古島理事長が、2008年度の活動事業計画案を提案、「北京オリンピック8・8フェスタ」について、杉本孝一郎理事と森山光伸理事から協力依頼、松井幸雄副理事長が「日本と中国・音楽の夕べ」の補足説明を行った。村岡久平副会長(社団法人日中友好協会理事長)から2016年オリンピックの東京招致とIOC委員に関する状況の紹介があった。
 このあと牧田安夫総務担当副会長が2008年度予算を提案。冒頭、少額ではあるが5年ぶりの黒字決算について、数字に表れない物心両面での会員役員の支援に感謝し、「お金がないために活動が鈍ることがあってはならない」と予算の基本方針を説明した。活動事業計画案と予算案は一括で、拍手で可決承認された。
 村岡副会長が「今後も協力して友好の実をあげていきましょう」と挨拶、総会を締めくくった。
三言両語
 日中東シナ海ガス田協議が妥結をみた。絵に描いたような妥協、相互譲歩だ。大人の解決、両国関係が成熟度を増した証拠と見る。
妥協だから双方に満足も不満もあるのは当然、両国政府は一部世論から批判を受けているが織り込み済みだろう。今回の解決はいわば臨時処置、この問題が好転しつつある日中関係の障害にならないため、双方が知恵を絞った結果だ。
 今回の妥結でこの地域の問題がすべて解決したわけではない。ガス田問題の背景には領土問題、排他的経済水域線引きなど難問があるが、これらはそう簡単に解決するはずがない。領土問題などは互いに半歩も譲れないだろうが、ガス田問題はいわば双方の面子の問題、曖昧さを残しても互いに実害があるわけではない。既存のガス田への関与を、日本は共同開発と言い、中国は自国の事業に対する日本の出資と言う。共に国内向けの説明だ。
 今後の日中経済協力の中心は環境とエネルギー、ガス田問題が双方の狭いナショナリズムを刺激するのではなく、環境・エネルギー協力の後押しになれば互恵となる。胡錦濤体制は、戦略的観点から少々の抵抗があっても、対日協調路線を断固続けてゆくと決意したようだ。腰を据えた日本の対中戦略が問われる。
2008年5月25日号
2008年交流事業が始動
北京オリンピックを応援しよう!!

★「北京オリンピック8・8フェスタ」8月8日に大交流イベント
中国で初めて開かれるスポーツの祭典をメインスタジアムと一体になって東京から応援しようと、都協会と中国人留学生らが実行委員会を結成、北京オリンピック応援イベント「8・8フェスタ」を8月8日夜8時8分(北京時間)の開会式にあわせて開催する。
第一部は大交流イベント「みんなで輪になろう!」。北京オリンピックや日中友好に因んだクイズ、音楽、ショーなど楽しいイベントを通じて大いに盛り上がり交流の輪を広げる。
 第二部は大型スクリーンでの開会式共同観戦。
日時 8月8日(金)19時〜23時
会場 池袋アカデミーホール(池袋駅東口より6分) 
入場チケット 千円(ワンドリング付)(定員2百名)
 イベントの参加に限らず、@FAXやメール、郵送での応援メッセージA協賛金(1口5百円2口以上)B実行スタッフなどを募集中。
 実行委員会では、中国が四川大地震の悲しみと苦難を乗り越えて、北京オリンピックを立派に成功させることを確信し、東京でもさらに力を合わせて賛同の和を広げようと取り組んでいる。(参加・協力のお問い合わせは都日中事務局へ)
◆長野聖火リレー先遣団で北京友協の馬恵麗さん来日
 北京市対友協からオリンピック委員会に出向している馬恵麗さんが、4月26日の長野での聖火リレーのために来日した。コース変更など、不安や困難もあったが、「聖火台に無事に点火したときは本当に感動しました。冷たい雨の中ずっと待っていた日本人も大勢いて、報道されなかったかもしれませんが、留学生たちは笑顔いっぱい『長野ありがとう!』と言いながら帰って行きました」と語った。
■ 北京友協がオークションで「8・8」に寄付
 都協会総会に合わせて、張賽娜副会長を団長に北京市対友協代表団が来日を予定。北京市対友協から、「オリンピックイベント」を盛り上げるために総会レセプションのオークションに品物を提供し、売上げを「8・8フェスタ」に寄付したいと申し出があった。
[告示]
第8回通常総会のご案内

特定非営利活動(NPО)法人東京都日中友好協会の第8回通常総会を左記により開催いたします。ご多忙のことと存じますが、万障お繰り合わせのうえご出席下さいますようご案内いたします。
会長 貫洞哲夫

一、とき=六月二十八日(土)午前十時〜正午
一、ところ=日本青年館 301室
(新宿区霞岳町15    рO3‐3401‐0101)
一、総会議案=活動事業計画/新年度予算/
その他
一、祝賀レセプション(十二時三十分〜十四時)
会場=日本青年館 会費=五○○○円
*北京市人民対外友好協会代表団を迎えて歓迎
   レセプションを兼ねて行います。
   お誘い合わせのうえ、多数ご出席下さい。

委 任 状
 ◎地区協会所属の会員は、その地区協会を通じて出席連絡または委任状を提出して下さい。地区協会には別途総会のご案内をいたします。
◎直属の会員は、左記により各自出席通知または委任状の提出をお願いいたします。
1.出席(  )
2.欠席(  )
総会における権限を(    )氏
または総会議長に委任いたします。

3.祝賀レセプション 出席(  )
欠席(  )
※該当箇所に○をつけて事務所へFAXまたは郵送して下さい。締切6月18日   FAX03‐3295‐8255
    月   日

お名前               (印)
★三言両語
来日した胡錦濤主席にお会いする機会を得た。暖春之旅、戦略的互恵関係をゆるぎなくさせるための訪日だと強調された。並々ならぬ決意と見た。何か意見をと言われたので、政経は車の両輪という提起の仕方は不十分だと述べた▼重要さで政経に勝るとも劣らぬもう一つの車輪は国民感情だ。この面での根本的転換がなければ日中関係は真に好転したとは言えない。民間交流の重要性はここにある▼胡主席が早大で講演し、学生と対話したのは素晴らしいことだ。昨年福田首相は北京大学で講演、対話したが、次代を担う両国の若者が日中関係の重要性を認識することは、戦略的互恵関係構築の基礎、基礎はしっかりしておかねば。パンダが来れば理屈なしで子供たちは喜ぶ。パンダ大使にも期待したい▼それにしても反中国勢力の騒々しさ。犬が吼えても歴史は進む。日中の相互依存関係深化の流れは止められない。問題は摩擦が生じた時どう対処するかだ。粘り強く対話するのか、非難合戦で両国のナショナリズムを刺激するのか。これからは国、国民の品格が問われる▼特に名実ともに大国になりつつある中国は、世界にそして地球に責任を持たねばならない。日中の戦略的互恵関係が両国だけでなく、世界の安定、平和、繁栄に貢献する日が来ることを望む。先ずは今夏の北京五輪の成功だ。
★2008年度活動事業計画案
この活動事業計画(草案)は、6月21日の第17回理事会で討議をし、総会議案として決定します。十分ご検討のうえ、ご意見ご要望をお寄せください。
◇はじめに  
 今年は日中平和友好条約締結30周年の記念の年であり、北京ではオリンピックが開催されます。北京オリンピックがナショナリズムに偏らず、世界平和のためのスポーツの祭典として成功することを期待し、心からお祝いしたいと思います。
 5月には胡錦涛主席が来日され、両国首脳間で交わされた共同声明では、未来志向で平等互恵の関係を推進していこうという新しい出発点が確認されました。これは日中友好の活動を進める私たちにとって大変明るく心強いニュースでした。
 日中友好協会の任務、活動の意義は、友好関係の基礎となる国民間の相互理解と友好的感情を深めることにありますが、ギョウザ、チベット問題等のため、日本国民の間には中国に対する不信感が根強く存在しています。これらの解決を願うことはもとより、東京都日中友好協会は、広く都民の間に中国への理解を深める活動を続けるとともに、北京はじめ中国各地との交流を通じて、中国の人たちに日本に対する認識を深めてもらえるよう努力してまいります。 
 新しい時代にふさわしい活動を創造し、積極的に外部に向って発信していくためには、協会の組織を強化し、財政を安定させなければなりません。一昨年の総会で特別決議された「4年間に会員倍層」の目標に向って引き続き努力し、地区協会会員とともに直属会員、法人会員、特別会員の増加にも努めて体力を強化してまいりましょう。
 会員の要望に合わせて、今年度は以下の事業・活動を進めます。

