清華大学のMBAに在学しながら中国で起業中の日本人:新出歌名子さん

当協会の会員で、清華大学MBAに在学中、コロナ下の中国北京で起業をし、オリジナル・キャラクター“漢字妖怪”のプロデュース事業を行っている新出歌名子さんにお話をお伺いしました。

中国留学と異文化理解

小さい頃から英語やロシア語、イタリア語を独学する母の影響を受けて、日本の外の世界に出て視野を広げたいと思っていました。大学では比較文化学科を選び、第2外国語として中国語を選択したのが中国語との出会いです。当時21世紀は中国の時代と言われていたこともあり、将来中国語を使える機会や就職の際に役に立つかと思い中国語にしました。
大学3年生の時に大学の交換留学プログラムに受かり、湖南師範大学に公費留学しました。当時の湖南省長沙市は道路も舗装されていなく、日本との環境の違いが大きかったです。駐在など業務命令で行く人は多くても、自ら選択して長沙市に行く日本人は多くなく、大学にいた日本人留学生は10人ぐらい、そのうち2人が同じ大学の交換留学プログラムで行った人でした。中国にどっぷりつかってみて、何が見えるのか試してみようという思いを胸に、1年間の留学生活をスタートしました。

中国に来る日本人留学生は当時、大きく2つのタイプに分かれていたと思います。一つは、中国にいながら精神的物質的に“日本”を求めるタイプ。もう一方は、中国で“日本的なもの”から遠ざかるタイプです。前者は、海外に出ても日本人同士で閉じられたグループを作り、日本での生活スタイルや考え方をなるべく変えない、変えたくないと思っている旅行者のような留学生。後者は、極端ですが留学先で現地化する留学生。私は後者タイプで服も現地で調達していました。心の中で、旅行者タイプの他の留学生を理解できないと思っていました。しかし、数か月間“現地化”して気づいたのは、旅行者タイプの日本人留学生の方が、現地の中国人学生から人気があったということでした。

それはなぜか。いわゆる“日本人”らしく、現地の学生と違ったから、だったと思います。その違いが、逆に中国人の学生にとっては新鮮で、魅力があるように映ったようです。私は現地人の友人と同じものを食べ一緒に服を買いに行くなどの生活を送り、現地のことを理解したつもりになっていただけで、実際にはその文化や習慣の違いを深く知ろうとすることを怠り、結果的には“日本人”としての魅力や自分の個性を失っていました。そこで気づいたのが、同化することが理解ではないということです。現地の友人との間で習慣や価値観に違いを感じたら、その違いと徹底的に向き合ってみることで、お互いに異なる文化や価値観を理解することできる、視野を広げることができるということに改めて気づかされました。そこで、中国人の友人と同じ行動をする中で感じた違和感や違いを口に出しその理由を話すようにしたところ、友人との話題が広がり、より深い部分で理解し合える関係を築くことができるようになりました。

1年間の留学経験は語学学習以外に多文化理解、他者理解を考える良い機会となりました。留学を通して、第2の視点を持って自分、日本を客観的に見ることができるようになったと思います。中国に留学したことがきっかけで自分の価値観の殻がいったん壊れ、知識や色々な考え方を吸収できる器が広がったと感じました。

帰国後大学を卒業して大連で就職

1年間の留学を終え、日本に帰国してからも中国語を継続して勉強し、中国語検定準1級も取得しました。留学中に出会った中国人の友人とコミュニケーションをとり続けたいと思ったことと、将来中国で働きたいという目標が明確になったことが中国語を継続する動力となりました。大学卒業後は直接中国の大連に飛び、外資系ホテルにインターンシップとして就職しました。しかし、働き始めてから数か月後、ホテルがローカル企業に買収され、経営が利益追求型になり、企業の理念と自分の価値観や理念が合わない状況に葛藤したため、1年間で切り上げ、広州にある製造関係の日系企業に転職しました。営業管理の仕事でしたが、生産現場で製造や品質関連の通訳をしながら、現場で業務を理解し身に着けていくOJT形式でした。新製品のオーダーをお客様から受けてからトライアルを経て、大量生産にいたるまでの全プロセスを営業担当としてフォローし、会社内部およびお客様との提携を経て完成させる仕事は、モノ作りを理解する上で、とても意義のある経験となりました。

