青淵文庫前で集合写真
北区日中では秋晴れの行楽日和となった10月3日、「日中友好を訪ねる飛鳥山散策」を開催し、20名(内中国人3名、他幼児1名)が参加しました。緊急事態宣言が解除になったこともあり人出の多い中、午前10時に王子駅北口に集合、密を避けて早速、第1チェックポイントの北とぴあ前に移動しました。ここには北区名誉区民であった故北村西望作で知られる長崎の平和祈念像の縮小版レプリカが建立されています。一通りの説明後、2グループに分かれて第2チェックポイントの王子神社に向かいました。ここは来年、創建700年を迎える東京十社の一つで徳川将軍家祈祷所として厚遇を受けてきました。三代将軍家光は社殿をあらたに造営させたほか、神社縁起絵巻の制作を命じています。その絵巻の中に徐福伝来図がありますが、王子神社が徐福伝説の多い紀州の熊野権現より奉斎されたことによるものと思われます。絵巻は幕末の火災で消失していますが、幸いなことに幕府絵所による写本が飛鳥山博物館に残されているとのことです。参加者はお宮参りのご家族とも遭遇し、コロナ渦の中、無病息災を祈られた方もおられました。第3チェックポイントは飛鳥山公園内の平和の女神像です。この像は1972年の日中国交正常化を記念し、北区の行政、政財界の有志が協力し、北村西望氏に制作を依頼して1974年に建立したものです。区内在住の参加者でも像の存在を知らない方がおり、北区の日中友好に対する熱い想いに感銘を受けている様子でした。この像の隣の飛鳥山博物館内に現在、大河ドラマ館が併設されており、コロナ感染防止で入場制限中でしたが、事前予約で全員が入館出来ました。「青天を衝け」で使用された衣装や年表に見入り、出演者の等身大パネルと記念写真を撮られる方も。
最後のチェックポイントは旧渋沢庭園です。渋沢栄一は、この飛鳥山の邸宅で晩年の30年間を過ごしました。渋沢翁が孫文とも交流し、中国の水害では募金活動を行い、また多くの中国留学生の支援していたことをガイド役から説明を受けた参加者は深い感銘を受けたようでした。世界の要人を迎えた青淵文庫のテラスで集合写真を撮りましたが、その場所はゲストとして招かれた蒋介石が渋沢翁と固い握手を交わしたところです。「今晩の大河ドラマが楽しみになった」等の感想が聞かれ、わずか2時間あまりの散策でしたが、参加された皆さんには北区の日中友好の歴史に触れ、大いに楽しんで頂けたようでした。
飛鳥山公園内には飛鳥山博物館の他、渋沢史料館、紙の博物館(後の王子製紙となる渋沢栄一が立ち上げた日本最初の洋紙会社等の資料を展示)がありますので、是非、皆さんも訪ねてみて下さい。(3つの博物館とも現在コロナ対策で入場制限がありますので事前にホームページでご確認下さい)