◇事業計画
1.組織活動
 都協会を将来性の展望できる組織に強化・確立するために、次の4点を基本指針とします。
@ 老・壮・青それぞれの経験と特徴を活かし、創造力あふれる活動に取り組むことで、基礎組織である地区協会の拡充に努めます。
A中央区に地区協会設立準備会が発足、今後設立に向けて各界に呼びかける準備をしています。地区協会の空白地域を無くすため、今年も引き続いて努力します。
B各地区協会は、東部、中部、西南部、北部、多摩地区のブロックに属し、ブロックごとに協力してお互いの活動の増進をはかります。
C各地区の活動は、草の根の民間交流であることを認識し、それぞれの各自治体と各界との連携に努めます。
これらの基本方針をふまえて、次の具体的な行動に取り組みます。
(イ) 地区協会および直属会員の増加拡大のために、多様多彩な活動に取り組みます。各地区協会は、それぞれ会員増大の目標を設定してその達成に努力します。
(ロ) 昨年は多摩地区の青梅、八王子、西東京の地区協会が共同の事業に取り組みました。この経験を参考にして、地域ブロックごとの連携に取り組みます。
(ハ) 今年は日中青少年交流年であることからキャラバンOBはじめ若い人の意見を取り入れ、創意工夫に富んだ活動を提起し、次世代の担い手の確保に努めます。
(ニ) 定年を迎えた団塊の世代に、地域の活動への参加を呼び掛けます。
(ホ) 各地区協会は、都協会が主催する事業の成功のために努力し、地区協会の会員と直属会員がともに参加する機会を設けて、友好活動の広がりをはかります。
(ヘ) 在日中国人と中国留学生との楽しい交流で、相互理解と友情を育みます。

2.財政の健全化
 財政については、友好活動を通じてなんとか明かるい方向性を見出そうと、会員の増強、経費節減等、努力を重ねていますが、残念ながら日中関係の現状は、訪中団など交流活動に大きくマイナスに作用し、財政面にも非常に厳しい影響を与えております。このままでは、再び財政危機に陥ることが懸念される事態となっておりますが、日中両国の友好と世界の平和確立という協会の目的達成のために、新しい分野への活動展開も視野にいれて、会員・組織あげて前向きに解決策に取り組み、一日も早く健全化を計るよう努力いたします。
 
3.総合企画委員会の活動
 総合企画委員会は、新たな課題や新事業、新企画に対処するための整理、検討を行う部門です。自由に創造的な企画や提言を寄せてもらい、提案者を含めた役員の参画はもとより、各地区協会、会員各位の積極的な提案、行動を含む参画により具体化して、協会の運営発展をはかります。
 08年度に予定している事業は下記のとおりです。
@北京オリンピック8・8フェスタ(応援イベント)
 中国で初めて開かれるスポーツの祭典を東京から応援しよう!と、実行委員会を結成し、活動が急ピッチで進んでいます。実行委員会には、日本で学ぶ中国人留学生組織をはじめ、中国の若者の賛同と参加を得ながら、日本の青年層も可能な限り結集していくよう努力中です。8月8日は、一部・大交流イベント「みんなで輪になろう」で、北京オリンピックにちなんだクイズや音楽、伝統芸能などの集い。二部「開会式共同観戦」として、大型スクリーンでの開会式観戦とインターネットで現地からの様子の実況中継を予定しています。(8月8日(金)19時〜23時/アカデミーホール(池袋))
A第5回平山郁夫シルクロード美術館バスツアー
5月17日(土)(シルクロード美術館―三分一湧水―白州道の駅・36名) 

4.青少年交流
@北京市青少年キャラバン訪日団
 1988年に始まった「日中青少年交歓キャラバン」の東京での実施は9回目となります。日中青少年友好交流年の今年、北京市人民対外友好協会では、7月14日から7日間、北京の青少年を中心とする40人の訪日団を派遣します。東京都の協力で都立高校での学生交流と、7月15日(または16日)夜に都協会主催歓迎会を行います。次代の日中友好を担う若い人たちの育成を願って、この事業の成功のため協会あげて取り組みます。
  
5.訪中団の派遣事業
 今年は日中平和友好条約30周年、また北京オリンピックを控え、都協会の訪中企画も大いに盛り上げたいところですが、食品安全問題、あるいはオリンピック関連費用の暴騰、チベット問題の影響など、企画推進にはまことに厳しい環境にあるのが現状です。こうした中でも都協会は、訪中での交流の成果を得るべく努力を続けてまいります。
(1)「2008年市民交流訪中団」(10月18日〜25日)
 日中平和友好条約締結30周年を祝い、北京での市民交流行事と交流晩餐会を催。3日目以降は、3グループに分かれて各地を訪ねます。同日程で渋谷区民代表訪中団を実施します。
(2)会員訪中団ほか 
 協会ならではという特色があり、しかも具体案のある訪中団が望まれます。知恵を出し合って企画を進めてまいります。
@北京オリンピック訪問団(8月15日〜18日・北京)*女子マラソンの沿道応援。北京市対友協招待所・ホームステイ
Aチベット天空列車の旅(8月24日〜31日・成都―ラサ―(青蔵鉄道)―西寧―上海)
B目黒区日中友好議員連盟訪中団(10月9日〜12日・北京―西安)*崇文区表敬訪問など
C「見に行く会いに行く中国の旅」(10月14日〜18日・北京―ハルビン―大連)
*北京での懇話会、校慶会との交流など   
D「2008年渋谷区民代表訪中団」(10月18日〜25日・北京―重慶―新三峡下り―武漢―上海)
*「08年市民交流訪中団」に参加。
E上海3泊4日の旅(上海中心の短い日程で企画)

6.訪日団の受け入れ
 都協会は、北京市人民対外友好協会はじめ中国の関係機関が派遣する訪日団の受け入れを通して、中国の人々に日本への理解を深めてもらうとともに、会員はもとより、広汎な市民に友好交流の輪を広めることをめざします。そのために、会員・自治体等に幅広く協力を求めて参観目的に応じたメニューの開発や交流の場の確保、ホームステイの要望に対応できる、受け入れ家庭や施設等の整備に努めます。
(1)北京市農業視察団(4月5日〜10日・団長聶観涛・北京市農村工作委員会総合処処長)
(2)北京市婦人代表団(5月15日〜20日・団長楊秀珍・北京市婦女連合会副主席) 
(3)北京市対友協代表団(6月26日〜7月1日・団長 張賽娜副会長)*都協会第8回総会に参加。
(4)太極柔力球合宿セミナー(6月12日〜16日)
(5)北京市囲碁代表団
*第11回東京都日中友好囲碁大会に来日予定

7.文化委員会の活動 
@「日本と中国・音楽の夕べ」(9月26日夜開演)
 都協会は07年3月に他団体との共同による「陽春コンサート」を成功させましたが、第24回「日本と中国・音楽の夕べ」は、この方式により文京シビック小ホール(350席)で開催。第一部は二胡、中国琵琶、津軽三味線のセッションで、楽器の持ち味を生かした演奏、第二部は、ソプラノ歌手・ユウ燕の歌を楽しんでいただきます。
 「音楽の夕べ」は09年に25回を迎えます。節目の年にふさわしいコンサートを計画、準備を進めます。
A東京都日中友好囲碁大会
 第11回東京都日中友好囲碁大会は、友好交流を主体とした大会とします。実行委員会を開催し、北京市人民対外友好協会と協議しながら囲碁愛好者訪日団を受け入れ、知的スポーツである囲碁を通じて日中友好の絆を深めます。
  
