庶民の目から見た中国の農村、大都市、中部・大西部!50年前と比較し農村そしてITタウンをなどを歩く

 

標記の項目等は 年間に通常8度程訪中し、うち2回は通常1か月近く 大陸の各地を渡り歩いたなかでの「大陸の課題」、中国の社会等について記してみた。但し政治関係等に関することは一部省略しています。 ■映像と写真より

 

1 IT・5Gの世界「深圳」の不思議!人口 数千人

  の漁村が1300万人へ!    

ちょうど50年前の1971年夏、晴海埠頭からソ連船バイカル号にて  香港まで船旅、そして大学の夏休みということもあり40日程香港、深圳等 を歩き回った。あまりに早い!もう ちょうど50年が過ぎ去った!

都市部の開発は余りに速度も速く、 路線バスしか走らない中西部の農村では50年前も そして

今も、状況は同じである。

 

 現状:「IT,5G,などと大小の最先端電気街、各種テクノロジーを駆使した企業群が深圳に集結し、中国内ばかりでなく、アジア随一のハイテク都市となった。TencentやHuawei(東莞市).所謂、BAT等3社が代表格であるが・・・

状況は刻々と変化している。

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*昨年度、両社とも内部を見学視察してきたがTencentは 視察は厳しいと言われている(まともに代理店経由だと、数名でも6万元以上、80万円の視察経費もかかる! つまりツアー4日間で 一人総てを込みで80万円以上もかかる。  

東莞市

中国人の9億人ほどが利用している携帯電話の中に組み込まれていいるアプリ「微信」を配信している会社だが、当日、無理を承知で訪問したが、米国系中国人の総監に建物内で出逢い、なんと無料で視察に応じてくれた。 1000名も入る食堂、従業員はほとんど無料で食事ができ、建物内には体育館も併設の巨大Twinタワービルである。週末も社員向けに福利厚生の一環として無料で各施設が利用できるという。まさにNo1企業の一つと言って良い。

しかし、今、国有企業の国内での**が大きな問題となっている。もう一つの超巨大企業である通販と金融の会社も、メディア等でも報じられているとおりだ。

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米国のBAFAに並ぶ中国のBATH~標記の3社に百度Baiduを加えて超大手国営企業の膨張ぶりには管理面などで国営企業のもう一つの「課題」もありそうだ。

特に、私が訪れた50年前の漁村が今や人口が東京都並みに膨張してきた背景には、深圳の立地条件にもよるところが多い。中国へのインバウンド人数は1億5千万人とも言われているが、内、約9千万人ほどが、香港やマカオ等から地下鉄や車、そしてなんと歩いて入ってきていることもあり、深圳、珠海の人口は増々巨大となっている。まさにSFOのシリコンバレーを遥かに超える規模となってきた深圳である。

私自身も過去2年で深圳へは4度程訪問したが、この街の魅力は夢があり、希望もあり、若者たちにも大きな夢と希望を与えている街となった。そして確かに自由だ。行こうと思えばマカオへは歩いて行けるし、香港へは地下鉄で数十分で行ける。最も近い国境の駅までは15分f程度で行ける。私も、15日間の中国滞在期間が超えそうなときは香港に「入国」し、またに戻るというときもある。

しかし、このような便利すぎる立地の深圳と、隣の香港にも微妙な空気が流れることもある。もう一つの国境である落馬洲を出て、30分後に再び中国領深圳に戻ってきたことも。ただ、今後も私たちにとっても一旅行者とは言え、今後は旅先で様々な面で留意する必要もある。

課題:この地区の発展は何よりも人口の流入だ。香港、広州、そして海外からの訪日客やビジネスマンの流入と大陸各地からの投資によって人口増大。香港、マカオからの年間の広東省への客は9千万人も!

 中国内の他都市も深圳を見本に同様のITハイテク都市を急いでいるが、深圳ほど人口の流入都市は他にあり得ないので、経済新区計画は「人口」の流入計画等を常に考えることと 地方財政の在り方をセットで考えることも大事である。

2 千年の計と開発・河北省の雄安新区~JJJ北京・天津・河北省の真ん中地区~ JJJの中間地帯 「新区」

第2の深圳を河北省の田舎に計画! 将来の大発展はどうなのだろうか?

イ ・深圳と「雄安地区」で環境が全く異なる!!