北京、そしてニュージーランドへ

広州での仕事は充実していましたが、2008年の北京オリンピック開催を機に北京の日系会社に転職しました。経営企画部門で本社のERPシステムを中国分公司に導入して定着させるサポートが主な仕事でした。ERPシステムを通して会社の各機能間のつながりと業務フローを学び、リスク管理や標準化における業務理解と経験を深めました。中国分公司側のシステム窓口として本社側とのコミュニケーションに従事しましたが、中国各地の状況の違いや経営側が最終的に必要なアウトプットに対する考え方を反映してシステム管理・標準化を進める必要があり、言語能力以上に、様々な役職や部門の立場に立った業務フローの理解や情報の管理・整合能力などが要求される仕事でした。

そんな中、2012年に尖閣問題、PM2.5、物価の高騰など大きな環境の変化が起きました。この環境の変化は一つのきっかけに過ぎなかったのですが、長年の中国生活からいったん離れて環境を変えてみたいと思い、欧米のマネージメントの勉強をするためニュージーランドに行くことにしました。ニュージーランドについた直後は英語が話せなかったのですが、生活に主要な機関やお店には中国人スタッフがいることが多く、中国語を話すことで生活を成り立たせることも可能でした。
1年間、英語を必死で勉強しながらビジネス・マネージメントの学校に通いました。半年ほど経った頃、マネジメントの仕事経験があるということ、日本語、英語、中国語が話せるということが強みとなって、幸運にも、現地の弁護士事務所の社長に声をかけていただき、プラクティスマネージャーとして働かせていただくことになりました。

当時オークランドには日本人は1万人ぐらいいたのですが、その弁護士事務所には日本人の顧客がいなかったので、日本人マーケットを広げるチャンスだと思いました。最初は弁護士と日本人顧客間の翻訳、通訳業務をしていましたがそれでは物足りなくなり、2年間かけて法務(Legal Executive)の国家資格を取得しました。日本の司法書士のような資格で、永住権の申請、不動産売買のような実質的な法務の仕事ができるようになったため弁護士事務所に日本チームを新設してもらい、日本人のお客様を増やすと共にさらなる日本人サポートスタッフの雇用を実現し、自分の仕事の幅と質を広げることができるようになりました。事務所内では、海外様々な国からのスタッフが働いていたので会社内部では英語が共通語でしたが、中国人の顧客も多かったため、英語、中国語、日本語のすべてを使って仕事をしていました。
中国とニュージーランド、これまでに関わった仕事の職種は全く違いましたが、私のなかで共通していたことは、スタッフとお客様、本社と子会社などの間に立つコミュニケーション窓口・文化の懸け橋としての役割を担ってきた、ということだと思います。

清華大学経済管理学院でMBAの勉強中

2018年末、家庭の事情に加え、文化交流に関わる事業をしたいという夢を叶えるため、再度、中国北京に戻ってきました。北京に戻ってきてから清華大学経済管理学院MBAを受験しようと決めた理由は2つあります。1つは様々な業種における人脈を作るため。もう1つは、中国の今のビジネスモデルや考え方を身に着けるためでした。2019年から平日は日系企業で働かせていただき、週末は大学で学ぶという二重生活を送りました。授業の他にも予習や宿題、グループワーク、テストなどもこなしながら過ごしたので、想像していたよりハードでほぼ寝る時間がないこともありました。大学の授業は全て中国語ですが、クラスメートや先生にサポートいただき、この春、必須科目を全て履修することができました。

清華大学入学式

そして、起業へ

北京に戻ってきた後、中国人の友人と話していた際、中国と日本の漢字の意味の違いをキャラクターを通して表現すると面白いことに気づき、もう一人の日本人の友人と共にキャラクター“漢字妖怪”の創作を始めました。
北京に戻ってきた当初は、2年半~3年間のMBAを終了するまでに、相応しいプロジェクトを見つけて起業する予定でいたのですが、2020年初めの新型コロナ発生を機にを、価値観が変わりました。明日何が起こるかわからないこの時勢。来年の今頃、1か月後でさえ、世界がどうなっているのかわからない中、やりたいことを明日に伸ばすのはやめようと決めました。
そこで、スタートアップの企業を支援する清華大学のX-labというプログラムに参加し、2020年、コロナ下の7月、勤めていた会社を退職して、本格的に漢字妖怪の商業化・プロデュースを開始しました。