8.スポーツを通しての交流
@日中友好スポーツ交流会
 都内及び近県在住の中国人とスポーツを通じて、交流を深めることを目的に、第5回を4月20日に北区の滝野川体育館で130人の参加で実施、バレーボール、卓球、バトミントンなどに加え、太極柔力球の体験も人気でした。運営に際し、日中青少年交歓キャラバンOB、OGが準備段階から実行委員として協力しました。
A日中友好スポーツ事業
 今年の北京オリンピック開催に関心が高まるなか、日本の高校、大学の運動部や社会人のスポーツサークルなどと中国の団体が友好交流を目的とした親善試合等を北京で実施できるよう協会のホームページを活用し、その橋渡しに努力します。
B太極柔力球の普及
都協会では、日本太極柔力球協会に協力して、日本における太極柔力球の普及振興に努めます。6月14日・15日は、指導者のための合宿セミナーと初心者・初級者の普及講習会、2009年3月には国際交流会を開催予定、この成功に向けて取り組みます。
  
9.中国語普及の活動
渋谷区日中友好協会と共催の「青山中国語」2教室(中級1・2)と「池袋中国語」2教室(初級・中級)は、4年目に入り、青年層の定着に悩みを抱えています。この改善のために、06年秋から「土曜特別教室」を開講し、成果をあげてきました。これを踏まえて、語学に限定せずに、だれでも気軽に参加し話し合える「中国サロン」(仮称)を検討していきます。
@中国語スクーリング
 8月31日(日)に、第35回日中友好中国語スクーリングを開催。中国語学習者のステップアップをめざします。来春には、春期スクーリングを開講します。
Aスピーチコンテスト
 11月9日に開催(朗読の部と弁論の部)。弁論の部優勝者は、東京代表として全国大会に出場します。東京代表者はここ数年、全国優勝からは遠ざかっています。この意味からも《質の高い》コンテストを目指します。
B留学生との交流
 中国人留学生との交流を通じて、日頃、教室で学んでいる中国語を実践しながら、中国の文化や生活を知り、友情を深め、中国語のレベルアップを図ります。本年度は6月8日実施。
C中国語教室  
 地域の人々に中国語の学習を通して協会への関心と理解を高めてもらい、会員や支持者を増やす基盤作りのために、教室開設や継続のため引き続き地区協会と協力していきます。
D中国語講師の派遣
 企業等への中国語講師派遣事業は、現在アプローチがあるのを含めて拡大する方策を模索しています。
E中国語学習者訪中団
 来年夏を目標に、各教室で学ぶ人たちやスクーリング参加者に呼びかけ「西安交通大学」に短期留学の形で派遣します。

10.広報活動 
@ 『日本と中国・東京版』の発行
協会の機関紙は、中国に関心を寄せるすべての人々に、協会の性格や活動を理解してもらう大切な手段です。都協会および各地区協会の活動を写真入りで紹介する『日本と中国・東京版』を今年度も隔月1回発行、内容の一層の充実に努めます。
 (社)日中友好協会の機関紙『日本と中国』は、わが国の友好運動ばかりでなく、日中両国の政治・経済・文化等のトピックを日中友好の立場で紹介するメディアとして、重要な役割を果たしています。一般の商業紙誌がとかく反中国の風潮に流されている今日、私たちの運動を進める上での糧にしたいと思います。
A インターネットの活用
 インターネットは、現役世代では完全に生活の一部になっており、ネットなしの生活は最早ありえません。このような時代にあわせて、都協会のホームページは、協会の活動を中心に、今後の行事予定、各種催しなどを、広く一般の人々に知らせる手段として、大きな役割を果たしています。さらに、関連団体とリンクすることで、中国の情報を知るのに大変役立っています。
 この1年間に、ホームページを通じての入会問い合わせ数は31人、入会者は11人でした。会員の希望者を対象にした《都協会ネット通信》配信先は、現在94人です。さらにホームページを充実させ、新規入会やネット上のバナー広告を増やしていきたいと思います。 
B 『人民中国』の普及
 『人民中国』は、北京の人民中国雑誌社発行の日本語の月刊総合雑誌です。中国のユネスコ世界遺産など観光情報や、人々の暮らしと問題意識などを紹介し、中国を身近に理解する有効な手段として、これからも普及に努めます。

11.中国事情懇話会
中国の現状についての理解を深めるため、今年度も継続して開催します。
第24回(4月8日・西園寺一晃先生)「2008年の中国経済―オリンピック以降中国経済はどうなるか」/第25回(7月・横堀克己先生・雑誌人民中国編集委員・元朝日新聞編集委員)/第26回(9月・西園寺一晃先生)

12.女性委員会の活動
 女性に適した活動の計画・実施と都協会の諸活動に女性の参加を呼びかけます。この活動に積極的に参加する女性会員を随時、委員にお願いし、今年度も下記の活動を行います。
@隔月1回の委員会
A「日中女性新春の集い」
B「チャリティバザー・アジアの祭典」(アジア婦人友好会主催)中国大使館に協力しチケット80組を販売(08年4月16日開催)。
C「中国映画鑑賞会」中国大使館の協力で秋に予定
D在日・来日中の中国女性との交流
E北京市婦人代表団を迎えての歓迎夕食会(5月15日)はじめ諸活動。