深圳の周囲「香港、広州・・そして列車、徒歩で深圳に流入する人数は1億人!  徒歩で、列車で、車で深圳へ!深圳には13か所の「国境」もあり、

・更にマカオや香港等から大量のインバウンド客が流れ込む一大商圏に!  一方で「雄安」は?北京、天津、石家庄、保定等からの流入は!まだまだ~不便である

■ ・中国全土から 地方政府の幹部が大量にこの新開発区「雄県」を訪れている。

「経済特区」であり、かつての「深圳」と同様の街づくりを 目指している~まさに「千年の大計」を全土に広めようという目論見があるからだ。

・しかし、2030年、2035年を最終目標として開発を急いではいるが、まだまだ交通は・・ 例え、AI,5G等を駆使したハイテクタウンづくりとはいえ、周辺の省や市・県等が全面的な協力も必要のようだ。

・もう一つの課題として環境問題が懸念される。河北省のこの地区には「白淀湖」があり、琵琶湖の5倍ほどの巨大な湖があり、今でもその周辺には「漁村」も存在する。

彼らの生活の保障とともに、周辺の新区を展開する各地区での水質の汚染と環境破壊が大きな課題となる。これらの問題も今から同時に対策を講じる必要がありそうだ。 今後はこの地区の環境問題も!(略)

3 社会の変化「ゴーストタウン」 各地を訪れて

(「鄂尔多斯市」オルドス他)

 今、なお全土各地に次々と現れている「鬼城」・ゴーストタウン。   2010年2月に北京の大学にて、授業の中で「鬼城」という言葉も耳にした。

この言葉は、その年の香港のメディアが大きく報じたことから、全土で大きな話題となった。私自身も、「旅游科学院(学部)」という専攻のために、全国の農村と開発の状況を追いかける中で、このなんとも奇妙なコトバの地区の現実を知るために、各地へと視察に出かけた。

 ゴーストタウンの現状・実態と今後に向けて

(看法・Point)

・全土ではほとんどの省・自治区でこのような地区が次々と現れてきた。  かつては大都市を中心に鬼城が生じている。上海郊外、天津、鄭州、そして浙江省各市、更には西安等の郊外の他、今では且つては貧困地区と言われてきた貴州省や風光明媚な雲南省等でも見られるようになってきた。

・主な背景としては、不動産業者等との異常とも思える乱開発や市や町の開発により 財政などを豊かにするために開発されてきた、という背景がある。

・その代表的な例が、内モンゴル自治区での「オルドス市」である。 確かに、その周辺には裕福な人々が住み着き、そして一人で複数の部屋を所有し、将来の値上げを見込んでの先行投資ともいえる。当時は複数の不動産を有し財を築く違法投資とも言われたことから、その後はそのような行為・取引の「禁止通達」も出たほどだ。その後、10年ほどが経過したが、今でも解決策?は見られず、今も空き室が多くあり、ビジネスビルなどもほとんどが空き部屋となっている惨状だ。

今後に向けて:

1不動産、ビル、マンションの建設よりも地元住民のための環境整備も必章を

2その地の人口、予算規模に見合う地元開発が行われるべき!

3従来のような「巨大・豪華・大きさ」よりも福祉と環境に配慮が必要だ。

4 西部・中部地方と農村・田舎経済  

 (ポイント・看法)~Point

そして、私自身が最も関心を持ったこと~それは大きな大陸の中での、大西部地区そして沿岸部よりも更に内陸部と言われる「中部」地区等での 各地の惣村・農業、更には 農民のあり方が、今後10年、30年、50年後には同変換していくのだろうか、ということであった。

所謂、「三農」問題であるが、 言い伝えられているように、沿岸部においては庶民の生活は大きく向上したものの、西部地区、そして中部地区において、まだまだ農村の生活は一向に豊かになることはなく、収入の道は閉ざされているのが実情だ。

・沿岸部と大西部地区での収入格差を解消することが求められる

・そのためには、中部・西部地区そのものの各省・自治区等での産業の振興が優先されるべきである。

・2010年以来、そのような地区での農村の発展状況を一つづつ現地を訪問し、実態等を調べてきたが、「豊かさ」はさほど進んでいないのが実情だ。

・沿岸部での各産業が大幅に進んでいることを考えると、より手厚い、集中的な農村地区の産業や農業開発令等を発出いただきたいと思う。 

5 その他 広東・香港・他 自治区等の地域特有地では

昨年の、一連の「香港」もメディアでは揺れている。この問題は、これ以上のコメントは避けたい。「世界的な潮流」の動きともなっているため、幅広く話し合うべきと感じている。

