「法務入門」 高橋孝治氏(東京都中経済ビジネス会議セミナー発表より) 

「法 務 入 門  」      高橋 孝治

中国にいる日本人ビジネスマンの多くは、中国の法について以下のように言います。「中国は法律が厳しい。しっかり条文を守らなければならない」、「中国はコネ社会。金を余分に出したり、人脈があれば法律なんか関係ない」。この2つの意見は、どちらもよく聞きますが、相反する意見と言えます。一体どちらが正しいのでしょう。残念ながら、専門的視点から見ると、このどちらも合格点には届かない回答と言えるでしょう。

では、100点満点の回答とはどのようなものでしょうか。中国法務についての満点の回答は、「法律の内容を原則として遵守しつつ、社会の安定が保たれるよう、時には法律の内容をあえて無視する」となります。これはどういうことなのか、以下見ていきましょう。

まず、専門的立場からすると、「法」と「法律」は異なるものとなります。

法とは、「国家が国民に対して強制するルール」であり、

法律とは、「議会を通過した活字形式のルール」をいいます。

つまり、法律(議会が定めたルール)以外のルールで国家運営がなされている国も当然にあり(国家が強制力を発動すればそれはもう「法」だから)、その代表例が中国をはじめとする社会主義国家です。

では、中国にとって何が「法(国家が強制力を発動する根拠)」になっているのかというと、「法律」、「政策」、「現場の判断」などがあげられます。中国ではこれらを総合して「法」を形成しているのです。

中国は社会主義政権成立以降は、ソビエト連邦などの社会主義国の法を模倣しました。そして、中国の社会主義法は、いろいろと特徴がありますが、代表的なものを挙げれば、以下のような特徴が挙げられます。「法は党に奉仕する道具であり、政府による恣意的な運用が正当化されている」、「法律は、政策に対して劣後するルールである」、「最も重要な政策は『社会の安定』である」、「先例に拘束力を認めない」、「独裁国家で国民に『遵法』を期待してはいけない」。これを順番に見ていきましょう。

「法は党に奉仕する道具」とは・・・

共産党は、労働者および農民の利益を代表する機関です。そして、労働者および農民の利益のために建国された社会主義国家である以上、党の行うことは全て「正義」という前提があり、このため、「法」が「党」のために全力を尽くすことは極当然のこととなっています。

「法律は、政策に対して劣後するルールである」とは・・・

ところで、日本で法律はなぜ最高のルールなのでしょうか。それは、法律は、国民が選挙で選んだ議員が作成しているため、間接的には主権者たる国民が作成してると言え、国民の総意の産物であるからとされています。しかし、これは民主化していることが前提となります。それでは、中国にとって法律とは何なのでしょうか?

中国では、「法律は確定した政策」であるとされています。どういうことなのかというと、中国では、社会運営に失敗したら、「みんなの幸せの共産党による統治」ではなくなるため、新法制定や法改正案があった場合に、まず政策の形式で一地方で社会運営の実験を行い、うまくいくと判断された案のみを全人代にもっていき、法律にするということです。このようにそもそも法律のあり方が日本とは大きく異なるのです。日本で社会運営に失敗したら、そのような案を出した政治家が次の選挙で落選するだけということになります。

ここで問題なのは、この実験がなされている一地方のみを見た場合、法律があっても政策が優先されているため、見た目には法律が無視されているように見えることになります。しかし、中国ではこれが法律のあり方なのです。

「最も重要な政策は『社会の安定』である」・・・

中国では、社会が安定すれば、それで「法」の目的は果たされていると考えられています。そのため、ときには「法律」を無視して「社会の安定」に寄与しているかを考えるセンスが重要となってきます。

学問的には「中国は『結果的正義』にのみ興味があり、『手続的正義』の実現には興味がない」という表現がされることがあります(結果オーライの法理)。つまり、条文にこだわりすぎることは中国では意味がないということです。

ところで、ここでいう「社会」とは、「中国人社会」を意味し、外国人はこの中に入っていないという点も重要です。

「先例に拘束力を認めない」・・・

中国では、裁判結果は、法律の解釈例ではなく、その事案に対する判断例であるとして「案例」と呼ばれています。つまり、日本の判例と異なり、案例は制度上も事実上も後の法解釈に影響を与えないのです。実務上の手続きに関しても、100回申請があれば、100回その場で異なる回答を作ればいいと考えられています。

このような現実に対して、日本人で中国でビジネスを行っている者は、「実務的混乱」とか「運用が悪い」という言い方をする場合があります。しかし、これこそが中国にとっての法運用のあり方なのです。