13.教職員部会の活動
教職員部会は、会員の中の「教職経験者」と「教育に関心のある方」で組織され、活動にはどなたでも参加いただけます。
@ 連続講座「東アジアの150年」
 朝日新聞連載の「歴史は生きている 東アジアの150年」の資料をもとに学習会を行ないます。第1回(3月15日)「今なぜ歴史・政治絡み増す」「アヘン戦争・明治維新」/第2回(4月19日)「日清戦争と台湾割譲」「日露戦争と朝鮮の植民地化」/第3回(6月21日)「辛亥革命と民衆運動」「満州事変と『満州国』」/第4回(7月19日)「日中戦争」「アジア・太平洋戦争と国共内戦」/第5回(9月20日)「朝鮮戦争とベトナム」「日韓・日中の国交正常化」/第6回(10月18日)「中国 改革・開放 韓国・台湾の民主化」「東京・北京新幹線」/第7回(11月15日)特別報告「9・11テロ事件研究」     
A都協会の活動への協力
 中国事情懇話会など都協会の活動に参加し学習を深めます。
B09年度に中国旅行計画
★中国経済の今後について(第24回中国事情懇話会)
 都協会は4月8日午後、西園寺一晃・工学院大学客員教授(都協会副会長)を講師に、上野の東京文化会館で第24回中国事情懇話会を開催した。テーマは、「2008年の中国経済―オリンピック以降中国経済はどうなるか」。42人出席。
 中国問題に対しては、常に評価・意見が分かれるが、改革開放政策から30年が過ぎて、中国経済は@今プラスとマイナス・光と影の転換点にあるA国内事情だけで動くのではなく世界経済と完全にリンクしているB「社会主義市場経済」という変則的な構造など、今後の予測を非常に困難にしている要因を説明、バランスとインフレと人民元をキーワードに、中国経済の流れと今後について紹介した。
 胡錦涛体制が、環境(特に水不足・水汚染)、格差(農民問題)、エネルギーという難問に加え、潜在的な食糧問題などこれまでの大成長の不の遺産≠背負っていることや貿易黒字に対する欧米の圧力と人民元の切り上げについても紹介。隣の巨大な国がさまざまな困難を抱えながら成長していく状況、断トツに強かったアメリカが相対的に弱まっていく時代の中で「日本はどのように対応していくか、準備が万全かと問われているのではないかという気がします」と話を結んだ。
★歴史認識の共有を(教職員部会連続講座始まる)
 今年度、教職員部会では、「東アジアの150年」をテーマに、連続講座の学習会を開催している。資料は、朝日新聞に連載された「歴史は生きているー東アジアの150年」。
 3月15日の第1回講座では、吉川信一氏(教職員部会事務局長)が、「<いま、なぜ歴史>政治絡み重み増す」「アヘン戦争と明治維新」をテーマに報告。東アジアのそれぞれの国が、歴史教育の大きな変化を見せはじめて、歴史問題を克服する動向がみられ、政府、民間の間でも盛んになり、共同研究も進んできていると指摘した。
 東アジアの人々たちと、どう歴史認識を共有していくかが話題となる中で、参加者の体験交流は、大変有意義だった。歴史の事実にもとづいて学ぶことは、過去を認識することだと、改めて感じた。 (小嶋雄二) 
●民間交流の扉
 目黒区日中には結成時から熱意をもって関ってきた人たちが大勢いました。66年に正統派目黒区日中を再結成、旧満州から引き上げてきた人たちが中国との関係を良くしようと斉藤会長のもと、一生懸命やってましたね。国交回復の運動をしてくれた人たちが友好協会の柱になったと私は思っています。私の初訪中は、77年都日中の「都民の翼」。行ってみて初めて「中国はこんなところだったのか、面白いな」と興味を持ちました。
 「日中目黒だより」(復刊1号は78年2月)を見ていくと目黒区日中の歴史がよく分かります。第1次目黒区民訪中団(19人)は80年に私が団長で、北京、西安・蘭州を訪問。23区の区長会で塚本俊雄目黒区長が訪中したときに、北京の著名な書家と知り合い自費で招いたことがきっかけで四川省の書法家協会の来日など相互の交流が増えました。85年塚本区長が団長の第4次(29人)では貴陽と成都で日中書道交流展を開催、貴陽は5百人が参加する盛大な会になりました。自身も書家だった塚本区長がポケットマネーで熱心にやったことから、区民に活動が大きく広がりました。
 私は83年に区議をやめてから都日中の団や本部の交流会議など多いときは年2〜3回訪中し、40回ほど行きましたね。交流会議で崇文区との交流のきっかけができ、91年に友好区締結。塚本区長のあとを河原区長が受け継いで、キャラバンも10回すべて参加したし、保母さんの研修も実施、そういう中で春節の餃子作りの会も生まれました。
 区日中の活動が難しくなってきた頃、結成時からの会員の阿部澄子さんから声がかかって黄山に桜を贈る活動に取り組み04年に約束の千本になって、黄山の麓に「友好の櫻」の碑が建ちました。
 今年は北京オリンピックに崇文区の招待で区長が行く予定だし、秋には区議連が訪中団を派遣。これからも親しい交流が続くことを願っています。 (目黒区日中会長・有座猛)
★和やかな中にも熱戦を展開―日中友好スポーツ交流会に133人
 都日中と北区日中の共主による日中友好スポーツ交流会が北区の滝野川体育館を会場に4月20日、133名の参加を得て盛大に開催された。団伊久磨作曲の「北区のうた」に振り付けされた「北区さくら体操」で準備体操後、競技を開始。体育館の第1面はバレーボール、第2面はバドミントン、第3面では卓球と太極柔力球コーナー。参加者は自由にプレーできるものの、どの競技も順番待ち。特に太極柔力球体験コーナーは中国生まれのニュースポーツという珍しさも手伝って、多くの参加者がラケット片手に体を動かしていた。
 会場には日中両国の国旗の他、「友誼(友好)第一、比賽(勝敗)第二」のスローガンが掲げられ、参加者は、和やかな中にも熱戦を展開した。日中青少年交歓キャラバンOB、OGの有志が実行委員として運営に協力した。また、前日に中国出張から帰国した吉田事務局長が北京より五輪旗を持ち込み、参加者全員が北京オリンピックの成功を祈って旗に寄せ書きをした。
★北京市農業視察団が来日―足立区の野菜農家訪問
 北京市対友協派遣の農業視察団(団長=聶観涛・北京市農村工作委員会総合処処長)一行9人が、都協会の受け入れで来日した。
 4月9日、JA東京スマイルの松丸専務らの案内で、足立区舎人の新井園芸を訪問、一昨年11月に都協会派遣の東京都青年代表団で訪中した足立地区青壮年部の松澤、横井、新井の3氏が揃って出迎え、北京の農家を案内した対友協の李維建科長と再会を喜び合った。新井園芸では小松菜やサラダ菜の水耕栽培、30分で600束以上を仕分けパッキングする機械などを見学し、親子2代家族4人とパート13人で、高品質・安定生産による食の安全と消費者の信頼確保に取り組んでいるという説明にしきりにうなずいていた。「誇りと情熱をもって農業をやっている人がいることをみていただけたかな」と新井さん。一行は、収穫ちかい野菜が整然と並ぶハウスで写真を撮り熱心に質問をしていた。
 このあと、JA東京スマイル水元支店で懇談。松丸専務が資料をもとにJAの組織・運営について説明した。組合員の資格、自然災害時の保険、利益と配当や本部と支店との関係、赤字が出た場合はどうするのかなど具体的な質問が続き、関心の高さをうかがわせた。
 柴又帝釈天参道前の川千家で昼食会のあと、帝釈天を散策。聶団長は「皆さんに温かく迎えてもらい感激しました。短い時間に団の希望を十分入れてもらい非常に有意義で勉強になりました」と感謝を述べた。
★18人が熱弁ふるう―北京で大中物産杯日本語弁論大会
 去る4月12日、中国傳媒大学で同大学と大中物産株式会社主催、都日中、北京対友協など6団体後援、Jパワー、太平洋セメントなど17企業の協賛による「第2回大中物産杯日本語弁論大会」が開かれた。北京と天津の大学で日本語を学ぶ本科生と院生百数十名の応募者の中から選ばれた18名の弁士が熱弁を振るった。  
 テーマは「私と日本」、「思いやりの心」、「私がドラエモンだったら」から選択。かつて毛沢東、周恩来の通訳を務めた林麗?女史の経験談、北京日本人会によるコーラスや学生の京劇などアトラクションも盛りだくさん。聴衆は850人を超え、天津からはバス数台を連ね応援団が駆けつけて、大会は大いに盛り上がった。 
 ハイレベルの大会で、審査も難航したが、激戦を勝ち抜いた優勝、準優勝、第3位の3名に1週間の日本訪問がプレゼントされた。また6名に後援団体の名を冠した敢闘賞が贈られた。NPO法人東京都日中友好協会敢闘賞は「思いやりの心」のテーマで弁論を行なった、清華大学3年生の陳佳さん(女)に贈られた。
★北京市婦女代表団が来日―日本の政策や家庭の実践学ぶ
 楊秀珍・北京市婦女連合会副主席を団長とする北京市婦女代表団6人が都協会の受け入れで来日した。5月15日到着の夜は、都協会女性委員会主催の歓迎夕食会が新宿の「かに道楽」で開かれ20人が出席した。
 5月16日午前は目黒区を訪問、南富士江人権政策課長から目黒区の男女平等政策の説明を受けた後、相談室や、センターを視察した。専門家による無料の相談や保育施設に、「とても勉強になります」「北京でもつくりたい」と感想を述べた。
 都庁の食堂で貫洞会長、牧田副会長、松井、金久保副理事長らと昼食をともにした後、一行は渡辺日佐夫・東京都生活文化スポーツ局長を表敬訪問。渡辺局長が、「女性は天の半分を支えているという中国の言葉を我々も知っています」と話すと、楊団長は「女性の問題に関わる者として、心強い応援を感謝します」と笑顔で応えた。この後、東京都の平林宣広参事と臼井きく子男女平等参画室長からワーク・ライフ・バランスや配偶者暴力対策など東京都が力を入れている事業の説明を受けた。
 午後3時、婦人之友社を訪問。三宅相談役(都協会副理事長)と千葉公子社長の出迎えを受けて、新築なったばかりの友の会会館で懇談した。鍋帽子やエコバッグなどの報告に楊団長は、「身の回りの実践が地球環境という高いレベルに結び付いていることに感動しました。北京と東京で、家庭の中の環境保全をテーマ毎に勉強しあい、女性のパワーで行政や社会全体に影響を与えていくためにともに頑張りましょう!」と挨拶、拍手が沸いた。
 各所で、四川大地震の見舞いの言葉や義捐金を託された楊団長は、「日本に来てあちこちで募金活動を目にして、中国への友情をしみじみ感じました。国際社会の関心の高さと支援を受けて、中国人民は心をひとつにし、必ずこの困難を乗り越えます」と感謝を述べた。