いずれにしても、従来は自由に行き来し、自由な行動もとれた香港内ではあるが、私たちも観光や視察の上においても 日頃の行動ばかりでなく、観光時においても 写真の撮影や自由行動時の街歩き等などにも十分な注意と、SNS等の発信(写真も含め)も今まで以上に注意を払うことも求められる。

「西部」地区においても同様のことが求められる。

底抜けに明るい新疆等各地の民族自由があっての本来の中国の未来が続く・・今後も、自由な発想で取り組む姿にこれからの大発展が期待される中国だ!!

むすびに あたって:(略)

 2021年は記念すべき年となる・・・

大学1年時、アメリカ大陸まで船にて片道2週間の長きに数をかけて渡った旅を経て、その2年後には再び ロシアの客船バイカル号にて香港経由で深圳・広東省へと大陸初の体験の貴重な夏休みの旅であった~約40日間という周遊の旅であった。

その中国大陸への船旅から、ことしがちょうど50周年目の記念すべき年となる。あの大学1年次のアメリカへの往復37日間の船旅にて体験したアメリカの偉大過ぎる、発展の度合いがとてつもなく段違いに偉大であると気づいた

科学も、文化も発展し尽くし、ロサンゼルスでみた航空機産業の工場を観た時には科学分野で、いかにアメリカは進んでいるのか!と驚嘆したことを今でも鮮明に覚えている。一方で、サンフランシスコにてみた光景は再び身を疑うほどの自由に対する驚きの姿であった~いわゆる、ヒッピー族発祥の地ともいうべき、サンフランシスコのTwinPeakの丘で「目撃」した、アメリカ文明文化の最たるものを観てしまったという感じであった。

この光景は大学1年の私にはあまりに衝撃的であり、アメリカの文明の先の先の姿までをも見てしまった!という率直な感想であった。いずれはこのアメリカ文明の波(この場合は、あまり良い印象とは言えないものが存在するが、)そのことは 今後も日本や欧州、アジアにもやがてはジワジワと伝播してくるのではないだろうか・・。

いわば、発達し過ぎた文明・文化に対する若者の反発に起因する若者文化は学生たち、大学生たちの「社会への反発・反骨精神」にも影響を与えるものだ。

アメリカの社会、文明そして経済や政治に関してはあらゆる角度から、そして様々なメディア等を通して私たちの目に、耳に、そして心にも伝わってくるものも多い。大陸内においても、大西部や南方の地区の実態は私自身も全土を回った感じた中でもまだまだ把握できないものが多い。

私たちもメディア情報や新聞・書籍にのみ頼っていても、それらの地域の本当の姿は不明だ!そして15年前、10年前、そしてわずか2,3年前の中国内の現地事情も~やはりメディアにだけ頼っていては私たちも見誤ることも多い。 やはり、もっと現地を見る・聞く・触れるためにも、コロナ禍明けには是非ともまた訪れたいと感じるのではないだろうか。

やはり、実際に中国の奥地も大西部も、そして中国内の東西南北国境に接している地区へ 自らの足で赴き調べてくる必要に迫られる。幸いにして、50年間の学生時代に訪中してからも、そして2000年代に入ってからもなぜか中国担当の部署へと配置転換となり、それ以降は中国への出張や会社の設立等の業務にもかかわった。それらを機会として中国奥地への「訪問」のチャンスも多くなってきた。

更に、大きな転機がやってきた。その2年後には業界をまとめる部署へも赴いた。全国1200社との業務に関する業務や~当時のアウトバウンドの中の最大の行く先(旅行先)である中国の担当にもなり、2007年の日中国交回復の周年事業の窓口交渉も担当することも。。

様々なイベント等にも関わり、一度に参加した大量のお客様や周年の事業では1万人程度訪中団の~窓口ともなった。

協会を少しばかり早く離れて当時の私としては最大の決断であった留学の道も選択した。2010年になり正月明けから準備していた北京へと旅立った。学部は「旅游科学学院」である。 その時以来、早や、10年の年月が過ぎ去った。

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