「中国人に『遵法』を期待してはいけない」・・・

「国民が遵法意識を持つのは、法が正義である場合のみである」と言われることがあります。先にも述べた通り、中国は非民主主義国であり、「法」は政府が勝手に作ったルールであり、国民の承認を得ていません。つまり、文字面は日本と同じ条文はあっても、日本では「国民の総意の産物」なのに対し、中国では「政府が勝手に作ったもの」の域を超えないのです。そのようなルールなら国民に遵法意識が芽生えないのは当然のことです。

以上、中国の「法」の特色について見てきました。これを見て「運用が悪い」、「変な法体系」、「法システムが未完成」と思ったでしょうか?残念ながら、そう思う方は、それまでです。中国の社会主義法体系も一つの完成された「法システム」であり、これを変に思うのは、価値観の差異に過ぎないのです。例えて言うならば、魚が好きか肉が好きかといったレベルの話に過ぎません。

中国の法運用も含めた現状を、「法がある状態」、「一つの完成された状態」、「この現状こそが中国政府が目指している社会」と捉え、「変に見えるのは、それを判定する我々の判断基準がおかしいからだ」と考えられるようになって、初めて中国法の真の姿が見えてくるのです。社会主義国家である中国と日本は社会システムの価値観が異なるのです

先ほど、中国では過去の裁判結果に意味はないと言いましたが、ここでは中国のある日本企業がかかわった案例を見てみましょう。ある日系企業の訴訟の話です

・日系企業A社の製品であるジープのフロントガラスが走行中に突如爆発し、運転手Bが死亡し、Bの遺族らが製造物責任法を根拠にA社に損害賠償請求の訴訟を提起した。

・Bの遺族らが鑑定機関に依頼し、提出した証拠でも、「ガラスの爆発とBの死亡には因果関係がない」、「ガラスの爆発後もしばらくはジープは走行していた痕跡がある」との内容があった。

・しかし、人民法院はBの遺族という原告が提出しているが、これは「真実とは思えないので証拠採用はしない」として、証拠はA社の反論も含め、証拠は全て不採用

・結局A社は約50万元の損害賠償を支払うことになった。

これは、原告が誤って「被告には非がない」という証拠を出してしまったにもかかわらず、原告が勝訴したという案例です。先ほど、「中国人社会の安定」と述べましたが、この原告である中国人Bの遺族は、勝訴し賠償金を得て満足し、社会への不満が減ったことでしょう。これが「社会の安定」なのです。しかし、それを言ったら、外国人は中国では勝訴できないではないかと言われそうです。確かに中国で外国人が勝訴するのは難しいですが、勝訴している外国企業もあります。それは後々説明していきましょう。

今回のまとめとしては、中国法務を行う場合には、以下の点に注意しておく必要があるということです。

・法律はあくまで「原則として」守られるルールでしかない。

・社会の安定が保たれる方法(中国人の不満を消す方法)があると分かれば、その方法が法律を超えることは正当化されている(そして、このメカニズムを含めた全てが中国の「法」である)。

・「法律」以外に(少なくとも建前上は)「法」は存在しないというのは、日本や欧米諸国のルールでの価値観に過ぎない。

・「法律」、「政策」、「現場の判断」を総合して「法」を生み出すというメカニズムがあっても当然かまわないはずである。これに違和感があるのは、単なる価値観の差。

さぁ、肩の力を抜いて中国の街を歩いてみましょう。中国の法運用を批判していた人も、中国の現状をありのまま受け入れ、奇妙に見えるのはそれを判断する自分の価値観の方がおかしいんだ、と考えられるようになれば、きっと今まで見えてこなかった中国の真の姿が見えてくるはずです。

※本稿は、2020年12月26日に行われた「東京都日中経済ビジネス会議」(於:zoom)にて筆者が行った発表「上級中国ビジネス法務への第一歩」の講演原稿を加筆修正したものです。

 

高橋 孝治(たかはし こうじ)

立教大学 アジア地域研究所 特任研究員/韓国・檀国大学校 日本研究所 海外研究諮問委員

日本で修士課程修了後、都内社労士事務所に勤務するも、退職し渡中。

中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了(法学博士)。国会議員政策担当秘書有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。専門は、比較法(中国法・台湾法)。

研究活動の傍ら、講演活動やコンサルティング活動もしている。

「月曜から夜ふかし」(日本テレビ)に出演し中国商標法にコメントもした。

著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国社会の法社会学』

(明石書店、2019年)他多数。『時事速報(中華版)』(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」大好評連載中。

 

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