2008年3月25日号
★青梅マラソンに来日 北京の中高生ランナーが青梅総合高校で交流
 第42回青梅マラソン大会参加のため、4年連続で北京市対友協派遣「北京市青梅マラソン訪日団」(団長・盧燕寧科長)一行6人が2月1日から5日まで来日、男子10`の部に高校生の張碩、楊雨然選手、ジュニア女子3`の部に中学1年の張瑩萱選手が登録した。
 到着の夜、青梅市体育館のガンバ・ガンバで青梅市日中主催歓迎会が行われた。小澤会長の熱烈歓迎の挨拶を受けて盧燕寧団長は、「皆様の熱い友情と歓迎のお気持ちで暖かくなりました。本番で全力を尽くすため応援お願いします」と挨拶、昨年に続いて2度目の挑戦となった張くんが「今年は去年より良い成績で走ります!」と宣言した。
 2日開会式の後、青梅市の手配で、都立青梅総合高校を訪問した。今年が日中青少年交流年に当たるところから北京からの希望で実現したもの。花野耕一校長はじめ生徒会役員らの出迎えを受けて、プレゼントされた「和」と書かれた色紙を手に記念撮影、懇談の後、吹奏楽部や太鼓クラブ、野球部などの部活を見学し、当初の予定を大幅に超える密度の濃い交流となった。 
 「生徒の自己管理意識の高さは中国には見られないこと」「吹奏楽部が老人ホームや幼稚園を訪問するなど社会活動への参加意識が高い」「青梅マラソン応援のために太鼓を練習している生徒たちを見て、この大会が愛好者だけのものでなく、全青梅市の行事だと実感した」…同世代の高校生との交流は団員一人ひとりに深い印象を与えた。
 大会当日は、深夜から降り続いた大雪のために午前7時に大会史上2度目の中止が決定。スポーツ報知に「日中友好10代トリオ」と大きく紹介され、祈るような気持ちで見守っていた選手たちは、「走れなかったのはとっても残念!また挑戦したい」と話していた。盧団長は、北京国際駅伝大会などの経験から「突発的な大会中止を混乱せずに運営するシステムが素晴らしい。青梅の皆さんの受け入れは、中止の影響が全く無かったことに深く感謝します」と語った。
 4日昼は、浅草のお好み焼「六文銭」で都協会役員の歓迎会が開かれた。団員は「初めての日本ですが、皆さんが親切で、日本に大勢の友人がいたような気持ち。とても楽しかった」と感想を述べた。 