漢字妖怪は、日本と中国の漢字の意味の違いを融合して、可視化したキャラクターです。たとえば、麻雀は日本語だとマージャンですが、中国語だと雀の意味になります。1年間かけて、この意味の違いを合わせたキャラクターを36種類創りました。スローガンは、Enjoy the differences。主なビジネスモデルは、製品化とライセンシングです。
このキャラクターを通して、日本と中国の次世代の文化交流や相互理解に貢献すること、また多様化を認める寛容性や違いを楽しむ価値観を次世代に広めることが今の私の夢です。

妖怪も日本と中国では受け取られ方が違う

漢字妖怪の事業を中国で進める中で、日本では妖怪はポピュラーですが、中国ではそうではないということもわかってきました。
去年から中国のSNSでコンテンツを発信していたのですが、広告費用をかけてもなかなかフォロワーが増えませんでしたその理由をSNS会社に問い合わせたところ、妖怪という言葉が政府が気にする敏感フレーズ(敏感词)だからデータの流れが制限されているということがわかりました。こんなところに落とし穴があったのかという感じでした。
また、学校の先生やメンターなどにプロジェクトの紹介をした際、妖怪という言葉を変えた方が良いということも言われました。妖怪という言葉の受け取られ方が、中国ではネガティブなものなのだと認識しました。そのため、残念ですが妖怪というネーミングを変える手続きを行っています。

これまでの半年間、起業コンペの参加、オンライン・オフラインのイベント、SNS発信、スタンプ配信などを行ってきました。また、漢字妖怪の文房具を作りイベントやオンライン上での販売もしています。
日本人が中国で起業をしているというと、コンペなどでは注目されます。しかし、当然ながらその後の評価はシビア且つ公平で、他の参加者同様、内容やプレゼン力、コミュニケーション力などが求められます。また、日本のもの・日本らしさは中国で依然として人気がありますが、最近は中国の伝統的なコンテンツやデザインを今向けにした“中国風”キャラクターやグッズが若者を中心に受け入れられている風潮があるので、漢字妖怪にも中国風の要素を入れ、中国市場のターゲット層から共感を得られるよう調整しています。

今年は、(中国側のネーミングを変えてからですが)、引き続きオンライン・オフライン両方による宣伝を通して、漢字妖怪のコンセプトとキャラクターの認知度アップに力を入れると同時に、次世代を担う若者を主なターゲットにして、社交性やDIYを取り入れた製品を作りたいと思っています。製品を通した新しいエンターテイメント、遊び方を提案するべく、チームで製品の研究・検討をしています。
また、ライセンスやイベントなど多業種と提携できるビジネススタイルを取り入れて、商業価値を高め、将来的には、中国と日本の文化交流や商業交流において何らかの形で還元していきたいです。
因みに、中国のiiMedia Research(艾媒咨询)という会社によりますと、中国の二次元文化のユーザー規模は2019年に3.3億人、2021年には4億人になると言われていて、その半数が24歳以下ということです。

協会に期待すること

協会に入会した理由は2つです。1つは漢字妖怪の取り組みを日本で日中友好交流のために活動されている皆さんにも是非知っていただきたいということ。もう1つは、イベント・交流会などで連携する機会があればという思いからです。コロナの影響で日本とのオフラインでの交流は難しいですが、オンラインでの交流は活発になっています。そういった点で連携の可能性は大いにあるのではないかと思います。
これまでの人生の中で中国及び中国人の方と深く関わる中で、その文化の類似性や習慣の違いを面白いと思い、それを伝えたいと思ったことがこのキャラクター誕生のきっかけです。また日本と中国が継続した良好な関係を願う気持ちが原動力になっていると思います。

論語の中に“志同道合”という言葉がありますが、これは、志が同じで、進む道が同じであることを言います。それも大切ですが、私は、“志不同道合”、つまり志が違っても進む道が同じで合ったり、“志同道不合”、つまり進む道が違っても志が同じだったりする仲間を見つけることが大切だと考えています。それぞれ違う観点や立場、いろいろな人生経験があってよくて、その仲間が同じ志や道理をもってそれぞれの立場で活躍すれば、この世界はもっと面白いものになると思います。日中友好を願う者同士、それぞれの立場でできることを実行し、お互い自分らしい人生を送れるような世界になることを願っています。

個人、企業問わず、漢字妖怪に興味と共感を持っていただき、日本でのPRに協力していただける方がいたらぜひご連絡ください!

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>NPO法人東京都日本中国友好協会

NPO法人東京都日本中国友好協会

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