青梅市日中主催歓迎会にて

新橋亭呉社長を田中総料理長を紹介
★都協会 新年会の集い開催
 都協会は、1月12日、港区の新橋亭で役員会員ら40人が出席して「2008年新年の集い」を開催した。冒頭、貫洞会長は、「政府間には変化があっても、草の根の国民の友好は長く変ることがない。新たな気持ちで一層の努力をしてまいりましょう」と挨拶、西園寺副会長が、「日中関係の好転と、民間交流が光を放つことを願って」高らかに乾杯の音頭をとった。
 『新春彩?盆』(特選オードブル)『賀詞炸双味』(えび春巻と白身魚の甘酢かけ)『発財両鮑魚』(鮑茸と鮑と髪菜の煮込み)とおめでたい料理が並んだところで、新橋亭の呉社長(都協会常務理事)が《現代の名工》受賞の田中喬総料理長を紹介、「お正月にふさわしい中国のものをいれました。料理の意味を考えながら味わってください」と挨拶した。                                  
 杉本理事の進行で限定福袋≠ニ人気のオリンピックグッズなど会員、役員提供の品々でオークションが行われ、すべて完売、にぎやかに新春のひとときを過ごした。
★三言両語
今の中国を象徴する「五化」という言葉がある。工業化、情報化、都市化、市場化、国際化。この流れにうまく乗って中国は急成長した。だが物事はそう単純ではない。工業化は環境破壊をもたらしたし、市場化は高成長とともに大きな格差を生んだ。情報化、都市化、国際化も良いことばかりではない
▼今年は改革開放三十周年、ケ小平は深?を中心とした珠江デルタ経済圏、江沢民は上海を中心とした長江デルタ経済圏を大発展させた。胡錦濤は天津を中心とし、二市三省からなる環渤海経済圏の発展を目指し、東北振興をドッキングさせる戦略。その実現のためには五化の弊害部分と戦わねばならない
▼中国が環境・省エネで最も期待しているのは日本。足踏みを続ける日本経済にとって、これは大きなビジネスチャンスだし、中国の環境が改善されれば越境汚染の心配もなくなる。これぞ相互依存関係。同じように中国は安い食品や雑貨を提供し、日本は高度の素材や部品を提供する。このような分業はすでに強固なものとなっている
▼協力は益をもたらし、争えば共に傷つく。今回の餃子問題、責任のなすりあいはなんの益もない。問題が起きれば協力して早急に解決する。冷静に、客観的に。でないと傷つくのは両国民。今年は平和友好条約三十周年、そろそろ成熟した関係にと思う。
★都協会・(社)日中友好協会主催―日中友好新年会開く
 都協会と●日中友好協会主催の2008年日中友好新年会が1月24日、一ツ橋の如水会館で開催され、会員、役員や中国大使館からの来賓はじめ、国会議員や各界の日中関係者300人が集まった。
 佐藤嘉恭●日中友好協会会長代理の挨拶に続いて、崔天凱駐日中国大使が挨拶、木村仁外務副大臣が高村昌彦外相の挨拶を代読した。 
 ゲストで登場したアグネス・チャンさんが、昨年10月に北京で開いたチャリティコンサートの模様を感激を込めて報告、そのときに歌った自作の『ピースフルワールド』を熱唱した。
 貫洞哲夫都協会会長が「新しい年に希望をもって友好をすすめてまいりましょう」と乾杯の音頭をとった。
★日中女性新春の集い
 女性委員会主催の「新春の集い」が、中国大使館から、孫美嬌参事官、李桂萌三等書記官、後楽寮の女性留学生らをお招きし、1月19日、文京区の豫園で40人が参加して開かれた。「大使館でも女性の進出がめざましい。世界中でますます女性が活躍するでしょう」と孫参事官から力強いご挨拶をいただき(写真)、新任の李書記官は「日中友好のために協力いたします」と述べられた。
 留学生や日本人と結婚して子育てをなさっておられる中国出身の方々からの自己紹介や専攻分野、日本での感想など興味深いお話をうかがった。飲茶、ゲーム、ミニバザーなどもあり、なごやかに新年のひとときを歓談しあった。(阿部)
★民間交流の扉
 周恩来総理への思いは、敬愛の念以外の何ものでもありません。一生懸命卓球に打ち込んできたからこそ周総理と出会い、当時の選手たちとも深い絆ができたと思っています。
 私が卓球を初めて目にしたのは、小学5年生。村の青年が打ち合う力強いフォームとリズミカルな音に魅了されて、中学1年から始めました。親を説得してくれた三豊東中学(香川県)の森賢一先生が私を卓球に結び付けてくれた恩人です。出会いの大切さを感じます。
 もうひとつの転機は専修大学への進学。親を説得しようと毎朝6時に起きて来る日も来る日も近くの山に登りトレーニングを続けました。東京の大学への進学など相手にもしなかった父が、ついに「お前に負けたワ、行ってもいい」と許してくれました。後から考えると、そこで決まったと思います。大学では1年で全日本学生選手権優勝、2年は6種目制覇、59年、大学3年になる3月に西ドイツ・ドルトムントの世界選手権大会で優勝しました。
 初訪中は61年北京大会。中国の台頭著しいこの大会では日本が攻撃の的でした。どことやっても相手に応援、日本がミスをすると喜び、点をとると工人体育館1万5千人のため息。シングルス3回戦で中国選手と戦ったときは結局3対1で勝ちましたが、審判も不公平で、くやしくて涙が出ました。
 大会のあと周総理が日本選手団のために会を開いて下さり、「皆さんは勇気をもって中国へ来られた。とくに松崎さんは」と語りかけ「勝っておごらず、負けてもくじけず、常に微笑みを絶やさずに戦った」と言われた。「友情第一・試合第二」という言葉が生まれました。私は63年プラハ大会で優勝後に選手を引退。その後、毎年のように訪中、周総理から温かく迎えていただきました。
 今卓球が再び人気になっています。試合が終わり、健闘を称えあい、インタビューを受ける…すべて終わるまでがスポーツ。強い選手は、技術はもちろんですが、精神面でも良いお手本になってほしいと願っています。(談)(元卓球世界チャンピオン・現姓・栗本)
新年好!春節好!地区協会春節だより
★北区日中―豪華景品ビンゴに171人の歓声響く
 北区日中恒例の春節餃子パーティーが2月3日、王子小学校附属・王子学級を会場に171名(内中国人82名)の参加を得て、盛大に開催された。直前に発生した中国冷凍餃子問題と朝からの大雪で参加者減が心配されたが、結果的には事前申し込みより10名多い参加となった。
 今年も元撫順歌舞団のオペラ歌手で王子駅前の中華料理店「天安門」店主、劉祥明氏がチーフとなり、午前9時から餃子作りを開始、正午に花川会長(北区長)の開会の辞、公明党太田党首の祝辞、王子小福田校長の歓迎挨拶の後、都日中坂田副理事長の乾杯の発声でパーティーが賑やかに始まった。今年のビンゴゲームの景品もカーボンヒーターやCDラジカセ等の豪華景品の他、抽選会を併用、上がった人からくじを引き、特別賞として折りたたみ自転車、2等5千円分の商品券等があったが、折りたたみ自転車を引き当てたのが、何と昨年と同じ日本人青年。この強運の青年の厚意で自転車を提供してもらい、全員参加の争奪ジャンケン勝ち抜き大会となり(写真)、自転車を獲得としたのは、ビンゴで一番最後に上がった中国人青年で、この不思議な二つのハプニングに驚きの歓声と大きな拍手が贈られた。全員に景品が行き渡ったところで、劉祥明氏が中国民謡を歌い上げ、アンコールの大拍手に応えて、「北国の春」を会場の中国人参加者と一緒に中国語で合唱するなどアットホームな雰囲気の中で友好を深めた。最後に原田理事長の閉会の辞で楽しく、賑やかに過ごしたパーティーの幕を閉じた。(丸山)
★豊島区日中―日中両国の歌手が華やかに美声の競演
雪豊年之兆≠Q月3日未明より降り始めた雪に出足が心配されたが111名(中国人36名)の参加を得て、豊島区日中恒例の「春節を祝う会」が区立生活産業プラザで盛大に開催された。
 前日からの仕込みに続き9時から秋元協会副会長の指導のもと、婦人部による1300個の餃子作りと調理を開始、午後1時30分の開会を迎えた。
 堀口豊島日中会長、里中日中議連会長の挨拶に続き、来賓の水島副区長、吉村区議会議長、松井都日中副理事長、そして節分の行事で多忙の中駆けつけられた高野区長からそれぞれ祝辞を頂戴し、今年97歳を迎える牛山協会顧問の力強い乾杯の発声でパーティは賑やかに始まった。
 テーブルいっぱいに並んだ料理は今年も大好評!中国の友人達をもうならせる餃子に舌鼓を打った。今年は二人の歌手が会場を盛り上げた。一人は昨年に引き続き中国人ソプラノ歌手で、その美声に参加者は故郷に想いを馳せ、しばし聞き入っていた。もう一人は日本人歌手。振り袖姿で会場狭しと歌い歩き、「春節」ならぬ「正月」ムードに一変?あちらこちらで記念写真の輪が出来た。
 最後は恒例の「お年玉プレゼント抽選会」。豪華景品の他、特別賞にサンシャイン水族館と展望台ペアチケット10組。笑いと歓声の中、全員に景品が行き渡ったところで楽しい新年の集いの幕を閉じた。(尾崎)
★八王子市日中―餃子やシャブシャブで中国料理交流会開く
 春節に関連づけた中国料理会も夏会長率いる八王子市日中結成から2回目にして恒例となった感がある。参加希望者も多く30名は入る会場も一度に入りきれず2部構成となった。今回は中国の留学生や在日中国人の方々が多く参加、餃子作りの要領は料理の先生並みの腕前を披露する人も…。
 会食を楽しみながら、角田、大沢両氏が演奏する二胡の調べで会場は一転春節ムードに。やがて恒例の自己紹介が始まった。小生を除く殆どの方々が中国語での自己紹介、中でも流暢で日本人らしからぬ日本人もおり、(燕京中国語教室の生徒)中国語教室も主催する当協会会長、夏老師の重みを感じずにはいられなかった。(武山)
★港区日中―香山新会長を迎えて会員拡大を重点事業に
 港区日中(香山磐根会長)は、昨年12月23日に新橋・新橋亭新館にて、日中友好残留孤児・虹の会(同会長)と共催で忘年会を開催した。
 家族連れの参加者も含め総勢50名の大盛会で会食、カラオケ、ビンゴ大会を楽しんで、来る2008年の幸福を誓った。
 昨年10月に香山・新会長を迎えた港区日中では、新入会員の拡大を今後の重点事業とし、入会のお勧めや申込書などツールの整備を行なって取り組んでいくことを決定した。(呉)
★千代田区日中―留学生を激励−総会と新春のつどいを開催
 千代田区日中は、2月9日神保町の新世界菜館で定期総会を開催した。山田永秀区議会副議長、高山肇区議会議長の挨拶のあと、定例の事業報告、会計報告が提案・承認された。今回から監査になった齊藤雅夫さんが監査報告を行った。
 今年度の新たな事業計画として、「千代田区新庁舎見学・お花見と中国留学生と交流する集い」という催しを三月三十日(日)に開催することが提起された。
 役員選出では、今年新たに山田副議長、石渡伸幸区議・区監査が千代田日中の副理事長に、大串博康区議が理事に決まった。
 続いて開催された「千代田区新春のつどい」では、石渡区議が新役員を代表して挨拶、顧問の共立女子学園石橋義夫理事長や来賓の海江田万里前衆議院議員、都日中の牧田安夫副会長から、それぞれ中国留学生に激励の呼びかけを行った。
 留学生を代表して宋陽さんと郭慧珍さんが自己紹介をし、?哈斯さんらが故郷の唄を披露した。有志から提供された「立雛」や『カタカナ語辞典』その他の土産が留学生を喜ばせた。
 一同は、3月の桜の下での再会を約し、散会後みぞれ模様の中を松本洋一郎さんに案内されて、愛全公園に〔周総理ここに学ぶ〕碑を訪ねた。(片岡)
★三者共催でにぎやかに「春節のつどい」
 目黒区日中友好協会の新年会は、今年初めて日中友好目黒区職員の会と日中友好目黒区議員連盟の共催による「春節のつどい」として開催、春節明けの2月13日(水)午後6時から目黒区役所食堂で開催された。
 三者共催となると、さすがに参加者も多く、中国大使館をはじめ中国報道機関、ふるさとで春節を祝ってこられた家族の方々に、区三役も加わって、総勢70人を超す盛況となった。
 主催者を代表して、当会の有座会長から「日中平和友好条約締結30周年に当たる本年は、春の胡錦涛国家主席の訪日、夏の北京オリンピックで、相互交流がますます増進する年にしたい」と挨拶の後、青木目黒区長、二ノ宮議員連盟会長が挨拶、次いで大塩教育長の音頭で乾杯し、春節には欠かせない水餃子と沢山の料理をほおばり、酒を酌み交わしながら懇談に入った。 
 途中で出席者紹介と中国大使館友好交流部の李桂萌さんはじめ報道機関支局長の皆さん、都日中の吉田事務局長から挨拶があり、参加者が相互に混じって会話に華を咲かせ、これも恒例となったビンゴゲームでさらに盛り上がり、職員の会淺沼会長の一本締めで、楽しく、賑やかな「つどい」はお開きとなった。(柴田)
★渋谷区日中―盛り沢山のプログラムで名残り尽きぬ集い
 渋谷区日中主催『春節の集い』が2月16日(土)正午から渋谷東武ホテルで開催された。桑原区長をはじめ区関係者、木村区議会議長はじめ日中議員連盟の諸先生方、都日中貫洞会長、村岡日中友好協会理事長、中国大使館の孫永剛書記官・杜暁曦アタッシェ、北京放送張国清東京支局長・人民中国干文支局長らマスコミ関係者、後楽寮から10名の留学生など112名の参加者で盛大に行われた。
 小倉・元区長が「今年の干支は子年、食が交わる子と書いてギョーザと読むこの年に奇しくも不幸な食品事件が起きていますが、こういう厳しい時期にこそ友好交流が大事。今後とも草の根交流しっかりとやって行きましょう」と挨拶、孫書記官からは「今年の春は胡錦濤主席の訪日、夏は北京オリンピックと記念すべき年になります。中日友好の発展の為に一層のご支援・ご援助をお願いします」とのご挨拶であった。広瀬渋谷区日中議連会長の乾杯のあと、美味しい料理を食しつつ、TFA長拳隊の華麗な演技、広尾ジュニア合唱クラブの歌声、横澤晃作さんが大道芸「南京玉すだれ」の驚きと笑いの妙技を披露、オペラ歌手・崔宋宝さんの心に染み入る歌と、盛り沢山のプログラムで瞬く間に時間が経った。
 張支局長・于支局長のお話や、後楽寮留学生の自己紹介のあとは、出席者全員で「海はふるさと(大海?故郷)」の大合唱。石田詔夫渋谷日中副会長の閉会挨拶のあともあちらこちらに話の輪が生まれ名残り尽きぬ集いであった。(永田)
★西東京市日中―新たな展望−天津市との交流に期待!
 西東京市日中の春節のつどいが2月16日、田無の北京飯店で開催された。
開会にあたり高梨勇一会長は「中国の然るべき都市と友好関係を結び着実に友好交流活動を展開して行きたい」と挨拶した。これを受けるかのように顧問の坂口光治市長より現在、多文化共生の拠点を市内に計画中であり、また西東京の東京大学・生命科学研究所の教授が天津市との交流及び支援プロジェクトを推進している旨報告があった。天津市は今注目されている環渤海湾経済圏の中心であり北京とは近々鉄道新線で30分で結ばれる予定、今後天津市との交流が期待される。
 春節のつどいは来賓の八王子市日中・宮内紀子氏の祝辞を頂戴した後、鈴木久幸理事の音頭で乾杯、懇談に入った。招待した留学生を囲み、北京飯店のオーナーで二胡教室も開いている楊智会員の素晴らしい二胡演奏もあって、なごやかな雰囲気の中、特製餃子や春節料理で一年の平安を祈り春節を祝った。
 顧問の小島晋治氏が久しぶりに参加され、挨拶の中で、中国発展に伴う格差拡大、地方での農民と地方政府との摩擦、都市の生産現場における労使関係の問題を解説した。(前田)
★大田区日中―松原大田区長の新会長就任で希望の春迎える
 大田区日中は3月3日に蒲田のレストランエスカアルで「春一番・新春のつどい」を開催した。30人。
 冒頭、鈴木明理事長より2005年に川村前会長逝去のあと空席のままになっていた会長ポストに松原忠義会長代行(現大田区長)の就任提案があり、満場一致で承認された。
 続いて松原新会長が挨拶にたち、故宇都宮徳馬都日中会長(兼全国本部前会長)の秘書時代からの川村前会長はじめ先達との交流に触れて、会長就任に寄せる感想が語られた。
 松原会長は、現大田区長として、大田区の国際交流の考え方と、今後のアジアとの交流、とりわけ日中友好の必要性を述べられ、秋には大田区の友好交流区である北京市朝陽区に大型の区民訪中団を出したいとの抱負も語られた。
 来賓を代表して坂田都日中副理事長からの挨拶を受け、老日中の会の坊野さんの音頭で乾杯、希望あふれる春を迎えるにふさわしい一日となった。
 大田区日中は新会長就任を契機に、新しい協会運営を目指し前進していきたいと考えています。(広瀬)
★練馬区日中―歌や踊りで盛り上がりにぎやかに「春の会」
 練馬区日中友好協会と「中国帰国者・家族とともに歩む練馬の会」(同歩会)の共催による「春の会」が3月9日午後、区立勤労福祉会館で80余名が出席して賑やかに催された。
 中村勇(区日中・同歩会)会長挨拶、孤児全協・大野妙子さんの乾杯発声、片岡健都日中副理事長ら来賓の紹介があり挨拶をいただいた。 
 2月に同歩会関係者らの努力により中国残留孤児援護基金の支援を得て、通所介護施設「故郷(ふるさと)」が開所したことは「春の会」にふさわしい明るい話題であった。
 手づくり料理に舌鼓をうつなかで、歌や踊りのアトラクションが続き、恒例の「秧歌踊り」で盛り上がるなか、閉会となった。(佐藤)
★残留孤児援護基金の支援で練馬にディサービス「故郷」開所
 自分のふるさと≠ノ帰ったように温かく、ゲームや体操・太極拳などの健康活動をしたり、入浴や家庭的な中国料理を楽しめるアットホームな通所介護施設「故郷(ふるさと)」(石川葉子所長)が、地域住民たちの強い要望に応えて、2月1日練馬区石神井町の南田中団地にオープンした。 
 これに先立ち、1月26日午後、同所において開所式が賑やかに催された。 関係来賓を迎え、主催者、支持者ら30余名が出席、苦労して漕ぎつけた開所の喜びを高らかな祝杯で祝い、讃えあう、祝宴となった。
 デイサービス「故郷」の設立活動は、NPO「中国の医療ネットワーク」(石川宏理事長)と「中国帰国者家族とともに歩む練馬の会」(同歩会・中村勇会長)とその支持者たちにより、粘り強く行われて来た。
 昨年2カ月にわたる実態調査で、地域在住の中国帰国者の高齢化と介護施設の緊急必要性が確認された結果、(財)中国残留孤児援護基金からの支援が実現し、施設開所に至ったもので、全国でも長野県飯田市に次ぐ二番目の支援事業である。
 「デイサービス故郷」は帰国者の二世・三世を交えるスタッフ体制で広く一般住民の利用をも呼びかけており、これからの活動発展が期待される。(佐藤)
★とっとっとの田舎暮らし―于舟(北京友好法人倶楽部常務副秘書長)
 昨年4月から1年間、自然に恵まれた長崎県南島原市で国際交流員として活躍した于舟さんから届いた便りを紹介します。
   
 一年前のこの時期南島原市はどこにあるか≠ニ日本の友達に聞くと、誰もが頭を振り答えがでなかった。国際交流員として一年間勤めるのは初めてのことだから、一体どのような所なのか、これからの一年間どう過ごせるのかと心細い気持ちで日本の土を踏んだ。
 「山紫水明」の一言で絶対言い尽くせない美しい大自然だなというのが最初の印象だった。雲仙天草国立公園の一部で、緑豊かな森を持つ普賢岳にもたれ、エメラルドの有明海に囲まれ、霞がかかる海に湯島や天草諸島が見え隠れする。いい天気なら、阿蘇山まで見られる。春満開のツツジ、秋炎燃えるような紅葉、砂浜と温泉、自然を愛する人は年中絶景を楽しめる。「それがあっても、本当の田舎だよ」と迎えに来られた同僚たちはこう熱心に紹介した。
 初回勤め先の市役所についた時、三階建て職場の職員全員が二列で中日両国国旗を振り、歓迎して下さったことに本当に驚かされ、きゅっと心温かくなった。ア、これがこれから一年間暮らす南島原だとほっとした。『南に生きよう』という言葉は市のキャッチフレーズだが、八つの町を合併してまだ一年の新市は自然環境に恵まれた静かな町だけではなく、人間の陽気さと温かさも含めている。
 仕事の一つは市の宣伝資料を纏め、中国語に訳すこと。有名な島原の乱の舞台となった原城はすぐ隣にある。市や長崎県の発展史、近代中日間の交流史の資料を調べ、勉強になった。
 一番好きな仕事は自分で企画した中国文化円卓会≠フこと。中国式の円卓は地位差別なく、みんなに平等で意見交換できるステージを提供し、できるだけ興味持つ話題を検討させ、やっと成功のうち終了できた。親しい友達が出きたことがもう一つの収穫だった。
 仕事のほかに、楽しいことがいっぱい見つかった。一番はボランディアで寺子屋の読み聞かせを手伝いに行くこと。子供達の輝く目に心引かれ、一度も休むことができなかった。
 あっという間に国際交流員生活が終わりに近づく。最初の都市に浮かれていた心が落ち着き、ますますこの田舎暮らしが好きになっている。心と心の付き合いとよく言うが、本当に理解や交流は難しい。外部条件を外し、先ず人間として、相手の立場に立ち考えれば、お互いに近くなれるでしょう。この精神を持ち、これからの仕事や人生に生かしていきたい。 
 着いた時に「とっとっと」を皆が教えてくれたが、「とっとっと」とは、長崎の方言で「取ってあります」の意味。なぜかいろんなレストランやお店がこの名前をつけていることがつい最近少し理解できた。やはり自分に優しく告げている:『ここにいると、もう安心できる』 そうだと思う。
★第23回中国語春期スクーリング―発音と初級・中級会話を開講
 都協会では3月2日、第23回中国語春期スクーリングを開催した。神田錦町のちよだプラットフォームスクウェアでの発音(島村泰子・許堅講師)と初級会話(閻瑜講師)、日中友好会館会議室での中級会話(盧思講師)の三クラス。
 発音クラスは発音声調の徹底練習のあと、春にふさわしく漢詩「江南春」を学んだ。丁寧で行き届いた指導に感謝の声が多く聞かれた。
 初級会話クラスは今年8月の北京オリンピックに向けて、「オリンピックを10倍楽しむ」をテーマにオリンピックにちなんだ言葉の数々を学んだ。マスコットや主要競技、代表会場や参加国の名称など豆知識満載のテキストを使い、オリンピックを想定した会話も練習、老師が熱心で引き込まれた、オリンピックに興味がわいたと好評だった。
 中級会話クラスでは、春節の国民的番組「春節晩会」にまつわる話や海外留学生帰国者「海帰」、タクシーに乗ったときの北京と上海での話題の違いなど中国事情がよく分かる内容で、「文化や風習に触れた話をきくことができてとても充実していた」「中国語を勉強することで中国への理解を深めていきたい」との感想があった。(発音13名、初級20名、中級20名)。

スクーリング・初級会話クラスの様子

朝陽区の囲碁交流を終えて
★囲碁を通じて日中交流―東京都囲碁愛好者訪中団
 都協会は、2月16日から19日まで「東京都囲碁愛好者訪中団」13名を派遣した。
04年から隔年で3回目の囲碁交流である。選手は四段から1級までの9名で、女流棋士も参加した。
 初日は、昨年来日した北京老同志囲碁会9名との夕食交流会と対局。夕食交流会で比留間邦助団長は「友好第一で交流しましょう」と挨拶、交流会は、闘志を内に秘めながらも、和気あいあいと親睦を深めた。
 いよいよ対局開始。持ち時間は1人30分で2局の対戦。込みは7目半の中国ルール。対戦成績は、明立四段が2連勝。2年前の訪中から未だ負けなしの快進撃だ。釣られるように初参加の高橋二段も2連勝。3回目の訪中で初めて勝ち越すという快挙を成し遂げた。
 2日目は観光でオリンピックのメイン会場「鳥の巣」も見学した。会場は、仕上がりも順調のようだが、周囲のオリンピック公園は、まだ未整備の状態だ。案内の李維建さんは「間に合います」と強調、中国のバイタリティーを感じた。夜は、北京市対友協の歓迎宴に臨み、張賽娜副会長から熱烈歓迎の言葉をいただいた。
 翌18日午前は、大田区と姉妹都市でもある朝陽区囲碁代表団と交流。持ち時間は、1人1時間1番勝負の対戦。朝陽区の選手は五段5人、四段2人を含む9人。力の差は明らかであり、段級位差によるハンデ戦を申し出たが、オール互戦での対局となった。私の相手は三段も格上の汪友林五段。中盤までは何とか持ち堪えたが、それ以降は碁にして貰えなかった。明立四段も中央の大石を取り損なって投了し、負け越しの結果となった。引続き行われた交流午餐会で、朝陽区の譚林坤外事副主任の歓迎挨拶の後、明立四段が「研鑽してまた教えを受けに来たい」と中国語で挨拶をし、喝采を浴びた。(田中雄)
★小油桐の植林視察「山紫水明の貴州」
 2月19日から24日まで、五十年の大雪に見舞われ、災害から立ち直ったばかりの貴州省を訪れた。省都貴陽の南160キロの羅甸県で都日中の板垣理事が全青連の中国青年実業発展促進会と協力して進めている小油桐(ヤトロファ)の植林事業を視察に行く。
 小油桐はバイオエタノールの原料として注目されており、実を搾った油からCO2を排出しないディーゼル油ができる。カルスト地形の山々の中腹に1億本の植林を目標として昨年から事業が始まった。「歓迎東京都日中友好協会小油桐視察団」という横断幕の下で、小学生の鼓笛隊に迎えられ、足元の不安定な山の斜面に立って説明を聞き、事業の成功を願った(写真)。昨年植えた小さい苗木は大寒波の被害も少なく、三、四年後には実がなり、搾油できる見込みで、苗木作り、植林、実の採取などの仕事によって現地の少数民族プイ族の生活向上にもつながる。
 プイ族の村洞上寨では大歓迎され、紫と黄色に染めたもち米で餅つきを見せてもらい、屋上で真ん中をくりぬいた丸テーブルに大鍋を掛け、下に炭火を置いて煮込みながら昼食。途中でテーブルが燃え出して一騒ぎする楽しい食事となった。それぞれが持ち寄った文房具やお菓子は喜ばれ、よい交流ができた。帰り道で古い町を整備した青岩古鎮を参観し貴陽に戻った。
 貴陽市では退職幹部の方々と交流し、83歳男性のオ・ソレ・ミオの熱唱や女性たちの京劇の歌唱など力強い歌声に感心し、こちらは鈴木缶美子さんの葡萄の墨絵に坂田和子さんが日中友好と篆書と書き添え、なごやかな会合となった。
 貴州省対友協では美人の苗族女性王揚副会長が歓迎宴を催して下さり、王副会長はじめ薛秘書長や日本担当の方々とは初対面であったが親しく歓談できた。
 帰途の広州では広東省対友協陳謙先生に迎えていただき、広州一の海鮮料理店で最後の夜を楽しく過ごした。 (団長・古島琴子)




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